どうする家康感想あらすじレビュー

どうする家康感想あらすじ

『どうする家康』感想あらすじレビュー第29回「伊賀を越えろ!」

2023/07/31

今週はいきなりモブ忍者のシャウトからスタート。

「どういうことなんだい?」

女大鼠にドヤ顔で語られ、今週もまた脱力感に包まれながら、冒頭は、大河史上最低だったであろう【本能寺の変】の回想へ。

信長がクローズアップされます。

しかし、眼の前に明智の旗(桔梗)があるのに、気づかず叫び続ける信長の姿がどうにもしょうもない……。

「殿! 水色桔梗は明智の旗ですよ、明智!」

と思わず叫びたくなってしまいます。これが脚本家の狙いだったんですかね。

役者たちの演技力がかえってアダになっているかのような『どうする家康』。

本日は第29回「伊賀を越えろ!」を振り返ってみましょう。

なお、今週からおじさん構文によるあらすじはありませんのでご了承ください。

 


どうする説明不足

家康の暗殺計画を強引にぶち込み、時系列をいじくり回したせいか。

とにかく色々とわかりづらかった【本能寺の変】。

それに拍車をかけたのが、堺にやってきた“お市”であり、演じた北川景子さんがSNSでこのような投稿していました。

命懸けで堺まで、兄を射たないで欲しいと嘆願しにいきました。

不器用でなかなか理解されない人でしたが、幼い頃から多くの犠牲を払い、強くなるためだけに生きてきた立派な兄でした。

兄との間にも色々ありましたが、かけがえのない兄を失い無念です。

劇中で彼女の真意をご理解された視聴者はどれだけいたでしょう?

SNSで説明補完するのではなく、劇中でわかるように描くのがドラマではないのでしょうか。

 


どうする忍者の戦闘

女大鼠が、ドヤ顔で武器を構える時点で、このドラマはつくづく駄目だと頭を抱えたくなります。

最近、歴史を扱う書籍を読んでいると、『鬼滅の刃』の考証はよくできているという記述をよく見かけます。

例えば、音柱・宇髄天元(うずいてんげん)というキャラクターがいます。

宇髄天元(鬼滅の刃・音柱)
音柱・宇髄天元を徹底考察|その魅力の真髄は誠実さにあり『鬼滅の刃』

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彼は身体能力や戦闘能力そのものは、他の柱(組織内最上位の幹部)に劣る部分もあると自覚している。

けれども彼には強みがある。その一つが、上忍としての経験です。

部下を率いて戦う。現場の状況を素早く把握し、各人を適切な位置と行動につけ、最終的に勝機を見出す差配をする。

いわば指揮官(上忍)としての働きに長けているのですが、『どうする家康』では、服部半蔵にせよ、女大鼠にせよ、非常に重要なリーダーの資質がまるで見えてこない。

特に

「どういうことなんだい?」

なんてマヌケな台詞を言わせたらダメでしょう。嘘でも「想定の範囲内」という態度で構えていなければ、部下に動揺が走ってしまい、結果、作戦の成功率が下がってしまう。

脚本を書いている段階で、単に忍者を出しときゃ数字が取れるだろう、ぐらいの感覚だったから、こんな台詞になったのでは?

『鬼滅の刃』の足元にも及ばない。それが今年の大河です。

 

どうするヘアメイク

毎週のようにつっこんで、さすがに嫌になってきますが、このドラマは月代の作り方がおかしい。

頭がぽこっと膨らんでいたり、つなぎ目があからさまだったり。

もう少し丁寧にできないものでしょうか。

クナイをヘアアクセサリーのように使うのもセンスがなさすぎて辛い。

クナイは投げて使うことがフィクションでは定番化していますが、実際には当たりません。本来はスコップのように土を掘るような使い方もできる、飛び道具というよりは多目的工具扱いでした。

オシャレな人が、スコップをコーディネートアイテムにします?

