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【遊郭のリアル】
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遊女は年季20年
以上、こうした遊女や男娼たちは、江戸だけではなく、日本各地にありました。
江戸の吉原・大阪の新町・京の島原の3箇所をあわせて三大遊郭と呼ばれたりします。長崎では、清人やオランダ人も相手にした丸山遊郭が有名でした。
人いるところに遊郭あり――とでも申しましょうか。
市が立つ場所。宿場。川べり。寺の門前……至る所にこうした場所は存在したのです。
遊女は年季20年とされます。
8歳で売られたのであれば、28歳まで務めあげれば一般人として生きることはできます。
年季を明けた後の遊女に対する差別意識がないことを、来日したオランダ人は驚いて記録しています。先にあげたセーフティネット論でも、出てくる理屈です。
「遊郭は衣食住は保証するし、スキルを磨かせるし、結婚相談所の役割も果たしているんだ」
そう言われれば、そういった部分もあるかもしれないと納得できるかもしれません。
遊郭で遣り手として生きてゆく。
過去を気にしない夫と一緒になる。
しかし、それはあくまで幸運な少数の事例を拡大解釈したものです。
多くは落ちてゆくだけで、夜鷹や船まんじゅうになる者もいた。
ここまで格差が大きく、かつ運に左右されれば、当時はまだしも現代の感覚で【セーフティネット】などと呼べる代物ではありません。
明治元勲の妻に妓女出身者が多かったことも、考えねばならぬことはあります。
彼らは西洋を見習い、夫人がホステス(女主人)として客をもてなす慣習を根付かせようとしました。
けれども武家出身の女性では「そんなことできるわけがない」と拒否反応が出ます。
アメリカ留学経験のある家老の娘・山川捨松のような女性が登場するまでは、どうしてもそこがネックとなっていました。
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その点、妓女出身であればそれを難なくこなせる。
そんな事情もあったのです。
遊郭の男たち――妓夫太郎という生き方
『鬼滅の刃 遊郭編』に登場する堕姫には、妓夫太郎という兄がいます。
兄と妹が二人で一体となって戦うことが「上弦の陸」が持つ大きな特徴であり、遊郭というシステムを考える上でも重要でした。
遊郭は女性が身を売る悲劇として語られることが多いせいか。あくまで“女性問題”であり、フェミニストがいろいろ言い出す領分という誤解があります。
しかし考えてもみてください。
“女性問題”というのは往々にして【男性が引き起こす女性が関係したトラブル】です。男性が存在しなければ起こらない。
遊郭で売り物となる存在は女です。
一方で彼女らを管理し、売りさばく領分となれば、男たちもいました。
女衒、そして妓夫太郎と呼ばれた人々です。
廓の経営者は、特に二代目、三代目ともなると、実務には関わりたくない者が多いとされます。
金のやりとり、料理屋や寝具屋との取引、そして売られてくる女性の管理には、男性が取り仕切ることが多い。
『鬼滅の刃 遊郭編』には、そうした経営者が男女双方で登場します。
妓夫太郎とは、作中でも説明されている通り、こうした遊郭で働く男のことを指します。
一個人にクローズアップしたキャラというより、現在では消えたかに思えるこうした職種の人間を具現化したような存在ですね。
そんな妓夫太郎が取り立てで鎌を振り回し、やたらと喧嘩が強かったのはなぜか?
彼の業務が危険だったからです。
債権(債務)の取り立ては暴力沙汰を伴うことも珍しくありません。
遊ぶ金がない、足りない。そのことに恥辱を覚え、暴力をふるう客を相手に話をつけるとなれば、腕力が求められました。
妓夫太郎が取り立てに快感を覚え、自信を持った契機は、こうした暴力体験が根底にあったからでしょう。
彼は、なにか真っ当な立場から身を持ち崩して、遊郭で生きるようになったわけではありません。
最下層の遊女が母であった妓夫太郎には、生まれたときから「暴力と搾取」に晒されていました。
遊郭を生きる女を搾取する悪役として描かれてきた、そんな男たち。
彼らの後悔や苦しみ、それ以外の生き方がなかったのか?と問いかける『鬼滅の刃』と炭治郎には、豊かな想像力と優しさがあるのです。
ちなみに明治以降における遊郭での事件を見ても、そこがいかに危険な場所であったか推察できます。
◆1880年(明治13年):吉原「杉戸屋」にて巡査が7人殺害。支払えず、コウモリ傘を抵当にして借金を申し出たところ、断られたことに逆上しての犯行
◆1890年(明治23年):吉原「若狭楼」にて支払いが遅れていた客が、逆上して8人殺害
◆1905年(明治38年):大阪堀江遊郭「山梅楼」にて、主人・中川萬次郎が6人を殺傷する事件が発生(堀江六人斬り)
鬼がいなくとも十分危険だとご理解いただけるでしょう。
当時は今より凶悪犯罪が多いことを踏まえても、遊郭は危険なエリアでした。
妓夫太郎はその対処のため、鬼になる以前から強かったと考えられます。
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