待ちに待った『進撃の巨人』最終巻(34巻)が本日6月9日に発売されました。
本作を振り返り、あらためて私は思います。
2010年代屈指のヒット作が、これほどまで多方面に喧嘩をふっかけるような内容で、よくぞやり切ったと。
ある意味、時代を反映した大問題作。たかが漫画(アニメ)と片付けられない、おそろしいシナリオと風刺、社会批判があると思える作品でした。
今だから書きます。
私は最終シーズンが扱うマーレ編の時点で、一時期挫折しました。強烈な違和感、嫌な予感がして読めなくなったのです。
それを読み返すようになり、楽しめてはいるのですが、あの感覚は正しかったのだと痛感しています。
この漫画は本当におそろしい作品でした。
巨人が人を喰らうグロテスクさゆえではない。読者の心理、日本人を直撃する辛辣さと毒に満ちているからなのです。
少し話はずれますが実写版映画が酷評される理由は考えられます。
マーレ編の内容を伏せたままにしたら、作品としてまっとうなものになるとは到底思えません。時期尚早であった企画の時点で失敗は目に見えていたのでしょう。
「エンタメに政治は持ち込むな!」という指摘は封印して、話を先に進めます。
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海に浮かぶ不思議な孤島――パラディ島
『進撃の巨人』について書くとなると、ともかく大変です。
まず、壁の中の時代設定が奇妙なのです。
巨人が出てくるファンタジーである。架空の世界でありながら、時代設定は近代だとわかる。およそ一世紀前あたりではないかと思える。
ただ、バランスとしては奇妙ではあります。
立体起動装置や大砲はあるのに、冷蔵庫は存在しなさそうだ。服装や王制も何かおかしい。新聞はあるし、学校制度は近代的なようでもある。
それでも何か、バランスがずれているような違和感がずっとある。
面白いし、そこまで破綻してもいない。架空の世界だからよいではないか。
そう思ってきたのですが、マーレ編突入でその違和感の謎解きができた感があります。
壁の中の世界とは、幕末程度の進歩をしているということです。
ヨーロッパ、ドイツをモチーフとしたデザインや設定のためわかりにくいのですが、あのアンバランスな発展の仕方は幕末期の日本に近い。
ヒィズル国は? あの国はひっかけ設定だと思えます。
技術やジャーナリズムはそれなりに発展している。けれども、王政には従順で、人権思想はない。世界が広いという認識すらない。
遠い世界の真実を知ろうとする、歴史の謎を解きたいと願う願うものはいる。けれどもそれを実行に移した歴史教師・エルヴィンの父は、殺害されてしまった。
どうやら隠蔽体質があるようだ。
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マーレに旅をしたミカサが、アイスクリームを食べて喜ぶ姿は、幕末において欧米旅行をした日本人と通じるものがあります。
写真が重要な役割を果たすあたりにも、幕末らしさがある。
壁に囲まれて、遠い世界へ憧れはあっても、現状に満足していた民衆。歴史がおかしいと調べたエルヴィンの父のような人物は、粛清対象となってしまっている。
マーレから来た獣の巨人は、独自の発展を遂げた技術を興味津々で観察している。
根本的な技術力はあり、雷槍を開発できる。銃器の扱いもすぐに覚える。これは幕末もそうで、海軍の設立を短時間で成し遂げております。
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そんなエルディア人はとてもバランスが悪い。前述の通り、人権思想と聞いただけで理解できずに混乱してしまう。
先天性の特徴として理解できないわけではなく、そこを把握しているピークのような人物もいる。
アルミンやエルヴィンもちゃんと理解できるとは思うのですが、悲しいことに、時間が足りないのです。
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「駆逐してやる!」――そんな思想がこの国にもあった
エレンの決め台詞といえば、なんといっても「駆逐してやる!」でしょう。
「巨人(あいつ)ら……駆逐してやる! この世から……一匹残らず!」
シチュエーション的には、ものすごくカッコいい。大義名分も立つ。
母親を目の前で虐殺され、日常生活を永遠に変えられて、怒らないことがあるか! そう思えるからこそ、読者だって安心して感情移入できるのですが。
実は、似たような感情は人類にあるものではあります。世界史的な話は長くなりますので、日本に絞ってみましょう。
「嘉六以来、人生変わっちまった……」
嘉永6年(1853年)に何があったか?