汚い。要するに、不潔な女です。

わざとらしいボロ笠を被り続ける女大鼠も痛々しい。あのくだらなさが凝縮した髪型はなんなんですか。

 


どうする本能寺の後

光秀が天下人を名乗っているあたりもどうしようもない。

白兎を焼いて食おうか、煮て食おうかと凄む光秀が、兎も角最低です。

そういう下劣さだけではなく、この余裕ぶっこいた態度から、脚本家が歴史に全く興味がないことが明白で辛くなります。

明智光秀は、味方が少なくて詰んでいた。

とにかく味方が欲しい!と書状を必死に送りまくり、どうしようもないほどあがいていた。

『麒麟がくる』は本能寺がクライマックスであり、その後があっさりしています。

それでも、細川藤孝筒井順慶の表情から、明智に与しない彼らなりの理由が伝わってきました。

本作は『麒麟がくる』をおちょくるかのように逆張りをするので、「俺ならもっとインパクトのあるセリフ言わせるしwww」ぐらいに考えていたのではありませんか。

その結果、「焼いて食おうか煮て食おうか」なんて陳腐な言葉が使われたのでしょう。

 

どうする緊迫感と「満身創痍」

わざとらしく歩き、わざとらしく足が痛いと倒れ、わざとらしくカメラを揺らし、わざとらしく戦う。

このドラマのアクションは今までだって十分酷かったのですが、今後ますます酷くなると予想しています。

今年の殺陣、特に織田信長の殺陣が、江戸時代以降の動きに見えておかしいと思っていました。

理由は判明しました。現場でチャンバラの動きが得意な役者さん主導で撮影していたとのこと。そりゃ妙なことになりますよね。

そしてこのドラマは「満身創痍」という言葉の意味すら履き違えている。

汚すという最低限のことすらしない。衣装もメイクも何もしていない。汗一つかいていない。髪の毛一筋乱れていないで「満身創痍」とは?

意味をわかっていないのでしょうか。全身傷だらけということですよ。

ちなみに『真田丸』では、本多忠勝役の藤岡弘、さんが竹で鼻を傷つけてしまったそうで、その傷が確認できます。

 

どうする絵作り

このドラマは絵作りの段階で失敗している気がしてなりません。

カメラがぶれる。無駄に近づく。

遠景をフレームに収めることで、まるで絵画のようにするということができない。

良いカメラは朝ドラにでも取られちゃったんですかね。

あるいはセットが狭苦しくて狭いフレームに入れ込もうとしているか。

出演者が「全然ロケがねえ」とペラペラ喋ってしまい、そのあたりの事情は明るみに出ています。

というか、そんな証言抜きにしても、絵のフレームが狭いのでそのへんはわかる。

『鎌倉殿の13人』を思い出してみましょう。

上総広常の軍勢がかなり多く、ズラズラと続いていることがわかる絵作りになっていました。

その列を無邪気に眺める北条義時が、ちょこんとその中に収まる。こうすることで、上総広常の強大さと、まだまだ小さい北条義時の対比が出ていました。

そういう場面があればこそ、後に、広常が義時の目の前で討たれてしまう場面が引き立った。

今年はそれがない。いつもせせこましい。このドラマは何をしていなくても、低予算ぶりが伝わってきて悲しい。

いや、予算だけの問題ではないでしょう。まっとうなドラマを作ろうというモチベーションすら尽きているように思えます。

 

どうするネーミングセンス

本作は、ネーミングセンスが酷い。今さらかもしれませんが、改めて問いたい。

「女大鼠」という名前は、女忍者としてイケてますか? 視聴者が見て、単純に「なんかカッコイイ!」と思えますか?

