複数の著名な絵師たちの作品とそっくりに描く――そんな謎の絵師である北川豊章。
その正体は唐丸ではないか?と蔦屋重三郎は確信します。
しかし、さっそく会いに行くと、無骨な武士が賭場にいる。このころ博打は禁止されていましたが、真面目に守られていないわけですな。
それにしたって、このむさ苦しいおっさんが唐丸のワケがねぇ。見込み違いか……と眉を顰める蔦重なのでした。
まぁさんを居続けにして新作10本書かせるぜ
蔦重が、欲張り版元ぶりを発揮しております。「まぁさん」こと朋誠堂喜三二を捕まえて、10作書かせたいそうで。さすがに無茶振りじゃねえか?
さしものまぁさんも無理だと困惑しています。
どうやら作家の育成は失敗したようで、頼めるのがまぁさんだけのようですぜ。こいつぁもっと引っ張ってくるか、育てねえとな。北川政演とかよ。
頼まれても無理なもんは無理だと困惑する喜三二。書けてもせいぜい3作だとよ。
すると蔦重が秘策を出します。
「居続け」――「流連」や「留連」なんて言い方もありますね。吉原で連泊することです。
キョトンと目が泳ぐまぁさん。そんなもんできるのは限られた上客だけ。しかも、一泊ごとに女郎屋を変えられる。ラインナップは松葉屋、扇屋、大文字屋!
すると姿勢を正してこうきたぜ。

朋誠堂喜三二(平沢常富)/wikipediaより引用
「まぁさん、10作、書けます!」
「ありがた山です!」
かくして交渉成立、さっそく執筆開始でさあ。
昼間から松の井を侍らせて執筆なんてよォ、確かに夢みてえな待遇だよな。一本箸でところてんを食べているところがいいすね。
問題は費用さね。
耕書堂を手伝っているりつが、そんな原稿料を払えるのかと蔦重に聞くと、まぁさんで儲けた分を全部突っ込むつもりなんだそうで。
そこまでして出す意味があるのか?とりつは疑念を抱いておりますが、正月の縁起物だからなんとかしてえそうです。
豊章はもう一人いるのか?
りつと蔦重の横では、次郎兵衛がおかしな姿勢で蕎麦を食べています。
二人羽織ですね。半次郎が、羽織の下から笑いながら出てきました。
次の俄(にわか)で、つるべ蕎麦は「二人羽織で蕎麦の早食い比べ」を出し物にするんだとよ。
珍しく半次郎の後頭部が映りますが、ここは要注目ですぜ。
後頭部の下の方にひっそりと髪と、細い髷が残っている。江戸時代は頭髪が減るとこうなるんですな。
剃っちまった方がスッキリするんじゃねえかと思いやすが、剃髪は隠居を示すこともありますんで。半次郎はまだ現役ってことだな。
あまりにくだんねえ練習に苦笑しつつ、蔦重は何か思いつきました。
北川豊章の正体は別にいる――。
次郎兵衛はアホなことばっかしてんのに、重要なヒントを出すよな。
夜になり、狭い家に豊章が帰ってきました。そこには絵を描く捨吉という男がいる。豊章は絵を見て「西村屋さんも喜ぶ」と嬉しそうにしています。
そして今日は「寂蓮さんが来る」と告げるのでした。
唐丸だよな、そうだよな
豊章が出ていくと、入れ替わりに誰かが来て戸を叩きます。
立ち上がる捨吉。
「唐丸……唐丸だよな! ははっ、背ぇ伸びたな! いや唐丸って年でもねえな」
蔦重でした。
しかし捨吉は「あの、どちらさまで?」と戸惑っています。蔦重が「覚えていないふりをしなくていいよ」と言っても、こう返してきました。
「覚えていないふりって何言ってんですか?」
「何言ってんですかってお前……」
するとそこへ上品そうな尼僧が提灯を手にしてしずしずと歩いてきます。寂蓮という客のようです。馴染みがきたと相手を帰らせる捨吉。
夜が明けると、名残惜しそうに捨吉の手をとり、笑みを浮かべて寂蓮は去ってゆきました。
捨吉は玄関前に置かれていた『雛形若菜初模様』に気づいてこうつぶやきます。
「これ、あの時のか……」
「あの時のってどの時だよ? 今、あの時って言ったよな? な!」
