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イギリス

英国温泉街バースはセレブと恋の街だった 小説家オースティンにも影響を与えた世界遺産

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温泉旅行というと、どんなものを思い浮かべるでしょうか。

温泉卵、温泉饅頭、露天風呂、浴衣で卓球、マッサージチェアでリラックス、地酒で一杯……と、ここまで思い浮かべて、やっぱり日本人は温泉が好きだもんね、なんて考えてしまいますよね。

ただし、温泉が好きというのは、日本人に限られた話ではありません。
大人気コミックおよび映画『テルマエ・ロマエ』では、古代ローマ人の温泉好きっぷりも描かれました。

古代ローマ人は、支配した先でも巨大浴場を作っていたのです。
大半は使われなくなってしまったものの、現地に定着した場合もあります。

そのイギリス代表が英国温泉街バース
ズバリそのまま「風呂」という地名です。

一度は廃れたものの、エリザベス1世の時代以降、街の名物として浴場が整備。全盛期は18世紀から19世紀で、憧れのリゾート地として人気を集めました。
歴史ある街並みは、世界遺産にも指定されています。

では昔の英国紳士淑女は、どんな温泉リゾートを楽しんでいたのか?

そこには日本の温泉旅行とはひと味違う、オシャレで優雅な楽しみ方がそこにはありました。

 

金持ちとヤブ医者と浮浪者の街

ロンドンから見て西のサマセット州に位置するバース。
かつてこの地を支配した古代ローマ人は温泉を発見して喜び、彼らの撤退後は地名にこそ「風呂」と残りながら、浴場そのものは忘れ去られてしまいました。

中世ヨーロッパでは「頻繁に体を洗うことは健康に有害」という考え方があり、入浴の習慣そのものが定着してなかった面もあります。

そんな忘れ去られた浴場が、人々によって思い出されたのは、ヘンリー8世の治世から始まった宗教改革がきっかけでした。

バースの目玉であった、巨大なカトリック修道院が宗教改革によって突如閉鎖されてしまったのです。

バース修道院

賑わいを取り戻すため何か町おこしはできないものか。
人々は頭を悩ませました。

「そうだ、温泉施設を整備して、入湯料を取ったらどうだろう」

そんな経緯で、温泉施設が復活したのですが、当時のイギリスの人々はお湯に浸かるより、飲むほうを重視していたようです。

バースの温泉水は健康にいい——そんな噂を聞きつけた裕福な人々が街に集まってきます。
彼らにあやしげな治療法を吹き込もうと、ヤブ医者もゾロゾロと……。

集まって来たのは、金持ちだけではありません。
各地の都市では、「無料で医療を受けられるから」と理由をつけ、浮浪者たちをバースに送り込みました。
そして治療が済んでも彼らは街に残り、裕福な観光客からの施しを期待して住み着いたのです。

バースは、温泉だけではなく、極端な貧富の差が見られる街として、知られるようになります。
スチュアート朝の王たちは、子授けに効果ありとしてバースを訪れることがありました。

そうした王室の恩顧を受けながらも、バースの市街地そのものは、あまり整備されない状態が続きます。

英国バースの古代ローマ風大浴場

 

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遊び人ボー・ナッシュ バースをセレブの街に仕上げる

「バースの温泉そのものはいいけど、どうにも設備がのう」

時は18世紀初頭。第2代ボーフォート公爵ヘンリー・サマセットは、バースの現状を見て嘆きました。

ここはひとつ、バースをプロデュースする人物が必要と考えた公爵は、「儀典長(マスター・オブ・セレモニーズ)」という役職を設けます。

二代目に就任したのが、リチャード・ナッシュ。
通称ボー(伊達男)・ナッシュでした。

リチャード・ナッシュ/wikipediaより引用

ナッシュはロンドン社交界で注目の遊び人で、当初はギャンブラーとしてバースにやって来ました。

そんな怪しげな男に任せていいのか、と思いますが、これが大当たり。
ナッシュは敏腕プロデューサーとしての才能を開花させるのですます。

「まず街並みを、ローマ風にするのだ!」

ナッシュは建築費用を市民から有無を言わさず徴収すると、立派な施設を建てまくりました。

ダンスホール、賭博場、食堂、コンサートルーム、劇場、街道……。
古代ローマを模した異国情緒溢れる建築様式を採用するのです。そして街には警備員を置き、治安の向上にも努めました。

するとどうでしょう。
平凡な田舎町が「イギリスのフィレンツェ」と呼ばれるほど洗練された街並みに変わったのです。
まさに劇的ビフォーアフターでした。

ナッシュは街を歩き回り、市民たちにマナーの啓蒙につとめました。
紳士として振る舞うよう、ルールも決めました。

「あれがロンドン紳士流の洗練なんだな」
バースの人々はナッシュの洗練された仕草に憧れ、真似をするようになります。
街並みだけではなく、人々もカッコイイ……これぞまさに、セレブの街!

