ムーランの元ネタ

映画『ムーラン』/amazonより引用

世界史

ディズニー映画『ムーラン』の元ネタ 中国の女戦士「木蘭」とは?

2022/10/28

ディズニーの実写版映画『ムーラン』には、モデルとなる人物はいるのか?

あるいは創作なら、どんな内容をどうアレンジしたのか?

コロナウィルスの影響で公開が延期されるなどの不運もあり、世間的にはいまいち盛り上がらなかった本作ですが、作品の元ネタについては中国で根強く支持された話が元になっていて、歴史好きには興味深い内容だったりします。

戦うヒロインであるムーラン(木蘭)はなぜ中国で語り継がれ、ディズニーで取り上げられるまでになったのか?

その成立を振り返ってゆきましょう。

 


木蘭の詩

男装の麗人である木蘭(ムーラン)――。

そのルーツは何なのか?

ずばり答えは、魏晋南北朝時代・北魏(4−6世紀)の楽府(がふ・漢詩の形式)でした。

早い話が「詩」です。

詩に登場する女性だったんですね。

では、その詩のルーツは?

というと、元々は鮮卑族の言葉だったものが、梁(6世紀)の時代に漢語に整えられ、現存する形にされたと推察されています。

ならば気になるのが「詩」そのものの内容でしょう。

本記事では、まず概要を把握するため、途中途中を省いて掲載させていただきます。

詩の省略は心苦しいところではありますが、かなりの長さとなる全文を記事末に掲載しておきましたのでご承知ください。

ではご覧ください。

木蘭辭(木蘭の詩)

喞喞復喞喞
ああつらい どうしてこんなにつらいのか

木蘭當戸織
木蘭は、戸のそばで機織りをしている

(中略)

昨夜見軍帖
昨日の夜、召集令状を見てしまった

可汗大點兵
王は、大軍を徴兵している

(中略)

從此替爺征
召集に応じて、年老いた父の身代わりになろう

(中略)

旦辭爺孃去
朝になったら両親に別れを告げて出立しよう

(中略)

但聞燕山胡騎鳴啾啾
ただ燕山に迫る異民族兵の声だけを聞く

萬里赴戎機
万里を超えて戦場へ赴き

關山度苦飛
関山を苦労して超えてゆく

(中略)

壯士十年歸
屈強な兵士も十年を経てやっと帰った

歸來見天子
やっと帰って天子に拝謁する

(中略)

可汗問所欲
王から望みを問われても

木蘭不用尚書郎
木蘭は高い地位を望まない

願馳千里足
願いはただ千里を超えて帰ること

送兒還故郷
この子をなんとしても故郷へ戻して欲しい

爺孃聞女來
年老いた両親は、娘の声をやっと聞いた

(中略)

脱我戰時袍
戦っていた時の軍装を脱いで

著我舊時裳
昔着ていたスカートを身につける

當窓理雲鬢
窓のそばで髪を綺麗に結って整えて

對鏡帖花黄
鏡に向かって化粧する

出門看火伴
門を出て戦友を迎えると

火伴皆驚忙
戦友は皆驚いてしまう

同行十二年
十二年も一緒にいたのに

不知木欄是女郎
木蘭が女だなんて知らなかった!

 


