麒麟がくる感想あらすじ

麒麟がくる第13回 感想あらすじ視聴率「帰蝶のはかりごと」

2020/04/13

天文21年(1552年)――。

斎藤利政(斎藤道三)から発せられた「土岐頼芸と戦う宣言」に、光秀は苦悩しています。

 


心配する煕子と平然とした牧

部屋の中を歩き回る光秀。推理もの作品でもよくある行動であります。

何か物事を考えるとき、ウロウロしたり、散歩したり、ドライブしたり。世の中にはそういう人もいますよね。

光秀の新婚だの恋愛について普通はこうだのなんだの言われていますが、そもそも【普通】の定義は何かって話です。そこを盛り上げることに、本作スタッフは焦点をあてていないのでしょう。

新婚の煕子は心配しています。

閉じこもったまま、食事すら手をつけない。「うん」としか言わない。一方で母の牧は薙刀の稽古をしています。

◆牧からのアドバイス

気にせぬこと。3日以上続くようであれば、またそのときに思案いたしましょう。

幼い頃から育ててきて、そういう我が子のことを理解しているのでしょう。父親である牧の夫もそうであった可能性はある。

冷たいわけではなくて、対処は人それぞれということです。

煕子が無理矢理部屋に入ってイチャイチャしたら、気が散って悪化する可能性もある。人の対処はそれぞれやり方があり、個々人に合わるのが一番早道。相手を無理矢理テンプレートだのなんだのに押し込まないのが大切でしょう。

果たして光秀は打開策を見つけたようです。

 


戦はせぬが、この国を出て行ってもらう

光秀は、利政の前に来ています。

鉄砲の話があるそうです。

金がかかるだのなんだのの話なら、さっさと帰れ。そう言い切る蝮です。

無駄話が嫌なんですね。無駄無駄無駄。

光秀はここで、嘘だと明かします。そうでもないと話せないと前置きする。

ブラック上司だのなんだの言われる利政ですが、理不尽なイビリだの、俺を尊重しろオーラは実はそこまで強くもない。

じゃあ、光秀はどうして来たのか?

◆光秀が聞きたい!

土岐頼芸と本当に戦うつもりですか? なぜですか?

源氏の血を引く国の柱。戦えと命じられて喜ぶ者は僅か。困ります。迷います!

土岐様のために戦おうか迷っているんですよ

光秀なりに考えて来ましたね。

遠回しに、国の分裂を訴える。利政は、自分と戦うのかと言ってくる。

光秀は本音を言います。叔父の光安は殿につく。叔父と戦いたくない。

なじみの国衆も戦い、美濃には恨みが残る。むしろ分裂する。

そう聞くと、利政は扇をパチパチとして、我が子・高政はどちらにつくかと聞いて来ます。

「皆さほどにわしが嫌いか?」

光秀は嫌いとかそういう話ではないと逸らします。けれども、迫られて「どちらかと申せば嫌いでございます」と言いました。

利政は素直に認めるとおさまる。ただ怖いだけでなくて、対処を覚えればなんとかなるとは思うんですよね。高政の方がむしろ思いもよらぬ反応をしそうで、暴発気味だと思います。

光秀は、堺や京都の旅、鉄砲を学ぶ旅もお許しいただいたし、亡き父や叔父も重用していただいていると言います。そこは律儀です。

だからこそ弓を引けない。それなのに、どうして土岐様と戦うのかと聞くわけです。

 

