麒麟がくる感想あらすじ

麒麟がくる第23回 感想あらすじ視聴率「義輝、夏の終わりに」

2020/09/14

永禄7年(1564年)9月、 三好長慶死去――。

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畿内の勢力図が書き換えられる中、越前から上洛した明智光秀は将軍・足利義輝に「織田信長を連れてくる」と告げます。

しかしその信長は、美濃の国攻めにおいて国境の土豪に手を焼き3年。苦戦していました。

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光秀の使命はどうなるのか?

尾張に到着したのですが……。

「堅苦しいあいさつは抜きじゃ、面をあげよ」

信長はそう言う。他の人物と比べるとよくわかりますが、信長は、いきなり相手との距離を詰めます。

で、これが信長のめんどくせえ個性でもあります。本気で、心底、めんどくさいんですね。堅苦しい挨拶大嫌いなんでしょう。

信長がガーッと喋ります。

家老の林から、義輝の使いだと聞いている。

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御内書持参だともわかっている。光秀の挨拶もぶった斬ります。

そういう性格だから、周囲は疲れ切ってしまうんですね。

でも、信長はがんばり屋でもある。御内書に一応、頭は下げる。彼は彼なりに、礼儀作法は一生懸命把握して、覚えています。

そこを肯定して欲しいのに、誰も褒めないから、すねちゃってる。帰蝶に癒しを求めているのです。

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桶狭間の後、信長が「誰も褒めてくれない」と言ってたじゃないですか。そういうことだと思うんだなぁ。

ただ、信長が褒められない理由もやっぱりわかる。自分の都合ばっかりしゃべりますよね。光秀の言葉は無視して、美濃攻めが押したり引いたりで、てこずっていると一方的に話すのです。

普通は、光秀も今までどうしていたのかとか聞きますよね。それがまっとうなコミニケーション。信長はそれができない。

 


営業マン藤吉郎

光秀はがんばってプレゼンをします。

越後の上杉も、甲斐の武田も、上洛できない今がチャンス。しかし信長、モロに「興味ねえ」と顔に出しちゃってる。

染谷将太さんはすごい。

彼の信長って、永遠の子どもみたいなところがある。長い話が始まってつまらなくなった子どもみたいな顔をさっと出せる。即座に出せるのです。

軍議に呼ばれるとサッサと退席しようとします。で、信長はあいつと話せと、百人組の頭である木下藤吉郎を呼んでくる、と。

おもしろい男だそうです。現代ならば係長クラスなのに、接待を任されるところに注目ですね。

光秀も、信長ほどではないにせよ好悪が顔に出ます。嫌いなんですね。

「はは〜っ! 木下藤吉郎にございまする、以後、お見知りおきを」

おのれ……いや、佐々木蔵之介さんには何の怨恨もない。でも、はっきり言って、見た瞬間から嫌いになる。宿敵じみた奴だ。隣にこいつがいたら嫌だわ!

それだけ佐々木さんがすごいって話ですね。

クールで賢い顔を、これだけ下品でイライラする雰囲気にする。役者っていうのは、本当にすごいものです。

日本に今いる役者の中で、トップクラスだけを選りすぐってきたことが、この場面だけでもわかるような。おそろしいものがある。

佐々木さんは、秀吉にしては背が高くて美男であるとは言われていた。それがこんなに下劣な男になる。見ているだけで緊張してしまいますね。

藤吉郎は人たらし。こいつが現代人ならば何が適職であるか……。

広告代理店勤務みたいな顔しやがって! 居酒屋で飲んでる営業マンみたいな顔で、御膳セッティングをします。あなたをこの間見ましたよ、この前、あのワインバルにいましたよね!

そう言いたくなるくらい、生々しい存在感がある。

光秀は困惑気味に、酒を飲む気がないと断ろうとします。でも営業部の藤吉郎さんは聞かない。

汁は冷えていないかとかなんとか言ってます。ボトルキープは任せろ、って感じだな。

信長が藤吉郎を重用する理由もわかります。

信長と似たタイプの道三は、接待を捨て切っておりましたよね。下戸ではない。ただ、飲むにせよ、深芳野の部屋で飲む。

家臣は露骨に道三を嫌っていましたが、接待を度外視しすぎることも一因かもしれません。息子の斎藤義龍は、宴会してましたからね。

そんな道三を演じた本木雅弘さんは、NHK『プロフェッショナル』で「友達があまりいない」と、なかなか暗い素顔を明かしていました。

本作は、役者の中にあるものと、演じる人物像をすり合わせる仕掛けがあるとみた。演じる側も、自分の魂まで引き摺り出されるような感覚があって、気が抜けないと思います。大変なドラマだ……。