大河ドラマの架空人物名は、そこまで厳密ではありません。

『鎌倉殿の13人』の女刺客・トウなんて、ピリッと辛いイメージからとった豆板醤(トウバンジャン)由来です。

とはいえ、単純に思いつきから持ってくれば良いわけでもなく、脚本家のセンスや知識の量が問われます。

この名前は時代にあっていないとか。感覚として何かおかしいとか。

歴史劇を描く際にピンとくる思いつきが必要であり、女大鼠なんて、同じ女忍者枠の「千代」と比較して、あまりに浮いていると察知できない時点で話になりません。

そもそも、本作の女性名は「糸」や「巴」など露骨に過去大河から借用していました。

書き手によっては、こういうオリジナルの名前も凝ります。自分なりのセンスを注入しようとするわけです。

大河のオリキャラをやたらと目の仇にして、出てきただけで駄作認定する意見もありますが、それはあまりに極端でしょう。

名前ひとつとっても差が出るもので、『おんな城主直虎』の龍雲丸とか、『麒麟がくる』の望月東庵とか、綺麗な響きで、衣装や雰囲気作りも名前負けしないようにしていた。

そうした過去のキャラクターと、女大鼠を比較したら、もう……。

大山犬という名前の忍者も愚かさの極み。名前の時点で怪しいとわかってしまいます。

 

どうする最低の衣装

何度見てもスイカバーの精霊のような大久保忠世は酷い。

愛のピンクとグリーンのしょうもない捕色衣装もどうにかならないのか。

ただし、以下の記事のように新人物の扮装をみたらちょっと路線変更をしたように思えます。

◆「どうする家康」石田三成、真田親子ら11名のビジュアル初公開(→link

和柄の模様をちゃんと入れるようになりました。

ようやく正気を取り戻したか……と思いたいけれども、色合いはどうにもしっくりこない。

 

どうする教育への悪影響

東国大同盟を打ち出し、目を爛々とさせていたマザーセナは怖かった。

しかし、次のヒロイン・愛もキツい。

光秀のことをしれっと「あれは(謀反を)やりそうな顔」と言わせるって、何をもってしてそうなったのでしょう?

どういう機会で光秀の顔をマジマジと見たのですか?

不穏な気配とは、付き合いが長く無ければわからないですよね。

そんな見た瞬間にバカでも裏切るとわかる人物を起用して、そいつに万単位の軍勢を預け、本能寺にノーガード宿泊した信長が愚かの極みになりますが、それでいいのですか?

そもそも、愛はド近眼ですよね。

数メートル先の顔も判別できないことがキッチリ描かれていた。

要は、脚本家がそこまで考えていないのでしょう。

明智光秀はキモくてうざい、そんな小中学生のいじめっ子感覚でルッキズムを振り回しただけ。

「このドラマを子供に見せるべきではない」

そんな記事がありました。賛否両論の反応がありましたが、私も同意見です。

それは史実と違うからではない。

ルッキズムだの、同性愛をその場しのぎのネタにするだの、カジュアルに暴力やいじめをするなど、子供の道徳に悪影響を及ぼしかねないからです。

歴史に興味関心を持たせたいのであれば、他にもっとよいコンテンツはいくらでもある。

こんな記事もお約束ですね。

◆【どうする家康】本能寺の定番ネタ全排除、思わず信長の心中に同調する展開に(→link

いかにも「普通の視聴者は同調するはずw」という展開で記事にするのはやめていただきたい。

ストレス解消として幼い竹千代をぶん投げていた信長。

自分の幼稚な自己実現と陶酔のために、嫡子信忠を巻き込む愚かさ。

光秀を罵倒する単純さ。

あんな愚劣の極みのような心中に、何をどうすれば同調できるのでしょうか。

人の容姿をバカにする言葉で盛り上がる。蘭奢待を麻薬と誤解して盛り上がる。そんな人間になりたくありません。

◆ NHK大河「どうする家康」、信長のシャウト「キンカン頭ぁ!」にSNS盛況、三日天下の行方は…第29回見どころ(→link

◆ 大河家康「本能寺」光秀が怪しげな煙を吸引 恍惚「ああっ」 ネット「もしや」「蘭奢待でキメてるのか」目ヤバい(→link

 

どうする大根

食料として大根やかぶを持ってくるあたりに、本作のダメな部分が凝縮されています。

体力勝負の時に、なぜ炭水化物ではなくそんな野菜を?

