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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第2回「吉原細見『嗚呼(ああ)御江戸』」】
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迫る源内、迫られる重三郎
「お前さんさぁ……お前さん、改めて見ると相当いい男だね」
「え?」
おう、それな。
美男というのは心づもりも大事です。
しかし重三郎はそこを意識せず、常に和犬のようにコロコロ愛嬌たっぷり、ちぎれんばかりに尻尾を振っているばかりなので、澄まし顔になることがない。でも美形なんだよな。
源内は気付き「いいじゃない!うん」と迫り出しました。
想定外の事態に困惑する重三郎。
「なあ、お前さんが花魁の格好したらどうだい?そしたら俺書けんじゃねえかなぁ、うん!」
「花魁の格好?」
「ハハハハハハ、何もしやしねえよ!」
「ほんだすかい?じゃあ……やりましょうか」
しなだれかかる源内相手に、そう返すしかない重三郎。まあそのくらいなら、やるしかねえな。
するとそこで戸が開きます。
「おぶしゃれざんすな!」
傘を手にした男姿の花の井がスススと座敷に入ると、キッと見栄を切りました。
「べらぼうめ!」
その姿の美しきこと、天岩戸から出てきた天照大神か。
その凛々しきこと、はたまた日本武尊か。
性を超越した神の如き姿がそこにはありました。
源内にとっての天女とは“瀬川”
傘を閉じると、花の井は平賀様に無礼を詫びつつ、こうきました。
「なれど、男を差し出したとあっては吉原の名折れ。叶うことなら吉原はあの平賀源内をも夢幻に誘ったと言われとうござりんす」
「女郎が男の格好をして俺の気を引こうって魂胆かい?」
「男? 果たして男かどうか。今宵のわっちは“瀬川”でありんす」
こう言われ、源内は黙り込みます。
花の井は、源内が瀬川を所望しているのを聞いていました。
ここにも瀬川はいないのか――この「にも」という心を読み、彼が今は亡き歌舞伎役者の二代目瀬川菊之丞を思っているのだと。
初回冒頭の明和9年(1772年)の翌安永2年(1773年)、33の若さで亡くなっていたのです。
平賀源内は、一晩だけでも「瀬川」という名の者と過ごしたかった。別の誰かでもいいから、そうしたかったのだと。
今の松葉屋に「瀬川」はいない。それでもわっちでよければ「瀬川」と呼んで欲しい。そう花魁は語りかけるのでした。
「引け四つまでのただの戯れ、咎める野暮もおりますまい」
「諸国大名弓矢で殺す。松葉の瀬川は目で殺す……ってなことかな」
「ええ」
花魁の流し目に引き摺り込まれるように、源内もそう返します。
かくして話がまとまりました。もう夢が始まりました。こうなると重三郎は邪魔です。とっとと去(い)ね。
「わかりました、お楽しみくだせえ、ご両人!」
悟った重三郎は去ってゆきます。
迂闊なお調子者でも生きてゆけてこそ泰平の世
そのころ蔦屋の前では次郎兵衛が呑気に煙管を吸っていました。
重三郎が戻ってくると、呑気な口調でこう声をかけます。
「も……どこで何してたんだよ、重三!」
「ちと疲れたんで寝ます」
「あ? え? 俺だって疲れてんだけど」
重三郎は薄い煎餅布団を敷くと、ゴロリと寝ちまう。どこか悔しそうに声を上げる重三郎に、どうしたのか?と唐丸が聞いてきます。
「あいつに助けられちまってよ。情けねえ……」
いやあ、重三郎よ。何か詰まるとすぐに花の井に助言を求めているじゃないか。源内に迫られたとき、本気で怯えて危機感を覚えたからこそ、救われたって印象的だったんですかね。
しかし重三郎よ。お前さんは他の年の大河ドラマなら、桜が咲く季節の前、序盤で無惨な死に方をするお調子者の脇役枠だ。
色々勘違いして突っ走っているけれども、これが戦国乱世幕末ならとっくに胴体と首は別々よ。
『麒麟がくる』では諸国をめぐり、情報収集をする伊呂波太夫一座がいた。
あれは彼女が相当の切れ者だから成立するのであって、同じエンターティナーでも重三郎なら確実に殺されている。光秀が「むごいことを」と眉を顰めながら合掌する生首にでもなっていたことだろう。
