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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第43回裏切りの恋歌】
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松平定信は大老になれるのか?
松平定信が、11代将軍・徳川家斉に江戸近辺の海防計画を見せています。
しかし家斉は、定信の計画を遮り、父から定信に頼ることをやめるように言われていると明かす。
そろそろ自分で政治をしろ……と言われても家斉に難しいことはわからない。政治に興味もないとのことで、このさき定信が将軍補佐を外れても、ずっと永続的に補佐をし続ける仕組みが欲しいのだそうです。
これは何も個人の能力的な限界だけでもなく、この頃から幕府は内憂外患が積もりに積もってゆく状態ですので、仕方ないところではあります。家斉が現実逃避して無責任であることは確かなのですが。

徳川家斉/wikipediaより引用
このあと定信は徳川宗睦に、将軍補佐の後もその役目を続けられないかどうか相談しています。
そこで考えたのが「大老」就任です。
大老は、井伊・酒井・土井・堀田の四家からしか出せないしきたりがある。そこで定信は過去を調べ、柳沢吉保が大老「格」になった前例を持ち出し、その上で宗睦の後押しを依頼します。
ただ、ここで上様が暗にそれを望んでいると想定するのは危険でしょう。宗睦も訝しみ、上様は定信を煙たがっているはずでは?と返してきます。
しかし定信の推察では、オロシャの脅威を目にして、定信が必要になったと変わったとのこと。どこか純情なこの思い。危機に際して人は改心すると考えたいのかもしれません。
問題は、家斉がその国防計画すらろくに目を通していないと思われることですね。
定信は人の感情に寄り添えないという欠点があります。
己がなまじ理論派で勉強熱心だから、どんな相手も理論を突きつければ変わると信じている。君子豹変というわけですな。
そういう生真面目さが根底にあるのが定信なので、まさか相手が、渾身の防衛計画書を読まずにすっ飛ばしているなんて、想像だにできないのだと思います。
家斉が相手であれば、噛み砕いた言葉で、もっと優しく諭さねばなりません。
相手は君子でもなく、オセロでもないのだから、そんなにころっと変わるわけもない。チラッとでも興味を持ってくれるだけでもありがた山だとしなければいけないのですが、事態が切迫していて、定信にはそんな余裕がないのでしょう。
むしろ、やっと大願成就とばかりに、東照大権現に祈りを捧げています。定信は命を捧げてまで、国を守りたいと願っているのでした。
歴史総合時代の大河ドラマとして
当時の対ロシア海防計画は極めて重要な話です。
実際の幕府はそうした状況を先延ばしにしつつ、幕末期には、限界はあっても沿岸防衛力はある程度は構築しました。
そういう前段階があったからこそ、黒船の来航から短期間で海軍を設立するという結果も残せたのでしょう。
日露戦争の日本海海戦のあと、東郷平八郎が「小栗忠順あればこその勝利だ」と礼賛した背景には、そうした流れがあるわけです。
そうしたことを現代の日本人はどれだけ把握しているのか。

小栗忠順/wikipediaより引用
『べらぼう』という作品に対して、幕政パート不要論も聞こえてくることがあります。トークショーで聞いたところによれば、そうすると知らない人物しか出せないため、足がかりとして出した措置とのこと。
それだけでない重要な意図があると私は考えています。
中高年向けの「歴史総合」です。
高校において新たに導入された歴史総合は『べらぼう』と同じく18世紀から始まります。劇中で描かれてきた通り、日本とロシアの外交が始まる時期です。
日本の近代化というと、黒船来航の印象があまりに強い。
序盤で田沼意次と平賀源内が話す場面でも、黒船来航を予見するものだという感想が多いものでした。
しかし実際はそうではありません。
日本が国民国家としての意識に目覚めるのは、ロシアとの接触以降です。
それがどうにも、日本では意識されてこなかった。
明治以降に広がった、西南偏重の薩長史観が影響しているのでしょう。
第二次世界大戦後はそれが払拭される契機があり、大河ドラマも第一作は薩長史観では悪役であった井伊直弼が主役です。それが薩長史観をエンタメに昇華した司馬遼太郎ブームでまたも巻き戻されてしまった。
その弊害除去に役立つのが歴史総合です。
しかし、歴史総合の授業を受ける機会がなく、司馬遼太郎を引きずった中高年はどうすればよいのか?
