まんが日本史ブギウギ

アフター本能寺~ヤマザキに響く秀吉の咆哮と思惑 日本史ブギウギ169話

2020/07/26

歴史に「IF」は禁物と言いながら、つい考えてしまいたくなるのが戦国時代。

もしも立花宗茂が関ヶ原本戦に間に合っていたら?

もしも秀吉が子沢山だったら?

もしも信長が本能寺に泊まっていなかったら?

そして、当の光秀本人も強く願った「IF」がこれであろう。

「もしも細川藤孝・細川忠興親子が味方してくれたら?」

細川親子と言えば織田信長にも重宝された武家の名門一族であり、光秀の娘・明智たま(細川ガラシャ)の嫁ぎ先でもあった。

光秀が蜂起したからには、当然ながら味方に……。

そう期待していたところで起きたのが秀吉による【中国大返し】であった――マンガ「日本史ブギウギ」第169話スタートなり!

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◆結局、細川藤孝&細川忠興親子は

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剃髪して喪に服すというリアクションで済ませ、光秀からの要請を断りました。

困りきった光秀は……。

 


迷走光秀

◆方々で助けを求める光秀ですが……。

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ヤマザキ

◆光秀と秀吉――両軍が向かい合ったのが京都南部にある山崎でした。

大坂から来て京都の玄関口ともいうべき位置。

光秀は満足な兵を用意できず、不本意ながらも陣を構えるのでした。

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アニィたかはし

漫画家。現在は武将ジャパンにて、まんが『大河ブギウギ べらぼう編』シリーズを連載中。 2014年より歴史漫画家として活動を開始し、2015年には連載作品をまとめた商業コミック『織田信長の戦国ブギウギ』(鉄人社)を全国発売。 以降、独自のポップ表現と歴史知識を融合させた「ブギウギシリーズ」を継続し、戦国・江戸・幕末など幅広い時代を題材とした作品を制作している。 2024年からは大河ドラマの各回を題材にした“ドラマ考証型マンガ”へと表現領域を拡大し、作品の幅をさらに広げている。 ◆主な著書 『織田信長の戦国ブギウギ』(鉄人社、2015年、ISBN:978-4865370324) ◆国立国会図書館データ https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/001200494

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