どうする家康感想あらすじレビュー

どうする家康感想あらすじ

『どうする家康』感想あらすじレビュー第30回「新たなる覇者」

2023/08/07

ウサギと猿がタイトルロゴに加わった本作。

今回は初っ端のナレーター説明からして意味がわかりにくい。

前回の放送では【伊賀越え】で命からがら三河へ戻る印象が強かったのに、

明智光秀の首を取ろうと思ったら豊臣秀吉に先を越されちゃった!

ですって……。

確かに伊賀の頭領を説得するため、本多正信が「家康が明智の首を取るかもよ、てへ」みたいな話をしていました。

【伊賀越え】よりも、主眼はそちらに置かれていたのでしょうか。

だいたい、マザーセナのために「信長の首を取る!」とカッコつけていたのが家康です。それが急に「信長の仇討ち」って、整合性に無理があり過ぎませんか。

見ている方は困惑するばかりですが、ドラマの作り手としては大風呂敷を広げたモン勝ちだと思っているかのよう。

他の場面でも「とりあえずビッグなこと言わしとけ!」というスタンスが目に余ります。

しかもナレーターは「新たなる覇者が求められておりました」と語る。

って、ここは王者ではなくて?

今川義元に教えられた「覇道」と「王道」はどうなったのでしょう。

 


どうした覇者と王者

「覇道」とは、力で治めること。

「王道」とは、徳と仁、思いやりで治めること。

本作においては、そんな教えを義元から家康に伝えられたことが放送され、以下の記事でも注目されていますが、

◆【どうする家康】徳川四天王子孫とプロデューサーがドラマを語る シンポジウム記録①(→link

そんな昔のことは忘れたよ、ってことでしょうか。

朱子学と陽明学の区別もついていないようだし、『麒麟がくる』と比較することもおこがましい本作ですが、あえて比較してみます。

『麒麟がくる』では脚本家の池端俊策さんが、長谷川博己さんと語り合うインタビューがあり、問いかける師匠と考えて応じる弟子のような、奥深い儒教問答が繰り広げられていました。

そういう見応えのある問いかけを本作の関連記事で見たことはありません。

本作には覇者もいないし王者もいない。

では何がいるのか?

孫権の水軍を目撃した曹操にでも、例えを聞いてみましょう。

「子を持つなら、孫権がいい。劉表の子供なんて、豚と犬みたいな連中だからな」『十八史略』「赤壁之戦」

って、すみません……これは流石に言い過ぎですね。曹操は口が悪いから。

覇者も王者もいない、せいぜいが「匹夫」ばかりだ。

あたりでしょうか。

 


どうする織田信長の後継者

織田家の後継者は誰になるのか?

というと織田信長の嫡男・織田信忠の遺児である三法師です。

清須会議(清洲会議)は後継者を選ぶ争いではなく、後継者の後見役を擁立した秀吉が一歩リードするという場面でしょう。

それにしても秀吉の衣装がひどい。

清洲会議は歴史上の名場面であり、絵画の題材にもなっています。

こんなもしゃもしゃ頭に妙ちくりんな衣装で三法師を抱えられても、まったく説得力がありません。

三法師を抱える秀吉をフィクションで描くなら、お手本があるでしょ。

月岡芳年『魁題百撰相』「羽柴太閣豊臣秀吉公」でも、「紫野大徳寺焼香之図」でも、いくらでも参照できたはず。

それを知らないか、あえて無視して個性を出そうとしたのか。

奇をてらってばかりで時代劇特有の面白みを消してしまう制作陣には、やはり頭を抱えるしかありません。

 

どうする浅井三姉妹

『江〜姫たちの戦国〜』を下回る浅井三姉妹がいよいよ登場です。

なんでこの子らは、母親が徳川家康に輿入れしたかったなんて話を知っているのか。お市がペラペラ話していたとか?