関連書籍やEテレもよいとは思いますが、ハードルが高いでしょう。となれば大河ドラマが手っ取り早い。
それが『べらぼう』であり、『逆賊の幕臣』です。どうにもこの革新性が理解されていないのか、『逆賊の幕臣』にはこんな意見もあります。
薩長以外に会津や渋沢栄一も扱われているからには、負け組視点の幕末ものなんて何も斬新ではないと。
しかし、ここで重要なのは勝敗ではなく、薩長史観の打破路線ということ。『逆賊の幕臣』は歴史観においては、大河ドラマ第一作『花の生涯』後継路線ではないかと私は考えております。
『勝海舟』は、勝海舟が負け組幕臣の中ではほぼ唯一の勝ち組枠なので除外します。
『獅子の時代』や『八重の桜』は、京都にいた会津目線なのでこれも除外。
『青天を衝け』の渋沢栄一は、一橋家にいた頃から水戸学を信奉する“隠れ倒幕派”なので論外。明治以降は倒幕仲間であった長州人脈ありきで大成功しております。そもそも彼は実質的に一橋家枠なので、幕臣代表扱いされるのは強烈な違和感がある。
結局のところ、どうしてこうなっちまうか?というと、幕末ものをキャラクターありきで楽しんできた弊害もあるんでしょうね。
再来年の土方歳三キャスト予想を見た時、申し訳ねえけどがっかりしちまいました。
小栗と土方は、接点がほとんどないからには、土方が目立ったら何のドラマかわからなくなります。そこは栗本鋤雲を予想しようぜ。
ただし、これには幕末オールスターバトルのような大河ドラマを作ってきたNHKの責任も軽くはないでしょう。
渋沢栄一が主役の大河ドラマで、なぜ土方を目立たせたのか? それだけならまだしも、近藤勇に言及すらされなかったのはなぜか?
そもそも近藤勇抜きの土方歳三単体なんて、シャリがないのに寿司と言い張るようなモンでさぁ。そりゃ寿司じゃねえ、ただの刺身だ。
ともあれ、今年と再来年の大河は実に画期的かつ、歴史総合を履修できない世代こそ必要な作品だと思いやすぜ。
ロシアを追い払うにはどうすればよいのか?
定信が幕僚と話し合っています。
なんでもラクスマンは、大黒屋光太夫らを引き渡したあとも、引き揚げようとしないとのこと。むしろ八ヶ月も拘留されて苛立っているとか。
ついには「開国と通商が行われぬのであれば考えがある」と焚き付けてきているとのこと。
幕僚からは妥協案が提案されるも、定信は頑固に拒んでしまいます。
江戸には近づけず、打ち払いたいと言い出し、ラクスマンの身分を確認。
彼は王(エカテリーナ2世)の使節であり、手柄を見せることが重要だと見抜いた定信は「信牌(しんぱい・長崎入港許可証)」の利用を思い付きます。
貿易のできる長崎に目を向けさせ、それをラクスマンの手柄として追い返す目論見ですね。
かくして定信は公式文書を作成し、目付に託したのでした。
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田沼時代から幕末にかけて幕府の「蝦夷地ロシア対策」はどうなっていた?
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このときはまだこうした時間稼ぎができました。まだナポレオン戦争激化前夜です。
しかしその後、イギリスのフェートン号が長崎に来襲し、ロシアとイギリスを相手にする羽目に陥ります。このとき、ナポレオン戦争でフランス支配下にあったオランダは情報を幕府に流さなくなりました。
ここでオランダ一辺倒でなく、ロシア経由の情報網を構築できればよかったのに、そうはならない。
さらに時代が降ると、国力が安定し、捕鯨ビジネスに乗り出したアメリカまで加わってくる。気を揉んだオランダが何度も開国と通商を勧めてくるのに、受け入れない。そうして先延ばしにすればするほど重荷が増えていく蟻地獄へと幕府は陥ってゆく。
そんな余裕がまったくない中で、対ロシア交渉に挑むのが再来年の小栗忠順となります。
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