 


将軍義輝が闇討ちされるという噂

光秀はイライラしつつ、将軍の御内書の話をしようとします。

我が宿の花橘は散りにけり悔しき時に逢へる君かも

『万葉集』の雑歌(ぞうか)を、帰蝶に教わったと言い出す藤吉郎。彼はただの勉強自慢をしているのですが、歌の意味が深い。

私の家の花橘は散ってしまいました。もう少し早く、あなたに逢えていれば……

まぁ、藤吉郎は「ゾーカはわからない」とヘラヘラしているんですけどね。

光秀が、詠み人知らずの歌だと解説すると、藤吉郎は、帰蝶様から光秀のことを聞いていると言います。賢いお子であったと。

何気ない会話ですが、光秀と秀吉の相性が最悪で、宿敵になることは伝わってきます。

◆光秀はインテリ秀才タイプ!

・漢文知識が豊富。当時の最先端、実用的な教養です。

・きちんと見下すわけではなく、知識を相手に伝えます。

・雑談で特にリラックスしない。生真面目に用件をこなそうとします、

・褒められたところで、特に浮かれません。

・くどいようですが、光秀は帰蝶に特別な恋愛感情はないのです。だからその名前を持ち出されようと平常心です。

◆秀吉は営業マンだ!

・知識が曖昧だけど披露しちゃう。むしろそれが愛嬌で話のフックになると思っている。

・雑談大好き。そこから人の心を掴みに行く。

・基調の話題を出し、褒める。営業マンとして抜群のテクニックです。光秀には通じないけど。

藤吉郎は、彼なりの話術【アイスブレイク】(初対面の人の緊張をほぐすこと)が通じないと悟ったのでしょう。

「恐れ多くも、将軍義輝様が、近々闇討ちされるという噂ですが……」

ギラリと目の底に光を見せて、そう言ってきます。

営業マンから一転して恐ろしい顔になった……心臓に悪い。本作の三英傑は、ほんとにみんな違ってみんな怖い……。

◆信長:いきなりキレる。殺気を包み隠せないから、死にたくなってくる。パワー系の怒り。

◆秀吉:一転して怖い。今までのニコニコの裏に、殺気があったと思うと死にたくなる。勘弁して欲しい。

◆家康:時限式地雷原。相手に地雷を踏まれようと、微笑みで隠せる。相手が怒っていると気づいたときは、既に手遅れだ。

藤吉郎の口から出た恐ろしい話に光秀は答えます。

「噂でござろう」

「私もそう思うておりましたが……」

動揺する光秀に、藤吉郎は噂について説明します。

誰から?:六角家の某氏経由。確かな知らせである。

理由は?:幕府を勝手に動かし、政治が停滞しているから。将軍様はそんなお方ではないと光秀は言うけど、事実だから。

止められるのは?:首謀者。三好長慶の家老である松永久秀。黒幕だそうです。

噂って、現実世界でもたくさん流れているものですけれども。5W1Hのうち、いくつかの要素があれば信憑性はあがりますよね。

人間は、自分にとって都合の良い噂を信じたいもの。そのバイアスを外して警戒するべきだとも思います。

光秀は、藤吉郎の嘘に信憑性を察知し、困惑しています。

 

夢でしかまとえない義輝の甲冑

京の二条御所では――。

義輝が寝ています。そして起き上がり、こう聞きます。

「誰かある」

不気味な音がする中、「八幡大菩薩」と書かれた前に、甲冑が飾ってあります。

義輝は、光秀に対して朽木で語った「麒麟がくる」という言葉を思い出していました。

けれども、それは幻だとはっきりとわかる。

この場面は、夢か、現実か、境界が曖昧なのです。そんな場面にしか、甲冑が出てこないのが悲しい。

この甲冑は、キャストビジュアルで義輝が身につけています。若々しく、勇敢で、世を見据える将軍は、劇中には出てこないのです。

この回を迎え、義輝は常に半透明のような、どこか透き通っているような、生身の人間ではないような。そんな不思議な美しさを身につけてしまった。

短い人生の終わりを迎えつつあるからこそ、まとってしまった透き通るような美。そういう境地を演じ切る向井理さんが、ただただ悲しい。

 