『麒麟がくる』では、妙に大人びた子どもが出てきました。徳川家康の幼少期である竹千代です。

放送当時はありえないだのなんだの言われていましたが、むしろリアリティのある神童でした。

ああいう賢い子は、大人の思うような振る舞いをしない。ゆえに信長の母・土田御前が「かわいげがない」とわざわざ口にしていました。かわいげのある忖度をせずに、突拍子がなく、生意気なことをするからでしょう。

一方でこの浅井三姉妹は、物語の展開を説明セリフで語っている。いわば大人の考えた駒です。

「私たちのお父様が徳川様だったかもしれないのに」

よく子どもにこんな最低の台詞を言わせられますね。

浅井長政に対しても失礼極まりない。人をなんだと思っているのでしょうか。

 


どうする身分秩序

お市と三姉妹の前に、秀吉と勝家がやってきます。

秀吉が立ったまま失礼な物言いで話しかけるなんてありえない。

「頭が高い!」

という時代劇お決まりの言葉すら知らないのでしょうか。

全く礼儀作法がなっていない時代劇とはこんなにも不愉快なものだったのかと知りました。

秀吉が勝家のことを「権六」呼びもありえない。砕けすぎています。こんな呼び方では、とても織田家の上級家臣に見えません。

秀吉のフレンドリーさと下劣さを混同――このドラマは決定的な勘違いをしているようです。

身分秩序そのものが理解できていないようだ。

 

どうする月代と衣装

本作とは比べものにならない『麒麟がくる』を持ち出すのも辛いのですが、あの作品にはよいところがたくさんありました。

重要でありながら月代を剃らない人物がいます。

長谷川博己さんが演じた光秀と、風間俊介さんが演じた徳川家康です。

光秀は金柑頭ともいうし、本来剃っていてもよいはず。家康にしてもそう。

しかし、私は役者を最も美しく見せるための工夫だと思いました。

あの二人は月代を剃らない方が似合う。反対に染谷将太さんが頭のシルエットが綺麗なので、月代が似合います。

『どうする家康』は、全員まとめて月代になりました。

結果、明らかに似合っていない人がいて、見ているだけで悲しくなってきます。

結髪も役者の頭の形や輪郭を考えずにまとめて処理しているのでしょうね。これは女性もそうで、明らかに似合っていない、不自然なヘアメークが毎回出てきて辛い。

月代にも当然オシャレな剃り方が各人ありましたが、そういう工夫はない。

若者は月代の剃り跡が青々としていて、年配だと髷が細い。そういう個人差に対してなんら配慮がされていないのです。

衣装は相変わらずアイスクリームフレーバーカラーですね。

スイカバーの精霊こと大久保忠世は、今週もスイカバーでした。

スターバックスの新作はスイカのフラペチーノだったっけ。そう思い出してしまいましたね。

大河ドラマを見ていてフラペチーノのことを考えたのは初めての経験です。別にそんなものは求めていなかった。

井伊直政の甲冑にも慣れません。

何をどうすれば、ここまで赤備えを台無しにできるのか。工事現場にある警告標識をなんとなく連想します。

こんな殺虫剤スプレーじみた井伊直政に、武田の兵を預けるなんてあんまりでは……。

 

どうするアドリブと役者頼り

「松山ケンイチさんの本多正信はよい」という意見もあります。

言わんとするところはわかります。この作品は演出も脚本も中身がないので、役者の解釈力に頼っています。

経験が薄い子役を見ると一目瞭然で、一方で松山ケンイチさんがよく見えるのは当然でしょう。

ただし、こういうことはやめて欲しいと切実に願っています。

確たる脚本や演出があって演技をするというのは、栄養を補給しつつ走るようなものだと思います。だからこそ遠くまで走れるし、パフォーマンスも発揮できる。

それができないからと自分の解釈力に過剰に頼りすぎると、ハンガーノックを起こさないか不安になってきます。疲れるだろうし、すり減ってしまうのではないかと。

どうして彼のような役者がこんな目に遭うのか。ただただ、悲しくなってきます。もっと綺麗に咲くことができるはずなのに、こんな雑な作品に起用されてしまったのか……。

彼だけ浮いてしまうのは他にも理由があります。

正信だけがイントネーションをはっきりとつけていて、ジェスチャーも目立つ。

他の役者との差が際立ちすぎて逆効果に思えることもあります。ケミストリーがちゃんとしている現場だとうまく回るけれども、これでは食い合わせが悪いメニューのようだ。

時代劇には、特有の所作や作法があります。

しかし、それがしっかりなされていないため、現代劇の名探偵キャラクターの型で演じているようにも思えくる。

彼が実力のある役者だということはよくわかる。しかし、あの「本多正信」に見えるかどうか?というとそうでもない。

もっともこれは彼だけでもなく、岡田准一さんやムロツヨシさんにもあてはまります。

つまり役者でなくチームの問題です。

 

