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【『どうする家康』感想あらすじレビュー第7回「わしの家」】
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どうする遊び女と巫女
本證寺の中へ家康が潜り込んだときに、またもや「遊び女」という言葉が出てきました。
まだ全体の7話でもう2度も登場。
本当に「遊び女」が好きなドラマですね。
しかもわざわざ嬉しそうに語る時代錯誤感がどうしようもありません。
遊び女を描くことそのものが悪いわけではなく、ノーテンキなムフフ感覚が気色悪いのです。
将来、日本を統べる者であれば、
「彼女らを一人でも救いたい」
「我らが乱世を終わらせる」
といった正義感や悔しさの一つぐらい滲ませたってよいでしょう。
しかし家康一行は遊び女を見てもどこか他人事で、声をかけられても『うぜぇな……』ぐらいにしか感じてない様子。
あんな調子では、この先も人身売買で売られていく女児・女性は減らないでしょう。
また巫女についても、単に興味本位で登場させられた感があって。
推しやアイドルにはまるのは昔も一緒だよね! といった親近感アピールではないか?と邪推すらしてしまう。
『鎌倉殿の13人』で命を賭けて舞った静御前とは落差が甚だしい。
やはり不入権の説明をして欲しかったですね。
どうするムフフ現実逃避
家康よりもどう見てもはるかに年下であるセクシーお姉さんが、「坊やたち、はじめて?」と語りかける場面。
そうではないと言い訳しつつも、エロエロムフフの含意があって気持ち悪いものでした。しかもしつこい。こんなもん見せられ、何の修行でしょうか。
大河ドラマが実年齢から乖離した役者を使うことはあります。
『龍馬伝』の山内容堂はどう考えても坂本龍馬に対して年上すぎたものですが、あれは容堂と龍馬の格の違いを示す意図があったそうです。
ただのムフフサービスで年齢をいじることもあります。
これが問題だ!
『青天を衝け』の徳川慶喜夫妻、史実では、妻が年上で劣等感にもなっていました。
しかし、二人を演じる役者さんたちは、夫の方が年上で、しかも親子ほど年齢差があるように思えました。
若い女優を出して萌えたい気持ちはわかった……同時に、その志の低さに嫌気がさしたものです。
今回はおそらくこんな意図でしょう。家康に感情移入した視聴者たちが、若かりし頃、年上セクシーお姉さんに声をかけられたムフフな妄想を再現している。
だから、一体なんの修行なんだってばー。
大河でエロい場面を見てムフフしていた方のセラピーに、私はつきあわされているのでしょう?
『鎌倉殿の13人』の歩き巫女の翌年にこれですか。
どうする仏事指導
一向宗の場面に違和感があります。
仏事考証がすばらしい『大奥』と比べると、どうにも緩いようで、説教の内容や所作だけでなく袈裟にも違和感を覚えます。
もしかして有能な仏事考証担当を『大奥』に持っていかれた、なんてことはありませんよね?
『鎌倉殿の13人』の僧侶は無茶苦茶なようで、読経はしっかりできていました。『大奥』の有功も素晴らしい。
しかし『どうする家康』の一向宗は、戦国時代の宗教というよりも、現代のカルトに似せているようにすら感じます。
「いま宗教って話題だよね、怖いよね! 実は……昔もそうだったんだよ、ジャジャ~ン!」
というノリのネット記事で盛り上がる。
所作や細かいところのおかしさを、スローや派手な演出でごかましていませんか? このドラマは、BGMの使い方もおかしくて、いつもうるさく、いつこい。
スモーク炊いた池ってどういうセンスなのだろう。
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