2022年6月にLittoral Gamesよりリリースされた『水都百景録』はどんなゲームなのか?
古代中国を水墨画で街作り――というからにはシムシティみたいな感じ?
あるいはFGOみたいに英雄の魂を呼び出したり?
このゲーム、かなり斬新であるがゆえにわかりにくいものでして、その魅力を明代という時代から考察してみます。
「古代中国」ではなく商業の発展した明代
『水都百景録』について「古代中国の街づくり」と言うと、それだけで中国史に詳しい方は薄っすらと顔を曇らせるかもしれません。
中国史には時代区分論争と呼ばれる激しい攻防がありました。
どの王朝が何時代か?
そう言うだけでも、うっすらと気を使わねばならないルールがあるのです。
一般的にはさほど問題にはなりませんが、アカデミックな観点からどうしてもそうなってしまいます。
では、このゲームの明代はどうか?
ゲーム中で存在感のある湯顕祖は、シェイクスピア(1564〜16161)とほぼ同じ時代を生きています。
そういう時代を「古代」と呼ぶのはおかしい。
明代までを「古代」とする区分もないわけではなく、大雑把に封建時代をそう呼ぶこともあります。
だからといって「近代中国の街づくり」とすると、清か中華民国あたりを想像してしまうかもしれないし、ピンと来ない……そんな妥協点ゆえの「古代中国」としておきましょう。
明代は中国文化が極められた時代
それでも「古代中国のわけがないだろう!」と突っ込みたくなるとすれば、このゲームではひたすら“ものづくり”を続けねばならないことがあげられます。
生産物には、磁器、絵画、木炭、絹……などがあり、技術がなければできないものばかり。
例えば磁器は代表的なものでしょう。
中国における磁器の発明は、実はいま熱い論争が起きています。
『三国志』の英雄である曹操の墓が発掘され、その副葬品に磁器片があり、従来より磁器の製造が早かったのではないか!と一石が投じられたのです。
いずれにせよ、その後の中国で磁器が大量生産され、世界中から羨望の眼差しで見られてきたことは確かなこと。
日本でも鎌倉幕府の人々は磁器を好み、宋と元から輸入したものが大量に見つかっています。
ヨーロッパでも、マルコ・ポーロが持ち帰った磁器に人々はびっくり仰天。
なんとしても再現したい!と、研究を重ねています。
このゲームでは、磁器を焼き、売ります。
明代の磁器は、当時、世界最高峰の品質。
都市も大きく発展し、経済活動が活発な時代に突入しました。
日本人にとって、明治維新以前の文化の象徴といえば江戸時代ですが、中国では明清時代がそれに該当します。
日中の違い
明代は、日本であまり認知度が高くないのでしょう。
本作にもこんな意見がつきまといます。
「『三国志』の人を実装して欲しいな」
一応、西晋の潘安、東晋の謝道韞(しゃどううん)が日本版実装済ですが、ここでいう三国志とは、曹操や諸葛亮のことですね。
現在の日本は『三国志』だけが突出して高いように思える中国史への関心ですが、常にそうだったわけではありません。
日本が熱心に中国文化を吸収していた王朝は、遣唐使があった唐の頃。
このゲームには中国四代美女の一人である王昭君が実装されています。
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日本での四大美女の知名度では、唐の楊貴妃が頭一つ抜けています。
ですので、もしもこれが日本のゲームだったら、楊貴妃が先に実装されていたかもしれません。
日本と中国は近いようで違うこともある。それがこのゲームの日明関係でもあてはまります。
倭寇で日明交流をしていた時代
明代といえば、中国からすると「中日交流の時代だな!」となります。
どういうことか?
明代を舞台にしたフィクションとなると、お決まりの展開があります。
「やっぱりここは倭寇を出したいよな。強すぎる謎の日本人と戦わせたい!」
「戦国武士や忍者を出せるなんて熱すぎるよね!」
鎌倉時代あたりまでは航海技術が足りない。江戸時代となると出島できちんと貿易をする。
その間の明代は、日本人が倭寇として頑張っていた時期に当たります。
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『水都百景図』にも「捕まえて投獄すると結構よいお宝を持ってくる悪党」として登場。
松江府では物資を保管する「倉城(そうじょう)」を襲撃してきます。放置すると放火までしてゆき、捕まえると住民からお礼の品がもらえます。
本作は時代考証に忠実で、上半身に薄い単(ひとえ)をつけ、下半身は褌です。
月代を剃ってざんばら髪で、抜き身の刀を手にしています。頭髪を剃らないし、明人ならば下半身剥き出しはありえない!
そんな相手にとって大変ショッキングだった姿をしています。
中国の他のゲームやドラマですら、ここまでありのままの倭寇は出てきませんし、沿岸部の物資を奪うという意味でも実に歴史に忠実です。勉強になりますね。
そんな倭寇が出てくるとなると、身構えてしまう方も多いと思いますので、掘り下げておきましょう。
倭寇の構成員が日本人だけでないことは、中国では歴史の常識として知られています。
多国籍の非合法貿易集団であり、硬直化していた明側の対応にも問題がありました。
例えばこんな悲劇がありました。
倭寇の特徴として「月代を剃っていること」が挙げられます。
服装だけなら着替えでごまかせてしまう。そこで敢えて頭を剃ることで「引き返せない倭寇構成員になった」アピールをする明人がいたのです。
すると、悪くて雑な役人はこう考えます。
「おい、そこの頭髪がない奴、さては倭寇だな!」
頭髪が薄いだけで逮捕される――そんな理不尽な悲劇が明代にはあったのですね。
そうしたことを踏まえると、倭寇はただの悪い日本人ではありませんし、描き方によっては明代政治の腐敗もクローズアップできます。
現在のフィクションでは、むしろそうしなければ考察がちょっと古い。
確かに、戦争の記憶が生々しく、日本への敵意が強い時代は、極悪集団として出てきました。
数十年前の香港、台湾映画では時代考証があやしい倭寇が、だいたい悲惨なやられ方をします。
それが近年の倭寇はスタイリッシュでカッコいい。
なぜか?
前述の通り、明朝政治批判の意図もありますが、それだけではありません。
中国語圏でも戦国時代は大人気で、武士が大好きな人が多いからです。
『信長の野望』や無双シリーズは大人気。
そこから戦国時代に興味を持った人も多く、明代が舞台であれば無理なく戦国武士や忍者を出せます。
ちょっと強引なことをしてでも、なんとしても敵キャラとして日本から呼んでくることは定番です。
決して悪意ありきではなく、盛り上がる要素であり、日本の漫画や格闘ゲームにカンフー使いが出てくるようなものとお考えください。
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ただし『水都百景録』はバトルをするゲームではないので、そこまでかっこいい倭寇は出てきません。
多国籍武装強奪集団として実装され、時代考証として正しいところがポイント。
ともかく日本人を出したいという思いが先立ってか、柳生某が武術の奥義書を求めて内陸部までやってきている――そんな設定の明代舞台のフィクションもありますが、本作は違います。
そして、日本からは漁師の娘である“はな”が実装されています。
みなさんも可憐なはなを愛でましょう。日明交流をきちんとしている作品です。
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