どうする合戦シーン

合戦については、これまであまりに評判が悪かったせいか、若干の改善が見られます。

VFXを減らし、実写を増やした。

とはいえ、狭苦しいフレームなので苦しいということはわかる。

良いことといえば、多くの視聴者から上がった抗議の声を全く気にしていないわけでもないかも?という感触があったこと。

ただし、小手先だけではどうにもならないことがある。

例えば、秀吉の強さがまったく見えてきません。

大軍を稼働させるために必要で重要な兵站も、外交も、行軍速度も、鮮やかな攻め方も何も描かれていない。

兵站に才知を見せていた石田三成を活躍させる伏線すらない。

本作は恋愛フラグみたいなものはしつこいくせに、戦略フラグがまるでありません。舞台は戦国時代ですよね。

いったい何をもってして秀吉が強いと視聴者に感じさせられるのか?

こんな戦下手な大河ドラマもそうそうないでしょう。

『江』や『花燃ゆ』は主人公が戦略に疎くても仕方ない。

慶長出羽合戦をすっ飛ばした『天地人』、西南戦争のオチがBL破局じみていた『西郷どん』といい勝負……って、その位置で満足なんでしょうか。

武経七書は無理にせよ、『孫子』くらい読む時間はあったはずです。

 

どうする「ナレーター無双」

このドラマで一番強いのは、わけのわからんナレーターかもしれません。

ナレーターがキンキン声で語るだけで、戦が片付いていきますもんね。

燃える北ノ庄は昭和レトロな、古い映像の使い回しでした。

となると、VFXをあえて減らしたのではなく、単に納期が間に合わなくなっているのかもしれません。だとしたら危機的状況ではないでしょうか。

 

どうする北条家

ナレーターがくだらない口調で北条を説明しています。

戦から遠ざかっていて実戦に弱いというような描き方はいかがなものでしょう。

汁かけ飯も『真田丸』を台無しにするような浅い解釈です。

そもそも、なぜ北条をいまさら出すのか。

北条と徳川、今川、武田はこれまでも深く関わりがあったでしょうよ。

 

どうする指揮系統

まぁ、本作に兵法を望むなんて贅沢すぎますよね。

お市が本当の総大将ってだけで、もう勘弁です。

「名目上の総大将は、実は私なの!」

なんて誰かが言い出したら、錯乱したという名目で斬り捨ててしまいましょう。殺すことに気が引けるならば、投獄でもOKです。

指揮系統が乱れると軍隊は一気に弱くなる。

【桶狭間の戦い】がそうだったじゃないですか。

いくら盤石だろうと、指揮を取る義元が討たれたら総崩れになる。討たれたならばまだしも、いきなりお市がしゃしゃり出てきて指揮系統を見出したら、処断するしかないでしょう。

お市も自分がスゴイと酔いしれている様子でしたが、いつどこで戦いを戦略や戦術を学んできましたか。

合戦は体育祭ではありません。

本作は、お市がしゃしゃり出ることを女性の活躍だとでも思っているようだ。

あんな怖い表情をさせて説明台詞を読ませることが女性の活躍? 冗談はやめてください。

 

どうする望遠鏡

愛の近眼設定は、完全に消えました。

前回のレビューで、レーシックでもしたのかと突っ込みましたが、鷹が空高く飛んでいく姿も目視できたので、望遠鏡でも手に入れたのかもしれません。

どうして彼女が近眼か?というと、眼病の人々を気に掛けた逸話があるから。

本作では、その逸話を最初だけテキトーに取り込み、「ドラマを描くにあたって勉強しているよ♪」とでもアリバイ工作したのでしょうけど、途中から完全に忘れてますね。

脚本家は、あまりにも視聴者をバカにしていませんか?

 

どうする“サンダルバイバイ”

幼少期のお市回想シーンが意味不明です。

なぜ彼女は甲冑を着て水に飛び込んだのか?

入水して命を断とうとしたとか?

甲冑は重い。甲冑姿で水に飛び込んだら助かりません。それを子どもが助けるなんてできないでしょうよ。

つくづくこのドラマは子どもに見せてはいけない。ああいう場合は大人の助けを呼ぶしかありません!

