序盤において、話題沸騰となったのが天狗倶楽部でしょう。
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生田斗真さん演じる三島弥彦が、怒涛の「T・N・G! T・N・G!」。
男臭いコールと同時に見せつける裸体美!
一体こいつら何なん?
明治時代ってこんなにテンション高いんだっけ?
とツッコミどころ満載ですが、史実なので仕方がありません。
本稿では、一見、高尚に思えてしまう明治時代の読み物事情について、迫ってみたいと思います。
そこにあるのは我々が想像しがちな、カチコチな文学の世界ではありませんでした。
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ベストセラー作家だった押川
天狗倶楽部の中には、作家である押川春浪も含まれておりました。
ドラマの中では武井壮さんが演じられておりましたね。
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当時はベストセラー作家で、少年少女を夢中にさせたという押川。
著作や個人プロフィールを見れば、タイトルと概要が凄まじく、明治時代ってどういうことだ?と突っ込みたくなりほどです。
同時に不思議に思えてくることがあります。
「明治時代のベストセラー作家なのに、どうして知名度がやたらと低いのだろう?」
確かに、夏目漱石や森鴎外と比べると天と地ほどの差があります。
しかも、です。
著作の発表当時、人気では押川が圧倒的に上でした。
それなのに教科書や文学史にはほとんど出てこない。
その理由は、あまりにも切ないものでした。
【文学的作品完成度の問題】というやつです。
当人が夭折したこと、弟子が少ないという理由も、知名度が低いことに影響しているでしょう。
漱石門下は名高い作家が多く、こぞって賞賛したものですから、当然ながら各世代へと受け継がれていきます。作品が読みつがれていくのですね。
とはいえ、夭折だって有名な作家もおります。
にもかかわらず無名なのは、やはり作品の性質的な問題があるのでしょう。
彼の作風のドコが問題だったのか?
・怪奇小説
・バンカラエッセイ集(当時のバンカラとは、今のやんちゃとは比較できないほど危険です!)
・SF
・架空戦記
ご覧の通り、いずれも教科書にはちょっと相応しくない。そんな作風なのです。
ただし、彼の名誉のために行っておきましょう。
ぶっ飛び小説だが、レベルは決して低くない。
そうです。押川はなかなかレベルが高いのです。
じゃあ、レベルが低い小説って何なのか?
と申しますと、設定の無茶苦茶さは同程度でも、プロットの練り方や文体のレベルが落ちると言うことです。
明治文壇とは何か?
そんな危険な明治の文壇について、ざざっとまとめてみましょう。
明治はめちゃくちゃな時代でもあった
明治時代は、文明開化の時代です。
鹿鳴館、洋服、廃刀令、ガス灯、煉瓦街。
学校では、そういう一面しか習わないでしょうけど、もちろんそれだけではありません。
科学技術が到来した!新時代だ!というハイテンションな世情でもありました。
なんせ欧米よりも猛スピードで、時代は変わっていったのです。
その変化についていけず、荒唐無稽な迷信でのたうちまわる、庶民にはそんな一面もありました。
例えば「血税」こと徴兵が「生き血を取るのか!」と大騒ぎになった。
そんなレベルの話もあるほどです。
ストレスが多い、通俗道徳の時代でもあります。
何かおもしれぇことがなくちゃ、生きていけねえ。
と、実際に暴力に突っ走る者もおりましたが、それを紙の上で疑似体験したい者もおりました。
そうです。
明治の庶民は、バイオレンス小説に夢中になったのです。
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当時高まるロシアへの反発とか。
戦国時代を題材にするとか。
ひとさじの教訓、社会情勢、歴史事実はあるようですが、あとは要するにボコボコ殴るだけです。
史実だから、これはもうある程度仕方ない。
プロットが無茶苦茶で文体が下手だろうが、どうでもいいのです。
読み終えれば、どうせ忘れるだけですから。
作者すらぶん投げていても面白ければいい。いわば娯楽のジャンクフードでした。
そんなもん、教科書で勉強しなくてもいいじゃないか……そうなるわけですね。
犯罪実録の世界
ストレスフルな時代を生きるとなると、人はギスギスしたものを求めてしまいます。
自分より悲惨なものが見てぇ!