木蘭(ムーラン)は時代を超えて愛されて

魏晋南北朝の時代、北の女性は特に活発でした。

そんな元気な女性である木蘭。兵士として従軍し、帰宅して身支度を整えると美女だった!という、この詩は、多くの人々に愛されてゆきます。

中唐の大詩人・白楽天はこう詠みました。

「木蘭の花って、メイクをした感じがあるっていうかね。だって木蘭は、男装美少女だったじゃない!」

さらに時代が降ると、彼女の心を考えるようになります。

晩唐の杜牧は、木蘭を祀る「木蘭廟」を訪れ、こう考えております。

「木蘭は、男装して頑張って戦っているけどね。夢の中ではきっとお化粧することもあったと思うんだよなぁ……」

木蘭といえば、あの戦った女の子だ。そのことを称賛する気持ちが広がっていったことがわかります。

ここで戦う美少女にウットリとする彼らを、否定的な目で見るのは控えて欲しいところ。彼らには、木蘭に萌える大義名分がありました。ただのギャップ萌えではありません。

そのことを考える前に、魏晋南北朝のヒロイン像の例として、男装ヒロインストーリー『梁山泊と祝英台』のあらすじをご紹介させていただきます。

「梁山泊と祝英台」

東晋の時代、会稽郡上虞・祝家に英台という娘がいました。

どうしても勉学がしたいと願ったものの、女に学問は不要だとして許可を得られません。

そこで彼女は男装し、杭州に遊学へ出ました。

祝英台は、梁山伯という青年と出会い、意気投合。三年間学業をともにして、二人は大親友となりました。

しかし、彼女が故郷へ戻ると、本人の知らぬ間に馬文才という許嫁が用意されているではありませんか!

梁山伯は事実を知り、嘆きのあまり亡くなってしまいました。祝英台は婚礼の日、せめてもの別れを告げるため、梁山伯の墓に立ち寄ります。すると墓が開き、祝英台はそこへ向かってしまうのです。

驚きのあまり周囲が見ているとその墓からは、二羽の蝶々が飛んでゆきます。

結ばれなかった二人の魂が、蝶々になって飛んでいくのか。

人々はそう語り合ったのでした。

※二人を讃える芸術作品は数多く生まれました

 

「孝」という動機が重要

木蘭が愛されたのは、なぜなのか?

美女だから?

健気だから?

元気いっぱいだから?

彼女の場合、その動機が重要です。

彼女が戦う理由は、病弱な父に代わって従軍するというもの。中国の伝統である儒教道徳の真髄といえました。

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中国ではルールを破った理由が「孝」であれば、そのことそのものが称賛されます。

一例として、食べ物を親のために持ち帰ること。

呉の陸績は、袁術のもとで出されたミカンを持ち帰ろうとしました。袁術は咎めましたが、その動機が母への土産とするためだとわかると、かえって絶賛しました。

実在した人物ではありませんが『三国志演義』の貂蟬にも同様の話があります。義父・王允のために男たちを誘惑したため、彼女は「孝」の化身とし敬愛されてきたのです。

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これとは逆に「親の服喪中に薬を飲んだ」だけで、人格を貶されまくた陳寿という不幸な例も……。

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親孝行――そのことそのものが美しく、感動的だ!そんな考え方から、動機の段階で木蘭は極めて素晴らしいヒロインになり得たのでした。

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木蘭はどうして戦うのか? 中国共産党の悩み

では、映画のムーランはどうして戦うのか?

そこはディズニーだけに、おどろおどろしい邪悪な敵と戦っております。実写版では中国を代表する大女優・鞏俐(コン・リー)が魔女として出て来ます。

これはある意味、ディズニーであるからできるといえなくもありません。

史実での時代背景を考えてみたいと思います。

彼女の生きた時代は『三国志』の終結後、魏晋南北朝です。

漢の時代から中国の気候は寒冷化しました。

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政治不安や群雄割拠があり、おなじみの大乱世が起こるのです。

・気候変動

・農業生産性の低下

・北方の民族が南下する

・政治的混乱

・相次ぐ戦乱

・屯田兵制度への反発

こういった様々な要素が重なり、人口は激減。さらには南下する突厥族とっけつぞくとの戦いに対処を迫られる――そんな時代に彼女は生きていたのです。

実は、この突厥族を敵とする点が中国共産党としては、悩ましい政治問題に突っ込みかねないところでありまして……。

中国共産党の掲げる「少数民族」には、突厥の子孫にあたる人々も含まれています。

同じ中国人なのに、争うことにするとなると、実にややこしい。火種になりかねない。異民族と戦ったことで英雄視された人物を、どうするべきなのか?

これはしばしば俎上にあがる問題です。

南宋の名将・岳飛がくひはその典型例とされています。

彼が戦い抜いた相手とは女真族です。

2010年代の中国を代表する映画といえば『戦狼 ウルフ・オブ・ウォー』があります。

 

この主演・呉京(ウージン)は満洲族出身。女真族の後身が満洲族なのです。

漢民族の英雄を讃えると、女真族が悪役になる。それは満洲族を悪役にするということになる。どうしたらよいものか?

