水都百景録/公式サイトより引用

世界史

『水都百景録』の舞台となる明代ってどんな時代?政治腐敗と倭寇暗躍

2022/07/07

2022年6月にLittoral Gamesよりリリースされた『水都百景録』はどんなゲームなのか?

 

古代中国を水墨画で街作り――というからにはシムシティみたいな感じ?

あるいはFGOみたいに英雄の魂を呼び出したり?

このゲーム、かなり斬新であるがゆえにわかりにくいものでして、その魅力を明代という時代から考察してみます。

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「古代中国」ではなく商業の発展した明代

『水都百景録』について「古代中国の街づくり」と言うと、それだけで中国史に詳しい方は薄っすらと顔を曇らせるかもしれません。

中国史には時代区分論争と呼ばれる激しい攻防がありました。

どの王朝が何時代か?

そう言うだけでも、うっすらと気を使わねばならないルールがあるのです。

一般的にはさほど問題にはなりませんが、アカデミックな観点からどうしてもそうなってしまいます。

では、このゲームの明代はどうか?

日本史ならば南北朝時代から江戸時代初期。

ゲーム中で存在感のある湯顕祖は、シェイクスピア(1564〜16161)とほぼ同じ時代を生きています。

そういう時代を「古代」と呼ぶのはおかしい。

明代までを「古代」とする区分もないわけではなく、大雑把に封建時代をそう呼ぶこともあります。

だからといって「近代中国の街づくり」とすると、清か中華民国あたりを想像してしまうかもしれないし、ピンと来ない……そんな妥協点ゆえの「古代中国」としておきましょう。

 


明代は中国文化が極められた時代

それでも「古代中国のわけがないだろう!」と突っ込みたくなるとすれば、このゲームではひたすら“ものづくり”を続けねばならないことがあげられます。

生産物には、磁器、絵画、木炭、絹……などがあり、技術がなければできないものばかり。

例えば磁器は代表的なものでしょう。

中国における磁器の発明は、実はいま熱い論争が起きています。

『三国志』の英雄である曹操の墓が発掘され、その副葬品に磁器片があり、従来より磁器の製造が早かったのではないか!と一石が投じられたのです。

いずれにせよ、その後の中国で磁器が大量生産され、世界中から羨望の眼差しで見られてきたことは確かなこと。

日本でも鎌倉幕府の人々は磁器を好み、宋と元から輸入したものが大量に見つかっています。

ヨーロッパでも、マルコ・ポーロが持ち帰った磁器に人々はびっくり仰天。

なんとしても再現したい!と、研究を重ねています。

このゲームでは、磁器を焼き、売ります。

明代の磁器は、当時、世界最高峰の品質。

都市も大きく発展し、経済活動が活発な時代に突入しました。

日本人にとって、明治維新以前の文化の象徴といえば江戸時代ですが、中国では明清時代がそれに該当します。

 

日中の違い

明代は、日本であまり認知度が高くないのでしょう。

本作にもこんな意見がつきまといます。

「『三国志』の人を実装して欲しいな」

一応、西晋の潘安、東晋の謝道韞(しゃどううん)が日本版実装済ですが、ここでいう三国志とは、曹操や諸葛亮のことですね。

現在の日本は『三国志』だけが突出して高いように思える中国史への関心ですが、常にそうだったわけではありません。

日本が熱心に中国文化を吸収していた王朝は、遣唐使があった唐の頃。

このゲームには中国四代美女の一人である王昭君が実装されています。

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日本での四大美女の知名度では、唐の楊貴妃が頭一つ抜けています。

ですので、もしもこれが日本のゲームだったら、楊貴妃が先に実装されていたかもしれません。

日本と中国は近いようで違うこともある。それがこのゲームの日明関係でもあてはまります。

 


倭寇で日明交流をしていた時代

明代といえば、中国からすると「中日交流の時代だな!」となります。

どういうことか?

明代を舞台にしたフィクションとなると、お決まりの展開があります。

「やっぱりここは倭寇を出したいよな。強すぎる謎の日本人と戦わせたい!」

「戦国武士や忍者を出せるなんて熱すぎるよね!」

鎌倉時代あたりまでは航海技術が足りない。江戸時代となると出島できちんと貿易をする。

その間の明代は、日本人が倭寇として頑張っていた時期に当たります。

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『水都百景図』にも「捕まえて投獄すると結構よいお宝を持ってくる悪党」として登場。

松江府では物資を保管する「倉城(そうじょう)」を襲撃してきます。放置すると放火までしてゆき、捕まえると住民からお礼の品がもらえます。

本作は時代考証に忠実で、上半身に薄い単(ひとえ)をつけ、下半身は褌です。

月代を剃ってざんばら髪で、抜き身の刀を手にしています。頭髪を剃らないし、明人ならば下半身剥き出しはありえない!