そういう根性も湧いてくる時代ですから、野次馬根性とストレス解消の手段として「犯罪実録小説」が人気となりました。
こうしたジャンルは、現在も存在します。
コンビニの棚にひっそりと置かれた、ヤクザ社会を扱った雑誌やそのコミック版。その流れを汲むものでありましょう。
歌舞伎や浄瑠璃だって、演目そのものに犯罪再現ドラマの要素があります。こうした演目において、殺人、仇討ち、放火、心中が多いのは、人間のゲスい下心をそそるワイドショー的要素があるんですね。
例えば
「無残、油まみれで死んだ女! その背景とは?」(『女殺油地獄』)
こんなノリであります。
『河内十人斬り』なんて
【河内で10人殺害された猟奇事件】
がベースですからね。
それが河内音頭にまでなっているのだからカオス。
犯罪でテンション上がるぜ!
だなんてゲスすぎるだろ、と突っ込んでも、史実ですからもう仕方ありません。
高橋お伝なんて、悲惨の極みです。
なまじ美貌の持ち主であったのか、好奇心を刺激してしまうわけでして。
「こんなすごい殺人事件を起こした毒婦は、きっと何かおかしなところがあるんだ。あまりに淫乱だ。これがそんな淫婦の局部なんだ!」
斬首刑だけでも酷いのに、彼女の性器はホルマリン漬けにして保存されました。
現代からすれば、彼女ではなくむしろ標本採取側が異常としか思えません。
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文壇も、このブームに乗り遅れるわけにはいかない!と、ついに動きます。
新聞報道に目を光らせ
「こいつぁやばいぜ」
という事件があると、犯罪実録小説がガンガン生まれるのです。
ただしこれは当時の日本人だけがゲスいというわけでもないでしょう。
ある意味、世界的なトレンドでした。
明治時代はともかく、舶来上等です。
現在からすれば悪辣な差別、植民地主義も、西洋がやっているのであれば問題ないと、政府から取り入れておりました。
エンタメですら、そうなのです。
押川も得意とした科学技術を取り入れたSF小説は、こんな流れでもまだ無害な方です。
犯罪実録となると、受け入れられた側も、受け入れた側も問題大ありでして……。
警察誕生、犯罪小説誕生
人類史において、司法による犯罪者捜査は続けられて来ました。
それが近代化と共に警察制度が誕生すると、科学技術が大きな進歩をもたらします。
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こうした中で、人々は知的好奇心を刺激されます。
流行に敏感な作家は、そこに目をつけるわけです。
「犯罪捜査を小説にしたらどうかな?」
結果、大人気シリーズも誕生します。
代表的存在がシャーロック・ホームズでしょう。
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このホームズシリーズ、著者のコナン・ドイル本人ですら「ゲスいな……」と嫌っていたことは重要です。
面白い。されどゲスい。
作者ですら内心苦々しく思ってた。
「こんな下劣な推理ものより、高尚な歴史物を書きたいんだけどなぁ〜」
とばかりに、コナン・ドイルも実際に歴史小説を手掛けているのですが、現実問題、ホームズほど評価も人気も高くない。
彼の名誉のために言いますと、なかなか面白いんですけれどね。
ともかく作者本人ですら、うっすらゲスいと思うのが犯罪小説でした。
『シャーロック・ホームズ』生みの親アーサー・コナン・ドイルの素顔
ただし、そんな歴史に残るホームズより、もっとゲスでどうしようもない作品も数多くありました。
猟奇的な犯罪を求め、ノリノリで現場を訪れる野次馬もいたほどです。
ダークツーリズムどころの話ではありません。
人類がゲスなのは、現代だからではありません。
いつの時代も、割とそんなものです。
ゲスいのが日本だけではなかったのも重要です。
洋の東西を問わず、野次馬根性のもとで生きていたのです。
福沢諭吉は、東洋と西洋の下半身事情のゆるさに激怒し、こう言い切りました。
「西洋東洋、ゲスは大勢いる(西洋東洋禽獣甚だ多し)」
娯楽分野も、そんなものです。
いやいやヴィクトリア朝のイギリスは紳士淑女の国だった♪……わけがありません。
心配するな、みんなゲスだったんだゾ!
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※当時も人気だったイギリスの人形劇『パンチ&ジュディ』はDV夫が妻をボコボコにする展開が定番でした
あいつがボコられるなんて最高じゃないか!