そこで……
「そんな政治的な話はともかく、岳飛は素晴らしいでしょう!」
という声は出てくるわけです。

中国共産党としては実に悩ましいものがあります。映画『グレートウォール』では、いっそのこと敵をUMAにするという解決策を見出しております。

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国境を跨ぐだけに、扱いが楽な民族もおりまして。

はい、日本です。

複雑な心境になるかとは思いますが、1970年代、ブルース・リー時代の中国語圏映画の方が遥かにえげつないものがありました。

1978年『少林寺VS忍者』あたりは、今見るとどういう顔をしたらよいのかわかりません。

こうした日本描写も、実は近年気遣いがあり、かつ時代考証が進化しております。

対倭寇に活躍した明の名将・戚継光は、対抗策として日本の剣術を導入しました。これは「戚家刀法」と呼ばれております。かつてよりも日本刀への対抗やルーツが出てきており、描写として進歩が見られます。

※戚家刀法の使い手が出てくる『黒衣の反逆』

日本人武術家との戦いにおいても、相手の高潔さが描かれるようになってきました。

1970年あたりの悪役日本人武術家は、本当にただひたすらゲスな描かれ方でしたから……。

 

話がムーランとずれてしまいましたが、中国映画にはその国ならではの悩みがあるとご理解いただければと思います。

ディズニーがギリギリを攻める一方、中国本土のものはUMAや妖怪と戦い続ける。

そういう流れをこれからも見守ってゆきましょう。

 

竜から鳳凰へ――ディズニーの進歩

アニメ版『ムーラン』はちょっと惜しいところもありました

 

アニメ版では、ムーランの守護キャラクターは龍のムーシュー(木須龍)でした。

それが実写版では、鳳凰(フェニックス)に変更されているのです。

鳳は雄であり、凰は雌。両方存在しますが、伝統的に男性である竜が皇帝、鳳凰が皇后の象徴です。

ヒロインには、竜より鳳凰。そんな中国伝統へのアプローチが、ディズニーには見られます。

竜から鳳凰への変更には、ディズニーが中国史を勉強しただけではない、そんなアプローチもあると推察できます。

悪役の魔女から、自分を偽っていると指摘されるムーラン。そんな彼女の頭上を飛ぶ鳳凰。そこからは、女性としてのまま、活躍を遂げる姿が感じられるのです。

木蘭は前述の通り「孝」が称賛された人物でした。

これもディズニーからすると、ちょっと悩ましいところではあるのです。

家に尽くす儒教道徳を強調されるとなると、これは女性の解放という視点と衝突します。

女性でも「ありのままに」生きてよい。そういうアプローチをしたいディズニーからすると、そこは衝突しかねないのです。

 

ここをどう処理するか?

だからこそ飛び立つ鳳凰なのか?

そこにも注目しましょう。

 

彼女の敵は、彼女――時代考証面での進化

ヒロインが戦う悪役にも、進化がみられます。

アニメ版は、男性のシャン・ユー(単于)です。

単于はただの君主号であり、固有名詞ではありません。

有名な例

冒頓単于(ぼくとつぜんう・固有名詞の冒頓+単于)

つまりアニメ版は「ラスボスの名前が“ラスボス”」というような、うっすらとした間抜けさがありました。

それが実写版では、魔女の仙狼(シェンニャン)に変更されています。

神秘的な力を持つ彼女は、異形のものに変身する能力を持ちます。それゆえ、故郷を追われてしまった悲しい存在でもあります。

“仙狼”(シェンニャン)の「仙」に悪い意味はありません。その能力にふさわしく、敬意を込めた名前がつけられたのです。

悪役でありながら、優れた能力や慈悲深さもある。そんな女性なのでしょう。

 

実写版ムーランはなぜ断髪しない?

アニメ版では、ムーランが男装のために断髪する場面が見どころでした。予告編にもあります。

ところが、実写版ではない。その理由は?

