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【北条政子の評価】
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令和:中世初期に寄り添って
『鎌倉殿の13人』の政子は、2020年代らしさが反映されていると思える描写があります。
三谷幸喜さんの2016年大河ドラマ『真田丸』では、北政所と淀の方が対立する描写はなされておりません。
この女同士のバトルが豊臣家を滅亡に導いたという話は、後世創作され、引き継がれてきただけのものであり、彼は取り入れませんでした。
鎌倉殿の13人では、序盤の時点から、政子は自らの意思で行動しています。
父や兄の思惑ではなく、自らの意思で頼朝に対してアプローチ。
妹の実衣に対し「荒々しい坂東の男とは違う、そんな存在を求めていた」と自らの野心を語る場面もありました。
政子の聡明さも現れています。
頼朝がアジが嫌いだと知ると、その理由は小骨が多いことだと気づき、それを取り除いて食べるよう促す。彼女の機転が生きています。
人物を見抜く能力もあります。
父・時政と兄・宗時はどうにも能天気なところがある。そう頼朝相手に認めつつ、弟の義時は違うと語るのです。
そんな政子の像は、オープニングにおいても予見されています。
戦う武者たちを見下ろすようにそびえたつ巨大な尼将軍の姿――女人入眼を示す像がある。
女性らしさにふさわしい花も、柔らかい色彩もそこにはありません。厳然たる権力者の像です。
北条義時が主役でありながら、義時の妻ではなく、姉であり権力者である政子が堂々と二番手につけている。
主役の義時に、野心はあまり感じられません。むしろ頼朝に対し、姉の政子から遠ざかるようにと告げていたほど。
平家の支配のもとでも穏やかに暮らせているし、このままで構わない――そう思っていたにも関わらず、野望を抱いた兄や姉に翻弄され、巨大な渦に巻き込まれていった。
興味深いことに、これは『草燃える』とは反対の構図といえます。
かつては姉が、弟や周囲に巻き込まれたのに、今度は弟が、姉や周囲に巻き込まれてゆく。
三谷さんは『草燃える』を上書きしたいと語っています。塗り替える要素の中にジェンダー観があることも義時と政子の像から見えてきます。
時代考証を務める木下竜馬さんのコメントを見てみましょう。
北条義時らが生きた中世初期(平安末~鎌倉期)は、江戸時代や戦国時代からイメージされる伝統日本とはかなり異質な時代です。
暴力、名誉、国家、法、イエ、ジェンダー……などなどの面において、後代とはずいぶん違う価値観で時人は暮らしていました。
創作では、ややもすると、現代に引き寄せた言動を歴史上の人間にさせてしまう“擬人化”に陥りがちですが三谷さんや制作陣はなるべく中世初期という時代に寄り添おうとしています。
わたくしは、歴史学の成果をお伝えすることで、それをサポートしたいと思います。
ジェンダーも、後代とはずいぶん違う価値観にあげられています。
政子像は中世初期に寄り添って、女人入眼に原点回帰したのではないでしょうか。
歴史は女性を再発見する
時代が求める女性像は変わりました。
2010年代に女性たちから熱い支持を集めたディズニーヒロイン代表は『アナと雪の女王』シリーズのエルサでしょう。
「ありのままの姿を見せるのよ」
そう歌うエルサは王子を待つわけではない。結婚するかどうかも問題ではない。
一作目で解放されると、二作目では己を探求する旅へ向かいます。
そのときのエルサは、フルメイクと派手なドレスを着ています。
この時代に世界中で大ヒットしたドラマには『ゲーム・オブ・スローンズ』があります。
中世ヨーロッパを基にしたこの劇中では、女性であろうが政治や権力に関わり、「玉座をめぐる戦い」に参じる姿が描写されている。
男の影に隠れているだけではない女性像が提起されたのです。
ゲームオブスローンズ シーズン8第6話 あらすじ相関スッキリ解説【最終回】
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こうしたエンタメだけでなく、さまざまな研究分野、歴史においても、その見方は大きく転換してゆきます。
2019年にキャロライン・クリアド=ペレス『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(→amazon)が発表されました。
ありとあらゆる分野において、存在したはずの女性が排除され、ファクトそのものが歪んでいると指摘したのです。
これは歴史分野にもあてはまります。
発掘するなり文献を調べるなりしていれば出てくる女性の痕跡――それを極めて稀な例外であるとか、何かの間違いであるとか、排除することはしばしば発生していました。
そんな偏見を取り去って歴史をみてゆくと、女性の姿が見えてきます。
◆ 有名なバイキング戦士、実は女性だった(→link)
