こちらは2ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
【戦国ブギウギ76話】
をクリックお願いします。
年末挙兵
◆当時の柴田勝家さんの決定的な弱点って、地政的なものでしたよね。
冬場の北陸では進軍ままならぬこと明白。畿内と結ぶ要衝として「長浜城」を譲り受けはしたものの(清州会議で決定)、さほど効果的とも思える使い方はされなかったような。
そんな簡単じゃないこたぁわかってるんですけど……結果論だってことは承知なんすけど……。
結局、長浜城の柴田勝豊は秀吉に囲まれてアッサリ、これを受け渡し、返す刀で秀吉はスイスイと岐阜城へ。そして信孝は?
条件付き
◆柴田勝豊から長浜城を奪いとった秀吉は、自軍に加えて織田信雄なども引き連れ、岐阜城へ向かいました。
-

信長の次男・織田信雄は本当に愚将だったのか?信長の血を後世に残したその生涯
続きを見る
城方の織田信孝はアッサリ降伏。山崎の戦いでは神輿として担がれ、清州会議でコケにされ、さらに再び蹴落とされたのですから、織田家の人間としては配下の秀吉に蹂躙されて、凄まじく腹の立ったことでしょう。
その証拠に信孝、凄まじい死に様を見せますが、それはまた後日の話。
いずれにせよ勝家を後見人とする信孝を決定的に追い落としたことで、次なる合戦の幕開けとなるのでした。
そうです。
【賤ヶ岳の戦い】です。
あわせて読みたい関連記事
-

賤ヶ岳の戦い|秀吉と勝家が正面から激突!勝敗を左右したのは利家の裏切り?
続きを見る
-

史実の明智光秀はドラマのような生涯を駆け抜けたのか?本能寺までの足跡を辿る
続きを見る
-

山崎の戦い|秀吉と光秀が正面から激突!勝敗のポイントは本当に天王山だった?
続きを見る
-

豊臣秀吉62年の生涯をスッキリ解説・年表付き!派手な伝説はドコまで史実?
続きを見る
-

三法師こと織田秀信の生涯|信長の嫡孫は清洲会議後をどう生きたのか
続きを見る
-

柴田勝家の生涯|織田家を支えた猛将「鬼柴田」はなぜ秀吉に敗れたか
続きを見る
-

なぜお市の方は逃げずに死を選んだのか?浅井長政に嫁ぎ勝家と共に自害した信長の妹
続きを見る
-

織田信長の生涯|生誕から本能寺まで戦い続けた49年の史実を振り返る
続きを見る
-

信長の嫡男・織田信忠が生き残れば織田政権は続いた?26年の儚い生涯
続きを見る
-

柴田勝家の生涯|織田家を支えた猛将「鬼柴田」はなぜ秀吉に敗れたか
続きを見る
-

信長の三男・織田信孝の生涯|秀吉に敗れて迎えた無念の切腹は“十字腹”だった?
続きを見る
-

黒田官兵衛は本当に天才軍師だったのか?59年の生涯を年表付きで解説
続きを見る
-

鳥取の渇え殺しと三木の干し殺し|秀吉と官兵衛が仕掛けた凄絶な飢餓の包囲戦
続きを見る
-

信長の次男・織田信雄は本当に愚将だったのか?信長の血を後世に残したその生涯
続きを見る
著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休
書籍版『戦国ブギウギ』です!
