しらを切る捨丸に構わず強引に家に入ると、蔦重は正体を見抜いたことに満足しています。
蔦重はやることが突拍子もないようで、ちゃんと証拠を集めて理論展開するところがあり、豊章が来る時は持っていないなかった紙を持って出て行ったことも証拠として追及します。
あれは唐丸の絵である。そのうえで何があったのか話して欲しいと訴えるのです。
「俺ぁお前の力になりてえんだよ」
「……何の話をされてんだが分かんねえですけど。俺ぁ好きでこうしているんで」
「好きってお前……」
「俺ゃこの暮らしが居心地いいんですよ」
吉原で生まれ育ったとなりゃ、蔦重も、捨吉が何をしているのかわからないはずがない。そんな彼でも「好きでそうする」と言われたらわかりません。
参ったといわんばかりに顔を逸らし、うちで仕事しないかと持ちかけます。内緒で礼金はずむと言われると、こう返されます。
「やりません。お引き取りくだせえ!」
突き飛ばされてしまう蔦重ですが、ここで見捨てちゃいられねぇ。
「また来るな」
そう言い残し、出ていくのでした。
家から出ると「あんた、捨吉の昔の色かい?」と男から声をかけられます。なんでも捨吉は、男女どっちの客も取るとか。
誤魔化しながらも、「あいつのところに50がらみのお武家さんが来るはずだ」と逆に質問すると、世話をするかわりに商いをさせているのだろうと推察しています。
どうやら捨吉は「人別」(現在の戸籍や住民票のようなもの)がないゆえ、誰かにすがらなきゃ生きていけないようでした。
まぁさんの“筆”が止まっただと?
蔦重が思案しながら店に戻ると、松葉屋とふじ、次郎兵衛がいます。なんでも、まぁさんの“筆”が止まっちまったんだとよ。
「書けてねえってことですか?」
蔦重がいうと、次郎兵衛はこうきたぜ。
「そっちの“筆”じゃないよ。腎虚になっちまったんだよ」
ここで稲荷ナビが「男性特有の病のこと」とすかさず説明します。“かの”小林一茶翁も恐れていたってよ。
なんでここで小林一茶が出てくるんでえ、ってか?
いや、適切な人選だと思いやすぜ。彼は還暦を目前にして娘ほど歳の離れた妻を娶り、交合回数を日記に記してんでさ。
だもんで稲荷ナビが「かの小林一茶翁」と言った時点で、わかる人にはわかるんでやんす。
今回はそういうサイトと思えない範囲で、あくまで日本史トリビアとして、可能な限り攻めていきますんで。
ここで松葉屋も半分おもしろがったような口調でこうだ。
「かわいそうに、この世の終わりみたいな顔しちまってよォ」
「まぁさんにとっちゃ上の筆どころじゃねえですね」
蔦重は真面目くさった顔で気遣っておりやすが、まぁ吉原者としちゃ、そうなったら商売上がったりなもんですからね、対策はありやす。
医者の診察を受けるまぁさん。
「大事ないですよ。まぁ少しお控えになれば戻りましょう」
よかったね、まぁさん。まぁさんは若い頃から遊んでいたため、そのぶん人より早くダメになっちまうのかと悩んでいました。
医者も周りも心配しすぎだと笑い飛ばしながら、薬を処方してきます。
黄精やら一粒金丹も飲んだとまぁさんが答えると、「体質に合わせた処方だ」と医者は出してきます。
「先生の薬は80の爺さんまで元気にしちまったんですよ」と蔦重。
半信半疑のようで薬湯を一息に飲み干すまぁさん。
かくして松の井に連れられて出ていくまぁさんでした。
まぁさんがいなくなったところで、松葉屋が何の薬なのか?と尋ねると、ただの眠り薬だそうで。
本当に治るのか?と松葉屋が心配そうに聞くと、休めば治ると医者はいたずらっぽく請け負います。
ま、要するに使いすぎだもんね。
「これで治らなきゃまことの腎虚。どうしようもありませぬ」
そう言い残しながら、医者も出ていくのでした。
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