だいたい大根は冬野菜では?

日本史の教科書で、恐慌時に東北地方の子供が大根をかじっている写真でも見て思いつきましたかね。

そもそも作物がない状況ではなく、調達が難しい状況です。

それとも、その後の甲賀でのくだらない空腹場面のために大根にしておいたのでしょうか。

ちなみに『真田丸』ではおにぎりです。

 

どうする所作

女大鼠は、結局、時代劇における忍者としての所作が身に付いていませんね。

座っているだけで辛そうなのが見ていて痛々しい。

まぁ、他のキャストも立って座ることすらろくにしておらず、ぼーっと突っ立ったまま、進路相談するあたり、文化祭の演劇を思わせますし……。

徳川家臣団と忍者たちは、遮蔽物のないところで、命がけの進路選択を堂々と声に出して語るんじゃないよ。

しかも全部“説明セリフ”ですからね。

『真田丸』は、ちゃんと地図を用意して、どういうルートがまずいのか説明があります。

例えば、海路は速いけれども海賊にあったら逃げられないなど、メリットとデメリットの提示があった。今年はスマホで各人Googleマップを参照できそうなくらいお気軽ですね。

本作は、そういうことを何も考えてなく、役者の演技力に頼っていて内容がとにかく薄っぺらい。

汚い食べ方だけは嫌なリアリティがありますね。見ているほうは苦行としか言いようがありません。

 

どうする死亡フラグ

女大鼠があの妙ちくりんな髪型で「これから死にまーす」みたいなことを言うのが、もう恥ずかしくて目を覆いたくなる。

「命がけの危険な任務だ」ということではない。

これから死にます、見どころです――そう語りかけてくるあからさまな態度が見ていられないのです。

もしも、その通り女大鼠が散っていればまだよかった。

結果、それすらない! 何もかもが期待外れだ。

 

どうするエロ要員

本作の予算はどこに消えたのでしょう。

甲賀にいた、昭和レトロセンスな女性エキストラに使われました?

家康生涯最大の危機とされる伊賀越えですら、甲賀・多羅尾のもとには白い二の腕をチラ見せさせる女どもがいる。

おにぎりと太鼓でキャバクラ接待誘惑ってさ……。

綺麗な姉ちゃんがうまいもんをサービスしてたら、そりゃ引っかかるでしょ♪……って?

そんなセリフが天下万民に通じると思わないでいただきたい。

今回の真のミッションは、伊賀越えではなく

「キャバクラが並んでいる通りを下心を抑えて突破しろ!」

という内容だったのでしょうか。

 

どうする伊賀と甲賀の因縁

伊賀と甲賀の因縁を、回想と説明セリフだけで言われても困ります。

みんなお約束だから知っていると甘えていますよね?

忍者すらまともに描けない本作。

しつこいようですが、ドヤ顔で女大鼠がクナイを構えるあたりリアリティに欠けて痛々しい。

ドヤ顔している間に飛び道具を使われたら終わりじゃないですか。

 

どうするスモーク

煙を出しときゃなんとかなる――そんな風にも見えてくる本作。

今回も、もうもうと煙が炊かれていましたが、映っちゃいけないものでもあるから、突然スモックのように霧が出てくるんですかね。

予算がないからって、いくらなんでも酷い。

 

どうする百地丹波

わざとらしい顔で登場した百地丹波。

この脚本家は、特定の人物だけ訛りを使わせるクセをどうにかして欲しい。

きちんと言葉の添削・指導が入ってないのではありませんか?