バースに行ったことがないなんてありえない、バースに行ってこそセレブ。気がつけば、そんな現象が起こったおりました。

ナッシュは、バースの入り口で客を出迎え、訪れる人全員に挨拶をしました。
「バースでボー・ナッシュと挨拶した?」
というのが、社交界の合い言葉のような時代だったんですねえ。

ナッシュの別名は「バースの王」。たとえ王族だろうと、彼の命令には従えません。
あるとき、イベントが修了する午後十一時に、ジョージ3世の王女であるアメリアがこう言いました。

「もう一曲踊ってもいいでしょ」
しかしナッシュは「バースでのルールはこの私です」と、その願いを断ったとか。
まさにバースの象徴でした。

 

バースにおけるセレブの一日とは?

それでは当時のセレブは、バースでどんな一日を送ったのでしょうか。

◆午前六時起床。
◆午前九時頃まで、食堂やコンサートルームのあるポンプルームでくつろぐ。入浴してもよし。温泉を飲むのもあり。
宿から椅子に乗ったまま運ばれて、そのまま入浴できるサービスも。専用の入浴衣を着たまま入る。
◆朝食までは、コーヒールームでロンドンから届く新聞を読む。
◆朝食は、ポンプルームでとる。
◆朝食後、教会で礼拝。
◆午後は自由行動。散歩、ショッピング、コーヒールーム、乗馬、馬車で観光、何でもあり。
◆早めのディナーのあとは、夕方の礼拝。
◆ポンプルームに戻り、リラックス。
◆夜は集会場でティータイム。
◆あとは午後十一時の就寝まで、観劇、舞踏会、賭博……何でもあり。

なんとも優雅ですねえ。

ポンプルームとはこんな場所でした/wikipediaより引用

 

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夏目漱石も絶賛したオースティン作品の題材となる

そんなバースの街では、男女の垣根が低くなりました。

男女の混浴もあり(といってもこの時代は着衣)、舞踏会や観劇の場で男女が同席することもあり。
恋の花咲く、出会いの街になったのです。

「未婚の男女があんなふうにイチャついて、間違いが起きたらどうするの」
と、思う人もいるかもしれません。

そこは心配ご無用。
「バースの王」ナッシュの目が光る中、互いに自制しあい、あやまちを起こさないようにしていたのです。

恋愛は自由、でも行きすぎた行為はないという、安心できる出会いの場として、バースは機能していました。

1801年。
そんなバースの街に引っ越して来た若い女性がいました。
彼女の名はジェーン・オースティン

オースティンは、バースに引っ越すという話を聞いた時、卒倒するほど衝撃を受けたそうです。

ジェーン・オースティン/wikipediaより引用

そんな彼女でしたが、バースでの生活を通して社交界男女の恋の駆け引きを、たっぷり観察する機会を得ます。

皮肉屋でウィットと文才に富んだオースティンは、そんな男女の駆け引きをおもしろおかしく小説に書くことにしました。
バースでの経験が、作家としての彼女のキャリアに大きな影響を与えたのです。

彼女の作品中で、恋の軽妙な駆け引きを繰り広げる男女は、バースのセレブが元になっているのでしょう。
※以下はバースを舞台にした『ノーサンガーアビー』のテレビ映画予告編です

 

オースティンはイギリスを代表する作家であり、イギリス人ならば必ず国語の時間に彼女の作品を読むことになります。
バースのセレブライフは、オースティンの作品を通して蘇り、現代に生きる人々にも影響を与えていると言えるでしょう。

ちなみに、私たち日本人が国語の教科書で読むことになる作家の夏目漱石。
彼はイギリス留学中の夏目漱石は、オースティンの作品を「写実の泰斗(たいと・最高権威)なり」と絶賛しています。

バースの男女を生き生きと描写したオースティンは、今では街のシンボルであり「ジェーン・オースティンセンター」があります。

さらに街では毎年「ジェーン・オースティン祭り」が開催されています。

 

いつしか「負傷軍人とオールドミスだけがいる場所」に……

そんなバースですが、オースティンの時代からほどなくして、衰退期に入ります。
ナポレオン戦争時代には「負傷軍人とオールドミスだけがいる場所」と呼ばれるほど、斜陽のリゾートになってしまいました。

この頃から「健康にいい水辺の観光地」は、海水浴場のあるブライトンになってしまったのです。
バースの客足は途絶え、かつての賑わいか過去のものとなりました。

19世紀のブライトン

第二次世界大戦中は、空襲により歴史ある建物も破壊されてしまいます。
20世紀後半には温泉施設もなくなってしまいました。

そんな状況が一変したのは、1987年にユネスコの世界遺産に指定されてからです。

街にはかつての建物が復元され、温泉施設もオープン。
歴史ある古代ローマ風大浴場もあれば、最新の温泉リゾートもある。
そんな魅力的な街になったのです。

古代ローマの時代から続く、歴史ある温泉街バース。
その楽しみ方は日本とはひと味ちがう魅力があります。
いつか訪ねてみたいものですね。

文:小檜山青

【参考文献】




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『路地裏の大英帝国』角山 栄 (編集),‎ 川北 稔 (編集)

 





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