そろり、そろり……家康一行は鳥居忠吉が隠していた金や武器を取りに行きます。
まるで昔のダンジョンRPGのようだ。
しかも、ここで酒井忠次がお得意の“えびすくい”をご披露。
宴会芸で喜びを表現したいのでしょうか。
忠義の老将として崇敬される鳥居忠吉のエピソードは、描き方一つで作品の方向性が見えてきそうですが、今回はそういう仕立てなんですね。
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ともかく先へ進みましょう!
あらすじ:サバサバした網浜さんリスペクト版
NHKでは『ワタシってサバサバしてるから』のドラマ版を放送しています。
このドラマは痛快で、私は悟りを開きました。自サバ女こと網浜さんを見習ってサバっと見れば今年の大河もイケるんじゃね?
てなわけで、いってみよー!
みんな〜、サバサバしてる~? サバっと今週のあらすじ追っていくね。
故郷の岡崎へ戻った松平元康なんだけど、打倒・信長は無理ゲー、無理ゲー。相手ラスボスだし、RカードでSSR倒そうとしても無理っしょ。
で、イケメンだけどヘタレの今川氏真は援軍もよこさねーし! マジこーゆーのむかつくよね!
でも、空気を読めない本多忠勝なんからは、織田に寝返るべきだと言い始めるワケ。脳筋だからさ、仕方ないっていうか。
でも家康ちゃんとしては……って元康だっけ? サバサバっと気にしないとこ。ともかく家康ちゃんは駿府に愛しの瀬名ちゃんもいるし、今川を裏切れないワケ!
そんな中、イケオジな伯父の水野信元が、岡崎城にゴッドマザーを連れてくるの!
それは16年前に生き別れた元康の母・於大!
そりゃ大河主演のSSRカードが説得するなら聞くしかねーな!
そもそもさ〜、家康ちゃんと信長はBLじゃん? ボーイズがラブしてんじゃん!
イケメン同士でイチャイチャしたら視聴率爆あがり、トレンド一位獲得できるし。それにネチネチいう奴がおかしいんだって。
アタシみたいにサバサバしてると気にならないんだけどさあ〜。ネチネチした陰キャは時代考証がどうこう言うじゃん。
どうでもよくね?
大河主演まみれじゃん!
去年なんて西田敏行さんだけだもんね。今年は話題性バッチリ! 会社でアタシがこの話するとさ〜、みんなスッゲーって顔で見てくるよ。
みんなもそうしな、じゃな!
どうするネチネチ陰キャの歴オタ
頑張ってはみたのですが、やはり無理ですね。
私は網浜さんに「ネチネチしててウケるぅ〜www」と笑われる側。
その理由はこちらの記事でもご覧ください。
◆「歴史学は性格が悪くなる」 都合が良い情報に惑わされず考える意義(→link)
要するに「史料批判」をすると、ネチネチしていると思われます。無茶苦茶覚えがあるわ。
でも、それをしないでどうするんでしょう?
今年の大河を見て「こんな武士もいたかも〜」と思うのは危険です。
ネチネチして危険と恥辱を避けるか。サバサバしてバカなやらかしをするか?
さあ、どうする網浜さん!