芝居がかった暗殺騒動

ここで利政は認めます。

戦はせぬ。
戦はせぬが、この国を出て行ってもらう。

まぁ、そういうことだろうとは先週思いました。

あの暗殺騒動は作り物めいていた。

織田信秀の死によって、勢力図は変わる。もう、血筋だけのお守り札はさっさと捨てて、自らの足で歩かねばと言い切る。この策が何かと言うのです。

はい、ここでドラマとちょっと外れるんですけどね。こういうご時世なので、真面目にこう宣言します。

ドラマをこんなときに見ている場合かというのは、わかる。けれども、役立つドラマならよいことです。

今期朝ドラでは、こんな台詞がありました。

「やらずに後悔するより、やって後悔しろ」

これは、このご時世に絶対に言ってはならないものです。そういうノリで外出して結果がどうなるかという話。

今だけの話でもない。太平洋戦争経験者も、似たようなことを言っていたものです。

勇猛果敢な兵士ほど死ぬ。よく確かめもせずに何かを食べ、敵地へ突入し、浮かれ騒いで見つかってやられる――。

嫌な話ではありますね。「やらずに後悔するより、やって後悔しろ」みたいなノリですと、危機への対処能力が落ちます。

そこをふまえて、ドラマレビューを通して危機管理能力のことを考えますと……。

私は前述の通り、あの暗殺騒動は嘘でひっかかると書きました。

意地悪なことを考察します。

「伊右衛門vs綾鷹!」

「鷹を使うなんて、ペットボトルのお茶CMにかけているんだ。シャレてる」

そういうこと、書き込みする方もおられたようです。

土岐頼芸の鷹には史実的根拠があります。

土岐頼芸
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公共放送が民放の広告でウケを狙うなんて、世も末だと思いますが。まぁ、そういうどうしようもないNHKドラマが実際にありました。

別に伊達や酔狂で「CMネタを書くとは不覚!」と言っているわけじゃない。でも、そういうRTやいいね稼ぎをすることを考え投稿して、そのぶん集中力や洞察力が落ちることもある。必然的にドラマのポイントを見落とす。

このネタを使えばRTといいねが稼げる、快感を得られる。手癖って便利であり、反射的にそうしてしまっても仕方ないことです。生きるってそういうことではある。

でも、手癖になれると洞察力が落ちてしまいます。しかも、快感を伴う手癖は、中毒性がより高まる。SNSに慣れすぎて、長文の執筆や読解ができないとすれば、そこにも何らかのシステムが働いているのでしょう。

そう、システムです。

毎年、大河には「視聴率アップのために女優を脱がせる」報道が出る。

進歩のなさに呆れ果ててはいたのですが、説明はつく。退屈な感情を堪えていると、性的なご褒美があった場合、人はそれを求めて中毒性が出てくる。そういうご褒美システムに釣られて、テレビの前に座ってしまう。

人間を騙すのは、案外簡単かもしれない。でも、こんなご時世に騙されると危険。本人だけならまだしも、周囲や社会まで危険に陥れます。

おうちで踊ろう。それもそうだけど、智謀を脳内でくるくる回すことも大事。そう提案します。

広告映像や、ドラマの影響を受ける人は善良です。でも、善良なるがゆえに罠にかかる。そこは意識していきたいところです。

 


光秀よ、30挺の鉄砲隊を組め

種明かしをしたあと、利政は計画を話します。

信秀の死をふまえ、状況は変わっているのに、国衆はいまひとつ緊張感が足りない。

そのうえで、光秀から鉄砲を受け取り、京都では鉄砲を使った戦が始まっていると言います。将軍も鉄砲に備え、建築物を変えている。

これはなかなか重要なこと。

鉄砲は上から射撃することが効果的です。上からの守りが弱い城は、防御力が下がります。

鉄砲のみならず大砲も導入されたとはいえ、そのころはちょうど戦国末期でした。ゆえに、日本の城郭は大砲への防御が手薄になりました。そこをふまえて、光秀に鉄砲導入を任せたいというのです。

30挺で一組単位。ここも何かとポイントですね。

第1話を思い出すと、鉄砲の流入、分布が急速に進んでいます。

光秀はそれよりも土岐頼芸追放計画を気にしています。もう手は打ってあるそうです。どうせ、ろくでもないんでしょうけれども……。

 

鷹がすべて殺されております!

土岐頼芸の館では、鷹狩りの準備をしております。

空を見ればよい天気。今日は紛れもなく鷹狩り日和だとホクホクしています。

頼芸は上等の鷹を送ったこと、暗殺計画も知っているようにも思えない。やはりあれは謀略でしたか。

ここで近習が、鷹に異変があると慌てて行って来ます。

「すべて殺されています!」

頼芸が慌てて鷹の小屋に向かうと、あったのは鷹の死骸でした。

「やばせ、いぶき、ああ……!」

動物の殺害です。脅迫の定番です。

『ゴッドファーザー』では、死んだ馬の首がベッドに入れられている場面があります。こういう動物の死骸を脅迫に使うことは定番といえばそうです。利政からすれば、鷹の命程度どうでもよいのでしょう。

