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【関孝和】
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孝和式数学「関流」が広まっていく
沢口一之の問いに挑んだのが関孝和。
新しい計算式を作るというウルトラCでこの15問を解いたのです。
発微算法とは、簡単に言うと一次方程式のことであり、「6y+5=29」のように、不明な数を文字に置き換えて計算するアレです。
現代であれば中学校で習う方法ですが、この時代には生み出されて間もない概念でした。
孝和は後にこの計算方法を本にして出版しますが……その際に式を省略しすぎた上、印刷ミスがあったため「インチキじゃねーか!」とツッコまれてしまいます。
後日、孝和の弟子・建部賢弘が改版や補足書などを出し、ようやくまとまりを見せることになりました。
関孝和自身は自己顕示欲がなかったのか。
あまり自らの考えや名を世の中に出そうとはしなかったようです。
純粋に数学の問題を解くことが好きで、弟子たちも同好の士のような感覚だったのかもしれませんね。
では孝和の頭脳は一体どれほど凄かったのか?
というと、ニュートンやライプニッツ、ベルヌーイといった世界に名だたる数学者達をぶっちぎって、微分法やベルヌーイ数を発見したともされる程。
この件に関しては「ちょっと違うんじゃない?」という指摘もありますが、孝和の頭脳が優れていたことについては疑いようがないところでしょう。
人柄も良かったのか、孝和のもとには多くの優秀な弟子が集まり、彼の教えを広く伝えていきました。
前述の建部賢弘とその兄弟である賢明をはじめ、関流の和算は長く伝えられていくことになります。
和算には多くの流派がありますが、その大部分は関流の流れを汲むのだとか。
中には【遊歴算家(ゆうれきさんか)】といって、諸国を渡り歩いて数学を教えるというような人もいました。
当時の人々は数学を”お硬い学問”ではなく「よくわからんけどなんかスゴイことできる人が来た!面白え!!」と楽しんでいたのかもしれません。
おかげで江戸時代の庶民もある程度のレベルで数学ができたそうで。
もちろん、寺子屋などで既に数字に慣れ親しんでいた状況があったからです。
「算聖」と呼ばれて
数学が広まるキッカケを作ったからでしょう。
関孝和はその後、俳聖・松尾芭蕉や茶聖・千利休と並ぶ「算聖」と呼ばれるようになります。
そして宝永三年(1706年)11月に職を辞すと、その後は小普請組(特に役職のない旗本)という身分になりました。
新宿区浄輪寺にある孝和の墓には、宝永五年(1708年)10月24日死去と書かれているため、最晩年は数学に熱中してゆっくり余生を送ったのかもしれません。
孝和は実子がおらず、兄の子・新七を養子にしていました。
新七は養父に似なかったらしく、甲府勤番中に博奕をした咎で追放され、断絶しています。
まぁ、優れた人の親族が全員デキる人かというと、必ずしもそうではありませんしね。
歴史の偉人たちを見渡してみても、突出した頭脳・能力の持ち主は、突然変異で生まれてくるパターンのほうが多い印象です。
明治政府「和算はもういらない」
和算にとって不幸だったのは、江戸時代の次に迎えたのが薩長主導の明治政府だったことでしょう。
西洋礼賛が過ぎて「これからは西洋数学! 和算は廃止!」という無茶なお達しが出されたのです。
これにより和算を学ぶ人が激減。
そろばんだけが残ったのは「西洋数学を教えられる人間が少なすぎて、簡単な計算をするにも困ったから」だそうで……なんだか迷走しまくってますな。
★
趣味が高じて新たな仕事(収入源)に繋がる――というのは昨今の副業時代にもフィットしていますよね。
コスパ時代における数学など「それ、なんの役に立つん?」と言われそうですが、何かを極めれば仕事に繋がる可能性はゼロではありません。
関孝和の生き方は、現代にもヒントがあるのかもしれません。
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長月 七紀・記
【参考】
鳴海風『江戸の天才数学者―世界を驚かせた和算家たち―(新潮選書)』(→amazon)
国史大辞典
江戸の数学関孝和/国立国会図書館(→link)
竹之内脩『関孝和の数学』(→amazon)
国史大辞典
世界大百科事典
日本大百科全書(ニッポニカ)