ご存知のとおり、日本の武家政権は3つ。
鎌倉、室町と続き、さらに江戸へと続きますが、どの時代においても割りを食っているのが2代目でしょう。
・源頼家
・足利義詮
・徳川秀忠
と名前を並べてみても、なんだかピンと来ない……という方が多いかもしれません。しかし!
実はそれぞれの人物も結構個性的。
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今回のマンガ「日本史ブギウギ」第185話は、そんな二代目の中でも徳川秀忠に注目だー!
※文中の記事リンクは文末にもございます
福島改易
◆出ました、賤ヶ岳七本槍の福島正則さん!
【関ヶ原の戦い】では、家康の警戒する豊臣派東軍の中でも先頭切って戦い、江戸幕府の設立には非常に貢献したんですけどね……。
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名古屋の思い出
◆幕府の締付けにより49万8千石から4万5千石へと驚異的な石高ダウン。
程なくして福島正則は引退を決め、息子の福島忠勝に引き継ぎますが、同家の不幸はそれで終わらず、この息子が早世してしまいます。
さすがにこれには戦国きっての荒武者も堪えたのでしょう。
正則は4万5千石のうち魚沼郡2万5千石を幕府へ返上するのですが、なんとなんとこの正則が亡くなったとき、幕府のチェックが入る前に荼毘に付してしまい、残りの2万石も取り上げられてしまいます。
つまりは改易……(後に旗本として復帰)。
慌ただしくも後世に名を残した福島正則さんの詳細は、以下の記事にてご確認ください。
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ちなみに酒好きが程にもある話は以下へ……。
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切支丹弾圧
◆江戸幕府の二代目を継いだのはご存知・徳川秀忠。
その脇を固めていたのが、「家康の隠し子では?」とも囁かれる土井利勝でした。
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家康の時代には、何かこうハッキリとはしなかった切支丹対策。
二人はどう向き合っていくのでしょう。
京都の大殉教
ポルトガル船
オランダ船
東インド会社
そして鎖国
◆鎖国のイメージが強いからでしょうか。
戦国時代から江戸時代にかけての日本人は国内で戦いに奔走していた――そんなイメージがありますが、実際は、アジア各地の拠点に航路を張り巡らせ貿易に勤しむ者もおりました。
タイの日本人町で勢力を伸長した山田長政もその一人でしょう。
しかし、そんな日本の航路を奪うようにして、勢いをつけてきたのがオランダ。
ポルトガル・スペインのみならずイギリスも排除して、ついには日本との独占的な交流を手にします。
宗教を排除し、通商に徹底した姿勢が幕府の方針と合致。というか合致させたのでしょうね。
名より実を取る冷徹さは現代の私達も学ぶところがあるかもしれません。
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著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休
武将ジャパンで新感覚の戦国武将を描いた『戦国ブギウギ』を掲載!
















