2023年1月10日は、NHK時代劇にとって「終わりの始まり」となる歴史的な日だったかもしれません。
大袈裟に何を言っているのか?
というと
大河ドラマばかりが時代劇であるとされる
そんな時代の終焉。
この日、正月時代劇『いちげき』に続き、ドラマ10でとてつもない力作放送されました。
世界に出しても通用する――そんな意欲作である男女逆転版『大奥』です。
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森下脚本は絶品である
2016年に大河ドラマ『真田丸』が放映された後、翌2017年の大河『おんな城主 直虎』には懐疑的なまなざしが向けられました。
三谷幸喜さんの脚本が素晴らしかった。その翌年に大丈夫か?
『おんな城主 直虎』は視聴率こそ伸び悩んだものの、『真田丸』に勝るとも劣らぬ熱意をもって受け止められ、とりわけ小野政次を処刑する凄絶な場面は、大きく話題をさらったものです。
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森下佳子さんは女性脚本家ということで、甘いラブロマンスが得意と誤解されがちです。
しかし、それは歴史への深い洞察力、情熱、奔放で緻密な創造力あってのこと。
ことジェンダー観という点に的を絞って見れば、彼女はここ数年の大河でも随一であり、三谷さんのあと、バトンを託されるだけの実力は十分あります。
彼女がもしも男性なら、もっと評価も高かったのでは?なんてことすら考えてしまいますが、それはさすがに余計なお世話ですね。
ともかく、実力抜群の森下さんを起用した、気合十分の時代劇。
実は、三谷さんからバトンを託されたのは、放送枠を飛び変えて今回も森下さんだったのでは?そんな風に感じるほど力強く作られています。
ミラーリング時代劇に挑む
男女逆転版『大奥』は、定番の技法となった「ミラーリング」を用いています。
男女の置かれた状況を逆転することで、その問題点を考察する手法であり、例えば以下のような作品があります。
現代フランスを舞台としたドラマ『軽い男じゃないのよ』。
ファンタジー小説『ようこそ女たちの王国へ』。
原題は“A Brother's Price”(兄弟の価格)であり、男女楽典版『大奥』と同じく男女比が極端に偏った世界を舞台にしています。
ハーレムものどころか、男にとって過酷な世界です。
東洋の時代ものですと中国ドラマ『贅婿[ぜいせい]~ムコ殿は天才策士~』。
現代人が古代へタイムスリップし、「贅婿」(婿養子)という、家で立場の低い地位に押し込められるものの、機転でどうにかするお話です。
男性が女性に愛されるように工夫を凝らす世界。
原作はそうしたミラーリング作品の先駆者であり、2009年にはティプトリー賞(現アザーワイズ賞、ジェンダー観点からみて秀逸なSF・ファンタジーに送られる賞)を受賞しました。
当時よりもジェンダーへの関心がより一層高まり、表現もしやすくなった2023年。
むしろこれをドラマ化しないでどうするのか?
と言わんばかりの映像化であり、森下佳子さんが起用されました。
脚本家だけではありません。時代劇に出るために、乗馬や武芸の鍛錬をしてきた徳川吉宗役の冨永愛さんなど。ありとあらゆる準備を重ね、本作は送り出されたのです。
乗馬、衣装、演出、所作……すべてが証明されている
『どうする家康』のあまりに低い映像クオリティに、ショックを受けた視聴者は私一人ではないでしょう。
VFXのレベルだけを問題視しているわけではありません。
ロケやエキストラそのものが少なく、衣装は安っぽく単調なデザイン。
役者の所作も、あまりに軽く現代的です。
特に、馬を走らせる場面は衝撃的でもあり、合成であると一目でわかるお粗末な状態でした。
演じる役者が乗馬を拒否したのか?
あるいは、馬を用意するだけの予算すらなかったとか?
大河でおなじみの名馬・バンカー号だって気の毒じゃないですか……と、そんな風に思っていたら、なんと冨永愛さんが颯爽と海岸に沿って馬を走らせているではありませんか。
テレビ朝日『暴れん坊将軍』のパロディであり、あの国民的人気作品を乗っ取ったような、不敵で遊び心に満ちた映像でした。
ドローン撮影で浜辺を豪華に撮影する。大河レギュラーのバンカー号に跨らせる。そして女の上様が走る。
ただの時代劇ではない、新しい時代劇を作るのだ――と高らかに宣言するようであり、吉宗の背後からは貫地谷しほりさんが演じる加納久通も馬で追いかけています。
なぁんだ、NHKはちゃんと乗馬を撮影できるじゃないか。そう安堵する出来栄えでした。
所作が美しく、役者さんの動きを見ているだけで心が引き締まる思いがします。
ロケ地選定。鮮やかな衣装。そして居並ぶエキストラ。
ラストで大奥たちの美男がズラリと並び、頭を下げている場面があります。
ああした絵はCGではできません。大河で培ったNHKの力をまざまざと見せつける、豪華な時間でした。
ジェンダーとはそもそも何か?
「ジェンダー」という概念は、生物学的とか性別ではなく、社会や文化が生み出す性差をさします。
◆内閣府 第70回 性差:ジェンダーとセックスの違い(→link)
ミラーリング作品を手掛けるにしても、そこを指摘してこそであり、その点、本作は上手に作られています。
力仕事をする女たち。
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映像で見ていると、とても不自然な様子に驚き、おぞましさと共に嫌悪感が湧いてきませんか?
それこそがミラーリングの狙いです。
夜間22時に始まるドラマ10ならありで、8時台の大河ドラマでは難しい理由でもある。
ジェンダーについて問いかけるのであれば、性的な描写は避けて通れません。
このドラマでは冒頭から「種」という言葉があからさまに口にされます。
そもそもが生殖が根幹にある大奥が舞台。
男性の繁殖力が俎上にあげられるこの作品は、露悪的な演出がされてなくても常にどこか緊迫感が漂っている――まさにそこに狙いがある。
本来の大奥だって、同じぐらいの緊張感や残虐性があったはずなのに、なぜ私たちは「そういうもの」として受け入れていたのだろう?
そんな問題提起の豪速球が投げられたまま、ドラマはどんどん進んでゆきます。
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