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【徳川家基】
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待望の世子として育つ
竹千代こと徳川家基は、生みの母であるお知保ではなく、御台所である倫子のもとへ預けられ、育てられました。
お知保は世継ぎを産んだ功績により「老女上座」とされましたが、世継ぎを育てる母としては扱われなかったのです。
父に似たのか。聡明な竹千代は、父母を喜ばせました。
そして明和6年(1769年)、竹千代改め家基となり、将軍世子として西の丸御殿へ移されます。
お知保もこれに従い、格式が将軍側室に等しい「浜女中」(浜御殿の女中)とされました。
明和8年(1771年)8月20日、家基の母である倫子が享年34で亡くなると、生母であるお知保が「御部屋様」となるのですが……こうして振り返ってみると、家治が他の男児に恵まれなかったことが浮かんできます。
こうなると、とにかく家基が無事に将軍職へ就くのが重大事。
成長するにつれて文武両道の若者に育ち、同時に政治に対しても強い関心を抱くようになりました。
しかし田沼意次にとっては思いもよらぬ展開となります。
家基は、田沼政治を批判するようになるのです。
権勢を誇る田沼は、幅広い人脈を活かして確たる地位を築き上げてきました。
しかしそのぶん敵も多く、若く理想に燃える家基が批判的になっても不思議がない状況。
そして、その最中に驚愕の事態を迎えるのです。
若くして「謎の死」を遂げる
安永8年(1779年)、徳川家基はわずか18という若さで「謎の死」を遂げました。
鷹狩りに出かけ、体調不良を訴え、その後、突如命を落とすという、あまりに呆気ない最期。
当然、訝しむ声が出てきます。
家基が田沼政治を批判していたことから田沼意次か、はたまた一橋治済による毒殺か――そんな噂が駆け巡りました。
こうした謀殺説は疑わしいものではありますが、よりにもよって家基の生母であるお知保まで信じてしまったとすら伝わります。
残された唯一の子の死に、父の家治は湯水も喉を通らぬほどやつれ切り、落ち込むことこのうえありませんでした。
家基の死の背後にあった政治とは?
田沼意次としては、徳川家基の死を嘆いてばかりもいられません。
急ぎ、次の後継者を決めねばならない――将軍に世子がないとなれば、御三卿から選ぶこととなります。
田安と一橋は吉宗の代に起こされ、清水は家重の代であり格が落ちる。
おのずと田安か一橋に絞られ、田安徳川家には優秀な定信がいました。
彼こそが次の将軍の有力候補と目されたのですが、実は家基の死の前にこのレースから脱落しておりました。
白河藩松平家の跡継ぎとされたのです。
かくして一橋治済の子である豊千代が、家基に何かあった場合に将軍家世子となることに決定。
定信が松平家後継者として定められたときは、よもや家基が命を落とすとは思われていなかったことでしょう。
それが家基が急死したため、豊千代が後に11代将軍・徳川家斉となるのです。
家斉は家基の墓参を欠かさなかったと伝えられています。
こうした世継ぎの決定には、家治の信頼篤い田沼意次が絡んでいたことは確かなことで、田沼意次と一橋には浅からぬ関係がありました。家老の田沼意誠が、意次の弟だったのです。
家基の急死後、謀殺したのは田沼意次か、一橋治済ではないかと囁かれた背景には、こうした政治工作がありました。
家基が田沼政治に批判的であったことも、田沼意次犯人説を強化する材料となったことでしょう。
こうした政治の動きが、田沼意次の悪名を高めたことは言うまでもありません。
田沼政治に批判的であった松平定信は将軍の座から遠ざけられた。
徳川家基は急死してしまう。
背後に何があったのか――当時からそう囁かれても不思議はない要素が積み重なっていたのでした。
★
こうして見ていくと、歴史ミステリとしての田沼時代が見えてきます。
こんなに面白い時代が、なぜ、今まで大河ドラマにならなかったのか?
そう視聴者として唸りたくなるような展開を望んでなりません。
徳川家基がどのような死を遂げるのか?
その前後、政治はどう蠢くのか?
期待して見守りたいところです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
藤田覚『田沼意次』(→amazon)
江上照彦『悪名の論理』(→amazon)
安藤優一郎『蔦屋重三郎と田沼時代の謎』(→amazon)
他