水難事故防止のキャンペーンとして、“サンダルバイバイ”があります。

サンダルや浮き輪を流してしまい、親に怒られると思った子どもが追いかけて事故に遭う。それを防ごうという取り組みです。

◆“サンダルバイバイ”で水難事故を防ぐ~叱られると思うから追いかける!?~(→link

こうした重要なキャンペーンが実施されている一方、NHKの大河ドラマでこんなシーンを流すとは呆れるばかり。

昭和の高校生が、プールに落ちた少女を救うのとはまるで違います。危険度が桁違い……って、何も考えていないのですかね。

だいたい、ヒーローがヒロインが救う場面が「モテ」っていつの時代なのでしょう。

 

どうする最低の女癖

家康は、これほどしみじみお市のことばかり思い出していて、マザーセナに申し訳ないと思わないんですかね。

しかも、この場面で愛が出てくるから最低だ。仏間でしんみり祈る程度のことすらできていない。

『青天を衝け』も、妾が大勢いた主人公でした。

今にして思えば、あの女遊びロンダリング技巧は、道義的には最低ですが描き方としてはしてやったりだったのかもしれません。

あの渋沢栄一は一応「千代が一番!」という建前を振りかざしていた。

妾は「相手が誘ったから」という誘導。後妻を迎える時も前妻をアリバイとして持ち出す。

その程度の知恵はありましたからね。

今年は、そうした最低限の嗜みもなく、ただ美女とイチャイチャしたいという欲求がダダ漏れです。

過去の歴史作品ではなく、戦国武将を美少女化したゲームで学んだような描き方なんですね。

倫理観が底を抜いています。

 

どうする逆恨みと伏線

茶々が徳川を恨む理由がわかりません。

なぜこの状況で助けに来ないからと恨むのか?

殺した秀吉でなく家康を?

本作はわけのわからぬ逆恨みが非常に好きなようで、家康が信長を恨む理由もわけがわからなかった。

スーパーマーケットの「お客様の声コーナー」にある無茶苦茶な投稿みたいなセンスですよね。

「私が好きなあのお菓子をどうして置かないんですか! 他の店にはあるんですよ、もっと大量に全種類置いてください!」

いや、他の店に行けよ!と言いたくなる系のご意見。そういう怪文書ドラマを大河でやらないで欲しいのです。

 

どうするお市の支離滅裂

夫を殺された云々を言い出すお市。

しかし、その夫と子の死因になった兄を慕って、織田のプライドを語る論理展開がどうしても理解できません。

織田家を存続させたいならもっと他にすべきことがあったのでは?

兄からの象徴だというあの南蛮服を信長の子に送るとか、やるべきことはあるでしょうよ。

それなのに意味なく綿布を徳川に送る……って、何をしているの?

 

どうするくどさ

このドラマは、顔をアップにして、役者の演技力に頼り、長くて中身のない台詞を読ませますね。

毎回同じパターンですよね。本能寺の信長もしつこかった。いい加減さっさとと退場してくれ。そう言いたくなるほどくどいお市でした。

 

どうする真田との因縁

真田との因縁を雑な説明台詞と、地図で片付けるのも非常に妙です。

バランスがおかしくありませんか?

徳川と真田はがっつり戦う。

むろん茶々もゆくゆくは対立することになりますが、なぜ彼女ばかりに注目して、真田の説明は瞬間で終わるのか。

 

どうするペース配分

本作はペース配分が本当におかしい。

因縁や戦略に時間をかけず、お葉だのその娘だの、女と話す場面を入れてくる。

どういう意図なのか。まさかスタッフや脚本家の趣味ですか?

「きれいな女優さんを画面に出しときゃ数字も取れるし~ムフフ!」とか思っていません?

羽柴と柴田の戦を淡々と語り合う徳川家臣は、何の興味もない顔をしていて辛い。イントネーションが平坦で「今日の晩御飯は鯛だって」ぐらいの話に見えます。

それを補うように、あの聞き苦しいナレーションで説明されるからズッコケるしかない。

 

どうするプレゼントのセンス

綿布がお市(というか柴田勝家)から、砂金が秀吉から届きました。

「綿布を贈るお市様、気取らなくてさすが!」

「砂金とかマジで成金でサイテー!」

贈り物に対して、こんなケチをつける徳川家臣団はどういう感覚なのでしょうか。

徳川を本気で味方につけよう、ワシに味方した方が得だぞ――と本気で考えたら自身の勢力・財力を誇示するのは自然なことであり、砂金でもさほどおかしくないでしょう。

そもそも輸送コストを考えたら綿布では割に合わないのでは?