時間がないか、あるいは断固として脚本に赤字を入れさせないようにしているかもしれませんが、そのせいで間違った言葉遣いや訛りになるのは、見ていられません。

まるで、添削が甘い小説投稿サイトの作品を読んでいるようで、語彙力はお粗末だし、前述の通り、人名をつけるセンスすらない。

今年の大河がなぜここまで酷いか?

それはインプット量が少ないくせに、気取る点でしょう。

百地丹波は当時まだ青年のはずですが、出自が怪しい人物だからといって、フリー素材みたいな扱いにされてしまってますね。

いかにも昭和レトロな怪しげ忍者を出して、それがウケると思っているセンスに絶望です。

 

どうするまたも騙しの首

家康が売られたと思ったら違いました♩

と、三方原のネタを平気で使い回す。

このドラマは首に兜をつけることがお約束ですが、ちゃんとした生首を作れるスタッフがいないだけですよね。

今回なんて明智光秀は兜を脱いだ状態で首を打たれたのに、兜を被せる親切仕様。

生首ひとつまともに扱えないくせに、脚本家の露悪趣味のせいで首をお粗末に扱うパターンを繰り返すあたりがどうしようもありません。

こんなバカみたいな状態で、秀吉が「今まで一番ええ顔してるね」といったところで、愚かとしか言いようがありません。

一度や二度じゃない、死体の損壊や腐敗に対する認識もろくにないと思います。

 

どうした女大鼠

女大鼠のセリフが、常に無茶苦茶。

穴倉で生きている連中を救った我が殿♩

って、どこかの漫画で見たような設定だな!

女忍者に関してはとにかく整合性が支離滅裂。かつて瀬名は千代に対して「まともな女は忍者とかしないでしょw」と語っていた。

そういうマザーセナ慈愛の教えを家康が把握していたとしたら、家康はわかっていながら女大鼠らに汚れ仕事をさせていたことになる。

一体何がなんだかわからなくなりそう。

やはりこのドラマの徳川家って、悪徳カルト集団か何かではありませんか?

信仰という餌で釣り、無茶苦茶な教義で思考能力を奪い、信徒に物品販売をさせてカネをむさぼる、カルト教団を連想させます。

どこが感動のストーリーなんでしょうか。

穴山梅雪が家康の身代わりになったという話も、カルト信仰に殉じたように思えてしまいました。

 

どうする「さっさと殺せ」

そこの忍者!

気取ってないで、さっさと家康の首を落とせよ!

それで影武者・世良田二郎三郎元信と入れ替わったら、後半まだ持ち直せます。

原作が隆慶一郎『影武者徳川家康』になりますから。

『影武者 徳川家康 1巻』/amazonより引用

 

どうする本多正信

「俺は曲者! 軍師様なんじゃ!」

そう振る舞う本多正信ってなんなのでしょう。

ただのこじらせ野郎にしか見えず、同時にリアリティも皆無。

このドラマはつくづく大河主演経験者の魅力も潰してきます。

家康を捕まえておいてドヤ顔で出てくる。出奔したとはいえ、その態度はなんなのでしょう。

しかも百地に向かって「家康の首を取ったらいいぞ」と煽っておいて、超絶わざとらしい「におわせ」で躊躇させる。

あまりにもバカバカしく、チープで陳腐な展開。

演じる側も脚本に入り込めていないせいか、セリフの中身は全く考えないまま、義務感でやっているようにしか見えません。

そもそも本多正信の徳川復帰はもっと早かったと考えられています。

ではなぜここまで引っ張ったのか?