やーねー、明治の人って……そんな暴力的なことばっかり好んで。
そう言いたくなる気持ちはわかります。
しかし、【あいつがボコられたなら、むしろ応援したくなっちゃう!】という小説も存在しました。
2019年5月、タイトルの時点である意味卑劣なほど面白い本が、刊行されております。
それが以下の書籍です。
『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』
(→amazon link)
タイトルが長いぃ!
パッと見、ちょっと意味がわからないかもしれません。
これは一体どんな本なのか?
森鴎外の『舞姫』――。
それはおそらく、現代文の授業で習った中でも、一番殴られてしかるべき主人公ナンバーワンであろう作品です。
もうあらすじをなぞるのもイライラするので、ざっとまとめますが。
『舞姫』超あらすじ
俺はドイツ留学中の豊太郎。25歳。
16~17歳の美少女エリスをなんだかんだで妊娠させた。
でも、友達が日本で仕事見つけてくれたし、日本に帰らないと。
エリスがいるのに仕事を見つけてくる、そういう空気の読めないあいつ(=友人)ってどうかと思うんだよなあ。やれやれ。
どうかと思うのは、おまえだろ。
年下の少女を妊娠させ捨て去り、それを友人のせいにして無反省な豊太郎がどうしようもねぇ……そう突っ込んでしまう同作品。
いくら文学的に優れていようと、豊太郎は最低です。
そこはもう、仕方ない。
実際、当時から、定期的にそう突っ込まれておりまして。
『舞姫』に対する論評
発表当時:石橋忍月「豊太郎は最悪。クズ」→日本史上初の文学論争勃発
昭和:山田風太郎「エリスが来日して、そんな彼女相手に反省した豊太郎を捨てる。その展開で推理小説にしてみたわ」(『山田風太郎明治小説全集10巻 明治波濤歌下巻』収録「築地西洋軒」)
番外編:北里柴三郎「文学だけでない。医学でもあいつはいかんぞ」
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東大とバトルし女性関係も激しい北里柴三郎~ドラマでは描きにくい78年の生涯
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このあたりでも、皆やっぱり豊太郎が嫌いなんだなぁ、うんうん……と納得できてしまう。
北里は作者すら嫌っていても仕方がないところですね。
その豊太郎を、ボコボコにする小説があったと、この本では分析されております。
タイトルそのまんま、豊太郎をボコボコにする荒唐無稽な顛末は、ぜひ本書でご確認いただければと。
よっしゃーーー!!
もう、面白すぎて卑怯なので、この本を通して読むしかありません。
ざまぁみろ、豊太郎。
これは一読の価値がある本ですよ。
この部分だけでも、読む価値は十分にあります。絶対に元が取れます。
本書はそれだけではなく、『ゴールデンカムイ』に登場する【稲妻強盗】をモデルとした実録犯罪小説も紹介されております。
とにかくもう熱い一冊!
明治の文学世界を私たちは笑えるのだろうか?
『なんだか明治の文学って面白いなあ〜。今とは全然違うんだな〜』
そうお思いでしょうか?
実は、現代人もそれとは気づかないうちに、その末裔とも言える作品に親しんでおります。
・真田が好きなのはなぜだろう?
真田幸村が大好き――そういう歴史ファンは少なくないでしょう。
なぜ彼は人気があるのか。その理由を考えてみましょう。
江戸時代から、彼は講談やエンタメのスーパースターでした。
江戸以降、明治時代になってもそれは同じです。
「真田十勇士」のような荒唐無稽なスーパースターの活躍あってこそ、真田人気は根付いた部分もあるのです。
・ニンジャナンデ?
『NARUTO』にせよ、『忍たま乱太郎』にせよ。
忍者をモチーフとした娯楽は、現在においても健在です。
その流れを追えば『カムイ伝』や、『バジリスク』の原作もある山田風太郎の『忍法帖』シリーズにたどり着きます。
大河ドラマの原作には選ばれなくとも、ともかく読んで面白い。
その源流は、明治から江戸まであるのです。
明治時代にぶっとんだ忍者を楽しんでいたことをどうこう言えますか?
