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【喜多川歌麿】
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大首美人画という新境地
鈴木晴信にせよ、鳥居清長にせよ、それまでの【美人画】は清楚な立ち姿が魅力。
すらりとした肢体を包み込む衣装の美しさやポーズまで含めて愛でるものでした。
一方、喜多川歌麿は、寛政2年から3年(1790~91年)にかけて、【大首美人画】を世に送り出します。
要するにバストアップの美人画です。
髪の生え際や瞳まで細かく見えるほどのアップ、それぞれの個性まで描き分けれていた【美人画】に、江戸っ子たちは魅了されました。
背景をあえて省いているため、美人の顔それだけが迫り来るような美しさがある。
胸をドキドキさせるような斬新さ――その代表的作品が『寛政三美人』でしょう。
寛政5年(1793年)頃のこの作品は、実在する美人をモデルにしています。
伝説の美女。
架空の美女。
あるいは吉原の中にいる美女。
こうした題材は歌麿以前にもありました。
この寛政三美人は、江戸の街に実在する看板娘をモデルにするという非常に画期的なものでした。
いわば現代の「会いに行けるアイドルグラビア」であり、女性たちは細かく描き分けられていて、個性や性格まで伝わってくる。
こうなると「おめぇさんは誰に一番萌えるかい?」と加熱するのは世の常でしょう。
「おひさとおきた、どっちの推しが勝つんでェ!」
当時の江戸っ子はそう過熱しました。
江戸の推し活仕掛け人
寛政三美人はその後、どの店に誰がいるか特定され、野次馬やファンが押しかけることに……。
面白いのは女性たちのリアクションでしょう。
難波屋のおきたは愛嬌たっぷりだったはずなのに、いつしか高慢になり、自分で茶を出さなくなった。
これに怒ったファンが汚物を店先にぶちまけたものの、かえって人気が沸騰したとか。
高島屋のおひさは、1500両もの大金で豪商が見受けしたいと持ちかけたけれど、断ったとか。
そんなスキャンダルが囁かれるほど、江戸の推し活は沸騰したのです。
この江戸推し活の背後には、仕掛け人である喜多川歌麿がいます。
当時40歳ほどの歌麿は、10代半ばのフレッシュな美少女の接客を受け、「これでェ!」と閃くものがあったのでしょう。
化粧をたっぷりして着飾った遊女にはない、初々しさがいい――そう歌麿が思ったところで、版元が「うん」とGOサイン(資金)を出さなければ話は進みません。
蔦屋重三郎も「それはいいねェ」と承諾したのでしょう。
『べらぼう』では、この三美人を誰が演じるのか、非常に盛り上がりそうな話です。
しかし、当時の幕府にしてみれば「けしからん!」となる内容。
江戸っ子がアイドルの推し活ばかりかまけていてどうするのか……として、あえなく処罰の対象となってしまいました。
そこで歌麿と蔦屋が講じた抜け道が【判じ絵】でした。
名前は書かず、それとなくわかる謎解きモチーフの絵を描きこむことで、幕府の規制を潜り抜けたのです。
当時の幕府は、田沼意次の自由な時代から、松平定信によるがんじがらめの時代へ。
クリエイターたちは、技法やテーマを凝らして、新たな作品づくりに挑戦していったのでした。
歌麿の描く女のリアル
それにしても、なぜ喜多川歌麿の【美人画】が圧倒的人気を誇ったのか?
当時の江戸っ子には最も美しいと思われたから?
否。
彼の作品の大きな特徴は、キラキラした女性ばかりでなく、リアルな姿も浮かび上がらせたことでしょう。
その一例が『北国五色墨(ほっこくごしきずみ)』です。
『北国五色墨』※5枚の絵からなるシリーズ作品でラインナップは以下の通り
「おいらん」
「芸妓」
「てっぽう」
「川岸」
「切の娘」
歌麿は、庶民では顔を拝むことすらできない吉原の名物遊女(おいらん・芸妓)と同時に、下層遊女(てっぽう・川岸・切の娘)の姿も描きました。
例えば『北国五色墨』のうち「切の娘」に描かれているのは、手紙を手にして微笑むまだあどけない遊女。
しかし「切の娘」とは狭い部屋で客を取る最下層の遊女であり、これからの人生で彼女がその無邪気さを失っていくのでは……という実に生々しい様を連想させます。
「川岸」も同じく最下層の遊女を描いています。
胸をはだけ、ふてぶてしい顔で楊枝をくわえた遊女には、もはや夢をみるような表情はなく、挑むような強気の顔。
「てっぽう」は、当たれば死ぬ、あるいは“あっという間に終わる”ことから、そう呼ばれる遊女。
梅毒に罹患していてもおかしくない最下層で高年齢の遊女であり、だぶついた肉、垂れた乳房、疲れ切った顔が印象的です。
いかがでしょう?
美しい女性だけでなく、とにかく生々しいまでの様子が描かれる。
言ってみれば非常に挑戦的な画題ですが、歌麿が手がければ売れることから、こうした作品も残されたのでしょう。
歌麿は、浮世絵師であるからには【枕絵】や【春画】も残されています。
有名な作品としては『歌まくら』があります(検索結果→link)。
確かに、そこには行為中の男女が描かれてはいるのですが、扇情的というよりどこか静謐であり、この題材でこんな画風もあるのかと当惑させる作品です。
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