ドラマは応援しています。
どうする海老すくい
海老すくいって、宴会芸ですよね。
現代だって仕事場でそんなことやらかす奴がいたら非常識扱いをされる。
酒井忠次の海老すくいって、ギャップ萌えだと思うんですよ。
普段はあんなに堅苦しい三河武士が、宴会になるとおもしろい。周囲にキャラクターが浸透しているからこそ成り立つものです。
『鎌倉殿の13人』の大江広元を思い出してください。
いつも冷徹で殺人の提案すらサラリとこなす大江広元なのに、政子にはメロメロ――だからこそ視聴者は驚かされたわけでして。
酒井忠次の海老すくいは、ネタとして戦国時代好きには有名です。
ゆえにSNSなんかではうんちく語りができる。話題になる。
しかし、ギャップだからこそ効果的な使い方ができるのは一度ぐらい。狙いありきで連発してしまったら興ざめしてしまうわけです。
それがもう第1回放送から出てきましたからね。もう二度と見なくて結構です。
どうするヘアメーク
今回は男性に。
キャストの集合写真を見ると一目瞭然で、月代と髭の率が低い。
月代を剃っていなくても、髷は作ることが定番。
それがポニーテールのように、バサっとそのまま流している人物が結構います。邪魔です。
中国語圏なら弁髪が、月代と同じジレンマに遭遇します。
清朝ものはその高いハードルがありましたし、往年の香港台湾ではオールバックに三つ編みをつけるスタイルにしていました。
それも過去の話です。
ソーシャルゲームもそうですが、今、清朝ものは定番として人気であり、若い女性も弁髪イケメンに夢中になります。
髪型がどうあれ、美形は美形です。それに月代にせよ、弁髪にせよ、似合う方だと美形度が増します。
『大奥』がこれを証明していまして。
水野役の中島裕翔さん、稲葉正勝役の眞島秀和さんなどは、月代でも魅力的であると証明しました。
美坊主も忘れてはなりません。
福士蒼汰さんの僧形は神々しかった。『鎌倉殿の13人』だって剃髪パラダイス(全成、公暁、文覚、義円等など)だったというのに!
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一方で本作は、出来損ないの戦国乙女ゲーを思い出します。
いったい誰の需要でしょうか?
どうする演技指導
ニタニタしたエキストラ。
無茶苦茶で割れている発声。
ベテランですらおかしい演技。
大仰な動き。
何より所作ができていない……と、あまりダメ出しをしたくはないのですが、瀬名のちょこちょこした歩き方はなんなのでしょうか。
ああいう歩き方は女中がするものではないかと疑問を感じます。
若い女優がこうだと、彼女を責める声が出て心が痛むのですが、ベテランですらおかしいので、所作指導の問題だと指摘したいところです。
どうするジェンダー観
瀬名がわざとらしく産気づく場面がありました。昔のドラマで見たようなベタな演出ですね。
出産をやるなとは言いません。
当時の風習を描くようであればむしろおもしろい。
『鎌倉殿の13人』では、険しい顔をすれば男の子が生まれると周囲が言うと、政子が精一杯顔を険しくする場面がありました。
それが瀬名の場合、まるでベビー用品のモデル状態だ。
戦国時代でなく、現代人、しかもちょっと古い姿と言いましょうか。
出迎えるなら綺麗な服を――そう呼びかける瀬名は微笑ましいようで、現代的です。夫が生死をかけて合戦に出ているならば、負傷の有無や程度は気にならないのか?
こうした場面で、我が子を心配する年老いた母がいないのも不自然。
別に瀬名が悪いのではなく、陳腐すぎて言葉が詰まってしまいます。
要は、このドラマの女性像って、近代以降の“良妻賢母”、“チアリーダー”型なんですよね。
近代以降、男性は戦場に女性がいないものとして考えました。
典型例が『青天を衝け』主人公である渋沢栄一です。
彼と同年代のスナイパー・山本八重の存在なぞ無視し、「女は従軍できないから」と、男女差別を肯定しました。
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同時代の従軍女性を無視しているところも、渋沢栄一らしい粗雑さですが、これは近代社会の家父長制を踏まえれば当然の帰結ともいえるでしょう。
中世までは従軍女性も存在しました。男女双方が協力せねば勝てない時代でした。
それが近世以降、女性は戦わなかったことにされました。
ゆえに歴史研究でも、勘違いや間違いは起こります。
例えばバイキング。
墓の発掘で出てきた副葬品からして、この主は軍隊の指揮官クラスのように見える、そして「バイキングを率いた男性司令官の墓」と認識される。
しかし「どうにも骨格が女性のものでは?」という疑念も消えない。発掘当時からそんな指摘はあったけれども、修正されるケースは少なかった。
要するに偏見が歴史研究に反映されていたわけです。
このドラマは、そういう偏見ありきの女性像をせっせと再生産しているように思えてなりません。
寿桂尼の扱いからしてそうでしょう。
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あれだけ今川家を大きく取り扱っていながら、義元亡き後の同家を束ねた寿桂尼がろくに出てこない時点で察せられます。
寿桂尼のように賢い女性で、うるさい“ババア”には嫌悪感でもあるのでしょうか。あるいは視聴者の需要がないとでも?
