大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は言うまでもなく北条義時が主役です。
そして最初の妻となったのが、血縁的には叔母にあたる八重でしたが、この時代の歴史ファンには、ちょっとした疑問でもありました。
八重と義時がくっつくのは史実的にアリなの?
事は、そう単純ではありません。
史実の北条義時には、正室の比奈(姫の前)がいます。
比企一族の娘であり、劇中では堀田真由さんが熱演されていました。
そこで同時に浮上してくるのがこの問題。
北条義時の嫡男・北条泰時の母は誰なのか?
北条泰時とは執権北条家の御曹司であり、【御成敗式目】を制定した文武両道の逸材ですが、実は、史実においてその母は不明なのです。
ドラマでは「金剛」という利発な少年であり、八重が母という設定でした。
これはなにも脚本家・三谷氏による大胆な描き方という話でもなく、研究者の中にも「八重の可能性がないわけじゃない」とする方もいます。
1242年7月14日(仁治3年6月15日)は北条泰時の命日。
八重と義時の関係、そして泰時の母は誰なのか問題、という二つのテーマを考察してみたいと思います。
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「泰時の母は阿波局」説は怪しい
北条義時の息子であり、鎌倉幕府の第3代執権となる北条泰時。
この泰時が生まれた寿永2年(1183年)は【倶利伽羅峠の戦い】があった年であり、まさに源平合戦の真っ最中でした。
父の義時は二十歳を超えたばかりの青年であり、義兄の源頼朝や姉である北条政子らと奮闘を重ねていた頃です。
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義時は鎌倉に居を構え、そこで金剛という男児が生まれました。
平家は健在で坂東武者にとってはまだまだ忙しい時期であり、かつ義時の年齢や地位を考えても、側室に産ませたとは考えにくい。
生まれた月日まではハッキリしておらず、当時の泰時はそこまで重要な存在とみなされていなかったのでしょう。
では、泰時の母は誰なのか?
「阿波局」とする系図がありますが、阿波局は義時の妹、つまりは泰時の叔母にあたります。
『鎌倉殿の13人』では宮澤エマさんが演じ、実衣という名前がつけられていた女性ですね。
さすがに彼女が母であるとは考えにくく、どこかで誤認されたか、あるいは同名の別人がいたか?
考えられる一つの可能性は、
・阿波局が「育ての母」
ということでしょう。
泰時の生母が何らかの理由で彼を育てることができず、阿波局が我が子のように育てたとすれば、そうした誤認は考えられるかもしれません。
他の可能性としては、
・阿波局が複数いた
ということも有り得るかもしれません。
後白河法皇の寵姫である「丹後局」もそうですが、当時は似た名前の人物が多く、混同されることも少なくありません。
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中世史の研究者である坂井孝一氏は、こんな推論を展開しています。
・初代として、義時の妹(二代)ではない女性が北条周辺にいた
・初代死後に二代目がいた
かように様々な可能性が考えられますが、結局のところ、答えは誰にもわかりません。
ゆえにドラマでは自由に創作しても問題ない部分でした。
『草燃える』の泰時母は「茜」だった
北条泰時の母が大河に出るのは『鎌倉殿の13人』で二度目です。
一度目は昭和54年(1979年)に放送された『草燃える』で「茜」という女性でした。
演じたのは松坂慶子さん(→link)。
三谷幸喜さんは前作の「茜」像を上書きする気合で挑んだとのことですが、では約40年前の「茜」は、どんな女性として描かれていたのか?
出自:大庭景親の娘で、平家の建礼門院徳子の女房
経歴:里帰りの際に義時と出会うが、父が斬首されたため心を閉ざす。頼朝の夜這いに遭い、父親が不明の子を妊娠。義時のもとを去る。義時が見ている中、壇ノ浦で死亡
その後:瓜二つ、同一キャストの白拍子が後鳥羽院の寵姫になる。義時はそんな彼女から目が離せない
昔の大河はかなり自由だった――そんな設定ですね。
同時に、このころヒロインに求められた属性や傾向も見えてきます。
・ロミオとジュリエット
源氏のロミオと平家のジュリエットといえる関係性であり、古典的だからこそ盛り上がりました。
もうひとつ特徴があります。
・性的同意の無視が許容される
義弟であり、信頼できる家臣の妻に夜這いをかける源頼朝とは、一体どういうことか。
今ならば考えられない発想でしょう。
『鎌倉殿の13人』では、確かに源頼朝も下劣な性的逸脱をしていましたが、こちらの場合は相手の同意は取っています。
そんな下劣な設定をしてまで、なぜ夜這いをさせたか?
・源氏断絶を避けるため?
泰時が頼朝の子であれば、源氏の血筋はそっと続いていたとも見なせます。
源氏将軍の断絶というショックを回避する効果はあったのかもしれません。
・「冷蔵庫の女」
「冷蔵庫の女」とは、アメコミ『グリーン・ランタン』において、主人公の恋人が殺されて冷蔵庫の中に入れられていたことが由来とされる概念です。
男の目につく形でヒロインが死ぬ事により、奮起させるという効果がある。
近年の大河ドラマですと、2014年『軍師官兵衛』が典型的です。
史実では官兵衛の妹が婚礼で殺されていますが、作中では淡い初恋の相手がそうなっていました。
しかし、こうした展開は「なぜ男を奮起させるために女を殺さねばならないのか?」と現在では問題視されています。
表現は自由と言えど、社会の成熟に比例して劇中の展開もアップデートされるものです。
かように1979年に登場した「茜」は作品当時の女性感が反映されていて、『鎌倉殿の13人』における泰時の母も自らの意思を持って行動する、2022年の作品らしいヒロイン像となりました。
泰時は、義時が二十歳の時の子供です。
となると八重――新垣結衣さんが演じる彼女が母でおかしくありません。
では、史実の八重が、泰時の母である可能性はあるのか?
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