中国大陸を含めた東アジアでは、伝統的に【男女ともに長髪である】ことが当然であり、ジェンダーの差がないのです。

アニメ版も、実写版も、男性も長髪であり、髷を結い頭巾で包んでおります。

断髪とは……

・仏門に入ることを示す
・罰則で切られた

の象徴となることもあり、時代考証としては間違っているのです。

アニメ版の長さまで断髪すると、むしろ誤解を与えかねません。

伝統的には、男装ヒロインの特徴としては……

・化粧をしない(※時代と個人によっては男性もしましたが、あくまで例外扱い)

・裳(スカート)を履かない

・纒足しない(※魏晋南北朝にはまだない習慣)

・髪の毛は女性的な装飾品をつけずに、頭巾で包んでいる

といったものがあげらます。

伝統的に木蘭については、化粧をしたかったはずだ、眉を描きたかったはずだと思われることはあっても、髪の毛のことは触れられておりません。もとの詩でも、メイクをしてスカートを履いてやっと「女性だったんだ!」と驚かれております。

この面でも、ディズニーは進歩したようです。

※『少林サッカー』の男装選手は、中国文学伝統的存在、パロディと言えなくもありません

さて、ここであげられた頭巾をかぶるヒロイン像。これがなかなか重要な要素であり、これこそ木蘭最大の特徴と言える要素なのです。

 

木蘭こそ【巾幗英雄(きんかくえいゆう)】の祖

なんだかディズニーはがんばっているらしい。

だからといって、21世紀の価値観で中国の伝統をイジり回しててよいものか?

そういう疑念は湧いてくるかもしれません。

ご安心ください。
木蘭は、さんざん中国の歴史においてイジられて来ました。そこはきっと大丈夫です!

なんせ木蘭には、中国文学史においても重要な役割がありました。その点、ディズニーは、実によいところに目をつけたと思います。キャラクターとして最高の逸材であることを、中国文学史から見てみますと……。

戦う美少女・木蘭――彼女は、多くの人々の想像力を刺激しました。

「やはりこういう【孝】。これが泣かせるんですよね」

元々このような大義名分がありましたが、時代が降るにつれ、人々はもっと赤裸々に妄想を爆発させます。

「木蘭最高、もっとこういう戦う美少女が見たいです!」

「死なない程度に、女戦士におしおきされたい。そういう気持ちはありますよね!」

「そういうニーズに応えたい、それでこそ作家ですよ!!」

「美少女だけとか、レベル低いよ。強いお婆ちゃんも欲しいでしょ!」

ありのままに欲望を見せやがって……そう突っ込みたくなりますが、史実なので仕方ない。

中国文学史には【巾幗英雄(きんかくえいゆう)】という一大ジャンルがあります。

女性が【髪の毛をまとめる頭巾=巾幗をかぶった英雄】ということで、女戦士だとご理解ください。

木蘭は、このジャンルの元祖と言える存在なのです。

日本での知名度を踏まえますと『三国志演義』の弓腰姫・孫夫人、あるいは『水滸伝』の扈三娘あたりが有名でしょうかか。

ただ、活躍度からすると、彼女らでもまだまだ大人しいほう。

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それではどんなキャラクターがいるのか?

 

明『楊家将演義』

北宋時代、楊一族が戦う歴史劇。『北宋志伝』のような先行作品では男性主体であったものの、明代あたりから何かが変わってきます。

「強い女戦士に興奮したい! あとなんか魔法みたいなもんも入れる!」

と、考えたクリエイターが無茶振りをやらかすようになります。

ともかくこの家は女性が強い!

女性名に「桂」や「蘭」が多く、木蘭へのリスペクトがあります。例えばヒロイン筆頭は穆桂英(ぼくけいえい)です。

この話のパターンは、もうツッコミどころがありすぎてつらい。

楊家の男が、ツンデレ、ヤンデレの女盗賊に打ち負かされると。

「はぁ? 私ごときに負ける? 恥ずかしくないの? バッカじゃないの!? 少しは、自分で戦うってことしてみなさいよね! で、でも、捕まえたんだから、あんたイケメンだし……まぁ、結婚してやらないこともないけど……もうっ、結婚しないと殺すからね!」

これがだんだんとパワーアップしていく。

なんと、三人のヤンデレに迫られ、ハーレム展開をする羽目になる楊文広なんて人物も。それなんてギャルゲー? いいえ、中国古典文学です!

