渋沢栄一と女子教育

津田梅子と渋沢栄一/wikipediaより引用

明治・大正・昭和

渋沢栄一の女子教育はドコまで本気だった? 単なる労働力と見てなかったか

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津田梅子の女子教育とは

『青天を衝け』には、薩摩藩の五代友厚も重要な人物として登場しました。

そんな五代と近い人物が黒田清隆です。この黒田の発案で、日本初の女子留学生がアメリカに向かいます。

黒田清隆/wikipediaより引用

アメリカで彼女らは称賛されました。

「なんて聡明なのだ! 彼女らは日本の宝となるにちがいない!」

そんな絶賛のもと、新聞記事になることもありましたが、帰国したら酷い現実が待っていました。

「アメリカかぶれ娘め。売れ残りだ。嫁に行け」

要するに留学されることは考えていたけれども、受け入れ態勢を整えていなかったということ。明治政府に梯子を外されたのです。

藩閥政治の影響もあるでしょう。

薩摩閥と長州閥は呉越同舟で、足の引っ張り合いを続けています。

薩摩閥が思い付いた女子教育を、ダンスができるレディが欲しい長州閥がどこまで真剣に考えたか。

その答えは津田梅子の人生に反映されています。

明治23年(1890年)ブリンマー大学在学時の津田梅子/wikipediaより引用

伊藤博文のもとで政府は女子教育に奔走し始めたものの、梅子はほどなくして失望。

彼女を理解し、手を差し伸べたのは、留学生仲間やアメリカ人のアリス・ベーコン、イギリス人のナイチンゲールといった海の向こうの人々でした。

津田梅子が掲げたような、女性自身が己の力を伸ばしたいとする女子教育に、渋沢栄一は至っていません。

彼にとって女子とは、あくまで明眸皓歯の持ち主であり、外で働く自分のような男を癒し、子を産み育てる存在でした。

あくまで美女か良妻賢母としてのみ、想定していたのです。

渋沢栄一の伝記には、女子教育に尽力したと過大評価されるものも多いですが、そこは慎重に見なければならないでしょう。

 


資本主義と女性の権利は両立するのか?

『青天を衝け』は、吉沢亮さんが主演を務めました。

脇役も草なぎ剛さん、ディーン・フジオカさんたち美男がズラリと並び、女性ファンが多いとされています。

大河は男性向け、朝ドラは女性向け――そんなことが言われてましたが『青天を衝け』は両者の良いところをあわせたハイブリット作品と分類されるのかもしれません。

しかし、同時に考えたいことがあります。

それは渋沢栄一を形容する「資本主義の父」という言葉。

「資本主義」と女性の解放をめざす「フェミニズム」は、対立するとされています。特に近代以降の資本主義はその傾向が強い。

どういうことか?

女性の地位や権利は、時代がくだれば進歩するものでもありません。

工業と資本主義が発展する近代において、女性はそれまでの時代とは異なる立場に置かれます。

産業革命が発達する以前、女性も労働力として活用されたものの、あくまで家庭の周辺でのことでした。

『青天を衝け』で描かれた血洗島の光景を思い出してください。

渋沢家や尾高家の女性は、藍色の栽培に参加しつつ、男性のために家事労働をこなしています。

それが明治以降、女性には別の生き方が生まれてきます。

都市部の工場で働く選択肢です。

資本主義にとって、こうした女性の労働者である「女工」は使いやすいものでした。

女性であるからには、未婚であれば父親、既婚であれば夫に養われる――そんな建前のもと、賃金は安く抑えられる。男性のように家庭を支えることはないのだから、労働力として価値が安い。

そうして女工は搾取に晒されました。

富岡製糸場のような当初は官営工場だったところならいざしらず、民営業者はいかにして女工を安く確保できるのか、悪知恵を働かせます。

富岡製糸場の繰糸場/wikipediaより引用

渋沢栄一がその悲劇を知らなかったワケがありません。

なんせ渋沢栄一は、女性や未成年労働者の労働条件を緩和する工場法(労働基準法の前身)に反対し、十年以上阻害しています。

「女性は体が弱く、戦争においては役に立たない」という旨のことを主張しながら、その肉体を保護することに反対とは矛盾以外の何物でもありません。

ただしこれは渋沢栄一だけでなく、資本主義の抱える問題といえます。

 


資本主義は金ありきゆえ

資本主義は、金(利益)がすべて。

女性が担う家庭内の労働を無償とすれば、国家の福祉が担う範囲と予算が抑え込める。

こうした考えが危険なのは、さらに「通俗道徳」へ発展することであり、実際、明治以降の世の中はそうなってしまいました。

通俗道徳とは、強度な自己責任論のことであり、国民に「悪いのは自分」と徹底して叩き込み、不満を抑え、貧しい人々は見捨てられたのです。

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そんな状況であるのに『青天を衝け』での栄一は「みんなが幸せになることが大事である」と口にしていました。

大切なのは、その「みんな」の範囲なのです。

例えばフランスで出された『人権宣言』において、人権を有する範囲は、あくまで自国民の男性のみを対象としていました。

これに異議を唱えるように『女性および女性市民の権利宣言』を発表したオランプ・ド・グージュは、些細な罪をでっちあげられ、ギロチンで斬首刑にされています。

近代の人権が規定する範囲は、おおよそこのようなものであり、渋沢栄一も同様でした。

好例がレオポルド2世でしょう。

『青天を衝け』での栄一は、国王でありながら商売の話をするベルギーのレオポルド2世について、興奮しながら絶賛していました。

史実でも似たようなもので、このシーンから渋沢栄一の人権感覚がわかります。

レオポルド2世の商売は、コンゴ自由国の住民を徹底して虐待・搾取する、あまりに残酷な強制労働を課するものだったのです。

ベルギーのレオポルド2世/wikipediaより引用

住民の権利を無視していたからこそ通じる理論ですね。

「みんなの幸せ」という言葉には甘い響きがある。

しかし、その範囲が恣意的に限定されているなら、これ以上の毒はありません。

果たして自分はその「みんな」に含まれる存在なのか?

そう考えると怖くなってくるのは私だけでしょうか。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
鹿島茂『渋沢栄一』(→amazon
土屋喬雄『渋沢栄一』(→amazon
若桑みどり『皇后の肖像』(→amazon

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