いずれにせよ、こんな時代錯誤でしょうもない女性像を、『大奥』と同時に放送できることが信じられません。
どうする公私混同
元康を甥っ子呼ばわりする水野信元。
瀬名と我が子を思ってビエビエ大騒ぎする元康。
この方たちは公私混同が甚だしく指揮官としていかがなものでしょう。
『麒麟がくる』では、桶狭間の戦いにおいて、於大の方経由で寝返りを進める工作が描かれました。
あのときの元康は、母の書状と菊丸の報告に感動はしますが、それはそれ、これはこれとキッパリ断った。
『鎌倉殿の13人』では、巻狩りで頼家が獲物を仕留めた際、政子はそっけない態度をとりました。
『吾妻鏡』に準拠した描写です。
しかし彼女はその後、周囲に自分の身内しかいないところで大はしゃぎ。本心では嬉しかったけれど、家臣たちがいる前では平静を取り繕っていたのですね。
建前と本音、史書の記録とドラマの創作を混ぜ合わせた、巧みな脚本でした。
それが今回はどうか。
「やっぱ家族って大事だよね〜わかるでしょ? 去年みたいに身内だろうと殺すなんて意味わかんないし」とでも言いたげな、思ったことをそのまんまべらべら明らかにする描き方です。
人の上に立つ者がそれでどうする!
身内への親愛を根拠に行動していているのを自ら大っぴらにしていたら大問題ですよ。それとも、まともな人が誰もいないドラマなのですか?
どうするVFX
雑な馬についての擁護はうんざり。
◆ NHK総局長 「どうする家康」のCG乗馬シーンに理解求める「今は過程」(→link)
聞き飽きましたが、敢えてピックアップしましょう。
「天候に左右されて、1日に取れる時間もすごく短かったり、制限ができるなかでどうしたら持続可能な時代劇の撮影方法を開発できるのかと取り組んでいるのが、バーチャルプロダクション」と解説した。
これはわかっています。『鎌倉殿の13人』でも多用していましたね。でも、概ね許容範囲でした。
それが今年はもうコースギリギリどころか完全にアウト! 大暴投です。
於大の方が出ていく場面のわざとらしさは何ですか?
これが今生の別れと理解したようにギャーギャー泣く赤ん坊。
キョトンとしていてもおかしくないでしょうに。
振り返ったらすぐその泣き顔が見えるよう、不自然なまでに竹千代を押し出す見送る側。距離も近い。
そして見た瞬間にわかるCG。
もう何がなにやら。
どうする合戦
それでも気合の入った合戦シーンがあれば良い。同じ戦国ものでも、『麒麟がくる』は序盤から期待を裏切らなかった。今年はどうする?
・兵士の走り方が変。統制が無茶苦茶。弱い軍隊だと見せたいから、わざとそうしている?
