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その日、歴史が動いた 幕末・維新

幸せって何だっけ? 幕末歌人・橘曙覧が詠んだ妻LOVEソング52首

更新日:

 

突然ですが、皆さん「幸せってなあに」で始まるCMソングをご記憶でしょうか。
何のCMだったかサッパリ覚えていない(関係者の方すみません)のですが、子供の声でこんな意味深な詞を歌っていたので、たまに思い出して一時的にものすごく気になることがあります。

「いったい幸せとは何なのか?」

社会や人類全体を見渡して、HAPPINESSの定義をするのは非常に難しい問題ですが、こと個人においては、ごく身近に感じることができるものでもあります。
本日はそうした日常の幸せを一つ一つかみ締めていた、とある歌人のお話。

慶応四年(1868年)8月28日、橘曙覧(たちばなのあけみ)という歌人が亡くなりました。

福井市にある橘曙覧文学記念館/Wikipediaより引用

 

江戸の商家に生まれながら、幼き頃に両親は他界

橘曙覧(たちばなのあけみ)――。

苗字と名前の間に「の」が入る上に読みにくい名前ですが、最初の名前も「尚事(なおこと)」という中国あたりの官名といわれたほうがしっくりきそうなものだったようです。
生家が商売をやっていたので、おそらく何かしらの意味があったのでしょう。残念ながら詳細は伝わっておりません。

そして江戸時代の商家ならそこそこ裕福だろうと思いきや、曙覧(あけみ)は2歳で母に、15歳で父に死別するというなかなかのハードモードを強いられてきました。

そんな中、叔父さんが貢献してくれたおかげで曙覧(あけみ)も一度は家業を継ぎます。が、そろばん勘定が嫌になり、28歳で弟に家督を譲って勉学や和歌の道に励むようになりました。
現代の感覚で置き換えると、若社長として期待されていた青年が突然芸術の世界に入ってしまったような感じでしょうから、周りもさぞ混乱したでしょうねぇ。弟がどこかに婿養子入りしていなかったのが不幸(?)中の幸いでしょうか。

しかし、自分にも仕事があっただろうに、頑張って育てた苦労が灰燼に帰した叔父さんが哀れですね。幕末の世の中でドタバタの真っ最中だったことを考えればなおさらのことです。他人事なのに涙がちょちょきれます。

何かに夢中になった人間にはよくあることで、その後、実家と積極的に関わることはなかったようです。

 

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宣長の諡号「秋津彦美豆桜根大人」を床の間に掲げていた

曙覧(あけみ)は当初、学問の分野について何も決めておりませんでした。

それが本居宣長(国学=日本独自の学問の大家)の弟子に学んでからは、和歌について何か特別に感じるものがあったらしく、宣長の諡号である「秋津彦美豆桜根大人」を床の間に掲げます。

こちら、「あきつひこみつさくらねのうし」と読みます。字面から何となく桜大根を連想するのはワタクシの気のせいであって欲しいところです。

諡号というのはエライ人に死後与えられる尊称のようなもの。わかりやすいところでいくと、歴代の天皇の呼び名はだいたい諡号になっております。存命中は本名を呼ぶのは恐れ多いことなので、「今上」とか「お上」というのですが、死後は別の呼び名として諡号をつけることになっています。

ちなみに、元号と一致するようになったのは明治天皇から。これは元号が一人の天皇につき一つになったからという理由もあります。

話を曙覧に戻しましょう。

 

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妻との「たのしみは」で始まる歌はなんと52首も!

宣長の加護があったのか、バカ売れとはいえないにしても寺子屋のお師匠様と歌人を兼業していたおかげで、少しずつ曙覧(あけみ)の名は高まっていきました。

それでも生活に余裕はなく、弟子からの援助で妻子を養っていたそうです。……アンタいつ結婚したんだとかツッコミたくなるところなのですが、実はまだ実家にいた21歳のときに奥さんをもらっています。よくこの生活でついてきてくれたものですね。

曙覧(あけみ)の歌には日常の小さな幸福を詠んだものが多く伝わっていますので、たぶんずっと同じ女性と仲睦まじく暮らしていたものと思われます。

こんな感じです。

・たのしみは 妻子(めこ)むつまじく うちつどひ 頭(かしら)ならべて 物をくふ時
・たのしみは 三人(みたり)の児(こ)ども すくすくと 大きくなれる 姿みる時
・たのしみは 紙をひろげて とる筆の 思ひの外に 能(よ)くかけし時
・たのしみは ふと見てほしく おもふ物 辛(から)くはかりて 手にいれしとき

この「たのしみは」で始まる歌はなんと52首も!

何を考えてこうしたのかサッパリわかりませんが、最後の「欲しいと思っていたものをようやく手に入れたとき」などは、現代人にも通じる楽しみですよね。

そういうちょっとした喜びを大切にすると、裕福ではなくても前向きに生きられるのかもしれません。
曙覧については、できれば育ててくれた叔父さんのことも、時々でいいから思い出してあげてください……と言いたいところですけども(´・ω・`)

長月 七紀・記

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参考:橘曙覧/Wikipedia 福井市橘曙覧記念文学館

 

 





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