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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第18回歌麿よ、見徳は一炊夢】
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三人の義兄弟がかくして生まれる
そのころ耕書堂にはあの博打打ちの豊章が来ていました。
捨吉を取り返そうとしてゴネている様子。次郎兵衛が止めようとしていると、そこへ颯爽と蔦重が帰ってきて、こう言い切りました。
「そいつは俺の義理の弟なんで。“勇助”っていって。義兄さん、覚えてねえすか。女郎の死んじまった玉野の子で、駿河屋の養子にいた」
「ああ〜! いた! いた気がする!」
そう曖昧に答える次郎兵衛。
「絵がうめえやつでねぇ。豊章先生の絵を見て、これは“勇助”の絵じゃねえかって思ったんでさ」
畳み掛ける蔦重。
でまかせだと食ってかかられると、あの人別を出して見せます。豊章が「本当なのか?」と尋ねると、捨吉は言います。
「しかとは思え出せねえんですけど、“勇助”って呼ばれたらなんだか懐かしい心持ちが……」
そして懐に人別を入れると、蔦重は捨吉の肩を抱き、声をかけます。
「少しずつ思い出していこうな、勇助。今まで義弟が世話になったようで、心よりお礼申し上げます」
そうそつなくいなすと、相手はこうきました。
「じゃあ、仕事くれ!」
なんなんだ、おめえさんよ。なんでも博打で負けがこんでいたそうで、青本作家として食い扶持を稼ぎたいそうで。
「書けんすか?」
「そこは俺に、賭けてみようぜ」
そう請け負う豊章。ほんとに大丈夫なのかい。
ともあれ、この人別の再利用により、喜多川歌麿生年との整合性という要素も埋めてきましたね。

『桃園結義』喜多川歌麿/wikipediaより引用
「歌麿」がかくして生まれた
捨吉はこのあと、蔦重に「早速迷惑かけちゃったね」と声をかけます。
敬語もなくなり、甘えが出て、素直になって、以前の口ぶりが戻ってきたじゃねえか。
「なんでえ。探してたのは物書きだったんだから、うまくいきゃ飛んで火に入る夏の武士ってとこよ」
それでも捨吉は人別のことが心配なようです。元の持ち主が戻ってきたらどうするのか。
親父様に耐えきれなくて出ていったんだから戻ってこねえと蔦重は断言。
「俺……人別なんて初めてだ」
感慨深げに捨吉が言葉を漏らすと、蔦重は画号を提案します。
「でよ、歌麿ってなぁ、どうだ?」
最初は歌丸でどうかな?と思ったものの「丸」でなく「麿」にすれば公家の出だと噂が立つと言い出します。
そうしたらいつの間にか、京の偉い絵師の落とし胤(だね)という噂が立つ。「まろの子やないか!」とお公家さんが言い出し、ついにはお内裏に絵を描くことになると蔦重は語ります。
人別がないことを逆手に取ったホラだねえ。これを聞いた捨丸は笑います。
「そんなにうまくいくわけあるかよ」
すっかりあのころの笑顔になった。そう思ったのか、蔦重はハッとします。
「俺な、お前だけじゃなく、誰も助けられなかったんだよ。花魁も。源内先生も。お前助けることで救われんのは……俺でさ」
脳裏に浮かぶのは瀬川や源内先生の笑顔です。
思わず目頭を抑える蔦重。
「歌麿。あの時の約束、守らせてくれ」
ここで相手の目を覗き込み、こう誓う蔦重。
「お前を、当代一の絵師にする。だから死ぬな。俺のために生きてくれ」
「義弟(おとうと)が、義兄(にい)さんが言うことに逆らうわけにゃいきませんね」
こうしてとびきりの義兄弟がここに生まれたのでした。
まぁさんの“息子”も完全復活した
さて、夜の吉原を大文字屋の誰袖が、花魁道中で歩いてゆきます。
瀬川の凛然とした雰囲気とはちがい、触れたら落ちそうな、こぼれんばかりの色香が振り撒かれてゆく。
牡丹の花弁のような唇が少し開くと、真珠のような歯がチラリと見えるところがたまらない。男殺しの魔の淵のように見えてきまさぁ。
さて、まぁさんは絶好調でふざけた話の『見徳一炊夢』を仕上げていました。
アホみたいな話とはいえ、漢籍故事の「邯鄲の夢」を下敷きにしてんだな。夢から醒めたらまた夢とはどうやって思いつくのかと問われ、こう返すまぁさん。
「まぁ、一言でいやぁ、息子のおかげかねぇ」
「ハハ、息子さんの。息子さん、近頃お加減は?」
「それがよぉ! 近頃めっきりやんちゃになっちまって、とんだ放蕩息子だぜ!」
そう語るまぁさん。こんなセリフの書かれた台本を渡されたら、ある意味困るんじゃねえか。
でもまぁさんがこう語るのも納得よ。なにせ、あの誰袖が、今夜まぁさんの相手をするんだから。
「次はうちだと聞きんして」
ここでまぁさんを迎えにきて微笑む誰袖は、あどけない幼女の無邪気さと、花魁の色香を持ち合わせたとんでもねぇ天女ぶりだもんな。
「んふ、どうぞ、兄さんもご一緒に」
そう蔦重に言っちまうあたりがなんとも危なっかしいけどよ。
蔦重はそんな誰袖はあしらいつつ、まぁさんに新作を頼んで去ってゆくのでした。