ツンデレとヤンデレとロマンスを繰り返した結果、楊一族が女戦士パワーでピンチを乗り越える。だいたいそんな話です。

ハイライトがなんといっても「十二寡婦征西」(十二人の未亡人、西へ遠征す)なんだから、ともかくスゴイ!

ちなみに映画版の邦題は『女ドラゴンと怒りの未亡人軍団』(原題:『楊門女将之軍令如山』)でした。セシリア・チャンが穆桂英を演じています。大島ゆかりさんも出演しています。

一体どういうことかと戸惑った方もおられるかもしれません。内容にふさわしい、素晴らしいタイトルです。

 

明『花関索伝』

「やっぱり関羽はすごいよね。そんな関羽の息子と女戦士の恋愛があったら萌えない?」

そういう発想とニーズがあったのか。

スピンオフ『花関索伝』誕生!

劉備・関羽・張飛はある日、こう言いました。

「俺ら家族が足手まといだと本気出せないよな。でも自分で殺すのは嫌でしょ? 互いに殺し合わない?」

「いいね!」

何を言ってんだかわからない冒頭ですが、関羽の妻・胡金定(こきんてい)は妊娠中でありながら逃亡に成功。

胡金定の産み落とした子・関索(かんさく)は花のようなイケメンです。そんなイケメンが、ツンデレ&ヤンデレ女戦士たちと恋愛しつつバトルもする。そういうハーレムスピンオフです。

イケメン関索好きの女性ファンも、ハーレム大好き男性ファンも幸せになった、そういう二次創作ですね。

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※コーエーテクモでも出てきました

 

清『隋唐演義』

隋から唐へ。

激動の時代を背景にしたスペクタクルドラマです。

なんと花木蘭も登場します。かなり時代がズレておりますが、豪華ゲストということでご理解ください。

改変もされています。

なんと可汗から後宮に入れと迫られ自殺しているのです。

そのあと妹の花又蘭(かゆうらん・しかも木蘭二号的なネーミング……)が活躍するというものすごい設定。勝手に殺し、妹を生み出す。クレームは作者の褚人獲(ちょじんかく)にお願いします。

清『説岳全伝』

岳飛と並び称される名将・韓世忠(かんせいちゅう)夫人・梁紅玉(りょうこうぎょく)が大活躍を遂げます。

金の兵士をボコボコにする彼女は最高です!

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清『説唐後伝』

唐代の名将・薛仁貴(せつじんき)。その子・薛丁山(せつていざん)の妻・樊梨花(はんりか)がともかく強い!

中国古典文学史上最強のヤンデレ。ともかく凶悪でもあります。

木蘭は父のために戦った、そんな「孝」ヒロインでしたが、彼女はそうじゃない。

・西涼の将軍の家に生まれる。唐とは敵同士のはずが、武芸を授かった師匠からついでに恋の予言も受けてしまう

・「薛丁山と結婚する予言があるから、ダーリンのいる唐軍に城を明け渡して!」そう父に迫ったところ、父娘喧嘩になりはずみで父を殺害! 「孝」はどうした?

・兄二人もうっかり殺しちゃった! やりすぎだ!

・そしてついに薛丁山を発見!「臨陣招親」(戦場で戦ってプロポーズ)に挑む。三度戦い、三度薛丁山を負かし「もうっ! アンタは私と何度戦っても勝てないんだからねっ! け、結婚しなさいよ!」と迫る

・「あの娘、強いねえ。嫁にしたいわ。息子よ、結婚しなさい」そう言い始める薛仁貴。しかし薛丁山は「あんな親兄弟を殺すヤンデレ絶対に嫌です!」と断固拒否。それはそうでしょう……

・なんだかんだで結婚するも三度離婚。それでも結局結ばれました。

これが「三休樊梨花」(樊梨花と三度離婚する)という最大の見せ場なんだからもうわけがわからない。

これなんてラブコメ?中国古典文学です!