頼芸は怯え、叫び、鷹の羽が舞い散る中混乱しています。そこへ高政様(斎藤義龍)が来ていると告げられます。高政は、急ぎお目にかかりたいと張り切っております。

「お屋形様がご案じになることはない、必ず勝つ!」

高政がそう張り切っても、頼芸はパニックになって話が通じない。

厠で用を足してくると言い、馬の準備までさせる。

「馬じゃ、馬を引け! わしはここを出る!」

高政が愕然とする中、頼芸はあっさりと自ら逃げて行ったのでした。

しかし、彼が高政に植え付けた毒は消えていません。

 

高政は素直でピュア

深芳野は利政と戯れております。

酒を飲み過ぎのようです。そこで侍女が誰かを止めている声がします。

「父上!」

高政がドスドスと怒りをたぎらせ、入って来ます。

利政は我が子が頼芸の元に向かい、置き去りにされたことはわかっています。行き先は近江の六角氏の元だとまで掴んでいる。

「置き去りにされえた哀れな忠義者か……」

「そうさせたのはお前ではないか!」

そう挑発され、利政はこう言います。

「お前? 言葉は刃物ぞ。気をつけて使え」

「申し訳ございませぬ。置き去りにされた忠義者のゆえ、正気を失っております」

「それしきのことで失うとは、ずいぶん安物の正気じゃな」

「たったそれだけ? まことの父上を失うたのじゃ! この高政にはもはや父上はおらんのじゃ、その口惜しさがおわかりになりますまい!」

高政はやはり、素直でピュアなのではないか。そう思えてくる。

利政は笑い飛ばします。

「異なことを申す。まことの父はここにおるではないか。そなたの父は……わしじゃ。油売りから身を起こした、成り上がりの子で、蝮と陰口を叩かれる、下賤な男がそなたの父じゃ!」

「ちがうっ、わしの体には、土岐の血が流れているのじゃ! この高政のまことの父は……」

ここで深芳野が酒杯を投げつけつつ、怒ります。

何を地迷うているのか、そなたの父はここにおわす利政様じゃ!

それからこう言います。

「謝るのじゃ、詫びるのじゃ、お父上に詫びるのじゃ、高政、高政っ、詫びるのじゃ、謝るのじゃ、高政、高政、謝れ、高政!」

この様子を見て、冷たく利政は言い切ります。

「そろそろ家督を譲ろうかと思うておったが、いまだしじゃのう」

深芳野は我が子を抱きしめています。

いくつになっても、我が子は我が子。

そんな圧巻の演技を見せる南果歩さんが素晴らしい。

 

嫌な父子対決、頂上決戦

今週は、土日で嫌な父子選手権決勝トーナメントを見たような気がして、クラクラしてきた。

はい、土曜日は『柳生一族の陰謀』における、柳生宗矩と十兵衛です。

高政が相対的に善良に思えなくもないと言いますか。

十兵衛の方が激情を込めて宗矩を全否定するし、肉体的に打撃を与えるし、とどめは宗矩の全てをぶっ壊してからの「夢でござーる!」エンドです。

でも、この父子対決は似ているようで、違うところもありまして。時代背景という単純なものでもありません。

斎藤利政vs高政

父が【革新】、子が【保守】。

父は下賤な血であることを受け止め、血筋のようなお守りふだではなく、自分の力で戦おうとする。

子は、血筋をアイデンティティとする。

という構図に対し、柳生はこうなる。

柳生宗矩vs十兵衛

父が【保守】、子が【革新】。

父は陰謀の果てに大名となって浮かれている。剣術指南役という肩書を重視している。

子は血統や地位を捨てて、諸国で剣術修行をする道を選んだ。

どちらも父は陰謀まみれだし。子は暴力発散をするし。ロクなものじゃないと言えばその通りなのですが。

価値観の違いを認めていくこと。人の心を踏みにじらないことが大事だという点は共通しています。

利政は、十兵衛よりもあのドラマでは家光に性格が近いかも。ピュアな子ほど、吹っ切れるとおそろしいことを、受信料で学ぼう!