単に「本多正信の復帰」というカードを劇的なものにしたかった思惑からでしょう。

『おんな城主 直虎』で同役を演じた六角精児さんあたりを見ながら、

「俺ならもっと派手に意外性をドーンと見せてくるような復帰にすんぞwww 最高のキャラが最悪のタイミングで復帰とか盛り上がるッショwww」

とでも思ったのではありませんか。

伊賀越えを「俺が考えた最強の本多正信」の復帰背景にしたかった。ただ、それだけでしょう。

 

どうする合戦の構成

本多正信の「家康に明智を討たせろ」という台詞もいかがなものか。

このドラマは結局、ヤンキードラマか、都内に暮らす詐欺師のノリで戦国時代を描いている。

明智光秀を撃つならば、地理的に近く、軍勢を整え、素早く戦場へ向かえる連中が有利に決まっています。

では、三河(あるいは駿河)へ戻った家康が、どうやって光秀を討つのか?

仮に光秀の所在地が京都(山城)だとした場合、そこにたどり着くまでは尾張・美濃・近江があり、どこが敵で味方かわかりません。

一箇所に所在せず、移動する可能性だってあるでしょう。

なにより羽柴(秀吉)、柴田、信長の息子たち、丹羽など、織田家の有力家臣が多数いて、そんな状況下で「家康が光秀を討つ」という賭けに百地が乗るでしょうか。

あくまで家康が生き抜くために鼓舞するためならわかりますが、百地を味方に誘導する言動だとしたら不自然。

実際、本能寺の後はまさしく地理的なポジションが決め手であり、毛利と和議さえ結べれば、京都までの道のりが確保できた秀吉が有利であり、光秀を討つことができました。

脚本を構築していく上で、そうした行軍や兵站などは考慮されたのでしょうか。

明智光秀の言動からして、そうとは思えない。

「とにかくゲスキャラでいいでしょ」という低い次元の解像度でしかないから、正信の台詞も出てくるのではありませんか。

合戦の表現は、必ずしも人馬がぶつかり合わなければならないものでもありません。

『麒麟がくる』や『鎌倉殿の13人』は、兵糧確保や戦術を意識しているセリフで色々と視聴者に伝えてきました。

『どうする家康』はそういう要素がまるでない。だから単なる思いつきのような台詞で物語が展開するのでしょう。

 

どうする「なんやかんや」

それにしても……信長を暗殺するため本能寺周辺に潜ませていた伊賀者500人はどこへ消えたのですか?

こんな重要なことには全く触れず、「なんやかんや」で史実では伊賀越えがあったからね!とばかりに、物語は進められる。

もはや今回のあれは「伊賀遠足ですか?」と思えるほどですが、それでもスポーツ紙にかかれば、こんな劇的な記事に生まれ変わります。

◆大河「家康」ついに伊賀越え判明 「真田丸」より深刻苦難 陰湿光秀に命狙われ絶体絶命 家康走る!(→link

深刻かつ苦難、とのことで、以下のように記されています。

 今回は謀反を起こして織田信長(岡田准一)を討った明智光秀(酒向芳)が、「残るは家康だけ。断じて逃すな!」と堺から伊賀越えしている家康の命を狙っており、追手が迫る。相当に深刻かつ苦難の伊賀越えとなりそうだ。

こちらのスポーツ紙は阪神タイガースに甘いことで有名です。

そのタイガースに対してよりもずっと今年の大河に甘いのはなぜなのか。

 

どうするレーシック

伊賀越えで命からがら三河へ逃げ戻った家康。

『真田丸』では、阿茶局が奥の前にて、その襖を開けた家康が倒れ込むという場面でした。

今回は、家臣が勢揃いしているところでニタニタとした愛が出迎える。

この愛は夫の危難すら真面目に考える程度のことすらできていないから、愚かさばかりが目についてしまう。マザーセナすらマシに見える。

そして、くどいようですが、愛の近眼設定はどこへ消えましたか?

初登場時は史実由来の設定を盛り込んだものの、その後はレーシック手術でもしたかのような回復ぶり。

一話完結のドラマばかりを描き、役者のアドリブに頼り切りの脚本家に大河を書かせるから、こんなわかりやすい設定さえ忘れてしまうのでは?