戦国時代に送料無料のAmazonはありません。

あの布きれを贈るだけでも結構なコストがかかり、その手間を考えたら綿布では愚かにも見える。

長距離輸送の安全確保は、治安が確立されて初めて可能なこと。徳川が泰平がもたらした成果であり、それを蔑ろにするかのような表現にも思えてきます。

綿布ではなく、せめて漢籍でも送ればよかったのではありませんか。

当時は貴重なものもありますし、

「おお、『貞観政要』ではないか。わしが好きだと覚えていてくれたのか」

と家康の心に訴えかけたら、砂金ではない説得力もきちんと見えてくるでしょう。

神は細部に宿る――とはよくいったものです。

秀吉の贈り物にしても、砂金ではなく銀にでもしたほうが良かったかもしれません。

砂金は技術なしに取れるので、早くから流通していますが、銀はそうではない。

戦国時代は銀が採掘できるようになり、資金源として俄然注目を浴びました。特に明で重宝され、秀吉が攻めた毛利も銀山が有名です。

『麒麟がくる』の序盤では帰蝶の砂金。そして本作後半で銀を重要視しておけば、時代の変化も読み取れました。

技術革新、支配地域の拡大を示しながら、朝鮮出兵の伏線になったかもしれないのに……いや、わかっています、そんな高望みをしてどうする。

 

どうする鉄砲

鉄砲を撃つとなると、高所を探します。

単純な話で、上から下へ撃った方が当てやすく、逆は難しい。

そこを踏まえますと、斜め上に向けて、バンバン発射する城攻めの描写はやはりセンスがない。

やはり本作は、兵站の重要性を考えていませんよね?

勝家とお市が北ノ庄城に籠もり、秀吉の軍に囲まれる――そのシーンを見ていて思い出したのは四面楚歌です。

あれは鉄砲なんてない時代の話ですが、楚漢戦争最終盤の垓下の戦いで、漢軍は楚軍の項羽を包囲しました。

劉邦の軍師である張良は、楚の歌を奏でることにします。

それで項羽は精神が折れて、敗北した。四面楚歌とはこの出来事を由来としています。

そういう高度な戦術を、このドラマが使うわけもない。

そして、ふと思いました。まさかこれ、大坂の陣で、家康が天守閣に大砲を撃ち込んだ話の使い回しじゃないですよね。

阿月と鳥居強右衛門とか、本作は先回りした話が好きなので。

 

どうする家具のない家

このドラマはセットが妙にだだっ広く思える。

なぜか?

家具がないからでしょう。中でも屏風がないことが決定打になっています。

当初LEDウォール使い回しで誤魔化そうとしたものの、さすがまずいと思ったのか、セットを使うことにしたようです。あるいはVFXチームが納期を守れなくなっているのかもしれません。

しかし、そのセットにせよ準備にかける時間も何もかもが足りないから、どうしても出来栄えが悪くなる。

朝ドラ『らんまん』の峰屋(主人公実家)は大きな酒屋らしくちゃんと作ってあるのになぁ。

自慢のVFXって結局何だったんでしょうか。

◆VFXアナトミー最新のバーチャルプロダクションとグリーンバック撮影を併用した大河ドラマ『どうする家康』(→link

 

どうする筆の持ち方

ショックを受けた瞬間、コロコロと筆を転がす家康。そして音楽がピロピロ流れる……。

この筆の落とし方がおかしいんですね。

落とした時の筆の向きが、ペンや鉛筆を持っていたような角度でして。それに筆を落としたら墨が紙につくのに、それもない。

筆は立てて持ちます。ゆえに気が抜けて横にコロコロと転がるというよりも、垂直にボタっと落ちて、転がらずにバタンと倒れる。その方が自然です。

他に、もっとマシなやり方があります。筆を持ったまま硬直してしまい、墨がポタポタとこぼれて書き損じてしまう。

中国や韓国時代劇では見かける動揺の表現ですが、筆の持ち方すら再現できない大河ドラマとは何なのでしょう。

NHK全体の問題ではないんですね。『らんまん』はちゃんとした筆の持ち方をしていますから。

 

どうする白兎

ところで、家康が白兎と呼ばれていたことを秀吉は知っていたんですか?

信長と秘密の呼び名だったのではない?