そんな相手にとって大変ショッキングだった姿をしています。

中国の他のゲームやドラマですら、ここまでありのままの倭寇は出てきませんし、沿岸部の物資を奪うという意味でも実に歴史に忠実です。勉強になりますね。

倭寇/wikipediaより引用

そんな倭寇が出てくるとなると、身構えてしまう方も多いと思いますので、掘り下げておきましょう。

倭寇の構成員が日本人だけでないことは、中国では歴史の常識として知られています。

多国籍の非合法貿易集団であり、硬直化していた明側の対応にも問題がありました。

例えばこんな悲劇がありました。

倭寇の特徴として「月代を剃っていること」が挙げられます。

服装だけなら着替えでごまかせてしまう。そこで敢えて頭を剃ることで「引き返せない倭寇構成員になった」アピールをする明人がいたのです。

すると、悪くて雑な役人はこう考えます。

「おい、そこの頭髪がない奴、さては倭寇だな!」

頭髪が薄いだけで逮捕される――そんな理不尽な悲劇が明代にはあったのですね。

そうしたことを踏まえると、倭寇はただの悪い日本人ではありませんし、描き方によっては明代政治の腐敗もクローズアップできます。

現在のフィクションでは、むしろそうしなければ考察がちょっと古い。

確かに、戦争の記憶が生々しく、日本への敵意が強い時代は、極悪集団として出てきました。

数十年前の香港、台湾映画では時代考証があやしい倭寇が、だいたい悲惨なやられ方をします。

それが近年の倭寇はスタイリッシュでカッコいい。

なぜか?

前述の通り、明朝政治批判の意図もありますが、それだけではありません。

中国語圏でも戦国時代は大人気で、武士が大好きな人が多いからです。

『信長の野望』や無双シリーズは大人気。

そこから戦国時代に興味を持った人も多く、明代が舞台であれば無理なく戦国武士や忍者を出せます。

ちょっと強引なことをしてでも、なんとしても敵キャラとして日本から呼んでくることは定番です。

決して悪意ありきではなく、盛り上がる要素であり、日本の漫画や格闘ゲームにカンフー使いが出てくるようなものとお考えください。

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ただし『水都百景録』はバトルをするゲームではないので、そこまでかっこいい倭寇は出てきません。

多国籍武装強奪集団として実装され、時代考証として正しいところがポイント。

ともかく日本人を出したいという思いが先立ってか、柳生某が武術の奥義書を求めて内陸部までやってきている――そんな設定の明代舞台のフィクションもありますが、本作は違います。

そして、日本からは漁師の娘である“はな”が実装されています。

みなさんも可憐なはなを愛でましょう。日明交流をきちんとしている作品です。

 

明代は政治腐敗の時代

中国の人が『信長の野望』や無双シリーズで日本史を勉強しました。

ならば日本の人々が『水都百景録』から明代のことも学べます。

そこを少し掘ってみますと……。

工部の厳さまは、なぜあんなに態度が悪いのか?

このゲームには一日2時間だけうろつき、建築を交換してくれる“工部の厳さま”が出てきます。

交換しようとすると、慇懃無礼そのもの、言葉遣いは丁寧でも舐めた態度を取ってきます。

そこに「ン〜」「オォ?」というどこか尊大な音声もつく。

どうしてこんなに態度が悪いのか!

厳さまは朝廷から派遣されている役人で、そこそこ位も高い、エリートです。

ちなみに本作主人公である文徴明の時代には、厳嵩(げんすう)、厳世蕃(げんせいはん)父子がおり、悪徳政治家として名を馳せていました。

「厳? なんか嫌な感じだな」となってもおかしくはありません。

明代の役人はエリート意識が強く、態度が悪く、ともかく横柄というのがお約束です。

政治腐敗が激しく、かつ筆の立つ文人がその様を残したため、「明代の役人といえば下劣で態度が悪い!」というのがお約束となっています。

日本人が「代官様=金のお菓子を受け取っている悪徳役人」がお約束だと思うような感覚ですね。

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他のフィクションやゲームだと、容赦なく義侠心溢れる主人公たちがぶちのめすこともあります。

中国の嫌な役人像は、だいたい明代に完成したのではないかと思えるほど、ともかく明代の役人は悪いという印象が強いのです。

主人公である文徴明は、官を辞した王献臣の依頼を受け、蘇州にある庭園「拙政園」の設計を担当しました。

政治が拙いと庭園の名前につけてしまうほど、政治が腐敗していたのです。

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明代を舞台にしたフィクションで政治の話になると、登場人物が眉をしかめたり、下劣な笑みを浮かべたり、悪徳役人がどつき回されて民衆がスカッとしているようなことがあります。