覚慶に問う駒

さて、大和では――。

覚慶は今日も施しをしておりました。

そんな姿を、じっと見つめる駒。また明日ここに来るように告げて立ち去ります。

駒が追いかけてゆくと、覚慶は振り向きます。ちょっと警戒心を強めているようです。

「また来たのか。そなたも腹を空かせておるのか?」

でも、話すと親切ですね。

「以前お見かけして、今日もおいでになるのか気になって……申し訳ありません」

駒は何を気にしているのか。毎日施しをする理由でした。覚慶は、自分を待つ者を放ってはおけぬと答えます。

彼ならばわかってくれると確信できたのか。駒は医者の手伝いをしていると明かしました。

戦で怪我をして、病になっても、貧しくて、医者のところに来られない人が大勢います。

私の先生は、お金を払えない人でも手当てしますが、戦は絶えず、貧しい人は多く、私の知らないところで、たくさんの人が死んでいきます。

助けられるのは、目の前の人だけ……。

お坊様は、そういうことをどう思うのか、お聞きしたくて。

本作の駒は、早くから重要だと明かされていました。コロナ時代を反映していると過剰に考えることは、危険であると前置きしつつ、それでも駒の問いかけは、今を生きる新聞記者が誰かに投げかけてもいい言葉かもしれません。

さて、覚慶はどう答えるのでしょう?

 

罪悪感の緩和

「私も同じことを思う。あそこに集まるもの以外を私は知らない。私が施せるのは、わずかな者たちだけだ。仏のように万人に施すことはできぬ。私は無力だ……」

駒は、お坊様もそう思うのかと感慨深げです。

やはり麒麟がくる世にならなければ、世の中が豊かになることがない。駒は「麒麟」という言葉にハッとします。

誰もが見たことがない生き物。戦のない世に現れる。

父もよく、麒麟がくる世を作りたいと言っていたと覚慶は言います。将軍なのに、戦を止めることができなかったと。

私の兄上も、京で……と素性を語っており、ガードが緩いといえばそう。

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駒の出番はいらないという意見もありますが、彼女は物語のテーマを伝えてくれる実に貴重な存在です。

戦国時代を描いた漫画として、手塚治虫の『どろろ』があります。

『どろろ1巻』(→amazon

あの作中で、貧しいどろろの前で貴婦人が輿を止め、施しをしようとします。

するとどろろの父が激怒、その貴婦人を怒鳴りつけました。

どうして? 親切な貴婦人になぜ怒るの?

どろろの父は知っていたのです。武士どもが権力をめぐって戦うせいで、自分たちのような庶民が苦しめられる。その罪悪感を緩和するために、俺たちをダシにするんじゃねえ!

そう激怒していました。

 

手塚治虫は戦争を見てきたから、その惨さを知っている。

漫画にも、戦争をもたらした醜い人の心をどうしたって反映させてしまうのです。

覚慶にせよ、駒にせよ、そういうナイーブな【情】の力で動いてしまっている。けれども【理】で世の中を変えねば、人は救えないのだと苦悩しています。

今でもこういう葛藤はあります。

子ども食堂が一例です。ああいう善意による人助けは大事なものですが、子どもの貧困を根本的に救うためには、社会の改革が必要となるはずなのです。

それができるのか、どうか?

 

覚慶と駒の逃亡で見えること

覚慶はここで、あやしい者に気付きます。

さりげなく、駒に市まで一緒に来るよう頼みます。そのうえで、あとをつけてくる者がいるが、振り返らないようにと念押しして、逃走開始!

この逃走場面が、なかなか味があります。2年前、西郷どんが山の中を無意味に走る場面はいい加減にしろと毒づいたものですが、今年は違います。

走る場面を通して、当時の町を生きる人々の生活を映す。

竹を倒したり、手押し車を使うことで、おもしろいアクションとして見せてくる。

エキストラや小道具の用意だけでも手間暇かかるとは思います。

でも、こういうところで手抜きをすると時代劇はゆっくりとダメになってしまいますからね。すごく短くてどうでもよさそうな場面だけれども、私は嬉しくてたまりません!