今から1000年以上前、現在のスウェーデン南東部にあたるビルカという都市で、裕福なバイキングの戦士が葬られた。
立派な墓には、剣と矢じりが添えられ、2頭の馬も一緒に埋葬されていた。
バイキングの男にとって理想的な墓である……たいていの考古学者はそう考えていた。
ところが、研究者が遺骨のDNAを解析したところ、予想外の事実が確認された。
墓の主は、女性だったのだ。
◆ 9000年前に女性ハンター、「男は狩り、女は採集」覆す発見(→link)
古代の狩猟採集社会における男女の役割については数十年にわたって議論が続いているが、今回の調査結果は、そこに新たな証拠をもたらすことになる。
先史時代には男性が狩りをし、女性は採集と育児をしていた、というのが広く知られている考え方だ。
だが一部の学者は、こうした「伝統的な」性別による役割分担は、19世紀以降の世界の狩猟採集民を調査してきた人類学者の記録に由来するもので、古代の人々にも当てはまるとは限らないと主張してきた。
考えてみれば、何も不思議なことではないのでしょう。
人は、男女ともに助け合い、父母両系を頼りにした方が、生存率が上がります。
女性を権力なり、資産から排除することが可能になったのは、文明がある程度進化してからのこと。
ヨーロッパのコルセットにせよ、中国の纏足にせよ、文明が進展してから女性を縛る装飾として登場しているのです。
飾りたて、男を喜ばせ、男が金を稼いでいる間に家を守る女――そんな都合のよい存在を作り上げて「これぞ女の本質である。女はそういう生き物だ」と言い続けてきたからこそ、その認識が刷り込まれていったのです。
私たちには北条政子がいる
人類の進化とともに女性像は変わります。
『鎌倉殿の13人』における政子は悪女であるか、はたまた聖女であるか、話題になっています。
そこで踏まえたいのは、悪女にせよ聖女にせよ、いわば2020年代の定義であるということです。
時代がもっと進化すれば『鎌倉殿の13人』の北条政子像は「当時ならではの限界がある。上書きしなければならない」となるかもしれません。
それはそれで、きっとよいことでしょう。
ドラマや演劇、エンタメの批評も変化してゆきます。
海外では既に定着していた「フェミニズム批評」の潮流は日本にも到達しています。
韓流ドラマはこの点において先行しており、それがブームを後押しする背景にあります。
そんなもん無視して日本の大河を追求すればいい!
そう強がったところで「じゃあ韓流時代劇でも見るね」と流れてしまったら、もう取り返しはつきません。
中国語圏の華流時代劇にせよ、「中国は伝統的に女性を抑圧してきた」という偏見を跳ね返すべく、ジェンダー面で挑戦的な作品が増えています。
ディズニーが『ムーラン』をテーマにしたこともあり、強い中国人女性像は世界に広まりつつあります。
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韓流や華流ドラマは日本に入る過程で「ラブ史劇」というよくわからないキャッチフレーズがつけられることがしばしばあります。
しかし、じっくり見ると女性の活躍や男女観へ疑問を呈示する作品がしばしばあるのです。
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東洋の国々は男尊女卑であり、女性が統治することはなかったのか?
こんな問いかけへの答えも、出されています。
韓国ならば善徳女王。
中国ならば武則天が代表枠です。
こんな状況で、日本だけ空白ではあまりにまずい。
イマドキ「日本の女性といえば芸者だね」と言われることは、ほぼありません。
そういうことを主張してくる方はアジア人女性に何か偏見とフェチがあると不信感を抱かれるのがオチです。そこで
「日本代表は北条政子!」
と言える状況にすることこそ急務ではないでしょうか。
大河はもはや日本人だけのものではありません。
北条政子を世界史上における素晴らしい女性として押し出す。
そんな責務も『鎌倉殿の13人』にはあったと考えたい。
私たちには北条政子がいる――そう堂々と言えることを願ってなりません。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
野村育世『北条政子』(→amazon)
関幸彦『北条政子』(→amazon)
清水克行『室町は今日もハードボイルド―日本中世のアナーキーな世界―』(→amazon)
国立歴史民俗博物館『新書版 性差(ジェンダー)の日本史』(→amazon)
佐藤信弥『戦乱中国の英雄たち』(→amazon)
若桑みどり『皇后の肖像――昭憲皇太后の表象と女性の国民化』(→amazon)
北村紗衣『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(→amazon)
北村紗衣『批評の教室』(→amazon)
他