お知保

画像はイメージです(千代田之大奥 元旦二度目之御飯 橋本(楊洲)周延画/wikipediaより引用)

江戸時代 べらぼう

『べらぼう』知保の方は10代将軍家治の側室で田沼意次失脚のキーパーソン

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家基と家治に先立たれる

知保の方の名はその後、天明6年(1786年)に徳川家治が危篤となった際、ゴシップの中に登場します。

開明的な田沼意次は、名高い町医者である日向陶庵と若林敬順を家治のもとにすすめておりました。

しかし、死病とあってはいかなる名医でも手の施しようがありません。

しかもこの頃の意次は、周囲に敵ばかりでした。

幕府内の政敵だけでなく、天明4年(1784年)に世継ぎの田沼意知が斬られて亡くなった際には、江戸の町人までもが欣喜雀躍としたもの。

そんな嫌われ者の意次が、前例に則していない医者をわざわざ勧めたことは、かえってゴシップの種となってしまったのです。

江戸時代の医者/国立国会図書館蔵

当時の大奥は揉めておりました。

知保の方が「田沼が上様に毒を盛った!」と怒り狂っていたというのです。

彼女の息子である徳川家基が夭折した際も意次による毒殺だという噂が駆け巡っておりました。知保の方はこれを信じて恨みを募らせ、家治についても毒殺のため町医者を送り込んだと怒り出したのです。

意次は家治の見舞いへ向かうと、罷りならぬと止められてしまいます。

このとき、家治はもう亡くなっていたとされます。

意次を置き去りにしたまま、彼の政敵たちは次の将軍と幕閣の人事をすすめていたのでした。

家治の没後、天明7年(1787年)、田沼意次の後に松平定信を老中とする人事に反論したのは高岳でした。

そのとき既に知保の方は落飾して蓮光院と称し、二の丸へ居を移しており、政治力はもはや残っておりません。

そして寛政3年(1791年)に死去。

享年55。

文政11年(1828年)、従三位を追贈されています。

御台所でもなく、将軍生母でもないにも関わらず、異例のことでした。

 


ゴシップの種とされやすい立場

生前の知保の方はシンデレラの栄光からほど遠い女性といえます。

大奥と意次からは、政治のカードとして扱われる。

徳川家治からは、世継ぎを産む「腹」と見なされ、生まれたばかりの我が子は御台所のもとへ連れて行かれる。

そして、その世継ぎが夭折してしまう。

家治の死に際しては、錯乱している姿がゴシップとして残されてしまいました。

ただ、知保が根拠なくパニックに陥っていただけとも、思えない点はあります。

画像はイメージです(千代田之大奥 元旦二度目之御飯 橋本(楊洲)周延画/wikipediaより引用)

家基の早すぎる死の時点で、謀殺ではないかと疑う声があがっていました。将軍聖母となる道を断たれた知保は、この謀殺説を信じたくなっても不思議はありません。

家基は田沼政治に反発を見せていました。家治のあと、家基が将軍になると困る人物として、田沼意次の名が謀殺説とともに浮上しても不思議はありません。

しかし、実は田沼意次よりももっと、家治と家基の死が好都合である人物がいます。

一橋治済です。

徳川治済(一橋治済)/wikipediaより引用

この二人が落命すれば、彼の子である豊千代が将軍となります。治済は「将軍の父」になれるのです。

二人の死は知保を「将軍の母」の座から引きずりおろし、治済を「将軍の父」の座に据えたのでした。

前述の通り、徳川家治は、歴代将軍の中でも好色からはかなり遠い部類に入ります。

2024年版『大奥』のようなフィクションで強調されるほど、彼の身の回りは“ドロドロ”しておりませんでした。

むしろそうした寵愛をめぐる“ドロドロ”ではなく、次期将軍をめぐるサスペンスが、知保が脇役として登場するドラマに舞台といえます。

『べらぼう』ではどのような描かれ方になるのか。楽しみに待ちましょう。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
藤田覚『田沼意次』(→amazon
江上照彦『悪名の論理』(→amazon
安藤優一郎『蔦屋重三郎と田沼時代の謎』(→amazon

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