果たしてこの呼び名はイケてるのでしょうか。

こんなもんまで作っちゃって。

◆徳川家康&織田信長が“ANIMAL COORDY”マスコットに!大河ドラマ「どうする家康」のロゴタグ付きでセガプライズに出陣!!(→link

『鎌倉殿の13人』でこういうプライズがあれば欲しかったかもなぁ。

 

どうする「秀吉はわしが倒す」

瀬名が死んだから「信長を倒す」。

お市が死んだから「秀吉を倒す」。

女が死んだら本気出す!……って、家康、あんたサイテーだよ!

ここでピロピロしたピアノが鳴り出すのが、決定的にバカっぽくて気が抜けました。

女の死を男の奮起材料にするパターンは「冷蔵庫の女」と呼ばれて古臭いうえに有害、ミソジニーの典型とされています。

女がらみの私怨でしか動けない男。最低としか言いようがありません。

そんな家康にはこの言葉を送ります。

主は怒りを以て師を興(おこ)す可(べ)からず。此れ国を安んじ軍を全うするの道なり。『孫子』「火攻篇」

主君とは怒りの感情で軍を動かしてはならない。これぞ国を安んじ、軍を全うするための道である。

今川義元から教わらなかったんですか?

 

どうするのか旭姫のことを

家康はこういうことを言っていましたね。

「マザーセナのあとは正室は置いていないんだ!」

「秀吉はわしが倒す」

で、その後にやることは、秀吉の妹・旭姫を正室に迎えること……いやいや、最低すぎるでしょうよ。

しかもこのドラマのことだ。『青天を衝け』のようなロンダリング技術はなく、下手すりゃ旭姫ともほっこり恋バナを無駄にねじ込みますよ。

「旭チャンはその天パがコンプレックスなの? そんなことないよ、かわいいよ♡」

という感じで『平清盛』の後白河院と滋子のパターンを繰り返すんですね。

つまり、世間では醜いとされる癖っ毛を愛するなんて素敵♡そういうノリだ。磯CPがきっとそういうのが好きなんでしょう。

こんな予感、当たって欲しくはないですけど。

 

どうするファム・ファタール茶々

本作は全体的に時代劇の演技指導がなっていない。

毎度申し上げていますが、子役を見るとよりはっきりとわかります。

彼らは経験がないぶん、大人よりあらわになります。

今週、特に厳しかったのは茶々です。

あの状況で、色っぽい微笑みをするお茶々が不愉快極まりないものでした。

描写の仕方が「性犯罪者目線では?」とすら思えました。1994年の映画『レオン』――鮮烈な美少女ぶりを発揮してデビューしたナタリー・ポートマンはこう語っています。

◆ ナタリー・ポートマン、出世作『レオン』には「控えめに言っても不快な描写がある」(→link

上記の記事から該当部分を引用させていただきます。

『レオン』は、悪徳警官に家族を殺された少女が同じアパートに住む殺し屋の中年男性に保護を求め、師弟関係となるなかで親密な関係を築いていく様が描かれる。

ナタリー演じる少女マチルダが、男性目線で性的対象として描かれていることが問題視され、特にマチルダがマドンナやマリリン・モンローの真似をしてセクシーに振る舞うシーンは物議を醸している。

ナタリーは、「今も愛される作品ですし、皆さん、私が他に出演したどの作品よりも興味を持ってくれています。それに私にキャリアを与えてくれました。ですが今見直してみると、控えめに言っても不快な描写があります。ですから、私にとっては複雑な思いのある作品です」と語る。

彼女は以前にも、この映画がヒットした後、人々から性的な視線を向けらるようになり、幼くしてセクハラの対象となったと訴えていた。

大人の妄想を子役に演じさせることが、どれほど重荷になるか。

小悪魔少女というアイコンが、どれほど有害か。

1994年ならば、まだそれがクールで通じたのでしょう。

しかし、2023年にこういうセンスであることそのものが、時代錯誤であり、性犯罪者のような認識だとみなされかねません。

『レオン』の監督であるリュック・ベンソンが、性犯罪で訴えられたことを踏まえるとますます洒落になっていません。

性犯罪者とは往々にして「あっちが誘ったんだ」という、妄想を展開しますから。

それを彷彿とさせる表現が大河ドラマで放映されるだけでなく、このタイミングで公式SNSが堂々と投稿する。

https://twitter.com/nhk_ieyasu/status/1688163007308709893?s=61&t=LO19T4SKIH0XXbLpq78V2A

「不敵な笑みを浮かべる茶々!」って、あんまりでしょう。

まだ13歳で、母と義理の父が死んだばかりの少女が、あんな堂々たる振る舞いができますか?

