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【永井尚志】
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慶喜の逃亡
慶応4年(1868年)に幕府最後の歳があけ、【鳥羽・伏見の戦い】で幕府軍が敗走。
事態の処理にあたる尚志のもとへ慶喜逃亡の報告が届きます。
側にいた彼ですら置いていかれた、あまりに突然の東帰でした。
慶喜が入った大坂城は天下の名城であり、武器食糧も十分にある。幕府海軍がまるごと残っているからには、海からだって攻撃できる。
ここに籠城すれば形成は変わったかもしれないのに、なぜ!
大坂城代を突如任された会津藩家老・山川大蔵は馬上で嘆きました。
「天運が去った!」
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いや、それでも、きっと東で戦うはずだ――と、尚志は信じていました。
逃亡直前、慶喜は大演説をぶっています。
千騎が一騎になってでも、死力を尽くして戦うべきだ!
そう宣言した武家の頭領が、おめおめと逃げるなんて、ありえるはずがないと思っていたのです。
東へ戻る慶喜に、拉致同然に連れ去られた松平容保は尋ねました。
あれほど勇敢な演説をしながら、なぜ逃亡したのか?
慶喜は「ああでも演説しないとどうにもならない」とかなんとか苦しい言い訳をしています。
容保は断腸の思いで会津藩兵を残してきました。
その容保相手にすら、慶喜はのらりくらりと言い訳をしていたのでした。
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土方や榎本らと共に箱館戦争
困惑しつつ尚志は紀州を経由し、江戸を目指します。
戻って妻子との再会は果たせたものの、うろつく敵の目を逃れ、尚志はさらに東を目指すほかありません。
奥州を経て、蝦夷地へ向かい、旧幕府政権の首脳になった中に、箱館奉行・永井尚志の名もありました。
榎本武揚や土方歳三とともに、彼は北の大地にいたのです。
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戊辰戦争の締めくくりとなる箱館戦争。夢が散った尚志は、江戸改め東京の監獄に入れられました。
他の幕臣はまだ三十代であるのに、尚志はすでに54歳です。
たくあんと握り飯だけの食事。
十日に一度の入浴。
獄死者も出る劣悪な環境で、明治5年(1872年)の釈放まで二年半を過ごしました。
そのあと五年ほど新政府に出仕します。還暦となるころには職を辞し、清貧の余生を過ごします。
面会を断られた尚志と受け入れられた栄一の差は?
尚志には、果たせぬ願いがありました。
明治11年(1877年)、尚志は駿府の慶喜を訪れます。
すると慶喜は、面会すらしようとしなかったのです。
対する渋沢栄一は
「自分とは面会し歓待するのに、永井尚志は会えなかった」
と記しています。
しかしこれを「慶喜から栄一に対する親愛の証」と、単純に捉えてよいものでしょうか。
永井尚志に対する慶喜の冷淡さや気まずさがあると同時に、名門幕臣よりも自分が上だと自慢したい、そんな渋沢栄一の自己満足にすら感じてしまうのです。
永井尚志は誠意にあふれ、恩義を忘れませんでした。
岩瀬忠震の追悼を続け、岩瀬三十回忌を催した明治24年(1891年)、静かに息を引き取りました。
享年76。
外交官として功績を残し、幕末を生き抜き、大政奉還の立役者でもあり、箱館戦争まで戦った永井尚志。
激務の中でも漢詩を詠み続けたすばらしい教養もありました。
こうも志が清らかな人物が、ひっそりと忘れられたような現状に嘆息を感じずにはいられません。
本当に目指したい日本の先人とは、永井尚志かもしれない――そう思わずにはいられないのです。
慶喜の策の背景には、尚志が影絵のよう付き添っていました。慶喜の功罪にせよ、その幾分かは永井尚志にもあるのです。そんな君臣の運命は、慶喜が勝手に東帰したことで分かれます。
何かと腰砕けと失望された主君に対し、この忠臣は義を貫きました。
誠意を尽くすことで、徳川幕府には武士道があったと示しました。
この誠意こそ、尚志が捧げ尽くした最大の輝きのように思えてなりません。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
高村直助『永井尚志:皇国のため徳川家のため』(→amazon)
野口武彦『慶喜のカリスマ』(→amazon)
他