コーエーテクモゲームスのシミュレーションの世界だったら、よいパラメータがつかない。せいぜいが『太閤立志伝』シリーズで遊ぶ芸人キャラ枠だ。
こんな迂闊なお調子者でも、死なずに生きていける。これぞ泰平の世というやつか。
さて、そのころ、源内のいる部屋の布団は乱れひとつなく、同衾していないことは明確です。
「あいつはお前さんに惚れてんのかい?」
そう源内が問いかけると「瀬川」は笑い飛ばします。
「重三が誰かに惚れることなどござんすのかね。どの子も可愛や誰にも惚れぬ。あれはそういう男でありんすよ。己では気づいておらんでしょうが……」
そう言いつつ、煙管を吸う横顔の凛々しくも、どこか寂しげな美しさよ。
あれだけ誰にでも優しいと、贔屓になるから誰か一人を愛するわけではない。自分一人のものにできないことを花魁は嘆いているようです。
多くの男の心を蕩かすこの美女が、たった一人の男をものにできないこのもどかしさ。
「ふーん……」
源内はそう返し、こう頼むのでした。
「瀬川。ひとつ、頼みがあるんだよ。ひとつ、舞っちゃくれねか」
夢幻の夜 最愛の人との逢瀬
翌朝のこと。
「瀬川に渡した」という銭内の書き置きが蔦屋の前にあります。
花の井が、稲荷の前で重三郎に「序」の原稿を渡してきました。重三郎がお礼を言うと、源内先生とお近づきになりたくてでしゃばったのはわっちだと返しています。
どうやら花の井は肩が痛いらしい。なんでも男一筋だけに求めが変わっていたとか。
「変わった求め?」
そう重三郎が聞き返します。
源内は舞を所望しました。三味線を演奏しようとするとそれを止め、菊之丞の稽古のようにして欲しいと頼んできました。
菊之丞は時々源内の家で稽古をしていた。それを見るのが源内は好きだった。そういうのが見たいのだと。
鼻歌にあわせ、踊る瀬川。かつて菊之丞も、そうして踊っていました。
大勢の心を蕩かす役者の姿を自分だけが目にする喜び。あの思い出が胸に蘇る源内。
所作指導をつとめる花柳寿楽さんが扮する菊之丞の、露に濡れた白菊のような艶やかさが際立っています。
それを見終えたら源内は風にあたりに外へ出て行き、戻ってきたら「序」を書いてくれたそうな。
重三郎は素朴に「すげえ」と感心しています。
「まあ、せいぜい、お励みなんし。じゃあ」
「花の井。ありがとな。助かったわ」
「朝顔姐さんのこと、悔しいのはあんただけじゃないから。吉原をなんとかしなきゃって思ってんのもあんただけじゃない。籠の鳥にできることなんて知れてるけど、あんたは一人じゃない。じゃあ」
そう言い残し、去って行く花の井でした。
繁盛繁盛 ああ お江戸
さて、風にあたりに吉原を歩いて書いた源内の序文とは?
男一筋の源内は、吉原流に女の品定めをする。
目、鼻筋、口、生え際、肌、歯を順番に見ていくとか。
吉原は女をそりゃ念入りに選ぶ。
とはいえ、牙あれば角はない。柳の緑に花はない。知恵のあるものは醜い。美しいのに馬鹿あり。静かな者は張りがなく、賑やかな者はおきゃん。何もかも揃った女なんて、いないと。
それどころかとんでもないものもいる。
骨太。毛むくじゃら。猪首。獅子鼻。棚尻。虫食栗。
ところがよ、引け四つ木戸の閉まる頃、これが皆誰かのいい人ってな摩訶不思議。世間ってなぁまぁ広い。繁盛繁盛、ああ、お江戸!
そう締めくくるのでした。
これには受け取った鱗形屋も大満足。採用です。
重三郎は「序」をとるにかかった費用をおずおずと求めるものの、勝手にやったことに出す金はねぇと断られます。
それも予想の範疇だったのか。重三郎は素直に従い、今度は『細見』を改めたいと言い出します。
たとえば潰れた店が黒塗りになっているとか。いなくなった女郎の名が掲載されている。そこを改めて欲しいと要望を出すのです。
鱗形屋は「重三郎がやるならいい」と答えますが……それってただ働きじゃねえか。
それなら全然構わねえと言いきる鱗形屋。食えねぇヤツだな。いや、重三郎がちょろいのか。
実際、やると張り切ってますからね。
重三郎はコソコソ店を周り、状態を調べて書き留めることに。バレたらまた「桶伏せ」を喰らうんじゃねえか。大丈夫か?
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