 

ここでは木蘭の流れを汲む、従軍女戦士を取り上げました。

民間の世界「江湖」で活躍する「女侠」はもっと多数おります。『児女英雄伝』の十三妹をはじめ、ともかく中国文学は美少女戦士が大勢出てきます。

美少女戦士に助けられ、時にはボコボコにされながらうっとりする。これぞ中国文学の一面です。

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※実写版木蘭を演じた劉亦菲(リウイーフェイ)は、伝説の女侠・小竜女が当たり役

日本のサブカルチャー、漫画やアニメこそが、戦う美少女の元祖だという意見を時折見かけます。

それは不正確です。
中国大陸には、女戦士のそれこそ長い歴史があります。

その他にも……。

美少女ハーレムもの(『紅楼夢』他多数)

推し論争、聖地巡礼、二次創作が熱い(『紅楼夢』他多数)

エロパロスピンオフ(『金瓶梅』他多数)

人外美女との恋愛(『白蛇伝』他多数)

幽霊美女との恋愛(『剪灯新話』他多数)

ともかく、中国の方が先のものが山ほどありますので、そこは気を付けておいた方が良さそうです。

『金瓶梅』は中国一の奇書?400年前の『水滸伝』エロパロが今なお人気♪

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「孝」という儒教道徳。

そして異民族との戦いという、歴史的な要素から生まれた木蘭――。

詩の中から飛び出した彼女は、物語の世界に旅立ち、そのあとに多数の女戦士を生み出しました。

そしてついに、ディズニーヒロインにまで到達したのです。

儒教道徳から飛びだった彼女は、スクリーンで偽りの自分を捨て、自分自身の生き方を決めると言い切ります。

21世紀に生きる彼女は、誰かのためではなく、自分自身を探すために生きる存在となりました。

これぞまさしく、時代が求める女戦士の姿なのでしょう。これからもそんな彼女の勇敢な姿を楽しもうではありませんか。

文:小檜山青

 

木蘭辭(木蘭の詩)

喞喞復喞喞
喞喞復た 喞喞
ああつらい どうしてこんなにつらいのか

木蘭當戸織
木蘭、戸に当りて織る
木蘭は、戸のそばで機織りをしている

不聞機杼聲
聞かず機杼の声
それなのに、機織りの音が止まってしまった

唯聞女歎息
唯だ聞く女の歎息
ただ聞こえるのは、彼女のため息ばかり

問女何所思
女に問う何の思う所ぞ
彼女に何が悩ましいのか聞いてみよう

問女何所憶
女に問う何の憶う所ぞ
彼女はどうして悩んでいるのか?