怯えて震えて泣いていてもおかしくないのではありませんか?

親を悼む気持ちすらないのですか?

歴史的に見ても、この時点で茶々がこんな振る舞いをすることそのものが妄想としか思えません。

彼女が数多くいた秀吉の妻の中で突出したのは、望外の妊娠をしてからのこと。そんなことをわかっているように振る舞っているなんて、いったい何なのでしょうか。

秀吉が勝ち、天下を取るかどうかもまだわかりません。

むしろ母の姿を見ていて「有力者の妻になるということは、敗北すれば破滅するということなのかもしれない」と不安になってもおかしくないでしょう。

本作に登場するのは、歴史上の人物をソシャゲのカードか何かと勘違いしたような描写だらけ。

淀の方はSSRだから最初から強いんだ!とでも言いたげです。

大人が持つべき「子どもを守る」という最低限の良識が感じられず、「ネタとして使えるならOK」という描写が目立ち、子どもたちには見て欲しくない思うばかりです。

 

どうする某中古車販売業のような精神性

今、日本全国を騒がせている中古車販売業と、『どうする家康』と掛けてとく。してその心は?

そんなお題で遊べる気がしてきました。

あれは中古車をゴルフボールを用いて痛めつけることで、利益を得ようとしていました。

このドラマは歴史上の人物を「史実だ!」という言い訳を用いて痛めつけ、利益を得ようとしているのでは? そのことを批判すると「大河を愛する人に対する冒瀆(ぼうとく)だ」と言い出されかねない空気まで蔓延しています。

◆「従業員を刑事告発」「ゴルフ愛する人に…」 ビッグモーター社長が連発したズレた発言 急成長企業のひずみなのか(→link

そういう既存の資源を傷つけながら利益を得るシステムが、この大河ドラマにもあるようで……一旦そう思ってしまったら、秀長役の方が脳内でこう呼びかけてくるようになってしまい、辛い。

「大河を見るなら、どうする家康!」

「大河を信じるな、どうする家康!」

◆佐藤隆太も大迷惑…「車を売るな!」ビッグモーターの過去CMを使ったMAD動画が乱立(→link

 

どうして岐阜県

前回のことについて謝りたいことがあります。

酒向芳さんが岐阜県出身で、「くそたわけ」はじめアドリブ連発だったそうです。誤認してしまい、申し訳ありませんでした。

◆「どうする家康」徳のない男・明智光秀“くそ童”に刺されたワケ 酒向芳アドリブ連発!演出絶賛の怪演裏側(→link

本作は、家康の徳を強調するために、光秀の徳の無さを強調したかったという。

しかし、家康から人徳など窺えないため、光秀はマイナスになってしまったのでしょう。

結果、徳を下げているのは大河ドラマという貴重な枠。

なぜ、彼が岐阜出身と気づかなかったのだろう?

そう考えていて、原因はわかりました。

・私の岐阜県出身の友人は、「くそたわけ」といった罵声を私に投げかけてきたことがない。そのため、聞き慣れていなかった

・地元出身の英雄を貶す感覚が想像できなかった

・地元の方言で罵倒する言葉を押し出す感覚が理解できなかった

最初のことは個人的な話なのでさておき、後の二つを考えてみましょう。

・地元出身の英雄を貶す感覚が想像できなかった

『麒麟がくる』で細川藤孝を演じた真島秀和さんが、以下の記事で

◆「麒麟がくる」眞島秀和インタビュー!「現場ではいつも、みなさんすごいなぁって思うことの連続なんです」(→link

鬼玄蕃こと酒井了恒を演じたいと語っていました。

庄内藩の武士で戊辰戦争で西軍を叩きのめす――山形では知られた人物で、さすが地元愛があると感動しました。

酒井了恒(酒井玄蕃)
敵も驚くイケメン武士・酒井了恒|戊辰戦争で鬼玄蕃と畏怖された庄内藩家老

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彼に限らず、大河ドラマは地元愛の世界という一面もあるでしょう。