 

どうするお国言葉指導すらない脚本

「うまいことやれたんや!」

「わしを誰やと思っとるんや!」

死の間際、なぜ明智光秀は突然、関西弁になったのでしょう?

しかもこのドラマの関西弁は、テレビ向けのおかしな言葉遣いで不自然です。

明智光秀が訛るとすれば、どこの言葉になるか?といえば、現在の岐阜県でしょう。『麒麟がくる』を見ていれば、光秀が訛るにせよこうならないとはわかる。

光秀役の方は、『麒麟がくる』は見ていないとインタビューで語っていました。明智光秀のことも調べていないと。そうでしょうね、見ているなり、調べていたら、気づいたことでしょうから。

史実に基づく役作りをするのではなく、ともかくゲスであればいいと演じる側も、演じさせる側も振り切っていたのでしょう。

NHKのドラマはお国言葉指導が入ります。

朝ドラ『らんまん』は、主人公の出身地である高知だけでなく、薩摩ことばもフル回転で指導されています。

東京で巡査に道を聞いたら、薩摩ことばが返ってくる場面もあって、さすがだなぁと思いました。

警視庁ができたばかりの明治初期は、初代大警視・川路利良のスカウトにより、薩摩出身の警察官が多かったのです。そこまで反映しているのです。

薩摩ことばは近年の大河でもおかしかったのに、朝ドラは素晴らしい。

セリフだけ読めば標準語なのに、イントネーションが薩摩ことばとか、薩摩訛りの英語とか、今期の朝ドラは気合が違う!

それに比べて大河と来たら……。

本作脚本家は映画『レジェンド&バタフライ』でも妙でした。

例年の大河ならば脚本段階で修正が入りそうな歴史考証でも、そのまま放置されています。一例がイチジク。今回も出てきましたが、伝来前です。

『鎌倉殿の13人』では、当時の日本に存在しない野菜が出てきたために台詞を修正したと三谷幸喜さんが振り返っていました。

今年は、そうした最低限のミスすら直さない。

時間がないのか、別の理由があるのか。一体現場はどんな状況なのでしょう。

BGMといい、調子のはずれたナレーションといい、この訛りといい。どこまでも耳に悪いドラマです。

 

どうする落武者狩り

本当に史上最低の明智光秀でした。

農民に刺されて死ぬとかダッサwww それだとつまんねーから家康のせいってことにしとこwww

そんな風にでも考えたのかもしれませんが、このドラマは登場人物がスマホで連絡を取り合っているとしか思えません。

伊賀越えでも生死がかかるほど苦労するのに、指示をホイホイだせるわけがないでしょう。

このドラマは、ヤンキー漫画と都内詐欺師の行動範囲で作っているので、落武者狩りについても甘く見ているのではありませんか。

「たかが移動するくらいでそんなにピンチになるとかおかしくねwww つえー忍者出すしかねえしwww」

「明智光秀って農民の殺されるとかバカwww 『麒麟がくる』ってホント大嘘ばっかりだよなww あんなの演じていたのがイケメンってだけじゃねww」

そんな冷笑気取りと逆張りだけで描かれたように思えてきます。

 

