秀吉から脇坂安治へ送った33通の書状、その詳細! 本郷和人(東大教授)の「歴史キュレーション」

 

日本中世史のトップランナー(兼AKB48研究者?)として知られる本郷和人・東大史料編纂所教授が、当人より歴史に詳しい(?)という歴女のツッコミ姫との掛け合いで繰り広げる歴史キュレーション(まとめ)。

今週は、兵庫県たつの市と、本郷先生が所属される東京大学史料編纂所が共同で発表した秀吉33通の書状について。その詳細様々を語っていただきました。これはメッチャ貴重!

 

【登場人物】

本郷くん1
本郷和人 歴史好きなAKB48評論家(らしい)
イラスト・富永商太

 

himesama姫さまくらたに
ツッコミ姫 大学教授なみの歴史知識を持つ歴女。中の人は中世史研究者との噂も
イラスト・くらたにゆきこ

 

秀吉、しつこいほど細かい?…子飼い宛ての書状 読売新聞 1月22日

秀吉書状発見たつの市HP1

33通に及ぶ秀吉の書状・たつの市HPでも発表されている

 

「うん。今週はやっぱり、これよね。経緯を説明してくれないかしら」
本郷「さっき文書発見の立役者、村井祐樹くんから事情を聞いてきたので、ご報告いたします。えーと、『大日本史料』はご存じですか?」
「はいはい。宇多天皇の887年から江戸時代初期の1651年までを第1編から第12編まで、12に分けて編年体で史料を載せていく史料集よね」
本郷「そうですね。ぼくはその中で鎌倉時代にあたる第5編を担当している。村井くんは第11編の担当で、いま天正13(1585)年をあつかっている。昨年、第11編の27が刊行された」
「大日本史料の編纂の過程で、今回の文書が見つかったの?」
本郷「そうらしいよ。村井くんが全国の史料を調べていたら、たつの市(たつの市立龍野歴史文化資料館)に天正13年の年次のある秀吉書状があるのがわかった。それで現地で調査したら、秀吉が脇坂安治にあてて出した書状だったんだね。他にも同じ年次のものがあったので、痛みが激しい文書をなんとか解読して大日本史料に収録するとともに、その文書群を史料編纂所にお借りしたんだって」
「なんで史料編纂所にわざわざ持ってきたの?」
本郷「史料編纂所には技術部という組織があり、そこには紙の専門家が在籍しているんだ。それで、時間をかけて文書の修補を行った。その結果、文字が読めるまでに古文書の状態が良くなって、今回の記者会見に結びついたわけだね」

秀吉書状発見たつの市HP2

たつの市HPより引用

 

「今回みたいな成果は、よくあることなの?」
本郷「いやあ、そんなにはないんじゃないかな。村井くんは実に精力的に文書調査を行っている研究者なんだ。そんな彼だからこそ、こうした発見がなされたんだと思うよ」
「文書があてられた脇坂安治について教えてほしいんだけど。この人って、たしか賤ヶ岳の7本槍の一人じゃなかったっけ」
本郷「大正解。いまの長浜市に生まれて浅井長政に仕え、明智光秀の組下になったあと秀吉の配下になった。秀吉の子飼いの武将といってもいいんだろうな。柴田勝家との賤ヶ岳の戦いで手柄を立て、3000石。天正13年5月、摂津国能勢郡に1万石を与えられた。8月に大和国高取で2万石、10月には淡路国洲本で3万石を与えられた」
「この文書が書かれてころって、すこーしずつ地味~に出世していたころね」
本郷「そういうことになるね。彼の前の洲本城主はマンガ『センゴク』で有名な仙石権兵衛秀久。そのあとをうけついだ安治が今に残る洲本城をつくった。行ってみると、石垣が見事でね、これがたった3万石の城か、って驚くよ」
「脇坂っていうと、水軍のイメージがあるんだけど」
本郷「その通り。淡路島を治めていたためか、このあと水軍の将としていろいろな戦いに従軍している。小田原攻めとか、朝鮮出兵とかね。ただし秀吉政権下では、その後これといった出世はしていないんだ」
「秀吉のもとで清洲24万石まで順調に出世した福島正則は、“賤ヶ岳7本槍”ということで脇坂などと同列に語られることは迷惑だ、と言ったんですって? 出典はよく知らないけれど、ありそうな話ね」
本郷「関ヶ原の戦いでは、西軍についてたんだけどね。小早川秀秋が東軍に寝返ると、いっしょに東軍に寝返った」
「うーん、あんまりカッコ良くないわね」
本郷「徳川家康もそう思ったんだろうね。一緒に寝返りをうったのが、朽木元綱、小川祐忠、赤座直保の三人だけど、この人たちは戦後、取りつぶされたり、所領を削られたり」
「あら。それは知らなかったわ」
本郷「だけど安治は前もって『お味方します』と言ってあったので、まあ予定通りの行動(裏切り)だ、と解釈されて本領を安堵された」
「危ないところだったのね。それで、そのあとは?」
本郷「江戸幕府から伊予・大洲5万3500石に加増され、安治は生涯を終える」
「肝心の“たつの”が出てこないじゃない」
本郷「もうちょっと、ね。それで、安治の後継者が安元。彼は元和3(1617)年に信濃・飯田5万5000石に移封された。彼は養子の安政と共に55年間にわたって飯田城をつくり、城下町を整備し、飯田の発展に尽くした。この養子の安政は実は幕政に大きな力をふるった堀田正盛の子なんだ」
「あっ。徳川家光の男色相手じゃないか、っていう人ね。それでとんとん拍子に出世して、家光の没後には殉死しているのよね」
本郷「そうだね。彼は信濃・松本藩主だった。幕政に忙しくて地元にはほとんど帰らなかったらしいけど、松本と飯田は近いからね。そのあたりのご縁で正盛の実子が脇坂の養子になったのかもね。その結果として、脇坂家はこののち、譜代大名扱いになる」
「へー。そういうのあるんだ。あ、願い譜代っていうのね。聞いたことある。それで、その安政がいよいよたつのへ?」
本郷「そういうこと。当時は竜野ね。竜野藩5万1000石。安元と安政はなかなかの名君だったらしく、飯田、竜野の殿様としていまだに語り伝えられている。脇坂家はこのあと幕末まで竜野藩主を務めた。だから脇坂安治あての秀吉の文書がたつの市に残った」
「スペースがもう少しあるから、江戸時代の脇坂家の話をしてちょうだい」
本郷「はいはい。8代安董(やすただ)は28年にわたって寺社奉行を務め、老中まで出世して辣腕を振るった。このため、『5万石でも脇坂様は花のお江戸で知恵頭』なんて謳われたそうだよ」
「たつの市といえば、お醤油が特産品でしょ?」
本郷「よく知ってるなー。そう、地元産の大豆・小麦、それから同じく播磨国・赤穂の塩を原料とする醤油製造が盛んになって、江戸時代後期には『竜野の醤油』が有名だったらしいよ。殿様でいうと、これがさっきの安董のころ。次の9代安宅(やすおり)も寺社奉行・京都所司代・老中と累進している」
「脇坂なんかと一緒にするな、と放言した福島正則は家が絶えちゃったわけでしょう?脇坂家は小大名ながらも幕末まで続き、貴重な古文書を残してくれている。歴史の変転って、奇妙だし、難しいわねえ」

 

【編集部より】

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