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【ウラジーミル大公】
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皇女との縁談と洗礼
ウラジーミル大公のヒャッハーぶりを固唾を呑んで見守ってた周辺諸国。
その強大な力を無視出来なくなりつつありました。
そして988年。
コンスタンティノープルから使者が到着します。
東ローマ皇帝バシレイオス2世からの使者でした。
「ブルガリア人殺し」を意味する“ブルガロクトノス”という異名を持ち、軍神とされるほどの皇帝バシレイオス2世。
彼はバルダス・フォカスはじめ、反抗的な軍事貴族に手を焼いておりました。
「陛下は貴殿が憎きフォカスを滅ぼすためにご助力くだされば、妹君アンナ皇女を嫁がせたい……と仰せです」
これはまさしく、驚天動地の申し出でした。
バシレイオス2世側ではなく、はじめに皇女を妻に欲しいと言い出したのはウラジーミル大公だという説もあります。
いずれにせよバシレイオス2世と皇女アンナは「緋色の生まれ」(ポルフュロゲンネートス)、つまりは宮殿で生まれ育ったという特権階級です。
結婚相手となれるのは身分の高いギリシャ人のみのはずでした。
そんな彼女が、蛮勇で知られ、ハーレムで荒淫にふける異教徒、しかも奴隷の母から生まれた庶出子に嫁がされるのです。
まさに悪夢であり、
それに匹敵するような衝撃です。
コンスタンティノープルの貴族や聖職者は大反対し、アンナ本人も涙ながらに兄を罵ります。
「あんな男と結婚するのならば死んだ方がマシだわ。兄上は私を奴隷として売り払うおつもりですか!」
しかし、兄は妹に懇願します。
「お前の結婚に、この国の未来がかかっているのだ」
アンナもやがて運命を受け入れ、ウラジーミル大公の妻となることに同意しました。
ウラジーミル大公は、相手の翻意を警戒したのか、クリミア半島まで軍勢を進め、豊かな町ケルソネソスを支配していました。
ここで花嫁を待ち受けていたウラジーミル大公の前に、アンナが姿を見せたのです。
婚礼と同時にウラジーミル大公は洗礼。
ケルソネソスの町は、義兄となったバシレイオス2世に差しだします。
怖いぐらいに低姿勢なウラジーミル大公。
それでも、アンナ本人だけでなく周囲の者たちも「あのウラジーミル大公が改心するわけがない」と半ば諦めておりました。
北の大地に訪れたキリスト教文明の夜明け
しかし、ウラジーミル大公は周囲の予想を裏切るのです。
多数のイコン、礼拝用の道具、聖遺物を買い求め、さらには聖職者を雇ってキーウ(キエフ)に連れ帰りました。
そして990年。
キーウ(キエフ)にたどりついたウラジーミル大公は、いきなり大神殿を破壊。
神像は馬の尾にくくりつけ、ドニエプル川に叩き込むと、こう告げました。
「愛しい妻よ、あなたに贈り物を捧げたい。家臣領民をドニエプル川に連れて参れ!」
ウラジーミルi1世は、家臣と全住民をドニエプル川に集め、洗礼を受けさせたのです。
これこそが、彼の言う妻への贈り物でした。
次に待っていたのは、アンナ以外の妻とハーレムの寵姫を追い出すことです。
これはなかなか大変でした。
妻の一人であるログネダは、ウラジーミル大公が滅ぼした部族から略奪した姫です。
「フン、あんたなんか奴隷の子よ!」
かつて高飛車に言ってきたログネダは、気が強い女性。
怒り鎮まることなく「離婚されるくらいなら、あの人を殺すんだから!」と暗殺を決意します。
間一髪で妻の凶刃を避けたウラジーミル大公は激怒し、妻を殺そうとします。
「パパやめて! ママを殺さないで!」
息子であるイジャスラフが間に入り、ギリギリのところでログネダは助かりました。
しかし事件以降、この母子は追放されます。
ここまで徹底した行為を見て、皆は確信しました。
どうやらウラジーミル大公は、本気で改宗するつもりなのだ……。
それだけではありません。
ウラジーミル大公は宮殿で、病人や貧者に食料を配り始め、さらには食料を満載した荷車を町に送り込みました。
「貧しい者、歩けない物乞いはおらんかね〜」
荷車を押す者はそう叫んで、食料を配りました。
さらにさらに、です。
ウラジーミル大公は、なんと死刑を廃止したのです。
前半生の世紀末覇王じみた生き方とは正反対の、聖人そのものの改革。
神殿の跡地には巨大な教会を建設し、学校、修道院、女子修道院も揃えました。
文字のなかったキーウ(キエフ)に、文字も持ち込みました。
道徳、暦、芸術、建築……西側の洗練された文化が、キーウ(キエフ)にもたらされたのです。
それまで飲酒や略奪を楽しみに生きてきた人々は、洗練された文化や信仰心という人生の喜びを見つけました。
周辺国はもはやキーウ(キエフ)を野蛮な国とはみなしませんでした。
キリスト教文明の国家として、敬意が払われるようになったのです。
そして1015年にウラジーミル大公が世を去るまでに、キーウ(キエフ)はキリスト教の根付いた国となりました。
キーウ(キエフ)こそ、ロシアのキリスト教が産声を上げた美しき町なのです。
ウクライナの国民的英雄に
ウラジーミル大公はウクライナの国民的英雄であり、祖母オリガとともに聖人になりました。
今日も彼の肖像画は、コインや紙幣で見ることができます。
2016年には彼の生涯がイケメンで実写映画化されました。
猛将としても名君としても優れたウラジーミル大公にあやかったのか、彼と同じのウラジーミルは、男性名として今でも人気があります。
兄を暗殺。
兄嫁を陵辱。
部族から姫を略奪。
人身御供を捧げる。
そんな殺伐とした前半生から、名君への変貌を遂げたウラジーミル大公。
世界史を見ても、ここまで振り幅の大きい人物もなかなかいないのではないでしょうか。
歴史を調べると、本当に凄い人がいるものだと、思わされる偉人です。
なお、ウラジーミル大公を描いた映画が、2016年ロシアで公開されて、大ヒットとなりました。
日本でも『VIKING / バイキング 誇り高き戦士たち 』(→amazon)というタイトルで、見ることが出来ます。
前半生のヒャッハー時代も描かれていますが、中身はややマイルドにされています。
ウクライナの国民的英雄でありながら、ロシア語で、ロシア人監督が映画にし、ロシア人が楽しむ。ウクライナとロシアの関係がこの映画からも伺えます。
日本でも『三国志』や『水滸伝』を日本語、日本人キャストで映画化することがあります。
国と国の距離感とは何か?
そんなことを考えさせられます。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
トマス・クローウェル/蔵持不三也/伊藤綺『図説 蛮族の歴史 ~世界史を変えた侵略者たち』(→amazon)