 

40貫のところ5貫しか受け取らず

さて、今週の駒と東庵は。

と、その前に『柳生一族の陰謀』には茜というオリジナルキャラクターが出ていました。

これは昭和版からおります。『宮本武蔵』のお通が代表例ですが、こういう狂言回しであったり、作品の潤滑剤になるオリジナルキャラクターは、むしろ時代物の伝統ではあるのです。

スイーツだの女に媚びただの。そういう叩きは筋違いです。

あと、駒叩きって、男子の習性じみたノリを感じます。さしたる理由もないのに、おとなしそうだったり目立つクラスの女子をロックオンして笑いものにする行動パターンですね。もうそういう小学生じみたことは、オンラインでは終わりにすべきでしょう。

二人の目的地は駿河です。

東庵としては、駒が美濃に行かなかった気持ちがわからないそうです。

東庵が鈍いとか。駒の複雑な気持ちだとか。

そういうことだけでもなくて、これは駒を助けたお侍の正体を引っ張る効果もあるんですね。こう引っ張るからには、何かあるのかと気になる。こういうフックを残すことが、高度な創作テクニックだと思えます。

駒は、東庵こそわからないと言う。

帰蝶は40貫を渡すと言ったのに、5貫しかもらわなかったそうです。

悲嘆に暮れる奥方に40貫要求できないと語る東庵。

「100貫をくださるお方がお待ちになるのだから、35貫くらい軽いものじゃ」

と言うわけですが、引っかかるところはある。

東庵の態度?
それだけではなく、帰蝶の手元に残った35貫という大金です。

尾張織田家には大金がある。けれども、帰蝶の裁量で使える金はどれほどなのか。実家からの仕送りはさして期待できません。

さあ、帰蝶はこの金をどうするのか?

 

賢い秀吉の登場で三英傑揃う

そのころ、織田信秀の死を受けて、今川義元の軍勢は浜名湖畔を進軍しております。

そこへ一人の行商人がぶつくさ言いながら、東庵に聞いてきます。

「これ、なんと書いてあるのだ?」

行商人は字が読めぬので、これを読んで覚えようと、寺の坊様にいただいたとか。

「字が読めんと出世できんと言われてな! 難儀な話だ!」

師の言はく、「初心(しょしん)の人、二つの矢を持つことなかれ。後(のち)の矢をたのみて、初めの矢に等閑(なほざり)の心あり。毎度(まいど)ただ得失(とくしつ)なく、この一矢(ひとや)に定(さだ)むべしと思へ」といふ。わづかに二つの矢、師の前にて一つをおろかにせんと思はんや。

徒然草』第92段。

駒に解読してもらっている行商人ですが、ちょっと彼は奇妙なところがある。

「初めて矢を持つ者は、矢を二本持つなというのだな。二本目の矢があると思うと、初めの矢を疎かにしてしまう。いやー助かった、そういうことか、ははっ! いやー、書物というのはえらいものだ」

こう語るわけですが、理解が早すぎませんか。こう読んでもらって、ここまで想像してたどりつくのって、紛れもなく賢いと思いませんか?

三英傑が全員揃いましたが、三人とも個性があって、かつ賢いことは掴めてきました。

駒にどうやって字を学んだか、軽いノリで聞いてくる行商人。駒は生まれたらすぐ歩いて、全部お経も読めたと返します。

ここで関所が今川様の軍勢だらけだと語る行商人。そのうえで、これからは今川様の世の中になると分析しています。

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織田信秀は負けた。後継者はうつけ。織田の本家と分家が争っている。

これではもう駄目だ。三河を攻めて、尾張も取る。仲間もみんな今川様を目指しているって。だから今川様に元で一旗あげるつもりだと語り、猿のようにすばしこく木に登るのです。本物の猿もちゃんと映ります。

◆藤吉郎(秀吉)ってどんな人?

・笑顔。すごく明るい
→駒にすらここまで笑わない光秀。不機嫌さがモロにでる信長。可愛げがないと言われる家康。

・エネルギッシュで、すぐにアドバイスを求めてくる。人見知りをしない
→ガードが固そうな光秀。興味があれば聞いてくる、なければ無視する極端な信長。まず観察する家康。

・仲間の意見を尊重する
→光秀は友人である高政にも反対する。信長は独断専行か、素直に聞くか。家康は参考にはするけれども、自分が納得するまで時間がかかる。

・一を聞いて十を知るし、そのことをすぐに口に出す
→賢さでは他の人物も同じ。でも光秀はここぞというときにしか出さないとは思うし。信長は極端だし。家康はムスッと黙っていそうだし。

本作の秀吉は、昭和の少年漫画主人公に一番多いタイプだろうとは思います。それに長らく教育現場でも社会でもよろしいとされてきた、そういうタイプだ。

人との交流でエネルギーを得る。即断即決、しないで後悔するくらいならしてみろ! そういうタイプですね。

・目標達成でエネルギーが湧いてくる!