・敗戦時の死屍累々の場面が不自然
・全員綺麗に死んでますが、リアリティを出したいなら、武具が剥がれているとか、あるいは呻き声をあげている瀕死の者がいるとか、それにとどめを指す敵がいるとか、表現方法はいくらでもある
・そういうディテールが甘いのでやっつけ感ばかり
・背中がガラ空きのまま、槍で相手を押していく本多忠勝って、ゲームじゃないんですよ。あんな背中を見せていくなんて、強さが全くわからない。殺陣もおかしい
・殺陣といえば、動ける岡田准一さんであるにも関わらず、ちゃんと当時の剣術の動きをしないせいで台無しになっています
・岡田信長の動きは江戸、そして明治以降、剣劇として映える動きです。けれども実戦的ではない。『麒麟がくる』ではちゃんとできていたのに……
・家臣団の喧嘩も、高校を舞台にしたヤンキー漫画のようで何が何やら。どうせ誰一人として死なないでしょ?と落ち着いて見ていられる安心仕様ですね
・戦死者の名前をいちいちカウントして、「こんなに死んだ」と演出する
・実に現代人が考えた戦争演出ですね。アニメかゲームじゃないんだから、当時は戦死者をあれほどすんなり把握できません。去年あんなにできてた生首描写はどうしましたか?
全体的にゲームのようで何がなにやら。
戦国ゲームをやりたい人は、大河など見ず、ゲームに直行するでしょうよ。
どうする命の尊厳
本作は、遺体の扱いも無茶苦茶です。
◆「どうする家康」義元の首を槍投げ 重量なんの一発決め!演出も感動 ネット反響“岡田信長”初登場の裏側(→link)
『麒麟がくる』でも、織田信長は遺体損壊をしていました。
生首を箱に詰めていた場面は衝撃的。
あの場面では信長の両親が驚き、怒り、嫌悪感を見せていたものです。
遺体損壊が悪いのではなく、それをクールだと演出して喜んでいることが悪辣なのです。
一体何を考えているのでしょうか。
こういうことをするから合戦にはリアリティが無い。
今週は最後にとってつけたような残虐描写がありましたが、どうせ作り物だと何の衝撃もありませんでした。
生きるか死ぬか、そんな状況を笑いにするセンスも決定的に痛い。
そりゃネットで笑う人はいるでしょう。
しかし、だから何ですか?
どうする火縄銃
本作は、火縄銃の扱いにおいても「時代考証が雑じゃないか?」と突っ込まれています。
確かに当時の日本は火縄銃の普及が急速に進みました。国衆クラスで持っていてもおかしくないかもしれません。
とはいえ、物流、資産、そして才能もそこには加味されます。
雑魚っぽい国衆が火縄銃をバンバン撃っていたら、なにやら引っかかる視聴者がいても不思議ではないでしょう。
『麒麟がくる』でもは初回冒頭で火縄銃が出てきました。
たしかに、山賊ですら火縄銃を持っていた。しかし、実際にはまだまだ珍しいからこそ、斎藤道三が明智光秀に現地調達を依頼する。
この過程で、足利家に仕える三淵藤英は火縄銃に懐疑的でした。
雨天では使えない。連射ができない。そんな弱点に目がいくというところで、保守的な人物像だという表現かもしれません。
彼はのちに弟の細川藤孝とは異なり、足利を裏切ることができず、織田信長に処断されています。そういう伏線ともいえた。
とにかく火縄銃の普及にしてもゲームのように簡単には回らないということ。
にもかかわらず本作のように国衆同士の小競り合いでバンバン撃ちまくるとなると、そりゃあ違和感を覚える視聴者が出てきても不思議はないでしょう。
そして今回――織田信長が水野信元を脅すために火縄銃を撃ちました。
しかも再装填の手間など無かったかのような連射。
現代の銃器とは扱いが異なりますし、そうだとしてもあんなふうに安っぽく銃器は使うものではありません。
『麒麟がくる』では、足利義輝殺害に怒った明智光秀が、松永久秀に火縄銃を向ける場面がありました。
あのシーンを思い出すと、本作はなんという薄っぺらさなのか。
どうするウケ狙いの時間稼ぎとペース配分
今川義元が生きているとか。
瀬名と我が子と再会するとか。
そんなしょうもないドリームを入れるほど余裕はあるのですか?
