九郎助稲荷の前で、花の井改め五代目瀬川が手を合わせています。
「重三の『細見』がうまくいきんすように……お頼みんす」
そこへ蔦重が、風呂敷だけを広げて持ってきました。
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瀬川と蔦重こそ、吉原隆盛の立役者
「うっす! 花の井〜」
「なんなんだい? その風呂敷」
風呂敷の中身がすっからかんになったってことだぜ。やったな!
売り切れだと得意げに話し、この調子なら倍なんてお茶の子サイサイと自信満々の蔦重。
しかし、瀬川は心配しています。
本屋が仕入れただけで、町の人に売れたわけじゃない。そう心配すると、蔦重が言い返します。
「お前が喜ぶと思って、一番に言いにきたのによ」
すると瀬川が花の蕾が綻ぶような喜びを微かに浮かべつつ、こう答えます。
「まあわっちもせいぜい、助太刀いたしんすよ」
瀬川をぶらりと物見に来る客もいる。その客が思い出の品として『細見』を広めたくなるよう、気合を入れるってよ。
「無理すんなよ」と返す蔦重。
この幸福は儚いものでもあります。
もし、蔦重が本屋になったら吉原を離れるかもしれない。吉原が千客万来になったらなったで、瀬川は誰かに身請けされる可能性が高まる。泣けてくらぁ!
裁きがくだった鱗形屋
次に蔦重が向かうのは駿河屋のもとでした。
煙管の灰を落としつつ、どうだったのか?と親父がぶっきらぼうに尋ねてきます。
持ち込んだ分すべてが捌けたと答える蔦重。
駿河屋は「鱗形屋の話は出なかったか?」と気にしています。
すると目端の利く留四郎が、鱗形屋の裁きも出たから案じていたのではないか?とすかさずフォローの説明。この留四郎、江戸時代の商家も「理想的だ」と感心しそうな利発さがあっていいですね。
留四郎曰く、なんでも『節用集』の板木と、摺本2,800冊を召し上げられたそうで……案外と軽いモンですね。
一体なぜそのような軽い裁きとなったのか?
鶴屋に報告する鱗形屋の話によると、どうやら人格者の須原屋が間に入ったそうで……地本問屋じゃねえのかよ。
すると鶴屋が、蔦重の作った『吉原細見 籬(まがき)の花』を鱗形屋へ差し出します。
籬(まがき)というのは、吉原の見世にある格子状のもののこと。格があがるほど見えにくくなっていて、籬を見れば中にいる女郎のランクがわかる仕組み。
鱗形屋を焚き付けるように、鶴屋が「鱗形屋がいないうちに作った」と煽り、さらにこう続けました。
「鱗形屋さん。あれは吉原の引き札屋(チラシ屋)です。とても本屋なんてものじゃない」
ギリギリと『細見』を握りしめる鱗形屋でした。
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引き札(歌川芳艶作)/wikipediaより引用
『新吉原細見』VS『籬の花』
三味線の音が響き、金屏風がキラキラと輝く様が見えてきます。
吉原のイベントのようで、西村屋版『新吉原細見』の販促でした。揃いの衣装を着た娘がニッコリしつつ、宣伝コピーを語っております。
西村屋と忠七は、案ずるほどでもないと安堵しているようでして、別に負けちゃいないと強気です。
するとそこに太鼓の音が響いてきた。
「細見! 細見! 新しい『吉原細見』!」
お、ありゃ蔦重じゃねえか。
橋の上で竿を立てると『新吉原細見』を模したデカい看板のような箱があります。パカっと割れ『籬(まがき)の花』が二冊飛び出す仕組みでさ。そこで半額アピールよ!
江戸っ子たちはどよめき、どーっと移動していきます。
瀬川襲名プレミア版だとそつなく語る蔦重。
ここの場面は、ここ数日、ネットでざわついているカップ麺のアニメ広報を思い出しましたぜ。
宣伝としてみていきますと、西村屋は女の色香でアピールしている。定番商品だし、そうすりゃ売れるってことだろ。
一方で蔦重は、ギュギュッと商品特性を埋め込んでますわな。半額。瀬川襲名のプレミア版。
広報としてどちらが上か?って話です。
今炎上しているカップ麺広告は、女の子がかわいいと言いたいことはわかった。
しかし、どうしてそのカップ麺の出汁がうまいのか。まったく伝わってこないわけでして。
一方で、炎上元の競合最大手は、アニメやゲームを使ってサブカル方面に目配せができているだけでなく、商品特性まで入れ込んでいる。ちゃんとうまそうだと思えるんです。
手癖だけじゃ、いかんってことだな。
さて、そんな広報で風に乗りますと、中身もよいので『籬の花』は売れます。倍もいけました。
そして瀬川目当てで客が増える。
まさに千客万来。
瀬川の花魁道中を、天女を見るような目で眺める客たち。
蔦重が細見を売り、瀬川が客を引き寄せる。朝顔のもとで出会った二人は、吉原繁昌の立役者となったのでした。
忘八親父、「耕書堂」を認める
耕書堂――そう掲げ、蔦重はそれを眺めます。
書をもって世を耕す。源内に託されたその志を叶えることができるのか。
あのドケチな忘八たちも、蔦重祝いの席を設けました。
褒められて、ケツの穴がムズムズすると照れる蔦重。みんな立派になったと喜び、あの駿河屋がこうきました。
「飲め」
くーっ、いいじゃねえか! すると蔦重はこう返す。
「全ては今日まで育ててくれた親父様のおかげです」
そうして酒を注ごうとすると、駿河屋は鋭い目でこうだ。
「おめえ、俺に喧嘩売ってんのか?」
「すみません、いただきます!」
素直に盃を差し出し、なみなみと注がれた酒をグイグイと飲み干す。これほど酒がうめえこともねえでしょうな。
二階から降りていくと、女将のふじが優しく声を掛けてきます。
みんな吉原が自前の地本問屋をもてるなんて思っていなかっただろうと、ふじは語る。
あの忘八が味方につきました。こんなことがあるなんてよう、よかったよかった。
するとそこへ、瀬川に会う攻略法を齧ったような客がきましたぜ。そんな奥の手はないとふじは言いつつ、瀬川のほかにもいい妓(こ)がいると勧めている。
と、蔦重の顔からスッと喜びの色が消え、心配そうな顔になります。
店から出ると、二人の客が瀬川の噂をしていました。瀬川は俺に首ったけだとホラを吹く男に「そりゃねえだろ」と小声で突っ込む蔦重です。
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