ペリーの黒船来航です。以来、混迷していた政治が無茶苦茶になり、実質的に人生が終わる人も出てきた。
ちょっと待って、それは内部粛清やら、政治状況のせいでしょ! そう言いたくもなるのですが、それはあくまで、後世の人間ゆえに言えるのです。
当時を生きて来た人からすれば、突然現れた得体のしれない巨大なもののせいでおかしくなったと解釈できます。
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ただ……ここで幕末史に当てはめる場合、注意点はあります。
・ペリーはじめ来日外国船の目的は「貿易」だった。砲艦外交ではあるものの、植民地化まで考えていたとは見なせない点が多い
・結果的に戦争になった場合は、その前に日本人が外国人殺傷や砲撃をしている。【生麦事件】が代表例
・攘夷思想にいきりたった人間は、思想が強烈な階層だけ。庶民は友好的な交流をしている
アヘン戦争を引き起こされた清とは違う。ここは踏まえておきましょう。
そして「異人を駆逐してやる!」とまとめられる思想の【攘夷】ですが。これもなかなか、ややこしい発想です。
背景にあるものとしては……
・外国人相手にテロ行為をやらかすと、幕府に賠償金が請求されてあいつら弱るぞ!
・攘夷をするとすごく英雄視される!
・実行犯にはその辺を伏せておこう
・攘夷をすると、外国事情を知らない朝廷にアピールできる!
このような発想が考えられる。
全くもって正義ではない。ヘイトクライムをなんとなくかっこよくしてしまった。
明治政府の元勲は幕末期に【攘夷】をやらかしていました。その悪事を誤魔化すため色々と被害者意識や「愛国心だ!」という名目を広めたわけです(詳細は後述)。
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話をエレンの発想に戻します。
エレンの抱いている「駆逐してやる!」とは、こういう明治以来プロパガンダフィルターを経た【攘夷】思想といえます。
「そんなこと言うけど……俺らが……あいつらを駆逐しなかったら……どうなっていたことか!」
そういう仮定を前提に外国人排斥を正当化することは危険です。
『進撃の巨人』は、エレンの変貌がおそろしいとは言われる。けれども、エレンは当初から危険な純粋さがある性質であったとみなせます。
いや、もっとハッキリさせましょう。
エレンが「駆逐してやる!」と誓うのならば、理解できなくもありません。
けれども、自国にやって来て、必ずしも攻撃をこちらに向けていない相手に対して、暴力による報復行為をすると誓うのだとすれば、それはただの終わりなき暴力の発露です。
【攘夷】とはそういう低劣な思想であり、当時から批判されてきておりました。
それを「国を思う心!」とぼんやり考えているとしたら、繰り返しますが危険です。
SNSのプロフィールに攘夷じみた文言を書き、自分自身を現代の維新志士に例え、アイコンまで歴史上の人物にしている誰かがいたら、距離を置いた方が賢明かもしれません。
敢えて日本史においてエレンに近い人物を探すと、彼が該当するのでないか?と思える人物がいます。
正義感が強く、少年漫画のヒーローになれそうな性格。
狂気だって目的達成のためならば仕方ない。自由を掲げよ、そして我が国を強くする――そう、吉田松陰です。
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彼の思想が果たして日本をよりよい方向へと導いたのか?
検証は今後も続いてゆきますが、現時点でその影響を学ぶ一冊として、一坂太郎著『吉田松陰190歳』(→amazon)をお勧めします。
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