光秀や勝家との権力争いには武力で勝利し、家康相手には政治力・外交力をもって中央を制した豊臣秀吉。
その勢いのままに四国、九州を押さえ、迎えた最後の強敵が北条氏(後北条氏)でした。
北条早雲
北条氏綱
北条氏康
北条氏政
北条氏直
信玄や謙信を相手に関東エリアを制した、東国きっての切れ者大名たちは、秀吉なんぞに屈しない――。
そこで始まったのが「豊臣vs北条」の【小田原征伐】です。
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結果的に天下統一事業の仕上げとなったこの戦い。いかなる展開で進んでいったのか?
伊達家の思惑も絡んでカオスとなった……マンガ「日本史ブギウギ」第175話スタート!
第107代天皇
◆自身が関白になって公家を押さえるばかりか、皇室にも影響力を行使する秀吉さん。
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もはや天下の趨勢は確定しており、残るは東国――小田原城と東北となりました。
足利終了
◆【槇島城の戦い】で織田信長に京都を追放され、西国毛利へ落ち延びていた足利義昭。
実質、室町幕府は滅亡となり、以降も長く織田政権に対抗していましたが、ようやく重い任から解放されたと見るべきかもしれません。
嫡男誕生
◆長らく子供のできなかった秀吉、待望の嫡男!
豊臣鶴松――幼名は捨(棄・すて)となります。
「秀吉の実子ではないのでは?」
とは根強く囁かれることですが、家を守るのが第一の当時は“跡継ぎ”ができたということが非常に重要であり、ようやく秀吉もホッと一安心?
かと思いきや、当時は乳幼児の死亡率が非常に高く、鶴松さんも……。
小田原征伐
◆天下人目前といえども大義名分を疎かにしない秀吉の周到さよ。
実は、その背景には真田昌幸と北条氏のドタバタ【名胡桃城事件】などもあったりして、結果的に北条氏は一つの城をキッカケに追い込まれていきます。
この辺の駆け引き、争乱は、戦国期の総仕上げに相応しいドラマな展開でありますね。
詳細は以下の記事をどうぞ。
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北条親子
◆秀吉につくか、ケンカするか。
小田原城を守るなら、支城にも兵を配置して関東エリア全体で防御網を敷くか、あるいは小田原城だけに注力するか。
後に【小田原評定】とも揶揄されてしまうこのときの北条氏ですが、彼らとしても伊達家や徳川家に協力を期待したい思いもあり、何かと困難な決定だったのは仕方ないですね。
来ぬ援軍
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秀吉へ帰参するかしないか、粘りに粘ってもはやアウト!という寸前でついに小田原へ向かうのですが……。
太閤一夜城
◆秀吉との面会を果たし、結果、その威光に屈することとなりました。
生まれるのが20年早ければ?
とは、よく囁かれる話ですが、姻戚関係が複雑に入り組み、諸外国との交易圏も薄く、生産力の低い東北という土地柄では、現実問題かなりの夢物語でありましょう。
小田原決着
◆かくして戦国大名としての北条氏は滅亡。
秀吉の天下統一事業は実質的に相成ったのでした(このあと奥州仕置はあるけれど)。
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著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休
武将ジャパンで新感覚の戦国武将を描いた『戦国ブギウギ』を掲載!























