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【葛飾北斎】
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再評価された葛飾北斎
葛飾北斎の技量は飛び抜けています。
しかし、浮世絵そのものが評価されなくなった時代があったことを忘れてはなりません。
脱亜入欧を掲げた明治時代です。
明治維新後、浮世絵は時代錯誤の象徴とみなされました。
なまじ安価で、かつ大量生産されていただけに、ぞんざいな扱われ方もされてしまいます。
陶磁器の梱包紙にされる。
どうせガラクタだと二束三文で売られてしまう。
あたかも古漫画雑誌のような扱いを受けました。
浮世絵の画集をみていると、外国美術館の所蔵品が多いことに気づくでしょう。
シリーズ作品でも抜けが生じていることは珍しくない。
そんな中、西洋が評価したからこそ、北斎は真っ先に再評価が進んだ浮世絵師とも言えます。
北斎の浮世絵を模写したゴッホ。
大きな影響を受けた印象派。
ドビュッシーが『海』の表紙に用いた『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』。
西洋列強が熱狂するジャポニズムは、日本人にとって満足のいく甘い魅惑がありました。
言い換えると、その流れに乗れなかった浮世絵師は、評価が低いまま埋もれてしまったのです。
浮世絵師全体の再評価で北斎はさらにわかる
葛飾北斎は、時代の並に埋もれずに済んだ例外とも言えます。
しかし、これにも問題がないわけでもありません。
西洋からの再評価となると、広範な北斎の画業すべてをカバーしきれなくなります。
彼らの目線を通すと、妙見信仰や老荘思想など、中国や朝鮮の影響が過小評価される弊害もあるのです。
わかっているようで、実はわかっていない――葛飾北斎とは、そんな人物ではないかとも思えてくる。
前述の通り、同時代の国芳のような人物と比較していかねば、彼の個性はかえって沈んでしまうのではないでしょうか。
北斎は浮世絵師の中でもかなり変わった部類に入りますが、その個性は比較の上で初めて理解できる。
当時の江戸っ子からしても、現在の日本や世界で北斎がこれだけ支持されている様子は奇妙に見えることでしょう。
なんで北斎なんだよ! もっと売れ筋で、定番の絵師がいるじゃねえか! そうポカンとしてもおかしくありません。
北斎の場合、三女の葛飾応為が優れた画家であり、共作していたことも重要でしょう。
応為には、落款が人為的に削られたとみなせる作品があります。
いくら北斎でも晩年は応為の代筆もかなり混ざっていたのではないか? という見方もあり、研究者の間でも見解が分かれるほど。
あらためて葛飾北斎について調べてみると、やはり不思議な気分にさせられてしまうのです。
あの名作『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』の波が、北斎という芸術家で、私は船につかまっている水夫なのではないか? そんな正気を失うような感覚にも陥ってしまう。
★
葛飾北斎はなぜ優れているのか?
それは類稀なインプット能力と、それをアウトプットすると決めた貪欲さにあったためでしょう。
葛飾北斎という巨人を知るには、画法だけでなく信仰や思想まで踏み込まねば、とてもじゃないけどその人物像を理解できる気がしません。
卓越した画才で奥深い世界を表現し、見る者の心を掴んで離さない。
何度見ても新鮮な驚きがある。
紛れもない天才が江戸後期にいたこと。
その作品を目にすることができること。
あしらったシャツが販売されていること。
すべてが奇跡的ではないか――北斎について考えていると、そんな境地に達する気がしています。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
永田生慈『葛飾北斎』(→amazon)
諏訪春雄『北斎の謎を解く』(→amazon)
小林忠『別冊太陽浮世絵師列伝』(→amazon)
戸田吉彦『北斎デザイン』(→amazon)
檀乃歩也『北斎になりすました女 葛飾応為伝』(→amazon)
他