それというのも、数年前の新春時代劇を思い出したから。

街の中を描く場面で、人はろくにいないし、車や馬が全然出てこない。太秦映画村を空っぽのまま映しただけのような、まるでゴーストタウンでした。

NHKの新春でこれって、もうこのままでは時代劇は滅亡するのではないか。そう思うと、新年早々どす黒い気持ちに沈んでいったものです。

美男美女が主演だろうが、それだけではドラマは回りません。『タイムスクープハンター』も終わったし、もうダメなのかと、悲しくて悲しくてたまらなかった。

でも、今年になって、やっと底から這い上がってきていると思えます。『柳生一族の陰謀』もよかったことだし。

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民衆の暮らしはつまらないなんて意見もある。

けれども、海外市場を考えれば、こういう動く屏風絵のような風俗再現はすごく大事なのです。

そこは譲れない。妥協しないでがんばってほしい。教材観点として見ても、本作は秀逸です。

 

すでに義輝排除で動いている

追手を巻いたのか、亀を見ることになる二人。覚慶は、この亀は千年は生きている、目の周りのシワを見ればわかると言います。

信じてしまった駒に「嘘に決まっておろう!」と言って笑うのでした。

この室町最後の将軍は、いい人なんだと思います。無能扱いばかりされていて気の毒な人物ですが、それだって後世のバイアスは当然入る。

信長目線になりきって彼を無能と言い切れるのであれば、それは信長の宣伝戦略が四世紀経っても成功しているってことかも。そういうバイアスを本作ははがしてゆく狙いを感じます。

ここで音楽に合わせて、舞う女たちが出てきます。

松永久秀夫人の服喪はあけたようです。駒も誘われて舞い始めると、覚慶の横に二人の男が立ちます。

細川藤孝と一色藤長です。

二人は厳しい声音で、一人歩きを嗜めています。

得体の知れぬ者がうろついていると警戒しても、覚慶は兄上の側衆だろうと嫌がっています。それでも藤孝は、兄には三淵たちをつけていると断固たる口調で言うわけです。

もうこの時点で、コントロールしにくい将軍と、困惑する側衆の姿が見えてきています。不穏さも隠しきれません。

それに藤孝は、ポスト義輝に向けて動いてしまっている。

観測気球なんて言葉もありますよね。何かが決まってから動くのでは、ちょっと遅い。一歩先んじることが大事。

とはいえ、露骨にそれをやられると不愉快ではある。

アメリカ大統領選のあとを見据えた動きが、現実社会でもいろいろと起きているわけです。現職の大統領がイライラする様子を見てもわかりやすいかもしれません。

 

自由に生きたい伊呂波太夫だから

駒が踊りを終えてみると、そこには覚慶はいません。

代わりに、伊呂波太夫が来ており、肩を叩いてくる。宿で待っていても戻らないから、探しに出たそうです。駒は大層よいお坊様がいたので話を聞いていたと返します。

ここで伊呂波太夫の態度がちょっと変わる。

「あ、そうそうお駒ちゃん、私にくれたあの丸薬ある?」

永久寺のお坊様にあげたいそうです。腹痛に効いて喜んでいたとか。駒は戸惑いつつ、京に戻ればまだ少しあると言います。

以呂波太夫は他のお坊様にも売れると販路を見出し始めました。

が、駒は戸惑っています。彼女には、医者にかかれない人にさしあげるものという理想があります。

「はぁ、だめだめ。安くても売るのよ! 作る手間賃取り戻さなくちゃ! お金のことは私に任せて京に戻らなくちゃ!」

そう目を光らせる以呂波太夫。これはよいヒロイン。尾野真千子さんを選んだ意味がますますわかる。

彼女が松永久秀の寵愛を拒んだ意味も見えてくる。

大和一の権力者の側室になれば、贅沢はできるでしょう。

きれいな着物に、おいしいご飯。ふかふかのお布団。でも、それじゃつまらない。

自分で生きて、稼いで、飛び回る生き方があっている。

シンデレラストーリーって、実はそんなにいいものじゃない。

寵姫となった深芳野は、全く幸せではなかった。

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籠の中の鳥になるより、自由に飛ぶ方が素敵だと彼女は示しています。

こういうヒロインが、今の時代にはふさわしいのでしょう。以呂波太夫も、レリゴーの女ってことです。

 

物の値打ちは人が作る

光秀は、多聞山城へ。

面会相手の松永久秀は渡来ものの焼き物の良し悪しを見ています。終わるまでしばしお待ちを。そう言われる光秀ですが……。

なんと、焼き物を割り始めました!