このドラマは家康の決断でいちいち盛り上げたいようですが、ペース配分がおかしい。
【大坂の陣】など、寺島しのぶさんのナレーションだけでクリアするかもしれません。予算にもやる気にも限界はありますからね。
どうするトレンド1位と視聴数
私は昨年からTwitterのトレンド1位などどうでもいいと主張してきました。
日刊ゲンダイさんではズバリこう言い切っております。
◆大河「どうする家康」世界トレンド1位は本当にスゴイ? 救いは本編後の松重豊ナレーション(→link)
たしかに“叩き記事”が日刊ゲンダイの基本スタイルではありますが、以下の部分には同意せざるを得ない。
そもそも疑問なのがこの「世界トレンド1位」というワード。これがどれだけすごいのか、「モンドセレクション金賞」とどちらがすごいのか、誰か教えて欲しい。
その一方で、動画配信サービス「NHKプラス」の視聴数は歴代1位だということにも触れています。
確かに素晴らしい数字でした。
今後の基準としても有用であり、問題は今後も続くかどうか、でしょう。
初回は好条件が揃い過ぎていた。
・昨年で動画配信サービスNHKプラスの視聴数が劇的に伸びた
・徳川家康の知名度
今後も『鎌倉殿13人』のように数字を保てるかどうか、注視したいと思います。
どうするファンダム
「有毒ファンダム」という概念があります。
ファンは、歓迎すべき存在のようでありながら、自分の思い通りにならない展開となると過激化して攻撃するようになる。批評サイトにマイナスを投稿し続ける。
そんな問題であり、些末なこととバカにはできません。
ファンダムの過激化を恐れ、敢えて作品から遠ざかる層も出てきて深刻な問題になっています。
NHKの看板である朝の連続テレビ小説は、この弊害が出ています。
2022年『ちむどんどん』のアンチが過激化し、出演者に執拗な攻撃をすることになりました。しかもPV稼ぎのメディアやライターも乗っかり、非常に悪質だった。
大河もこの危険はつきまといます。
ファンダムが過激化する要因として、こんな要素があげられます。
・結束:ハッシュタグを用いたり、相互フォロワー同士で監視しあい結束する
・優越感:自分たちは他の集団より優れているという意識で大河では特に発生しやすい
・被害者意識:「自分たちと自分たちの好きな作品は優れているのに、なぜか批判されている! これは不当な攻撃だ!」こんな意識が生じると危険です
・空ぶかし:心底楽しめているわけでもない、そんなファンが忖度して誉めているて、こういう状況になると互いが疑心暗鬼になって危険
『鎌倉殿の13人』は穏やかなファンダムを形成できていました。
三谷幸喜さんは毀誉褒貶が激しいので、ファンダムが慣れているせいもあるのでしょう。
しかし、どうにも本作はおかしい。
成功する要素が多く、かつ前作からの熱気もあり、事前予想も高評価でした。
それなのに初回から視聴率と評価が低く、そうなるとこんな動きが出てくる。
『どうする家康』はこんなに素晴らしい作品なのに、なぜか迫害されている!
そんな被害者意識が生じると何処かに不満がぶつけられがちで、SNSではすでに支離滅裂な文章が散見され、危険な兆候を示しています。
彼らは「『鎌倉殿の13人』だっておかしいところはあった!」などと些細なことを言い募り、前作のファンをコケにするような言動も繰り返しています。
こうなると作品にとっては非常に逆効果となる。
「悪質なファンが目立つなぁ……近寄らんとこ」となって逆効果。序盤からこれではろくなことがありません。
今後ますます泥沼に突っ込んでいく可能性も否めません。
出来の悪い大河は、夏以降の追加キャストが断られることが増えてゆきます。
どうしても先細りになり、巻き返しが難しくなる。
ご祝儀で見ていたファンも抜けます。
ゆえに本作は今後厳しくなる道しかありませんね。
どうする“クィア・ベイティング”批判
『鎌倉殿の13人』のファンダムは比較的穏やかとはいえ、不快感が募るところもありました。
それは源実朝の同性愛描写です。
「歴戦の腐女子は萌えないし〜」
「NHKもウケ狙いでBL?」
そんな意見にうんざりしました。
あの描写には配慮がされています。
今年の信長のように薄っぺらい出来損ないBLゲーのような“ドS俺様系”は出てこない。
実朝と泰時の間には親愛がある。
ただ、泰時は妻以外との親密な関係を築けない。そう誠意をもって描いていた。それが通じないファンダムは残念です。
今年は?