女亦無所思
女また思う所無し
彼女が思うことは、もうない

女亦無所憶
女また憶う所無し
彼女が思うことはもう、ないのだ

昨夜見軍帖
昨夜、軍帖を見るに
昨日の夜、召集令状を見てしまった

可汗大點兵
可汗、大いに兵を点ず
王は、大軍を徴兵している

軍書十二巻
軍書、十二巻
徴兵名簿は、十二巻もあって

巻巻有爺名
巻巻に爺名有り
そこに年老いた父の名もあった

阿爺無大兒
阿爺、大児無く
老父には、成人した息子はいない

木蘭無長兄
木蘭、長兄無し
木蘭に兄はいない

願爲市鞍馬
願わくは為に鞍馬を市い
市場で馬と鞍を買おう

從此替爺征
此に従いて爺征に替えん
召集に応じて、年老いた父の身代わりになろう

東市買駿馬
東市に駿馬を買い
東の市場で駿馬を買って

西市買鞍韉
西市に鞍韉を買う
西の市場で鞍を買って

南市買轡頭
南市に轡頭を買い
南の市場で轡(くつわ)を買って

北市買長鞭
北市に長鞭を買う
北の市場で鞭を買おう

旦辭爺孃去
旦に爺嬢を辞して去り
朝になったら両親に別れを告げて出立しよう

暮宿黄河邊
暮に黄河の辺に宿す
暮れになったら黄河のほとりに泊まる

不聞爺孃喚女聲
聞かず爺嬢女を喚ぶの声
年老いた両親が娘を呼ぶ声は聞かない

但聞黄河流水鳴濺濺
但だ聞く黄河の流水の濺濺と鳴くを
ただ、黄河の水の流れる音だけを聞こう

且辭黄河去
且つに黄河を辞して去り
そして黄河にすら別れを告げて

暮至黒山頭
暮に黒山の頭に至る
暮れには黒山の頭にたどりつく

不聞爺孃喚女聲
聞かず爺嬢女を喚ぶの声
年老いた両親が呼ぶ声は聞かないようにしないと

但聞燕山胡騎鳴啾啾
但だ聞く燕山の胡騎の啾啾と鳴くを
ただ燕山に迫る異民族兵の声だけを聞く

萬里赴戎機
万里、戎機に赴き
万里を超えて戦場へ赴き

關山度苦飛
関山、度りて苦飛す
関山を苦労して超えてゆく

朔氣傳金柝
朔気、金柝を伝え
北の冷気に軍楽の音が響いている

寒光照鐵衣
寒光、鉄衣を照らす
冷たい光が、甲冑を照らしている

將軍百戰死
将軍、百戦にして死に
将軍は、百度戦って戦死を遂げ

壯士十年歸
壮士、十年にして帰る
屈強な兵士も十年を経てやっと帰った

歸來見天子
帰り来たりて天子に見ゆるに
やっと帰って天子に拝謁する

天子坐明堂
天子、明堂に坐す
天子は明堂におられる

策勳十二轉
策して十二転に勲じ
その功績を称え、十二回級特進し

賞賜百千彊
賞して百千彊を賜う
百千の金を報奨金として賜った

可汗問所欲
可汗、欲する所を問うに
王から望みを問われても

木蘭不用尚書郎
木蘭、尚書郎を用いず
木蘭は高い地位を望まない

願馳千里足
願わくは千里の足を馳せ
願いはただ千里を超えて帰ること

送兒還故郷
児を送りて故郷に還らしめよ
この子をなんとしても故郷へ戻して欲しい

爺孃聞女來
爺嬢、女の来たるを聞き
年老いた両親は、娘の声をやっと聞いた

出郭相扶將
郭を出で相い扶け将く
助けられながら、やっとの思いで迎えに出る

阿姉聞妹來
阿姉、妹の来たるを聞き
姉は妹の帰ってきたことを聞いて

當戸理紅粧
戸に当たりて紅粧を理う
家の中で化粧をして出迎える準備をする

小弟聞姉來
小弟、姉の来たるを聞き
弟は姉の帰宅を聞いて

磨刀霍霍向猪羊
刀を磨き霍霍として猪羊に向う
刀を研いで、声をあげながら豚肉と羊肉を準備する

開我東閣門
我が東閣の門を開き
東の門を開き

坐我西閣牀
我が西閣の牀に坐す
西の寝台に休む

脱我戰時袍
我が戦時の袍を脱ぎ
戦っていた時の軍装を脱いで

著我舊時裳
我が旧時の裳を著る
昔着ていたスカートを身につける

當窓理雲鬢
窓に当りて雲鬢を理へ
窓のそばで髪を綺麗に結って整えて

對鏡帖花黄
鏡に対して花黄を帖る
鏡に向かって化粧する

出門看火伴
門に出でて火伴を看るに
門を出て戦友を迎えると

火伴皆驚忙
火伴、皆驚忙す
戦友は皆驚いてしまう

同行十二年
同行十二年
十二年も一緒にいたのに

不知木欄是女郎
知らず木欄これ女郎なるを
木蘭が女だなんて知らなかった!

雄兎脚撲朔
雄兎、脚撲朔
雄のウサギがだだっと走って

雌兎眼迷離
雌兎、眼迷離
雌のウサギがうろちょろして

兩兎傍地走
両兎、地に傍いて走り
両方のウサギが地面をそうやって走っていたら

安能辨我是雄雌
安んぞ能く我がこれ雄雌なるを弁ぜん
どうやって雌雄の区別をつけられる?


参考文献

井波律子『中国文学の愉しき世界』(→amazon
岡崎由美『漂泊のヒーロー 中国武侠小説の道』(→amazon
岡崎由美・浦川留『武侠映画の快楽』(→amazon
李貞徳『中国儒教社会に挑んだ女性たち』(→amazon
尾形勇・岸本美緒『世界各国史3 中国史』(→amazon
アニメ『ムーラン』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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