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天正遣欧少年使節は神の遣いか侵略者の先鞭か? 1582年日本を出発! 【戦国boogie-woogie vol.65】

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鎖国に入る前の戦国~江戸時代は、日本が諸外国へ大いに進出した時期である。
東アジアから東南アジア一帯にかけて朱印船貿易で拠点を増やし、もしも鎖国がなければ当時から有数の貿易大国になれたのではないか? と思われるほどの勢い。
さらには天正遣欧少年使節(1582年出発)や慶長遣欧使節団(1613年出発)など、ヨーロッパへも足を伸ばした時代であった。
慶長遣欧使節団は、伊達政宗が己の野心のため支倉常長をスペインへ送り、その軍隊をアテにしたものではないか?などと、今なお歴史の表舞台で表現されることが多い。
一方、天正遣欧少年使節はイマイチ存在感はさほど感じられない。
誰が何のためにいつ送ったのか?
基本的な情報も意外と知られておらず、そのメンバーの名前も「なんとなーく、漢字とカタカナの組み合わせ!」という程度の方も少なくないだろう。
派遣されたのは以下の4人。
伊東マンショ(大友宗麟の名代)
千々石ミゲル(大村純忠の名代)
中浦ジュリアン
原マルチノ
今回は天正遣欧少年使節に注目なり!

 

キリシタン大名・大村純忠のダークサイド

20150523アニィたかはしさん4コマ漫画1
◆歴史の表舞台に登場する機会は少ないですが、戦国時代は奴隷売買が頻繁に行われていた暗黒の時代でもありまた。
合戦で攻め込んだ地の住民をさらってきて、そのまま売りさばいたり、後に身代金と交換したり、さらにはポルトガル船を通じて海外へ乗せたり。
ともかく無法地帯であり、『オリーブオイル1本分で8歳男児が海外へ売られた一方で、うどん県の夫婦が8歳の子を4万円で売っていた』(当サイト執筆者・恵美嘉樹氏のブログ)なんて記録も残っているほどです。
南蛮船(ポルトガル・スペインの船)に乗って海外へ出かけるなんて、そりゃ恐怖が先に立つってもんです。

 

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そーりん、本当は関知してなかった!?

20150523アニィたかはしさん4コマ漫画2
◆不龍獅子虎(ふらんしすこ)って、【我は龍にあらず、獅子であり虎である】という風にでも解するのですかね。あるいは【龍、獅子、虎にあらず、我は我なり】みたいな?
これがリアルだとしたらトンでもない厨二病でございますが、ニセモノと見る向きが強いようです。というのも、この名前が大友宗麟本来の表記とは別だっただけでなく、花押も別の時代のものが使われていたとか。
だったら誰が何のために宗麟の名を使ったのか?というと、やはり九州三大大名(他に島津義久・龍造寺隆信)の一人の名前が大きかったということかもしれませんね。

 

中世日本人にとって外国は鬼ヶ島!?

20150523アニィたかはしさん4コマ漫画3
◆いくら神父様の仰ることとはいえ、当時の若い日本人にとって船で数ヶ月かかる外国なんて、楽しい場所ではなかったでしょうねー。
坂本龍馬だったらいざしらず、なかなか「行くぜよ!」なんて言えないハズ。
魚介に恵まれた日本では、江戸時代に肉を食する習慣は広がらず、明治維新によってようやく導入されたぐらいですし。

 

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棄教前から兆しあり!? 千々石ミゲルは武士の子

20150523アニィたかはしさん4コマ漫画4
◆前述しましたように、ポルトガル船は奴隷売買をしており、その拠点が日本とマカオだったとされております。
旅の行程で欧州の奴隷事情を目にした千々石ミゲルはこれに不信感を抱き、キリスト教に対して徐々に距離を取るようになり、そして棄教します。
関ヶ原の戦い翌年1601年のことでした。おまけにイエズス会が日本侵略の布石だと暴露したとされており、ある意味では日本の植民地化を防いだ功労者なのかもしれません。

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