『ニンジャスレイヤー』だって、その流れに乗っかってるとは言えなくもありません。
・犯罪実録、面白いよね
実際の犯罪を楽しむなんてゲスだな〜。
と、我々は言い切れるでしょうか。
現在だって、実際の犯罪をモデルとした映画、ドラマ、小説、漫画はエンタメとして流通しています。
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・バイオレンス
自分で考えた『バトルロワイヤル』設定物語……そう聞いて、身悶えしたくなる方もおられることでしょう。
あれだって、発表当時から殺しあってゲスで野蛮だと嘆かれたものです。
だっておもしろいんだもん!
そういう作品だって、明治にもありました。
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・『ゴールデンカムイ』は時代考証がやっぱりすごい
刺青に財宝の隠し場所を彫ってしまう。
その人の皮を集めて持ち歩く。
そういうプロットのこの漫画は、猟奇的で異常にも思えるのですが。
「明治時代だから仕方ない」
そんな一言で、説明がつくといえばそうです。むしろ明治の空気を伝えているんだなぁ。
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なぁんだ、明治も現代もそう変わらないじゃない♪
そんな親しみが湧いてきてもおかしくない、そんなエンタメワールドが実はそこにあるのですね!
一周回って荒唐無稽がトレンドへ
そうは言っても、ゲスで意味のわからないものは世界的に見てB級止まりでは?
どうせ世界に紹介するなら、日本人が誇り高く、質素に、気高く生きてきた姿を発信したい。
そう思ったりしていませんか?
ところが、どうにもそうではない。
世界が作る日本の歴史作品は、明治の文学に通じるぶっ飛んだものがあります。
例えば最たるものが『47 RONIN』でしょう。
『忠臣蔵』そのままでは、老人がリンチ殺害される事件になるからって、妖怪、地下闘技場、天狗ダンジョン、ジャイアントゴーレム、キアヌ・リーヴスをぶち込みました。
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一体何がどういうことか理解できない世界です。
が、明治の小説家ならば、
「わかるよ! そういうのもありだよ!」
と、頷きそうな設定です。
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ジャイアントゴーレムも登場の忠臣蔵~映画『47 RONIN』がなぜか熱い!
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2019年2月に公開された『サムライマラソン』もそうでしょう。
幕末のマラソン大会ということで、ほのぼのスポーツ時代劇かと思っていたら、いつのまにか参加者が殺し合い、目立つ忍者がウロウロしていました。
これも明治の小説家ならば、
「走るだけだとつまらないもんね、忍者がやたらと暴れてこそだよね!」
と納得するはずです。
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この手の映画は、後世になると「当時の人はバカみたいなものを見ていた」と、ぶった切られて終わるだけかもしれません。
でも、それのドコが悪いの?
面白ければ問題ないんじゃないの?
日本だけの話でもありません。
「万里の長城」にUMAがやってくる『グレートウォール』とか。
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名作イギリス文学の世界にゾンビが襲来する『高慢と偏見とゾンビ』とか。
リンカーンの奴隷解放の背後に、ヴァンパイアがいた『リンカーン/秘密の書』とか。
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第一次世界大戦にアマゾネスが参戦する『ワンダーウーマン』とか。
→Amazonプライム・ビデオ レンタル199円(2019年6月時点)
特殊改造された兵士がナチスと戦う『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』とか。
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ナチスドイツのユダヤ人虐殺が、ミュータントの悲劇をうむ『X-MEN: ファースト・ジェネレーション』とか。
→Amazonプライム・ビデオ レンタル100円(2019年6月時点)
現実とフィクションを混ぜ込み、荒唐無稽で派手にする。
ファンタジーやSFが一段低いとされてきた価値観はまだあるものの、その敷居はぐっと低くなっているものです。
教科書だけに掲載される――そんな行儀の良い作品だけじゃ、世の中つまらないじゃないですか。
さして教訓を得られなくても、何かとことん楽しみたいではありませんか。
いつの時代も、変わらぬ人類の欲求。
そういう娯楽を追求してこそ、得られるものがあるのではないか。
明治時代の人間が全員がそこまで高尚ではなかったことを考えてみるのもおもしろいことです。
現代を生きる私たちとは、結構、近いのかもしれませんよ!
文:小檜山青
【参考文献】
『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』山下泰平(→amazon link)
『快絶壮遊「天狗倶楽部」明治バンカラ交友録』横田順彌(→amazon link)