・欲しいものがあるならば、全力で手に入れようとする!

・絶好のチャンスを得られると、ともかくテンションがあがる!

・いいことがあると、テンションが無茶苦茶あがってしまう!

・恐怖を感じることそのものが少ない!

この手のタイプ、職場におりません? 営業職向きで、飲み会幹事に最適だとは思います。SNSフォロワーは、あっという間に気がつけば数千~万単位になってる。

でも……こういうタイプと相性が悪い人もいますし、本人が苦手なこともある。

今何かと求められているテレワークが得意とは思えません。

時代が求める人間の資質は、普遍的なようで変わっていく。この秀吉は、20世紀型、元号ならば昭和と平成までなのでしょう。

令和は……テレワークが苦痛でない、家康タイプの時代なのかもしれませんね。

佐々木蔵之介さんはイケメンで背が高いと言われますが、動きが猿みたいだし、あまりにフランクでそこが下劣に思われそうですし。

よい意味で、美形に見えない藤吉郎だと思えました。

でも、魅力はある。そこは抜群です。駒も、光秀のときより心を開いているように思えます。

いろんな鍵をたくさん持っていて、人の心を開けていく。生来のエンターティナーだと思えます。

まぁでも、稀に、この魅力がまるで通じない人がいるのでしょう。本作の家康も、彼を心の底からは信じることはないのでしょうね。

またすごい人物が来ちゃったな。

 

利政が信長との面会を望むのはなぜだ

天文22年(1553年)、閏正月に平手政秀が切腹したとナレーション語られます。

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画面内では、信長が鎧を脱ぎつつ歩いています。イライラしながら、噛んで手甲を外すあたりに彼らしさが出ています。

帰蝶は書状を読み何かを考えていましたが、信長を迎えます。

信長は、父上の死後、清州も岩倉も背いてイライラしています。恥知らずの身内ほど当てにならぬものはいないそうで。平手はそれを感じていて、織田彦五郎のために切腹したと信長は語ります。

腹を切って見せれば誠意を見せる連中ではないと、信長はいうわけです。

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ここでは珍しく甲冑を脱ぐ所作が出てきて面白い。脱ぎながら扱われる平手政秀が気の毒です。

切腹の理由にせよ、信長個人の見解ではあります。

言動の端々に、信長についていけない困惑はあった。信秀の死で糸が切れたのかもしれない。気の毒な退場でした。

そんな中、帰蝶は着替えを終えた信長に書状を見せます。斯様な折に見せるのはどうかと思うけれど、無碍にはできぬと断ってのことです。

なんでも、利政は信秀を失い、跡を継いだ信長と対面したいとか。

わざわざ会って何を話すのか、信長は疑念を抱いています。愛する妻の父でも、容赦なく猜疑心旺盛です。

◆信長の自己認識と判断

四面楚歌だ! 父は死に、家老も死に、東は今川。尾張内部すら分裂!

もうこれ以上面倒は見られない。溺れゆく者に手を貸す暇はないと思っているとか?

和睦破棄? それなら書状でいいでしょ。対面して殺せば、尾張を楽に得られる?

→面会しません、以上。

本作のフェアかつ緻密なところって、信長の台頭をほとんどの人が予測していないこと。藤吉郎(秀吉)もそうでした。例外をあえてあげるとすれば、竹千代(家康)ですかね。

結果がわかっている後世の人間がやらかしがちなことは、

「あいつはすごい、オーラがある」

というようなことを言わせちゃうこと。しかし本作では、本人すらしていない。

 

