元木網/国立国会図書館蔵

江戸時代 べらぼう

『べらぼう』元木網(ジェームズ小野田)湯屋のご隠居が狂歌の流行を支えた

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江戸の泰平を讃える狂歌師たち

教養を加えた“狂歌詠み”たちは、自らの生きる泰平の世を讃えるようになります。

現代人からすれば「なんだ、ただのリア充自慢かよ」となるかもしれませんが、これには思想背景がありました。

大河ドラマ『麒麟がくる』を思い出してください。あの作品では主役の明智光秀が、戦乱が続く世を嘆き「麒麟がくる泰平の世をめざす」と誓っていたものです。

明智光秀/wikipediaより引用

江戸時代は戦乱がない。これは麒麟到来後の世ではないか――武士らしく朱子学的に考えればそうなります。

江戸はめでたい、理想的な世だ、寿(ことほ)ごうではないか!

それがサークルのノリとして、教養を基にして設定されるのです。

実際『べらぼう』第20回放送では、狂歌サークルの皆さんがはしゃぎ回りながらリア充自慢をしていましたよね。

あるいは蔦重が大田南畝の自宅を訪問した際も、「先生はなんでもかんでも“めでてぇ”んですか」と言い、「了見しとつで、なんでもめでたくなるものよ」と答える場面もありましたね。

馬鹿馬鹿しく思えるかもしれませんし、実際その通りなんですが、あの光景は戦乱の世を生きてきた者たちから見たら、涙ぐみたくなるようなモノでしょう。

それに彼らはある意味「時代を先取りしていた」ともいえます。

サークルでは、身分制度の意味はありません。

武士も、町人も、揃って「屁! 屁!」と踊り、その様は馬鹿馬鹿しいようで実は大変先進的なのです。

男女の別もありません。

儒教倫理では「男女七歳にして席を同じうせず」と言われ、男女が一緒になって文学を楽しむことはまずないはず。

しかし、あの場には元木網の妻である智恵内子も、仲間としてのびのび歌を詠んでいました。

彼らを見ると「なあんだ、我々と大して変わらんよな」と思うかもしれません。違います。彼らが時代を先んじていたから起きたと言えるシーンなんですね。

なお、蔦重の妻も「垢染衛門」という名で狂歌詠みに参加しています。

 


狂歌にビジネスチャンスを見出せ!

狂歌とは、所詮はパロディであり、馬鹿馬鹿しいものでもあります。

当時の世相を知らねば理解しにくく、その場で読んで終わりとする刹那的なものに過ぎません。

いくら遊んで盛り上がっても、その場で終わり、別に記録するほどのことでもない。

それが暗黙の了解でした。

しかし、記録に残し、あえて優劣をつけようという流れになってゆくのは、サークル同士で対抗心が生まれていったためでもあります。

ログを残し、出版し、世の中に問う――。

四方赤良と唐衣橘州という、武士出身者が己の教養と価値観、文才を競う二人は鎬を削ったものでした。

唐衣橘洲(左)と大田南畝(四方赤良)/国立国会図書館蔵

元木網は競うというよりもレフリー役であり、狂歌選集の編集や選者を務めています。

大勢の作品をまとめ、ジャンルごとに分類しまとめてゆく。

そんな作業を元木網ら狂歌仲間同士で集い、成し遂げていったのです。

となると、ここにビジネスチャンスを見出すものがいてもおかしくなありません。

そう、蔦屋重三郎の出番です。

蔦屋重三郎/wikipediaより引用

耕書堂ではこんな書物を出しました。

・狂歌集
・狂歌師細見
・狂歌評判記

作品集や、そのランキング集に、批評。

現代の出版物にも通じる本を蔦重は出してゆくのですね。

風呂屋出身だったはずの狂歌師が、なぜ『べらぼう』でああも目立つようになったのか。

その理由は今後きっちりと見えてくるでしょう。

彼が蔦重のもとで話し込む様子も想像できるではありませんか。

重商主義の田沼時代らしい狂乱のようで、実はこの裏には蔦重の戦略が隠されているのです。その様子を楽しみにしていきましょう。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
揖斐高『江戸の文人サロン: 知識人と芸術家たち』(→amazon
沓掛良彦『大田南畝:詩は詩佛書は米庵に狂歌おれ (ミネルヴァ日本評伝選)』(→amazon
佐藤要人・藤原千恵子『図説浮世絵に見る江戸っ子の一生』(→amazon

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