どうする『真田丸』ファン

本作は、大河というより民放感覚なのでしょう。

民放時代劇はNHKへの対抗意識を燃やしていた。その矛先は、これまでは『おんな城主直虎』と『麒麟がくる』でした。

今後は『真田丸』になります。

前述の通り、このドラマは「あの『真田丸』より過酷な伊賀越え!」という触れ込みをスポーツ紙に持ち込んでいたようですからね。

今後ずっと「あの『真田丸』を超えた!」と最終回までやられる悪寒がしてならず、近いうちにこんな提灯記事も出ることでしょう。

「あの『真田丸』の秀頼を超えた!? ****が演じるイケメン豊臣秀頼に“今度こそ徳川に勝てる”とネット大歓喜!」

『真田丸』の秀頼をうっかり踏んづけてしまえば、『鎌倉殿の13人』を愛する全国の武衛もキレるかもしれませんね。

なんせ『真田丸』の秀頼は、畠山重忠を好演した中川大志さんです。

今年の大河を語るうえで、他の大河を持ち出すべきではないという意見はよく見かけます。

しかし、ネットニュースではあえて過去作品を超えるという触れ込みを出してくる。

公式すら連想させるようなことを言っています。

そもそも同じ枠ならば比較は当然のことでしょう。

『どうする家康』は放送年が近いせいか『麒麟がくる』『おんな城主 直虎』『鎌倉殿の13人』と比べられてきましたが、その認識を改めねばなりませんね。

出来としては『江』や『天地人』、時代が違うけれど『花燃ゆ』と『西郷どん』あたり。

最低視聴率では『いだてん』と比較される。ある意味“特別な大河枠”に入っていますね。

 

どうするネットニュース

国民的番組である大河ドラマ。

その出来や中身がどうであろうと、褒めるニュースが出てくるのは、メディアの売上面から考えて自然なことです。

しかし、視聴率も低迷していて、内容がつまらないとなると、書く方も苦しく、定番の逃げ道へとシフトします。

それが「ドラマ通ならわかる!」というスタンスですね。

◆【どうする家康】切なすぎる永遠の別れ、家康が信長を討てなかった理由とは(→link

◆『どうする家康』「本能寺の変」で描かれた“信長”岡田准一と“家康”松本潤の濃密な絆(→link

よくもまぁ掘り起こせるもんだなぁ……とばかりに褒められたものですが、そんな無理くりな説明が必要なほどにわかりづらいドラマは、良いドラマと言えるのか。

以下のPRtimes記事は筆者名に注目です。

◆松本潤主演のNHK大河ドラマ「どうする家康」のノベライズ第3弾! 『どうする家康 三』が7月25日発売(→link

ノベライズ筆者と一致します。この方は磯Pが手がけた『なつぞら』のノベライズも担当し、『どうする家康』脚本家のインタビューも手がけています。

皆まで申しませんが、公共放送の関連書籍としてあるべき姿なのですかね。

 

どうする公共放送

NHKは公共放送です。

今年の大河は、その建前すら危うくしている。

例えば、私は“ひらパー”の広告が大好きです。シャレが効いていて、さすが大阪だと唸ってしまう。

しかし、NHK大河ドラマでこういうことをするのは、タガが外れているとしか思えません。

◆岡田准一の「どうする家康」告知動画、ひらパー反応「呼んだ?」(→link

といっても、これならまだマシかも。

民放ドラマにすら縋る宣伝戦略には呆れるばかりです。

◆【どうする家康】家康が伊賀の忍者に襲われる NHK「99.9%脱出不可能」(→link

「99.9%」とは、TBS系列「日曜劇場」枠で放送された『99.9-刑事専門弁護士-』に乗っかっているのは明白ですね。

なりふり構わぬ体制ですが、一体なぜここまで必死なのか?

やはりジャニーズ主役で大ゴケするわけにはいかないということでしょうか。

今や同事務所のコンプライアンス体制は、日本や諸外国からも厳しい目を向けられています。

◆強大な事務所のタレント支配 ジャニー氏 性加害問題が問う「芸能界」(→link

◆スポーツ新聞記者を徹底的に抱き込んだジャニーズの「メディアコントロール」戦略(→link

公共放送であるNHKは?

皆さんも感じることがあれば、以下のリンクからNHKへ意見を送ることができます。

◆NHK みなさまの声(→link

神君伊賀越え
神君伊賀越えのルート&全日程|本能寺後の家康は三河までどう辿り着いたのか

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文:武者震之助(note

【関連記事】
どうする家康全視聴率

【参考】
どうする家康/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-どうする家康感想あらすじ

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