典型的なクィア・ベイティングでしょう。ウケ狙いだけ考えて、性的少数者を描く責任感なんて一切ありません。
先週の感想やニュースには、ニタニタしながら「NHKも BLか〜ww」と書くようなものが多くて辟易しました。
ブロマンスドラマなら、海外に力作名作が大量にあるんです。それこそ“歴戦の腐女子”なら大河に見切りをつけてそちらに行くかもしれません。
なんせ今年はボーイズラブ狙いにせよ、描写があまりに時代錯誤的です。
どうするポリアンナ
まだ第3回放送を終えたばかりなのに、早くも叩きモードに入ったメディアも出ています。
中でもサイゾーさんは容赦がない。
サイゾーは、何かといわくつきなメディアではありますが、それだけにジャニーズへの忖度ない記事を書ける。
それは日刊ゲンダイも同じですね。
◆NHKドラマ10「大奥」は大河「どうする家康」より痛快明快 これぞ時代劇!(→link)
叩いた方がPV(閲覧数)を稼げるならそうなるでしょうね。
『鎌倉殿の13人』で大河は話題性を証明して、そして今年の出来がこれですから、叩くだけのボーナスタイムに突入です。
週刊誌系・スポーツ紙系メディアも次々に来ています。
◆『どうする家康』第2話で早くも“脱落”する視聴者続出「このノリについて行けない」「時代考証雑すぎないか」(→link)
◆ 「どうする家康」より騎馬シーンがリアル 「大奥」に「裏大河」を期待する声(→link)
むろん肯定的な記事もあります。
◆虎なのか兎なのか?「恐怖の信長」と元康の関係が面白い! そして「CG馬」への期待を語ろう【どうする家康 満喫リポート】2(→link)
ものごとの微細な良い面だけを見て、悪い面から目を逸らすポリアンナ症候群の観察にはうってつけと言いましょうか。
特に、持ち上げの凄まじいのが「馬のVFX」部分について。
I:目に慣れないうちは違和感を覚える方もいるかもしれません。第1回では特に馬のシーンに違和感を覚えた方がいたようです。
A:ああいうシーンは以前ならば、演者の上半身のみの描写が多かったのです。本作ではすでに2022年の3月にCGで再現した馬の画像がTwitterの公式アカウントで紹介されていました。私は、その「第1歩」を共有できたんだとわくわくしながら見ていました。
I:なるほど。歴史のスタートに立ち会えたという認識なんですね。
A:はい。これまで大河ドラマの合戦シーンのロケで投入される馬は多くて10数頭。おそらく20頭まではいっていないと思います。その頭数をカメラワークでたくさんいるように見せるのは大変だったと思います。しかし、「CG馬技術」が進化すれば、一大戦国合戦絵巻を展開することもやがて可能になるでしょう。真剣に期待しています。
I:進化していく道程を見られるということになると、それは楽しみになりますね。
インタビュアーが「違和感あったようです」と指摘しているのに対し「以前なら上半身ばかりだったのに今回は馬の画像がある」と、謎の返答を記されています。
たとえ馬の全身が映ったところで、それがギクシャクとして作り物にしか見えなかったら意味がない――視聴者の違和感とはそこにあったのではないでしょうか?
海外ドラマでは完成形が見られます。
なのになぜ、そんな苦行をせねばならないのでしょう。
こんな体たらくだからでしょうか。
ポリアンナの数も減っているようで、雑誌広告などでは木村拓哉さん主演の映画『レジェンド・アンド・バタフライ』をプッシュするように切り替わっているようにも感じます。
本作と同じ古沢良太氏が脚本家であり、映画と大河のダブル効果を狙って当てが外れたようにも思える。
そんな広告代理店じみたことをせず、正攻法で挑めないのでしょうか?