明代あるあるといえます。

最も嫌われ者の役人は、錦衣衛という秘密警察。

「錦衣衛が向かっているぞ!」

そんな噂だけで逃げ出す人もいたとか。

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実はハードボイルドな明代

このゲームは建物の説明や特殊住民の紹介を読んで楽しむ、テキストが味わい深いという特徴があります。

そして町に暮らす一般住民の人生が辿ることも面白いのです。

女はいらないと身売りされていた。

親の虐待に耐えかねて飛び出した。

戦乱の中で父を失った。

少林寺で僧侶をしていたが、国を守るために還俗して兵士になった……。

と、なかなかドラマチックであり、決して楽な時代ではなかったことがわかります。

そんな住民は死にます。

突如「ご愁傷様です」と表示され、家の窓に喪に服している白い布がたなびき、祭壇が飾られます。そして墓を建てるよう促されるのです。墓をタップすると故人の人生が辿れます。

その死因がまたなかなか凄惨です。

・恋煩いで鬱になった

・薪取りで虎に襲われた

・首をくくった

・喧嘩で殴られた

・汲み取り式トイレに落ちて溺死

・山賊に襲われ、貞操と金品を奪われる

明代は商業が発達した時代ですので、手っ取り早く強奪をして儲けたい賊も跋扈し、治安は悪いものでした。

こうした荷物警護のための「鏢局」(ひょうきょく・民間護衛組織)は、武侠ものでおなじみの存在です。

そんな護衛をつけられない民はあっけなく命を落としてしまいます。

・八つ裂き

明代は処刑手段もバラエティがあった時代です。

そんなことまで再現しなくてもいいのに、なぜかする。

ほのぼのした絵柄で八つ裂き……厳しい世界です。

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・夜中に目を覚まして魑魅魍魎を見てショック死

大丈夫? 馮夢龍の怪談本でも読んでいませんか?

ベストセラー作家の馮夢龍はホラーも得意でした。しかも面白いんだな。

・薬で仙人になりたがって、中毒死

お宿で「仙人になりたいから丸薬をくれ」と言い出す客が出没します。

医学と道教の合わせ技で、仙人になったり不思議な力があると考えられる薬がありました。それを反映しています。

西洋医学が伝わると、こうした迷信のイメージが東洋医学に定着し、必要以上に貶められてきた経緯はあります。

しかし、迷信を抜きにした東洋医学は有用です。そこはお間違えなきよう。

そしてこの中毒死こそ、明代を象徴する死因と言えます。

仙人になれるようなあやしい薬は昔からありましたが、それが歴史に残るような大事件になったのが明代です。

紅丸案――即位したばかりの明の第15代泰昌帝(光宗)が紅丸という薬を飲んだところ、中毒死しました。

しかも同時期に別のしょうもない事件も起きていたのです。

棍棒を持った不審者が宮中に侵入する(梃擊案・ていげきあん)。

皇帝の住まいをどこにするかで揉める(移宮案・いきゅうあん)。

「明末三案」と呼ばれます。

あまりにしょうもない事件で、調べているだけで脱力しそうになります。

あやしい紅丸で皇帝崩御!

そんなインパクトがあるため、薬で中毒死という状況は、とても明代らしい死に方といえます。

初期実装の特殊住民にも、なかなか酷い処刑に関与した人物はおります。

・潘安(潘岳、魏晋)

魏晋時代は陰謀が横行し、司馬懿一族と対立した文人は処刑された時代です。

潘安は紹介文に出てくる石崇ともども処刑されました。

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・馮夢竜(明)

確たる最期が不明。清の侵攻の中、憂悶のうちに亡くなったとも、清兵に斬られたとも。

・朱元璋(明)

こちらは粛清する側。武則天どころではない。万単位で粛清し、錦衣衛を組織。明代の政治がおそろしいのは彼に根本的な原因がある。

このように、ほのぼのとした絵柄ながら、なかなか激しさのあるゲームです。

スマホで街を作りながら、明代の厳しさを味わいましょう。

なお、不慮の住民の悲劇は防げません。墓を建てねば喪中が続行します。弔いながら街を作り続けましょう

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【参考文献】
岡本隆司『明代とは何か』
檀上寛『陸海の交錯 明朝の興亡』
上田信『中国の歴史9 海と帝国 明清時代(講談社学術文庫)』
井波律子『中国の隠者』

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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