◯◯の乱・◯◯の変・◯◯の戦い

平治の乱を描いた『平治物語絵巻』/wikipediaより引用

飛鳥・奈良・平安

「◯◯の乱」「◯◯の変」等の表記にルールはある? 日本史上の戦いをどう呼ぶか

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「◯◯の乱」「◯◯の変」表記のルール
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「役」が「合戦」かそれが問題だ

1051年からの【前九年・後三年の役】はどうでしょうか。

東北の豪族と源氏が長年にわたり戦い、「前九年」と後ろに何もつけないのがデフォでしょう。

同時代に近い『陸奥話記』では

「前九年絵」(前九年の戦いをかいた絵=国立歴史民俗博物館などが所蔵する「前九年合戦絵詞」のこと)

と表現しています。

江戸時代

『仮名手本忠臣蔵』も「前九年」

です。

あえて言えば、鎌倉時代の説話集『十訓抄』では

「たびたび合戦に」
「軍(いくさ)の物語」

とあるので、「前九年の役」よりは「前九年合戦」のほうがすわりがいいかもしれません。

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後三年についても『保元物語』では

「後三年の御合戦」
「後三年の軍(いくさ)あり」

『太平記』でも

「後三年の軍の時」

となっておりますので「~合戦」がよさそうですね。

 


関ヶ原は「陣」か?

新しい時代の戦争については、史料がたくさんありすぎるので、関ヶ原だけでご勘弁(力尽きました~)。

1600年「関ヶ原の戦い」では、江戸時代の井原西鶴

『武家義理物語』などで「関が原の陣」

としています。

もっとも当時の人にとっては

「関ヶ原」=「関ヶ原の戦い」

なので、前九年同様、いちいち「~合戦」とか付けないケースもあります。

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結論:たいしたルールはないよね……

という言い方しかできませんね。有名な戦いになればなるほど「~の戦い」という言葉すら付かないこともうかがえました。

「~の戦い」
「~の変」
「~の役」
「〜の乱」

いずれも明確な規定はできない。よって受験生の皆さまには心苦しいですが、その都度、覚えていただくしかありません。

【法則と例外】で暗記事項を押さえておくのは勉強の基本ですが、それが通じないって辛いですよね。

まぁ、それよりも歴史は流れを掴むことが実は受験でも大切ですので、よろしければ本サイトの過去記事でお楽しみいただければ……。


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