日本初の歴史・戦国ポータルサイト

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

スポンサーリンク

まんが戦国ブギウギ 伊達家

摺上原に集え、伊達三傑! 今こそ相馬&蘆名を滅ぼすのだぁ~ 【戦国boogie-woogie115】

更新日:

 

「遅れてきた戦国大名」と言えば?
そう、奥州の雄こと伊達政宗である。
武田信玄や上杉謙信はおろか、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑世代からも遠く離され、今でもそれを悔やむ政宗ファンは少なくない。
もしも20年、いや、10年でいいから、早くこの世に生を受けていたら?
信長が本能寺に斃れたとき、すでに関東まで侵攻の機会をうかがうような勢力だったら、北条も含めて天下はどう転んでいた?
今回は、秀吉や家康の周回遅れで、東北を征していった政宗の手腕に注目だ!

 

【毎週・月曜日連載】 過去の連載全話を最初から読む

ナルミじゃなくてシゲザネなんです

戦国ブギウギ20160519-1
伊達成実(しげざね)と片倉小十郎景綱、そして鬼庭綱元の3名をもって「伊達三傑」と言います。
文字通り伊達家を支えた3名の重臣であり、全員が勇猛果敢で知られておりました。
その中でもちょいと風変わりな兜をかぶっていたのが伊達成実さん。毛虫を象ったもので、「後ろへ退かず、前にしか進まない」という意味が込められていたとか。
同じく「前へ力強く進む」という意図で使われたトンボの兜ならまだしも、毛虫ではゲジゲジに見えても仕方ないっすわなぁ……。

 

スポンサーリンク

政宗、突然の北上に戸惑う相馬

戦国ブギウギ20160519-2
◆蘆名義広との対戦を控え、軍を会津へ進めていた……かに見せかけていた政宗は突然北上し、相馬家の支城を陥落させました。
これにビビったのが相馬義胤。
まるで信長包囲網のごとく東北の諸勢力で政宗さんを囲んでいたものの、これでは意味がござーせん。政宗は大軍を芦名へ向けることができたのでした。

 

スポンサーリンク

風向き読むって、孔明か~い

戦国ブギウギ20160519-3
◆戦闘があったのは旧暦の6月上旬ですから、現代の感覚ならば7月中旬という気候でした。
まだ台風の本格的シーズンではございませんが、さりとて天候が不安定にならないとも限らない時期。
ここまで余裕あったんすかねぇ。強がってて結果オーライ!みたいに思えてしまうのですが、それもまた魅力の伊達政宗さんです。

 

決戦! 摺上原の戦い

戦国ブギウギ20160519-4
◆蘆名軍は、ほとんど戦わずして崩れました。
もとより政宗に対抗するためだけに手を組んだ寄せ集めであり、ダメージを受けるぐらいなら逃げたい――そんな意図だったのでしょう。
しかも、蘆名義広が拠点の黒川城へ戻ろうとしたところ、途中の橋が落とされてしまい、それからは伊達軍にフルボッコ。
数千人単位で死者が出たとも言われ、結果、蘆名家は滅びるのでした。うーん、政宗さんたら、やっぱり運がいい!
※この橋は、政宗が事前に破壊させていた――なんて説もございます

 

(来週へ続く)

漫画・アニィたかはし
【毎週・月曜日連載】 ほかの連載全話を最初から読む

 

スポンサーリンク

戦国ブギウギの書籍版です!




1位 西郷隆盛49年の生涯!


2位 ホントは熱い!徳川家康


3位 意外と優しい!? 織田信長さん


4位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


5位 毛利元就の中国制覇物語


6位 伊達政宗さんは史実も最高!


7位 最上義光 名将の証明


8位 最期は切ない豊臣秀吉


9位 史実の井伊直虎とは?


10位 もしも戦国武将がサッカー日本代表だったら?


武将ジャパン・TOPページへ戻る



-まんが戦国ブギウギ, 伊達家

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2017 AllRights Reserved.