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武田・上杉家 その日、歴史が動いた 北条家 合戦

立河原の戦い~関東支配と上杉家を巡る名門と下克上男のややこしすぎる争い

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上杉家のお家騒動に色々絡んでややこしい

今は都会といえば東京ですよね。
しかし、東京=江戸が都会になったのは家康が秀吉に飛ばされ……もとい、関東を任されてからのこと。
つまり、人が集まって都市らしい都市ができたのは300年くらい前の話で、奈良や京都に比べればずっと新しいんです。
え?知ってる?失礼しました。

それ以前の江戸を含めた関東はというと、大ざっぱに言っても三つ巴。
もっと細かくいえば、一つの国を二つ三つの大名家が取り合ってるなんてのがザラの状態でした。
関東の大名=北条氏みたいなイメージもありますが、さらに近所の武田氏や上杉氏がしょっちゅう割り込んでくるので、関東という大きな枠組みが統一されるのは、中央に比べてずっと遅かったのです。

とはいえ、やはり大きな合戦もいくつかありました。
永正元年(1504年)9月27日の立河原の戦いもその一つです。

これは上杉家のお家騒動と室町幕府の有力者、そして地元の大名が絡んだとんでもなくややこしい合戦。
敵と味方を分けると三つ巴が二つ重なったような構図になるのですが、これは場所も関係しています。
立河原というのは、現在の東京都立川市付近のこと。
たちかわら、たちかわら、たちかわ、たちかわ……ほら、立川になった!(もとから「立河」だったんですけどね)
関東甲信越の大名がちょうどぶつかり合う地点なんですね。

 

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山内上杉家と扇谷上杉家 どっちも名門だけに

まず上杉家のお家騒動から。
上杉家というと、なんで新潟や会津や米沢にいないんだ!と「噴飯もの」になっているみなさんもいらっしゃると思いますが、謙信さんが「関東管領ウエスギ氏いえーい」と言っていたように、もともとは関東の名門だったのです。

名門の一門と一口にいっても、この頃はかなり枝分かれしていました。
中でも勢力が強かったのは二つ。
一つはもともと鎌倉周辺で関東管領(室町幕府の出先機関での仕事)をしていた、山内上杉家(やまのうちうえすぎけ)。
もう一つは、その分家筋にあたる扇谷上杉家(おうぎがやつうえすぎけ)です。
どちらも元を辿れば足利尊氏の母方の家柄で、名門には違いありません。
だからこそ争いが起きてしまうんですが。

この二つの家がドンパチやってる間に早雲さんの後北条氏が力をつけて、両方とも負けてしまい勢力が弱まります。
本末転倒ですね。

 

室町幕府の名門 古河公方を忘れたらイカンぞよ

上杉氏がある程度まとまるのは、もっと時代が下って越後で謙信(元は長尾景虎)が家名を継いでからです。
名門だったのに、よその家のおかげでやっとまとまったなんて、しかも関東じゃない人だし、ちょっとなさk……いやいや謙信のカリスマと能力がいかにすごかったかがわかりますね!

室町幕府の中には関東に関する役職がもう一つありました。
古河公方(こがくぼう)といって、現在の茨城県古河市に根付いた足利一門で、公方=将軍格の家のことです。
上記の上杉家のドンパチにはここも一枚噛んでいたので、その後に起きた立河原の戦いにも絡んできます。

そして最後の地元の大名というのが後北条氏。
最初の下克上成功者・最初の戦国武将と大絶賛を浴びるのが北条早雲です。
生まれた年がわからないせいで、今でも没年齢が説によって20歳も違うという違う面でもぶっ飛んだお人ですが、もちろん戦上手でもありました。
でないと一般人から大名になんてなれませんからね。

北条早雲/wikipediaより引用

 

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「於武州立川原合戦戦死不知員」

この戦いで興味深いのは、どちらが勝ったとも言い切れないところ。
史料によって情報が錯綜しているため、専門家の間でも意見が分かれています。
なぜかというと、「於武州立川原合戦戦死不知員」と史料のドラにあるように、両軍ともにあまりにも戦死者が多かったからです。
それでいて両軍の大将は無事であり、どちらが勝ちともいいきれない結果だとする説が一つ。

一方で、二千人もの死者を出した上に一族の人間も戦死した山内上杉家の負け=扇谷上杉家の勝ち、という見方もあります。
さらに長い目で見れば、後々謙信に名前を譲って家名を存続できた山内上杉家の勝ち、なんて説もあります。
うーんややこしい。

上杉謙信/wikipediaより引用




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関東では、後北条氏の力が決定的になるまでこうした大会戦が何度か行われていました。
そのため田畑が荒れ続けることになってしまい、なかなか発展しなかったのです。
こうしたややこしいところに、秀吉が家康を飛ばしたのはかなりの嫌がらせですね。それを乗り越えてクリスタルキングも認める大都会を作った家康は果てしないほどすごいということになりますかな。




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