源義経を描く物語においてヒロインといえば静御前――てっきり彼女が正室かと思ってしまいますが、実は別にいます。
文治5年(1189年)閏4月30日が命日の郷御前です。
大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で、菅田将暉さん演じる源義経が比企能員(佐藤二朗さん)から比企氏の娘を紹介され、そのまま一晩過ごした相手ですね。
あるいは、京都で義経が静御前と懇ろになると、暗殺者を雇ってまで夫を奪い返そうとした姿を忘れられない方もいらっしゃるでしょう。
郷御前は比企尼の孫で、なんともハラハラさせる存在でしたが、史実では一体どんな女性だったのか。
その生涯を振り返ってみましょう。
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ドラえもんのしずかちゃん
日本の国民的漫画アニメに『ドラえもん』があります。
なぜ、そんな話をするのか?というと、同作品のヒロイン“しずかちゃん”に注目したいから。
彼女のフルネームを頭の中でそらんじていただけますでしょうか。
源静香――。
源
と
静
そうです。明らかに義経と静御前を彷彿とさせる名前ですよね。
永らく理想のヒロインとして日本の漫画アニメ界に君臨してきた彼女のモデルは誰なのか。
実は議論の的になるほどですが、この「源+静」という名前に、全く義経と静御前の影響がないというのは不自然でしょう。
この名前には、源義経と結婚したから源静香になった――という認識も込められています。

源義経/wikipediaより引用
結婚後、女性が改姓することが制度化されたのは明治以降であり、平安末期から鎌倉時代にはあてはまりません。
それでも敢えてそう称するところに、作品が発表された当時の女性観が反映されました。
判官贔屓とされるほど日本人が義経を愛し、そこに合致した静御前。
正室と勘違いするほどの存在感となるのも無理はありません。
一方、そのために陰に追いやられたのが、本物の正室・郷御前です。
悲しいかな、後世における注目度は極めて低いですが、頼朝政権では権勢を振るった比企一族の娘です。
当時、その存在は決して小さいものではありませんでした。
比企氏の女性たち
郷御前に限らず、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』には比企氏の女性が複数名登場しました。
道は名前が伝わっておらず、この名前は創作です。
里は、伝承で伝わっている「郷御前」から取ったと考えられます。
『鎌倉殿の13人』の脚本は『吾妻鏡』を元にしていて、比企一族は北条一族と対立し、滅ぼされることになります。
源義経も兄・頼朝と対立した結果、奥州へ追い詰められ、滅亡しました。

かつては源頼朝、近年では足利直義では?とされる神護寺三像の一つ(肖像画)/wikipediaより引用
最終的に敗北した比企氏。
ゆえに彼らの記録は決して多くなく、一族の女性についてとなると更に減ってしまいます。
唯一の例外が頼朝を支え続けた比企尼であり、他の比企一族の女性たちの発言や行動については、ドラマの創作である可能性が高くなります。
『鎌倉殿の13人』では、要所要所で女性の意見が重用されていましたが、それは当時の価値観を反映させて女性の発言権を示してのことでしょう。
ここでは郷御前を「比企の娘」として扱っています。
彼女の父は武蔵国の豪族・河越重頼ですが、血統で重視されたのは「比企尼の孫」であることでした。
比企一族が頼朝に重用された大きな理由は、比企尼が乳母を務めていたことになります。
中世のこうした女系重視は時代が降ると変容するため、わかりにくくなっています。
河越の娘としてよりも、比企一族であることが重視されていることも踏まえて話を進めさせていただきます。
比企vs北条
『吾妻鏡』によると、義経と郷御前の結婚は元暦元年(1184年)9月14日とあります。
この年は、義経が破竹の勢いで平家を破り、次から次へと戦功を打ち立てていた頃。
頼朝の弟として存在感を強め、頼朝の代官として在京するまでになっていました。
そんな輝かしい相手に嫁いだのですから、比企一族としては意気揚々だったでしょう。
史実――つまり『吾妻鏡』の記述をもとにすると、本来、郷の出番はその辺りからでおかしくはありません。
それでも実際の劇中では、かなり前倒しをして、【亀の前騒動】が起きた治承5年(1181年)に早くも郷を義経に接近させました。
なぜそうしたのか?
公式の説明としては、
・亀の前騒動を受けて北条時政が伊豆へ戻ってしまったこと
が挙げられています。

北条時政/wikipediaより引用
ここが【北条一族vs比企一族】における権力ポイントの分岐点とでも言いましょうか。
養和元年(1181年)における、史実の力関係を天秤にかけるとこうなります
鎌倉入りを果たしながら、頼朝が挙兵したときから御家人と比較すると、武功で劣る比企一族。
しかし彼らは、万寿の乳母を任されたことで、権力欲が芽生えでもおかしくない状況となったのです。
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