明暦の大火(振袖火事)

明暦の大火(振袖火事)の様子/wikipediaより引用

江戸時代

明暦の大火(振袖火事)は日本史上最大 3~10万人が亡くなり城も焼失

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第一と第二の火もとは近い

以下が出火元を記したマップです。

※赤い火災マークが出火地点

上の2つが小石川(左)と本郷(妙心寺・右)で下の赤いポイントが麹町

第一の火元(本妙寺=本郷)と第二の火元(小石川)は比較的近所ですので、第一の火災を見た人間が続けて放火したという可能性が十分ありそうです。

第三の火元は麹町ですので、結構離れていますね。

単なる偶然という可能性もなくはないですが、麹町で火災が起きる前には、既に江戸の大部分に火の手が広がっていたはずですから、そんな中で悠長に煮炊きをして失火したなんてケースは考えにくいでしょう。

となると、さらに火の手を広げようとした人間が放火したということになりそうで……本当に許しがたい行状ですね。

『東インド会社遣日使節紀行』に描かれた明暦の大火/wikipediaより引用

次に火災後に起きた変化を見ておきましょう。

 

火事がもたらした歴史的な変化とは

明暦の大火はこれだけ大きな火災でしたので、江戸の町のあらゆる点に影響を及ぼしました。

まずは大奥です。

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それまで大名の妻は「垂髪」(たれがみ・すいはつ)といって、長い髪をそのまま垂らしているのが普通でした。

今でいうポニーテールに近い「下げ髪」などもありましたが、概ね長い部分が垂れている髪型をしていたのです。

しかし、動きを制限されるこうした髪型は、平時ならともかく火災などの有事にはとてつもなく邪魔でした。

火の粉が飛んできて髪が焦げてしまった人もいたのではないでしょうか。

こうした経験から「女性も有事のことを考えておかねばならん」ということで大奥でも髷(まげ)を結う髪型が主流になっていきます。

大河ドラマ「篤姫」でも篤姫に似合う髪形をいろいろ試行錯誤している場面があったように、やがて有事の心得というよりはファッションの一つになっていくのですが……実用とオシャレを兼ね備えられるなら良しということでしょうか。

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囚人の「人権」改善

意外なことに、司法の場にも火事の影響があったそうです。

どこかというと、現在の刑務所にあたる牢屋です。

大都市にはつきものの施設ですので、当然江戸にもいくつかの施設がありました。

しかし、この火事が起きるまで「有事のとき囚人をどうするか」ということが定められていなかったのです。

逃げなければ生きたまま焼かれるのは目に見えていますが、お上からのお達しがないのに勝手に避難させることはできません。

ここで困った小伝馬町の牢屋奉行(看守)・石出吉深(よしふか)は、お咎め覚悟で囚人を一時牢屋から出すという勇気ある決断を下します。

「緊急だから出してやるけど、絶対戻って来いよ! もしそのまま逃げたら地獄の果てまで探しに行くからな! 家族も道連れにするから覚えておけ!」(意訳)

そんな物騒な条件付きではありましたが、死刑囚まで出してやったので皆涙を流して喜んだとか。

「どうせ死罪なら焼け死んでも一緒じゃん」なんて思わなかったあたりマジいい人。

そして火事が収まった後、囚人達は約束通り雁首そろえて牢屋に戻ってきました。

これを見て吉深は「囚人とはいえ約束を守ったのはエラいぞお前達。俺がお上に頼んで、罪を減らしてもらうからな」と気前の良すぎるおまけまでつけてくれました。

この言上は幕閣にも認められたそうで、やはり死罪の者を含めた減刑が実行されたとのことです。

その後「緊急時の一時釈放」は慣例化し、さらには明治時代の監獄法や現在の刑事収容施設法にまで受け継がれています。

関東大震災や戦時の空襲の際、実際に一時釈放が行われたそうです。

現行法では「刑事施設の長が安全な場所に護送できない場合」という条件がついていますし、そもそも刑務所自体がかなり頑丈な作りになっていますので、一時釈放になることはそうそうないですよね。

災害関係の記事で毎回同じツッコミをしている気がしますが、この「事が起こって落ち着いてから対策を考える」というのはもはや日本の伝統芸かもしれません。

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【参考】
国史大辞典
明暦の大火/wikipedia

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