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【まんが戦国ブギウギ90話】
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末森城の戦い
◆家康と秀吉が尾張で地味~にジリジリしていた頃、北陸地方では大きな一戦が始まろうとしておりました。
原哲夫先生『花の慶次』で一躍有名になった【末森城の戦い】です。
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秀吉方の前田利家に対抗すべく佐々成政が立ち上がり、城兵約1,500の末森城へ15,000の大軍で攻め込みました。
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慶次との因縁
◆実は、前田慶次には「2人いた」説があります。
文化・芸術に優れた経歴を残した慶次と、武芸に秀でた慶次。要は、初代・2代目が同じ名を名乗り、それならお墓が2つある不思議も解消するというワケですが、それでも慶次の功績って怪しいんですよね。原先生のイメージがデカすぎて。
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ともかく末森城は守り切った利家でした。まつに叱られずに済みますね。
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著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休
書籍版『戦国ブギウギ』です!