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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第31回我が名は天】
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市中を見回る長谷川平蔵
配布所では「米がねえのか!」「この子に死ねってのか!」という江戸っ子の怒号が聞こえてきます。
ものを配られておきながらガラが悪いと思うかもしんねえけど、江戸っ子なんてこんなもんよ。
蔦重は門前に佇む笠を被った武士に気付きます。
長谷川平蔵じゃねえか!
蔦重に「文無しになったのか?」と気にかけているところが、いいヤツですね。そうではなく届け物の帰りだと返す蔦重。
近況を聞かれた平蔵は「御先手弓頭」になったと顎をあげ、得意げに言います。
これがなかなか重要でして。御先手弓頭とは番方(武官)の要職で、火付盗賊改方に就任する上で必要なルートなんですな。
一足飛びで「次はいよいよ奉行か、ってことでな」と得意がっておりますね。
ちなみにこの長谷川平蔵は、火付盗賊改として大人気となり、奉行になって欲しいと江戸っ子たちも願ったモンですが、そうなる前に急死しちまいます。随分と先の話ですが。
さて、平蔵はどこまで出世を意識しているのか。それとも市中大好きなのかは知りやせんが、連日見回りを欠かせねえそうです。
「ところで、日本橋は大丈夫か? 盗みや押し込みも増えておるゆえ、何かあったらすぐ申せよ」
ちゃんと職業意識を見せ、防犯警告をする平蔵。
これを聞き、蔦重はご公儀のお救い米がもう出せないのかと気付き、驚いています。
「とりあえず、出せるものは出してしまったのではないかの。大水の手当てで不振もあるし、物入りでもあるし」
そう返すしかない平蔵。さらにはこうきたぜ。
「もはや、裕福な町方の助けが頼りだ」
確かにそれが江戸統治の本質でさ。
町方は年貢はないぶん、街の治安や統治に協力します。火消しがそのわかりやすい一例ですね。
味噌を配っているという「山本町の旦那衆」も、そうした裕福な町方による助けとなります。
こういう民間による援助に頼り切らず、医療、福祉、防災、通信を国家が担うことが近現代の国家であることを頭の隅にでも入れておきやしょう。なんでも民営化ってぇナァ、時代に逆行することでもあんのさ。
さて、ここで平蔵の仲間である磯八と仙太が、向こうで喧嘩だと訴えてきます。平蔵は爽やかな笑顔を見せ、スタスタと駆け去ってゆく。
何気ない場面だし、平蔵が実によい味を出しておりやすが、当時の社会構造をコンパクトに説明する秀逸な場面だと思います。
「貸金会所令」は最悪のタイミングで出てしまった
平蔵の言葉に感銘を受けたのか。
蔦重は彼を見送ると何か合点のいったような顔になります。
そして地本問屋の集まりで「お救いをしよう」と提案しました。
が、通油町は厳しいとそっけなく返されます。
自分たちだけで手一杯。町の不審もやらねばならないとぼやかれる始末です。
なんでも材木も、普請(工事)の手間賃(人件費)も跳ね上がって大変なんだとか。
蔦重が、値上げ禁止のお触れが出たはずだと不思議がりますが、実質的に効き目はないそうで。米、紙、墨、板、絵の具も値上げラッシュがくると予測されています。
「どっかから、金降ってきませんかね?」
そうぼやく蔦重。
「どうやらお上もそう思ってるようですよ」
そう返す鶴屋喜右衛門は淡々とした口調ながら、怒りと軽蔑が込められています。
懐から出してきたのは田沼意次の経済政策「貸金会所令」、タイミング悪く、このときに出されてしまいました。
復興増税にしか見えませんわな。
お救い米もろくに出さねえくせに増税か――江戸っ子の怒りは膨れがあってゆく。
お上には血も涙もない。その金でてめえらの屋敷でも直すって話……と、流言飛語は広まるばかり。
「お上ってのは私たちも生きてるとは考えないのかね」
ふくもそうこぼしています。
貸金会所令はあらゆるところで誤解を呼び、田沼意次にとって致命的な逆風となってしまいました。
ちなみにこれを提案したのは三浦庄司です。
彼が一橋治済のスパイという説もSNSでは飛び交っているようですが、私としては意図してではなく、結果的に失敗となり、田沼意次の失脚を加速させてしまっただけだと思います。
これを受け、松平定信が田沼意次に諫言をするために向かってゆきます。
背後には「黒ごまむすびの会」の連中。
定信は「溜間(たまりのま)、帝鑑間(ていかんのま)よりお願い申し上げる」と言います。江戸城の特定大名が詰める場所であり、諸大名を代表して幕政に物申すということです。
意見とは、貸金会所令の取り消しでした。意次が歯切れ悪く説明をしようとするも、それに被せて定信はこう言います。
「以前にも申したが、諸国の民は飢饉を乗り越えたばかり。市中も此度の大水で困り果てておる。その者らより取り立てた金で我が身を凌ぐなど、末代までの恥さらし! 武士の風上にも置けぬ。将軍家にお仕えする身とし、取り下げとするまで一歩も引かぬ覚悟」
きっぱりと、長いセリフを言いきる井上祐貴さんが素晴らしい。
さしもの意次もこう返すしかありません。
「然様な無分別なお振る舞い、とても越中守様のなさることとは思われませぬが……是が非かの御裁可を下さるのは上様。決められたのは上様にございますぞ!」
「窮すれば上様を持ち出す。虎の威を借る狐とはそなたのことだ」
反論の余地のないことを言い返す定信。これは理詰めで返せない意次も悪い。
窮した結果、「月次御礼(つきなみおんれい)」の席で上様に直にご意向を伺うのはどうかと返すしかありません。結局、虎の威を借るとみなされても致し方ない態度ですね。
「ならぬ。甘言を弄し、上様を籠絡するつもりであろう。今、ここで返事をせよ」
「……上様のご意向なき我らの返答など、何の値打ちもござらん」
「今ここで返事をせよ」
定信は何度も迫ってきます。
意次はもう終わったかもしれません。もしもここで、虎の威ではないものを持ち出せたら話は違います。以前は意次に味方したはずの松平康福も、水野忠友も、黙ったままではありませんか。
ただし、その場は、意次の粘り勝ちだったのか。定信は、月次御礼で決定になったと一橋治済に報告しています。
定信は意気軒昂で「あたう限りの大名から取りやめの嘆願を集め、上様に申し上げる次第」と言い切ります。そのためには一橋様から一筆いただきたいのだとか。
「然様なことはせずとも、天は見ておられようぞ。正しき者は誰か」
定信に対し、治済は背を向けて庭を見ながらそう言い、ニッと快心の笑みを浮かべます。
治済は、知保が作ったという醍醐を差し出されて、驚いています。
滋養のつくものと思ったものの、随分回復したため無用ですねと逡巡している知保。それでも家治は素直に喜んでいます。
「醍醐……父上もよく食しておられた」
前述した通り、吉宗、家重、そして家治へ繋がれた味ということです。
その頃は田安家が作り納めていたので、越中守(田安家出身の松平定信)から作り方をお教え願ったと知保は告げています。
家治は迷い、こう言います。
「ああ……しかし、食べつけぬものは体に障ってしまうこともあるからのう。そうなればまた医師を案じさせることにもなるだろうし」
するお、すかさず大崎が、家治の優しさにつけこんだことを言い出します。
「田安は取り潰しが決まっております。何卒一口でも、お召し上がりいただければと越中守様も仰せにございました」
「そうであったな。では、毒味を……」
家治がそう答えると、大崎が毒味のため醍醐を持ち去るのでした。
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