根来衆と鉄砲を至急用意しておくれ

愛着か、いや彼女なりに楽しんでいるのか。帰蝶が、会いにいかねば臆したと見られ、和睦が帳消しだと焚きつけます。

信長は帰蝶がここにいるということは和睦破棄はありえないと言うものの、自信がなさげではあります。

帰蝶はスッと茶碗を差し出す。信長は両手でそれを持ち、そっと下ろします。

そして手を握る。彼なりの愛着を感じているようです。

そして寝室。

帰蝶に膝枕をされつつ、信長は考えています。帰蝶はそんな殿に、信秀がかわいがっていたという旅の一座の話をします。

亡き父のために弔い公演をするとか。伊呂波太夫のことです。信長はこう言います。

「その話、父上からよく聞いた。戦の折には役に立つ、不思議な太夫じゃと」

そのうえで、帰蝶はこう確認してきます。

紀伊の根来の傭い衆(傭兵)には、鉄砲を使う者もいると聞いている。それはまことでございましょうか。

『柳生一族の陰謀』にも登場した根来衆です。あちらはアレンジが効かされており、かつ太平の世で傭兵をしようにもどうにもならない集団という設定でした。

フィクションでは、鉄砲を得意とする忍者軍団のような扱いをされることも多い、そんな集団です。

銅鑼が鳴り、大道芸が披露されております。

みな一様にお並びあれや じゅんやく踊りを……。

そう歌声が響く中、帰蝶が被衣をかぶって歩いてゆきます。

行き先は、伊呂波太夫の元でした。

伊呂波太夫は、亡き殿とのご縁を語ります。お亡くなりになられ、胸が潰れるとかなんとか言う相手に、帰蝶は要件を切り出します。

戦の兵を集められないかと単刀直入に言います。

◆帰蝶の依頼

期間は?→急ぐ

形ばかりの弱い兵か、強い兵か?→根来衆がよい。鉄砲の数も揃えたい

時と場合によると渋っていた伊呂波太夫の前に、荷物から袋を取り出し、落としてゆく帰蝶。ひとつ、またひとつ。その袋を傾けると、砂金がサラサラと落ちるのでした。35貫分かな?

「手付けじゃ」

そう言われて、伊呂波太夫の頬もかすかな笑みを作ります。

そのころ、稲葉山城では。

 

土岐頼純を毒殺していたじゃないか……

光安と光秀が利政の元へ向かっております。

鉄砲にしたって30挺ばかりではどうにもなるまい、お飾りだと、光安はぼやいております。

そこへ、「酒が強い、顔色ひとつ変えない」と言いながら誰かが歩いてゆくのでした。

利政は二人に、帰蝶を嫁がせた信長のことを語り出します。

大事な娘を大うつけと噂される男に預けてしもうた。親の気持ちを察してもらいたいと湿っぽく言うわけです。

光安は「ご心中まことに……」と言う。光秀は不信感を覚えています。

信秀の死を契機として、義父と婿で対面をする。喜んでお会いしたいと言われた。

会場は聖徳寺(信長公記では正徳寺)。

期日は十日後。

十兵衛が供として抜擢されます。

信長の顔を知っているので、選ばれた。別人なら見抜けると言うわけです。猜疑心旺盛だから、そこはそういうことを考えると。

困惑し、そんなことがあるのかとうろたえる光秀に、人の心はわからぬものと言う利政。そのうえで、悪趣味なことを言い出します。

わしが信長ならこう思う。美濃の蝮と顔を突き合わせられるのか。ともに茶を飲む時、その茶に毒が入っているかもしれぬ。そして杯の中身を飲み干し、苦しむ真似をします。蝮ジョークかよ!

「大事な娘の婿殿に、誰が左様な悪さをするものか」

いやいや、土岐頼純……。趣味が悪すぎるぞ!

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利政から見ても、信長はギリギリとのころ。先ほどの、尾張清州の織田彦五郎から信長を殺さないかと依頼があったそうです。光安と光英が廊下ですれ違ったのも、河尻殿という家臣だったそうで。

光秀は、帰蝶様からの書状が届いていたと光安に打ち明けます。信長をよしなに頼むと。

利政がドボドボと酒を注ぐ中、会見が迫ってゆきます。

 