月明星稀
私はずっと思っていたことがあります。
このドラマは『青天を衝け』に似ている――とは、大手メディアでもそれを認めるような記述があって勇気づけられた思いです。
◆『どうする家康』生きる決意をした“家康”松本潤、光の演出で心境の変化を表現(→link)
以下の部分です。
第2回の光の演出を担当した村橋直樹氏は『青天を衝け』でも光に凝っていた。
例えば、第16回、徳川幕府、最後の将軍・慶喜(草なぎ剛)が「私は輝きが過ぎるんだ」と言う。
そのため慶喜はこれまでずっと目立たぬように輝きを消してきたが、そうしてもなお消せない将軍の輝きを、演出の村橋氏は照明を強烈に当てて強調していた。
何かと癖が強い照明という繋がりもありましたね。
そして、上に立つ者の覚悟が全くない、ペラペラの葛藤も共通点だと思えました。
確かにコーエーテクモのステータス値で一致しそうな家康像って『青天を衝け』と本作くらいですよね。家康でなくて、もっと別の弱小武将に釣り合う数値ですけど。
あの家康像は斬新だなんて囃し立てられる向きもありましたが、実際は「視聴率低下を招いていた」なんて分析もありましたね。
しかし改めて「私は輝きが過ぎるんだ」という徳川慶喜のセリフはひどい。
同時代人から「二心殿」(コロコロ意見変えすぎ!)というありがたくないあだ名で呼ばれ、何かあればすぐ誰かの影に隠れ、そのくせ手柄だけは乗っ取る。
困った時は周囲に投げっぱなし。
それで輝きが強いという自己認識をしているとセリフに書くってどういう神経をしたドラマだったのでしょう……。幕末史にそもそも興味がなかったんですかね。
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そもそも、個人の生きる決意で進退を決めるなんて愚の骨頂ですよ。
将兵を抱えているのに、そんな個人的な感情でウロウロされたら死人が出ます。その責任をどう取るおつもりで?
「私は輝きが過ぎるんだ」のなんだの言ってないで、もっと天下への志を込めろと言いたい。
月明らかに星稀(まれ)に 烏鵲(うじゃく)南に飛ぶ
樹を繞(めぐ)ること 三匝(さんそう) 何(いず)れの枝にか依(よ)るべき
月が輝くと星の光は見えなくなる 鳥は南へ飛んでゆく
木の周りを三度めぐって どの枝に宿るべきかわからない
曹操『短歌行』です。
詠んだ時期は不明とはいえ、彼が相当強くなってからでしょう。
実力が伴ったうえで「俺強すぎてみんなどうすればいいかわからないやん。ならおいで、うちで採用したるわ」と自信たっぷりに詩にして詠んでいるわけです。
光でペカペカ補うのではなく、そういうセリフやシチュエーションは期待できないんですかね。
「月明星稀」という四文字を使うだけでいいんです。
家康は曹操ゆかりの銅雀硯を使っていたそうですし……とかなんとか申し上げたって仕方ないですかね。
『麒麟がくる』での漢籍引用があまり反応されないどころか「生理的にムカつく」「受け付けない」「わけわかんない」なんて反応もありました。
それどころか「麒麟来ないじゃん!」という、おそろしく低レベルなツッコミもありました。
麒麟の概念を考えれば、最終回時点でこないことが正解でしたが、
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そんな回りくどいことは邪魔くさいんですかね。
『どうする家康』は、クオリティやスタンスでは『青天を衝け』と一致しながら、初動ミスのため戦略で大ゴケして今後どうなるか?
さあどうするメディア?
ワタシみたいにぃ、サバサバしとくぅ?
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文:武者震之助(note)
【参考】
どうする家康/公式サイト














