東北の戦国時代って地味ですよね……。
例えば、九州の覇者を賭けた【耳川の戦い】(島津vs大友)。
例えば、毛利が中国王者へのし上がる契機となった【厳島の戦い】(毛利vs大内)。
例えば、関東甲信越エリアでは信玄vs謙信【川中島の戦い】や北条vs関東勢の【河越夜戦】など、各地でド派手な合戦が繰り広げられ、多くの戦国ファンが胸アツになることも少なくないでしょう。
一方の東北。
あまり派手な戦いを耳にしませんが、それもそのはず。
冬が長く、寒さや雪が厳しい東北エリアでは、たとえ戦国時代といえども「相手をぶっ殺す! 全滅させるのだ!」という気合の入った戦いは少なく、そもそも周囲は親戚だらけであり、敵を殲滅する発想があまり無いのです。しかし……。
そこに風穴を開けようとして、自らドツボにはまっていったのが我らが伊達政宗さん。
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次々とケンカを売りまくって……マンガ「日本史ブギウギ」第176話スタート!
だて政宗
◆秀吉から出された【惣無事令】。
伯父の最上義光などは早くから中央と連絡をとり、豊臣政権への移行も柔軟にこなしていただけに、甥である政宗にはヤキモキしていたことでしょう。
政宗としても知らなかったワケじゃなく、とにかく会津が欲しかったんですね……。
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家臣団
◆ツッコミを入れる片倉景綱と伊達成実。
伊達家の躍進には絶対に欠かせなかった二人であり、政宗とは兄弟みたいなもんですね。
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戦場でも外交でも。政宗が綱渡りを続けられたのは、この両名あってのものでしょう。
父の説教
◆不穏な空気が流れていますね。
伊達家にとっても「世代間の権力争い」は、決して他人事ではない話。
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【天文の乱】という大騒動を引き起こしておりました。
果たしてこの二人は……。
目配せ
急報
粟の巣の変
◆政宗の父である伊達輝宗。
その死の真相は諸説あり、今なおナゾとなっています。
最も有名なのが「政宗が畠山義継と父を共に撃った」というものですが、逃亡中、畠山一派に刺殺されたという方が自然な流れのような気もしますね。
人取橋の戦い
◆小田原遅参と並ぶ政宗のピンチ!
何と言ってもそれは【人取橋の戦い】でしょう。
佐竹を中心とした連合軍34,000~35,000という大軍に対し、伊達軍はわずか7,800。
どう見ても勝ち目はありませんが、果たして……。
オレに構うな
◆政宗を救ったのは鬼庭左月と伊達成実でした。
鬼庭が殿(しんがり)を務めて討死し、成実もまた敵を引きつけて奮闘するなどして政宗を戦場から逃すことに成功したのです。
もともと東北では親類縁者が多く、とにかく敵をぶっ殺す!という合戦は少なかったのですが、「撫で斬り」と「会津侵攻」で政宗自ら過酷な道を手繰り寄せたようなイメージですね。
もちろん負けたままで終わらないのが独眼竜ですが……続きは次回!
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著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休
武将ジャパンで新感覚の戦国武将を描いた『戦国ブギウギ』を掲載!