駆け引きそのものを楽しむ帰蝶

天文22年(1553年) 4月、聖徳寺での会見が迫ります。

帰蝶は信長に、いつもの服で良いと言う。

古きものより新しきもの、美しきものを好む。その全てをお見せになればお喜びになると。できることはやり、あとはその場の勝負! そしてこう宣言します。

「これは父上と私の戦じゃ」

「わしの戦を横取りするつもりか」

さて、この戦はどうなるのでしょう。

確かにその認識は正しい。会見の時点で、探り合いは始まっている。儒教の観点からすれば、帰蝶が婚家の方に立つのは当然のこと。

ただ、そういう従順な女性視点からひねらねばならない。

帰蝶と信長に愛がないとは思えない。けれども、愛だけではなく、帰蝶は駆け引きそのものを楽しんでいる。

これは難易度が高い。

ゲームそのものを楽しむ気持ちが、帰蝶にはあります。これは珍しいことです。

対照的な存在を考慮すると、考えやすくなるのが本作の特徴。

帰蝶の場合は、深芳野です。

彼女は自我が希薄。自分がないからこそ、夫と我が子への愛を引き裂かれ、ズタズタになるしかないのです。

帰蝶が気になる造形にされてきた。本能寺で散るというのも定番だけれども、夫の死後、マイペースに生きる姿も魅力的かもしれない。

でも、彼女をマクベス夫人だの、無双だの、悪だの、軍師だの、そういう意見には賛同できません。

軍師は定義がよくわからない。まぁ、言いたいことはわかるんですけど。なまじ戦国時代だと、使うことにちょっとためらいがある。

マクベス夫人とマクベスは、帰蝶と信長にはあまりあてはまらないと思います。マクベス夫妻のように、悪事ゆえに神経を損なうような繊細さは、この二人にはないと思います。今回の帰蝶は『ヴェニスの商人』のポーシャあたりですかね。

 

帰蝶とマムシの戦はどちらの勝利か……

そのころ、美濃を出た利政たちは寺の側で待ち伏せをしています。

光秀は、信長を見かけたら遠慮なく利政の肩を叩いてよいとの指示。でも、これってつまらなかったら謀殺する合図でもあり、困るわけではある。しかも兵を800も率いていたとか。

信長の様子次第で事を決するって。殺伐としてますね。

そこへ見張りの者が、織田勢の到来を告げます。

と、歩いてくる織田勢は鉄砲を担いでいます。その数、100……200……いや300!

尾張にいる帰蝶は誇らしげな顔でお茶を飲んでいる。

こういう女性像は、ありそうでなかった。

男勝りとされる女性像はいました。でもそれは、薙刀を振り回し、馬に乗る。ありきたりで男性目線で描いたようなところはあった。

けれども、帰蝶は将棋の駒を動かすように、鮮やかに策を練りました。

信長は馬上で、派手な格好をして瓜を頬張りつつ、進んで来ます。

この戦は、どうやら帰蝶の勝利のようです。

斎藤道三(左)と織田信長の肖像画
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MVP:帰蝶と深芳野

帰蝶が文句なし、もう何もいうことはないようで、他の二人のことも。

深芳野が我が子の背中に指を食い込ませるところは、見ていて胸が引き裂かれるような苦しみを感じさせました。

彼女は何も悪くない。問題があるとすれば、危機管理能力の低さでして。

こんな時にドラマを見ている場合なのか。そういう迷いは絶対にある。今後、このまま撮影できるかどうかも不明ではあります。

でも、せっかくだから本作を通して、危機管理について考えてみましょう。

帰蝶は本作でも屈指の危機管理能力の高さがある。

要素をあげてみます。

一、危機に陥っていると認識する

→帰蝶は「私の殿だから大丈夫!」というような、よくわからない信頼は見せていません。父と夫の会見の危険性をまず認識しました。

二、行動を起こすのは自分、その責任を受け入れる

→ 「これは父上と私の戦じゃ」

そう言い切りましたね。責任を取ればいいってわけじゃないとか、そういう逃げは危険です。

三、問題を分析し、明確にすること

→鉄砲の物量作戦が効果的だと思えばこそ、伊呂波太夫に一直線に進んでゆきました。

四、他の人々や集団からの、支援を受け入れる

→伊呂波太夫に即座に救いを求めています。

五、他の人々を問題解決の手本とする

→父・利政は敵であると同時に、彼女なりのロールモデルだと思えます。

六、自我が強い

→これは言うまでもない。自分がしっかりとあります。

七、己を知る

→女性であり、奥方である自分の行動範囲は理解できています。己の性格も。

八、過去の危機体験

土岐頼純を死なせた体験がある。

九、過去の失敗を乗り越えたこと

→前夫の死を乗り切ったことや、今川との和睦経験がある。

十、性格の柔軟性

→儒教的価値観にそこまで染まっていませんし。

十一、基本的な価値観

→蝮の娘であること。高政と違って受け入れています。

十二、行動が自由

→信長はあまり制限をしていません。それにもし、このとき帰蝶が妊娠中であるとか、病気であれば、そもそも動けないのです。

ワルだの蝮の血だの、そういうことでもない。本作は、帰蝶なり信長が、いかにして革新的な一手を繰り出すか、丁寧に描いてゆきます。

歴史上の人物を尊敬し、真似することが危難に対応できる手段とは思わない。

けれども、本作は最新の知見を元に、そう構築するから見逃せません。

 

