蔦屋重三郎の依頼を受け、喜多川歌麿が吉原女郎の大首絵を描いています。
「間夫(まぶ)を待って歌を詠んでいるように」
と、具体的な注文を出す歌麿。
理想化された様式美の中にいる美女から、生々しい恋心を抱く美女へ――浮世絵の歴史が変わってゆきます。
女郎たちも、歌麿先生は美人に描いてくださると嬉しそう。
一方で蔦重は、「花魁がどこか地味になった」と話しかけておりました。

『雛形若菜の初模様 松葉屋瀬川・さゝの・竹の』鳥居清長画/wikipediaより引用
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地味になった吉原に咲く花
蔦重を前に、忘八親父たちがぼやいています。
昔のように着物を作ってくれるお大尽はもういない。呼出ですらそう。身請けの上限も五百両になった。見栄を張り合う客もいない。何もかも倹約倹約。
これじゃただの岡場所だとりつが嘆きます。
これはただの商売の話なのでしょうか?
序盤では、吉原は将軍様公認ということが何度も言われておりました。
それが「ただの岡場所と変わらなくなった」ということは、将軍様の権威が低下している兆しがあると言えなくもない。
浮世絵にせよ、歌舞伎にせよ、そういうところはあります。
狩野派の絵や能楽など、将軍の権威が背後にあるものよりも、そうでないものが上になってゆく。そんな社会変化の兆しも見てとれるのではないでしょうか。
蔦重が「呼出は別格と触れ回らなければいけねえ」と気合いを入れ直すのは、吉原育ちの人間ならばそう発想するだろうという話で、果たして世の流れに合っているのかどうか。
続く扇屋の言葉も象徴的です。
「てっぺんを持ち直さねえことにゃ、下を引き上げることもできねえ。沈んでいくばっかりでよ」
これも吉原だけに当てはまることなのかどうか。
そして、ここで補足でも。
忘八たちが話題にしている問題とは「倹約思考は人の心根まで変えちまう」ってことでもありまさぁね。
蔦重世代は吉原往年の輝きを知っておりやす。しかし、その下の世代からすれば、瀬川の花魁道中の煌めきも「古臭ェなァ」となりかねない。
思えば『べらぼう』初回の段階で、吉原の型式ばったところが飽きられかけていたものです。
となりゃ、そんなもんがないサッパリした岡場所をはなから目指すようになっても不思議はないでしょう。
吉原のゴージャスな女らしさとは違い、サッパリしたボーイッシュな雰囲気で人気を集める岡場所もできてゆきます。
代表格が深川の辰巳芸者です。
今でこそ和装女性が羽織をつけても問題はありません。しかし、本来羽織とは「陣羽織」由来とされ、本来は男性のみが身につけるものでした。それを女だてらに颯爽と着こなし始めたのが、この辰巳芸者とされておりやす。
そしてこの深川芸者の美人画も、歌麿が手がけておりまして。頭の隅にチラッとでも入れておくと良さそうです。

辰巳芸者を描いた喜多川歌麿『深川の雪』/wikipediaより引用
蔦重、己の人生の意義を振り返る
蔦重は歌麿のもとへ向かいます。
彼も吉原の苦境は聞いている。なんせ、いま流行するのは河岸ばかり。
河岸見世、岸見世、鉄砲見世……要するにお歯黒どぶ沿いの最下層ということであり、この「鉄砲」とは「当たると死ぬ」という意味で、梅毒の隠語でもあります。
抱いたら梅毒罹患の可能性も高いという底辺女郎のいる場所とも解釈できます。

「鉄砲女郎」を描いた『北国五色墨 てっぽう』喜多川歌麿画/wikipediaより引用
「俺がやってきたことは一体なんなんだろうなぁ……」
そうぼやく蔦重ですが、なかなか危険な兆候に思えます。
本作の蔦重は、作劇上の都合もあり、田沼意次や平賀源内と知り合っていました。
ああした大粒の、世を変えかねない星の煌めきを知ってしまうと、自分もそこに並べるはずだという自信がつきます。それがうまくいけばよいのですが、間違えると呪縛となりかねません。
蔦重が呼ばれて立ち上がってゆく一方、歌麿は遣手の女のつぶやきを聞きます。
歌麿の三つ目は恋心を見るが、蔦重は気付かない
「うちの人も昔はあんなふうでさ。いい男だったのに……」
歌麿の「三つ目」は女の散った花のような恋心を見つめています。
かつては咲き誇っていて今はかすかに残るだけだけれども、そこには美しい花びらの断片が残っていました。
女を眺める歌麿と、蔦重の目線が異なります。歌麿には何かが見えているのでしょう。
場面が変わり、難波屋で蔦重と歌麿が打ち合わせしています。店の主人によると、看板娘のお茶も今は一杯四文に戻したとか。
歌麿は盆を手にしてつぶやく給仕女に気づきました。
茶柱が立っていない。来ないかな、来ないかしら……そう気を揉んでいる彼女の目線の先に、若侍がとまりました。侍を見た給仕娘は、花がほころぶように微笑む。つられて歌麿にも笑みが浮かびます。
蔦重と難波屋は、歌麿の目当てか?と勘違いしているようです。
このあと蔦重は、おていさんになんとも残酷な推察を語っています。なんでも歌麿が新しいおきよさんを探していると思っているのだとか。
歌麿の三つ目が恋心そのものを捉えて、まるでそっと蛍を手のひらに閉じ込めるように追う様が、女の尻を追い回しているように思われているわけです。なんてこってえ!
なにせ蔦重は、身重の妻と子が気になって仕方ない。男か女か? そして名前を何にするか熱心に考えているようですよ。ていが「つよ吉」を提案すると、「強蔵」じみていると蔦重は返しておりやすが。
ていが、蔦重の幼名にしたらどうか?と提案します。
蔦重は昔店にいたガキに「柯理」(からまる)とつけたと言い出します。唐丸、つまりは歌麿のことですね。それで、てめえの名をてめえで呼ぶのは落ち着かないと思ったのだとか。
やはり蔦重にとって歌麿は、もう一人の自分のようなところがある。それでも随分と違ってきてしまったのですが。
蔦重は、もう二十年前かと遠い目になっています。
その歌麿が、蔦重から離れていく覚悟を決めたことに全く気づいていません。
歌麿は、最後の依頼を黙々とこなしてゆくのでした。
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