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【お市はウロウロすな!】
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ウロウロお市は何が問題か
こうしたルールを踏まえ、あらためて『どうする家康』のウロウロお市にダメ出しをしましょう。
・乳幼児の脆弱性をふまえていない
お市の大移動は、乳児の茶々を連れて京都にいた時からそうでした。
当時の乳幼児死亡率の高さを踏まえていない。
江戸期以前の乳幼児死亡率は異常~将軍大名家でも大勢の子が亡くなる理由は?
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お市だけでもありませんが、この作品には乳母がいるようにも思えません。
乳母とは、簡単に乳幼児が命を落としている時代に生存率を上げるための存在でもあり、その辺の事情を無視して乱世を描くのは乱暴すぎやしませんか。
・なぜか本能寺前の堺に出現
身分がそれなりに高いお市は、なぜホイホイと堺にまでこられたのか。
戦国時代の治安が悪いことは『麒麟がくる』でも描かれました。
若き日の光秀が国をまたいで移動するだけでも命懸けだったものです。
・書状で十分
そもそも家康と信長が無二の親友ってどういうことなの?
そんな疑問はとりあえず横に置きまして、お市が堺にいる理由が
「友達を襲うなんてやめて! ケンカはしないでよ!」
という時点で盛大にズッコケました。
しかも、あの堺での家康との出会いは、街中を歩いていた本多忠勝がわざとらしい二度見をして気づかなければ無かったようにも思えました。
確実に家康を止めたいのであれば、書状の方がまだ説得力があったのではないでしょうか。
『麒麟がくる』の帰蝶の場合、書面のやりとりで堺の商人を動かしています。
・服装が派手
お忍びであれば、それでも多少の説得力はあるかもしれません。
しかし、お市の移動はキラキラ衣装☆
このドラマは衣装考証が曖昧ですが、それでも派手です。前述の通り『鎌倉殿の13人』の政子は服装を変える配慮がありました。
しかも今度の第30回放送は、織田信長と同じ衣装で登場ですからね。
ハッキリ言って単なる“話題作り”でしょう。
そんな目先の安易な手法に頼らず、もっと正々堂々と戦国時代を描いて欲しいものです。
・伊賀越えへ期待がますます持てなくなった……
お市でもホイホイ堺に来られてしまう。長旅の疲れもない。
こんなに治安がいいなら【伊賀越え】もそんなに苦労しないんじゃない?
そうため息をつきたくなった、本能寺前のお市。
この予感は当たり、生死を賭したはずであったはずの家康一行は、キレイな服装のままで旅を終えました。
神君のありがたみまで低下させる
歌川広重の『東海道五十三次』は素晴らしい浮世絵です。
自然だけではなく、道を歩いてゆく人々の姿も実に平和で、これぞ神君家康公の加護ともいえる光景です。
道ゆく人を誰かがやたらと襲っていない。人を襲撃し金品を奪う奴は捕まる。宿屋で見ぐるみを剥がれるようなこともそうそうない。江戸時代ならではの安全が感じられます。
江戸の民が「いつかお伊勢参りがしたい」と語り合い、寺社仏閣めぐりのついでにお菓子を買うこともできる。
むろん今と比較したら野生動物に襲われるといった危険もありました。しかし治安は格段に向上した。これぞ戦国時代には無かった平和な社会でしょう。
江戸時代には、なんと首の周りに金を巻きつけた「犬のお伊勢参り」までもがブームとなったほど。
人に代わって旅をする 犬のお伊勢参りが江戸時代に意外と流行ってた
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上記の記事に詳しくありますが、犬が伊勢神宮へ向かっていると、襲われるどころか、ありがたいことだと人々は見守り、餌や寝場所を与えたのです。
そんな江戸時代からさかのぼり、平安末期~鎌倉時代の『鎌倉殿の13人』を思い出してみますと、あの世界観における“移動“はまさしくリアルRPGでした。
街Aから街Bまで移動……その途中にモンスターと出くわしたら倒す!
倒せば経験値、金、アイテムが落ちるのでゲット!
ゲームシステム上で必要だからそうなっているのではなく、ファンタジーRPGとは中世の世界観を再現しているのです。
そのことがわかる描写が『鎌倉殿の13人』の劇中にも出ています。
源義経の一行が、坂東武者と出くわし、その男を義経が騙し討ちで殺したあと、楽しげに歩いていった。
文覚のことを気に入らない坂東武者たちが襲い掛かり、川の中へと引き摺り込んだ。
主人公である北条義時も、羽ぶりのいい坂東武者にケチをつけられ、土下座させられる理不尽な暴力を受けていた。
いかがでしょう?
こんな物騒な世の中ではよろしくない――そう痛感した北条泰時が【御成敗式目】を定め、「通行人を襲ってはいけません」といった最低限のルールが作られます。
戦国時代は、大名家が【御成敗式目】を改定しながら法を定めたものの、あくまで通用するのは領内のみ。
国を越えたら何があろうとおかしくない状態でした。
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こうしてみてくると、平和で安全に旅ができ、その様子がわざわざ浮世絵になる江戸時代のありがたみが理解できるでしょう。
『鎌倉殿の13人』は殺伐としていました。
それを北条泰時がより良い社会に変えると示されていればこそ、時代の意義、北条氏支配の重要性もわかったものです。
しかし『どうする家康』はそこが違う。堺へホイホイと出てきたお市が、家康と偶然出会えてしまう。
戦国時代の殺伐とした空気よりも、ほのぼのとした描写で視聴者にウケさえすればよい――そんな風に思えますが、その狙いが従来の大河ファンに見放されたからこそ視聴率は低迷しているのでしょう。
なぜか兜首だけは、やたらと出てきますけどね。
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『暴れん坊将軍』ではないんだから
物語の舞台となる時代であり得ない表現はしない。
そんなルールは大河ドラマだからこそ課せられたものでしょう。
八代将軍・吉宗が江戸の街中を歩き回り、事件を解決する。『暴れん坊将軍』のルールを適用すれば、貴人だろうと城を抜け出し、好き勝手にできます。
娯楽重視の民放時代劇は、痛快感が第一! 歴史作品のルールなど二の次、美男美女が顔を突き合わせてスカッとするドラマにすればよい。
一方、大河ドラマ『八代将軍吉宗』では、そんなことできません。そこには暗黙の了解があった。
NHK大河ドラマは「最低限のルール=時代的な制約を守る」という了解です。
だからこそ、かつては親や学校の先生が、勉強のために大河ドラマを勧めることもあったのでしょう。国民の間で「民放時代劇とは別物だよね」という意識があった。
それがいつしか民放の時代劇は激減し、ほぼ壊滅状態。
比較対象がなくなったせいか、今年は、娯楽民放時代劇と大河ドラマの間にあるルールまでも破壊しつつある。
『どうする家康』を子どもに見せるかどうか?
SNSではこんな話題も注目されていました。こんな懸念を持たれる時点でもうどうかしているでしょう。
自分も幼いころ大河ドラマを見て歴史に興味を持った。そこから調べて歴史好きになった。
そんな方は少なくないと思いますが、2023年は別です。
最低限のルールを守っておらず、歴史知識を汚染しかねない。
なぜ「これでは駄目だ」と説明される方が制作サイドにいなかったのか……そのことが残念でなりません。
以下の記事には
「家康と築山殿の間で恋愛結婚はありえない」
という理由が示されています。
◆「家康と築山殿に恋愛結婚はありえない!」それでもドラマにNGを出さなかったワケ(→link)
フィクションなんだからいいじゃん――この緩くて危険な言葉を許さない気概がNHKの中に残っていることを切に願います。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)