総評

こんな大変な状況下ですが、個人的に怒り炸裂したので、ちょっと愚痴らせてください。

「あのさ、あんたさ、なんであんな大河と朝ドラを悪く言えるの?」

「は?」

「それでレビューして飯食ってるなら、手加減しろよ」

「……………………………………………………」

その場では黙っておりました。でも返せるんです。諫言は耳に痛い。クソレビュアーのせいでどんだけ心を痛めるのかという話は、こっちの耳が痛くなるほど聞きました。

けれども、手加減とダルダルした甘さに慣れきったら、堕落ばかりしませんか?

私は滅多にないとはいえ、褒められたコメントはなるべく早く忘れ、罵倒するコメントはきっちりデータベースを作れるくらい記憶するようにする。堕落を防ぐには、それが一番だと思えるので。

もうちょっとだけ続けさせてください。

「あんたが貶したあの大河脚本家が感染したね、喜んだ?」

「………………………………………………………………………………」

反論は即座に思いついたのですが、サイコパス呼ばわりも嫌なので黙ってました。

いや、武士にせよ、何にせよ。自分のはなった一撃が相手に命中して倒れたら武功に数えられる。けれども、流れ矢で倒れた相手に勝ち誇っても、何の名誉でもない。

それ以前に、そんなこと言っている場合ですか?

彼のバッシングが広まっているようですが、心を痛めております。あの大河そのものを好意的に評価するつもりはありません。とはいえ、制約が多い中で不本意なことがあったであろうと推察される点には同情しています。

それより何より、感染と大河の出来は別ものです。そこを叩いてどうする? そういうことはやめましょう。

むしろ同作出演者のとある動画の動向も気になるところではありますが。これも【自我】を濃厚に出さなかったところはあるかもしれない。日頃スタンスをきっぱり示していれば、防げたかもしれない。そこまでの要求は酷でしょうが。

はい、愚痴終わるようで、ちょっと続く。大河の意義についてです。

前述もしたわけですが、せっかくだからこのレビューも、危機管理能力をあげることを考えて書きたいとは思います。

時代は変わりましたよね。

大河ドラマがつまらないだのなんだの言われて、スイーツだの女性視聴者層やスタッフが槍玉にあげられていましたが。

国民的番組という以上、国民の性質の反映だったということは考えないといけない。

ニュースよりバラエティ。勉強して難しいことを言う学者よりも、根性論大好きな営業マン系がウケる。セレブとつながりたい。困っている人のことは無視したい。被災地だの困窮だのの話をした途端、目を逸らしてしまう人は本当に多いものです。

で、大河もその反映だった。

少女漫画の手癖みたいなベタベタな甘いドラマ。昭和の焼き直し。気骨ある大河がふにゃっとなる。

受け止める側も、女性主人公だとその時点で叩きが半端ない。

小学生男子が目立つ女子を叩くメンタリティで叩き始める。『おんな城主 直虎』は最先端の研究も反映して、なかなか渋い要素もありますが。ミソジニーを隠しきれないアンチコメントが常に煮えたぎっていました。

いいからドラマの話をしろってなるのはわかっている。

でも、本作を語る上で、危機への対応意識や革新性は見逃せないわけです。

帰蝶の凄みはMVPだけにもういいとは思う。けれども、藤吉郎もすごかった。あの短い会話で、彼がどれだけ賢いのか、伝わってきました。

このドラマを貫くこと。それは危機への対応のような気がしてきました。

今週の帰蝶にせよ、その他の人にせよ。成功したい人間はこれが実践できていた。

明哲保身――道理をしっかりとわきまえれば、危険を回避し、身を保つことができる。

帰蝶は対処を悟り、テキパキと行動できました。自分なりの道理を理解できねば、そんなことはスタートすら切れない。

先憂後楽――先立って世の中のことを憂い、世の中が落ち着いた後に楽しむこと。

こういう状況で、楽観して騒ぎすぎだという声は聞きます。しかし、やらかして後悔するより臆病だとバカにされたほうがまし。

今回光秀がゴロゴロ悩んだように、まず悩もうと思います。


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【参考】
麒麟がくる/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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