真島さんの出身地である山形県は、『独眼竜政宗』についてはなかなか複雑な感情があり、『天地人』には怒りが渦巻いていたそうです。

そういう地元愛を軽視するスタンスは、大河が本来やるべきことではないと私は思います。

『信長の野望』は歴史知識を上げるのか|注目は義光の「顔グラ・能力値」なり

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・地元の方言で罵倒する言葉を押し出す感覚が理解できなかった

大河ドラマで有名になった方言フレーズがあります。

『花燃ゆ』の「せわぁない」で、「どうということはないよ」という意味です。

『八重の桜』の「さすけね」も「大丈夫だよ」という意味です。「さすけねぇか?」という疑問形もあります。

『花燃ゆ』はドラマの出来が悪いので、地元でも愛されていないようですが、『八重の桜』は会津まつりに毎年綾瀬はるかさんが呼ばれるほど。

彼女が植えた桜が会津若松城にはあるそうです。

そんな綾瀬さんが「さすけねぇか?」と呼びかけると、地元はわーっと盛り上がるとか。

そんな綾瀬さんを無駄遣いした映画『レジェンド&バタフライ』は本作と同様に度し難い作品だったと思いますが、それはさておき。

レジェンド&バタフライ
ド派手な話題作りで中身は空っぽ|映画『レジェンド&バタフライ』

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話を方言に戻しますと、人は、あたたかみのある、ほっとするような気遣いの言葉に、愛着やこだわりがあると思いたい。

それが岐阜の「くそたわけ」にこだわるという時点で、何もかもが信じられません。

岐阜県名物の五平餅を目の前で踏みつけられたような絶望感と不快感とでも申しましょうか。

なぜ、こんな酷い扱いをするのでしょう。

それでも光秀は貶められてあの結果だからまだマシかもしれない。

今週のお市は、持ち上げようとしてあの出来ですからね。過去作品で最低の人物像が更新されてゆきます。

私は徳川家康の大河ドラマが決まったと知り、真島秀和さんに出て欲しいと思ったことがあります。

地元の誇りである最上義光、上杉景勝直江兼続あたりで。

けれども、今は逆です。

最上も上杉も誰一人として出て欲しくない。

兼続は無理でしょうけれども、真島さんは別の作品で地元山形の英雄を演じる日が来ることを切望しています。

最上義光の鉄棒を振り回す姿が見たいですね!

 

命は天に在り

命は天に在り。『史記』「高祖本紀」

歴史を学ぶということは、信じがたいような愚行を知る機会でもある。

人間とは危機に陥ると、最善の行動どころか最悪の行動を取ることがしばしばあります。これも天の意なのか。

◆ジャニーズ性被害問題 “数百人巻き込まれたか” 国連作業部会(→link

このニュースと同じ日に『どうする家康』新キャストが能天気に発表されていて、天意のようなものすら感じました。

◆ 国連会見直前に発表《さすがにバーターが過ぎる》NHK大河「どうする家康」に4人目ジャニーズで視聴者ゲンナリ(→link

前代未聞の被害だとして国連がわざわざ会見を開き、「これまで不祥事を隠してきたメディアにも責任がある」と痛烈な言葉を投げたにもかかわらず、相も変わらぬスタンスでいる本作の制作陣。

今回の『どうする家康』では、まだ13歳の茶々をファム・ファタールとして描き、まるでNHKが性犯罪を問題視していないかのようなスタンスに見えてきます。

あのジャニーズが4人も出る。

13歳の少女が大人を誘惑する。

ジャニーズのことも軽視しているうえに、少女から大人を誘惑するという、少年性愛者定番の言い訳を補強するかのような描写を放映した。

これはもう間が悪いなんてものじゃない。

天にある運命なり意思が、降りてきているのではないか?

そう愕然としてしまいました。そうしたら視聴率も2桁を割るとは……。

戦国武将に危機管理技術を学んでもらいたい。『真田丸』の真田昌幸ならばきっとこう言い、ジャニーズ新キャストを防いだのではありませんか?

朝令暮改の何が悪い! より良い案が浮かんだのに、己の体面のために前の案に固執するとは愚か者のすることじゃ!

私が真田昌幸なら、こう啖呵を切って、中川大志さんを秀頼役に再登板できないか探りますけどね。

誰であろうとよいのじゃ、この際、ジャニーズでなければな。

※以下のリンクからNHKへ意見を送ることができます。

◆NHK みなさまの声(→link

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文:武者震之助(note

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【参考】
どうする家康/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-どうする家康感想あらすじ

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