『松葉屋内市川』喜多川歌麿/wikipediaより引用
上様も夜更かししているようだ
舞台は江戸城へ。
田沼意次が徳川家治に人事案を発表していると、あの真面目な上様があくびをしてしまう。そしてこうきやしたぜ。
「すまぬ。お鶴と夜更かしをしてしもうてな」
笑い声をあげる意次。
「お励みのこと、何よりでございます」
渡辺謙さんがなんだかセクハラオヤジじみたことをされておりやすが、ある意味、史実準拠かもしれねえんで。
意次はイケメンで大奥でも人気抜群。色がらみでさまざまな噂が立てられた人物でもあります。

田沼意次/wikipediaより引用
これも彼の悪評を高める一因なのですが、なまじ足軽あがりですので、生々しい人脈を駆使していかなければなりません。
となると、妾の親族だの、そうしたものまで使わざるを得ないんですな。それが膨れあがってしょうもねえゴシップが生まれんでさ。
もうひとつ。
まぁさんの好色は、スケベ武士のモンであって、大蛇の化け物にゃあなりやせん。夢とお笑いで済む。
しかし、将軍ともなるとそうはいきません。
10代・徳川家治は淡白で、男子が家基しかいないことが問題でした。

徳川家治/wikipediaより引用
11代・徳川家斉は旺盛すぎて幕府が傾くほど。父である治済に輪をかけて子沢山でした。
将軍の血を引く子となると、その辺に放り出すわけにもいかない。男子だろうと女子だろうと、ちゃんとした縁談が必須となります。
それには、金がかかるわ、仕事が増えるわ、幕閣が疲弊することになる一因となりました。
2027年『逆賊の幕臣』予習にいきます。興味ない方は飛ばしてくだせえ。
徳川家斉の度を超した好色は、幕府倒壊の遠因にも繋がります。
水戸藩に男子が途絶えたということは、前回の放送で言われました。これは幕末へ向かう中、再現しまして8代藩主・ 斉脩が若くして男子を持たぬまま亡くなります。
となると、ここは家斉の子から藩主を迎えたほうが良いと考えるものも水戸家中には出てきます。
しかし斉脩には部屋住みの弟がいます。
この弟君こそ藩主とすべきだとこれに反対運動が起こり、地理的に近いということもあってか、水戸藩士が江戸までのぼって運動を展開することになります。
この集団が、幕末の水戸藩を揺るがす天狗党の前段階となります。
そして生まれたのが9代藩主・斉昭です。

徳川斉昭/wikipediaより引用
このことから斉昭とその側近は、自分たちがパワフルに行動すれば幕府に物申すことができると学習してしまいます。
黒船来航で幕閣が疲弊している中、斉昭がこのパワフル政治介入をますます盛んにしたせいで、情勢が掻き乱される最悪の事態となった。
例えば阿部正弘は、事態を打開せんと広く意見を募集しているんです。
「言路洞開(げんろとうかい)」路線です。
すると吉原の忘八がこんな意見書を送ってきます。吉原あげて大宴会して異人をもてなし、土産も渡して酒を飲ませて浮かれさせて、そこを不意打ちにしちまえばいいじゃねえかと。
まぁ、忘八の発想になりゃそうなるし、自分たちなりに考えたんなら努力はわかりますよね。それを聞いて史料が残っているのも面白いんですよね。
問題は、ここからなんです。
近年発見された書状によると、斉昭もこの忘八とさして変わらぬ騙し討ちを提言してきたのだとか。
しかも、忘八なら即座に却下できても、御三家当主の提言とあってはポーズだけでもなんとかしないとならない。幕末はつれぇよ。
そして、阿部正弘がストレスのあまり亡くなると、名門井伊家の出身、大老という重みある役目に井伊直弼が就任します。
ますます暴れる斉昭に苛立った直弼が【安政の大獄】で大鉈をふるい、斉昭を処罰すると、水戸藩士はまたもパワフル政治介入を暴力を伴ってまで実行に移します。
桜田門外の変で、井伊直弼を殺害してしまったのです。

「桜田門外の変」を描いた浮世絵・月岡芳年/Wikipediaより引用
さすがに、これはやりすぎ! この事件のせいで幕府権威は大きく損なわれました。
大名一個人という単位で考えると、薩摩よりも、長州よりも、土佐よりも、水戸がはるかに幕府崩壊に影響を与えているんですな。
これも元を辿れば、家斉子息の後始末が関係している。
幕末の問題の原点は、辿っていくと大体が『べらぼう』の時系列あたりまで遡れるものが実に多いのです。
そして、この井伊直弼に抜擢されるのが『逆賊の幕臣』主役となる小栗忠順です。
アメリカから戻ってきたら、自分を引き立てた井伊直弼が討たれていた――なんて大変な役回りだったのか。再来年は小栗忠順の奮闘に期待しましょう。
話を『べらぼう』に戻しやすぜ。ここで衝撃的な知らせが入ります。なんとお知保の方が西の丸で毒をあおったのだとか。上様宛の書状が届けられます。
鱗形屋の店仕舞い
蔦重が、須原屋市兵衛から「鱗形屋が店を畳む」という知らせを聞かされます。
江戸生まれの本屋がまたひとつなくなると嘆く須原屋。
「鱗の旦那がいなくなるのか……」
蔦重も暗い顔をしておりますが。
ここで『吉原細見』の板木も売っちまったと指摘されるところが、どうみも引っ掛かります。
たしか買おうとしていたのは西村屋与八であり、

初代西村屋与八/wikipediaより引用
止めたのは二男の万次郎でした。
花は枯れても種は蒔かれているのかもしれませんぜ。
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