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政次が逝くのならば、我が送ってやらねば
「これはどういうことなのでしょう。私に次の手を打てということでしょうか」
そう南渓に尋ねますが、その答えはおぬしが一番よく知っているはずだ、と返されます。
政次の望みは何なのか。
どう手を打つのが正しいのか?
両者が心のうちで打ってきた碁は、最後の局面を迎えました。
そして、その日が来ました。
南渓は告げます。
「今日、政次が磔になる……我等は引導を渡しに行くが、参るか?」
政次が逝くのならば、我が送ってやらねば。そう覚悟を決め、直虎は立ち上がります。
刑場へと引き立てられてゆく政次。
その時を見届けるべく歩む直虎。
ついに最期のときが迫ります。
ヤツれてボロボロになった政次と、頭巾をかぶり、白鷺のように凛として美しい姿の直虎。残酷な対比です。
この構図だと、夜行性の生物が光の中で生きるものに憧れていたように思えます。
生きる世界が違った、星が違った。所詮はそういう運命なのに、闇の中で生きる政次は、直虎に恋い焦がれてしまったのだと。
突如走り出した直虎が兵の槍を奪い取り、迷いなく凸!
処刑場で、両者が視線をかわします。
【ギシギシ】という不気味な音と共に立てられる磔柱。体を大の字にして、両手両足を木に括り付けられた政次の姿は痛ましい限り。
その手前には、槍を持った兵士が2人います。
槍は、その息の根を止めるべく、両脇のそばへと突きつけられました。腹にでも突き刺し、ジワジワと死に至らしめるのでしょうか。
その刹那のことでした。
突如、走り出した直虎が、近くにいた兵の槍を奪うと、磔柱の前に走り出し、そして一気にグサッ!
政次の胸を深く突き通すのです。
直虎は叫びます。
その目には強い光と確信が宿っています。
「地獄へ墜ちろ、小野但馬!!」
凄まじい迫力で言葉を続ける直虎。
「地獄へ……ようも、ようもこれまで吾を欺いてくれたな! 遠江、日の本一の卑怯者と未来永劫語り継いでやるわ!」
胸を突かれた政次も黙ってはおりません。
即座に罵り返します。
「笑止! もとより女子頼りの井伊に未来などあると思うのか。生き抜けると思うておるのか。家老ごときに謀れる愚かな井伊が生き残れると思うておるのか。やれるものならやってみろ。地獄の底から、見届け……」
口から血を吐き出し、絶命する政次。その死に顔には笑みが浮かんでいました。
直虎の真っ白い頭巾に、その血が一滴かかります。
南渓、傑山、昊天、近藤も唖然として見守ります。
思い出の中で微笑む、鶴とおとわ。明るい昼の光が射し込む部屋で、幻の政次は微笑み、おとわと碁を打つのを待っています。
白黒をつけむと君をひとり待つ 天つたふ日そ楽しからすや
それが、小野政次の辞世でした。
MVP:井伊直虎と小野政次
ふたりでひとつ、「比翼の鳥」として井伊を導いてきた二人。
最期の瞬間まで、二人は盤面に石を起き続けました。
「地獄で待て、小野但馬! 吾もゆく地獄で……これまでよく吾を支え導いていくれた。遠江、日の本一の忠臣と未来永劫私の中だけで語り継いでゆく!」
「わかっている。女子の身でありながら、よく井伊を導いてきた。お前こそが井伊の未来だ。生き抜け、家老の俺がいなくとも生き残れ。絶対にやり遂げろ。地獄の底から、見届けるぞ……」
本心とは裏腹の思いをぶつけあいながら、修羅の如き形相の直虎。
そして微笑む政次。
思った通りの、そして何よりも辛い一手を打った直虎への畏敬の念、愛情。
そうした思いがこもった微笑みでした。
直虎が自らの手で人を手に掛けるのは彼が最初です。
仏門の身でありながら、清らかな白い頭巾に血を浴びました。
この一手を打つことは、地獄への一歩であるはずです。
それでも彼女は、じわじわと何度も突き刺される苦しみから救うためか、あるいは政次の本懐を遂げさせるのは誰か他の手であってはならないと思ったのか、槍をふるいました。
ラストシーンで二人が碁を打つ場所は、地獄なのかもしれません。
「いつか日の光の下で碁を打ちたい」
そんなささやかな願いは叶わず、刺し殺されるという結末を迎えたものの、少なくとも小野政次は幸福な最期を迎えたように思えます。
鬼気迫る演技で脚本に答えた柴咲さん、高橋さん。
神がかった演出。お見事でした。
総評
何か凄いものを見てしまった……脳天をガーンとブン殴られたようで、しばらく立ち上がれなくなりそうなショックを受けました。
ラストの数分間は放心状態です。
感情のジェットコースターで、もうどうしたらいいのか、途方に暮れました。
女性向けだの、スイーツだの、甘い大河だの言われていましたが、ヒロインが相手の胸に槍をぶちこむ展開のどこに甘さがあるのか?
いや、この血まみれの展開の中にも優しさも切なさも、あるとは思います。
あの処刑を「究極のラブシーン」と呼ぶ、そんな意見にも頷きます。
奸悪と言われた人間にも道理はある――。
そう証明できるのが、歴史研究ではなく歴史創作の醍醐味です。本作はその醍醐味を完全に昇華しました。
小野政次。見事です。
政次の死はどこかでフェードアウトすると思いました。
磔柱が不気味な音を立てて立てられた時も驚き、槍を持った人が立った時もぎょっとしました。
それでも突き刺す瞬間は省くだろう。
そう思っていたら、あの展開ですから、ほんとに何と言えばいいのやら。
昨年のナレ死は今にして思えば優しかったんですね。
本作の良さ。
それは命や死をしっかりと描くことでしょう。
舞台は戦国時代です。命が軽く、すぐ消えてゆきます。一生懸命生きていても、すぐ消えてしまいます。
そうして消えたところで、気にする必要はあるのでしょうか。
ある。
直虎は力強くそう言っていると思うのです。
読経し、悼み、命が消えた痛みを直虎はしっかりと噛みしめています。
今川侵攻の中、小さな国衆の、裏切り者の家老が処刑されたところで、天下の誰が気に掛けるのでしょうか?
気に掛ける。
気に掛けるどころか、心に刻む。
歴史の流れを大きく変えるわけでもない、天下にかすりもしない、そんな人々の生き死にに、重みと意味を持たせる。
それが本作の良さであり、魔法であると思うのです。
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【参考】
おんな城主直虎感想あらすじ
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link)