光秀は驚いています。

夕日を浴びて振り向く久秀は、これまた神々しいほど魅力的でもある。

「よう。しばらくぶりじゃの。入れ入れ、ははっ」

ここで久秀は説明します。

割ったのは、堺の商人が持ち込んできた、茶入れの壺だそうです。

田舎大名に名器と称して売り付けたい。しかし、同じ形のものがあれば値が下がる。わしの目でひとつ選び、残りは捨てる。

久秀は、焼き物の目利きと名が通っています。わしが名器と言えば名器。そう言い切ります。

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光秀は生真面目なので、今日参った理由を説明しようとしますが、久秀は「物の値打ち」の話をしているとカットイン。

物にはもともと値打ちがあるわけではない。物の値打ちは人が作る。

将軍の値打ちもそうじゃ、人が決め、人が作っていく。

ふさわしいと思えば値打ちは上がり、ふさわしくないと思えば値打ちは下がる。

下がれば、壊したくなる――。

 

他ならぬ大河も値打ちを左右させている

松永がおそろしいことを言い出しましたね。

大河ドラマで言っているのかと思うと、NHKがついに罪と向き合い始めたのだなと感慨深いものがあります。

NHKは、大河は、朝ドラは。己の権力にあまりに無自覚ではなかったか?

私はそう言いたいのです。

この久秀の言っていることはまさしく梟雄そのものなのだけれども、人間の心理と世の中の真理そのものだと思った。

それがし、大河ドラマには申し上げたき儀がござる!

というのも、大河の新作が決まると自治体の観光課が動き出し、銀行が利益の試算を出すわけじゃないですか。

大河で英雄として描かれればよい。でも、史実をねじ曲げてでも悪く描かれると、研究者にまで害が及ぶ。

『独眼竜政宗』の最上義光とか。

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大河ドラマには、人々の歴史観や、観光地の値打ちを左右する力を持っている。

しかも、特定の都道府県に偏る構造ができている。

全国一律に受信料を取っておきながら、こんなことはあってはいけない話だと、苦々しく思っていました。

お前は大河が好きかと聞かれたら、それはイエス・アンド・ノーだ。こんなふざけたものはそうそうないとは思う。でも腹が立つことに、本作のようなドラマはおもしろい。大河枠を潰せば、時代劇の寿命も縮まるからには、嫌いと断言もできない。

そしてここから先の久秀の言葉は、のたうちまわる苦悩にも聞こえる。

光秀は、それゆえ将軍義輝様を討とうとしているのかと問いかけます。

久秀は、そなたにとって義輝はこの壺だと語る。残すべき美しきものだと。

「ならば都から追い払う。それだけじゃ」

「なにゆえ!」

そう問いかける光秀に、久秀は周りをよく見ろと問いかけます。

 

そこにいたのは藤孝

どの大名も、将軍を支えるために上洛しない。

上杉、武田、毛利……幕府の者すら呆れている。三好長慶なくして抑えも効かない。

ならばあなたがすればいいと光秀が問いかけても、もはや疲れ果てたと力なく答える久秀。

わしの息子も、長慶様の御子息も、三好の一族も、のぞこうと動き出している。止める力はない。

光秀はそれでも、義輝様をのぞいたところで、棟梁たる将軍は必要だと訴えます。

「細川殿、入られよ」

ここで細川藤孝が入ってきます。

久秀とあれほど対立していたのにも関わらず、ここにいるとは……。

藤孝は苦しそうではあるものの、何から申し上げても無念の極みと言いつつ、語ります。

都の人心は義輝様から離れてしまった。この数年、幕府を見限る者が多く、藤孝も都を離れて次の将軍をお助けせねばならないのだと。

「次の将軍……」

「やむなく!」

眞島秀和さんがなまじ生真面目で気品があるだけに、苦渋の決断そのもので、辛い。残酷な話です。

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もう、光秀くらいしか、将軍としての義輝に期待をしなくなってしまった。

久秀はここでこう言います。

「値打ちは値打ちとして、美しいものはやはり美しい。息子たちには討つなと申しておる。案ずるな」

光秀は、何もできません。

苦悩が生々しく映える長谷川博己さんは、今週も悲しい鏡のような顔を見せています。すごい境地に到達してしまった。

久秀が「美しい」と言い切り、納得できるだけの存在を見せねばならない向井さん。

その説得力をどう出せというのか。悩ましいところでしょう。

久秀にしたって、美を鑑定する知性と感受性、そして物の値打ちを決める傲慢さを出さねばならない。

藤孝だって、彼なりに悩んだ苦渋の決断だとみせねばならない。

光秀は彼らの輝きを増す役目を果たす。

何もかもが綺麗に見える。これも大河の存在感問答だと思えば、奥深いものがあります。

近年急落した大河ブランドだけれども、放映中の作品は、壊すにはあまりに美しい。そうため息をついてしまいます。

 

「夏は終わった。わしの夏は……」

京の二条御所に光秀がやってきました。

「十兵衛近う、楽にいたせ。長旅ご苦労であった」

義輝はそう声を掛けてきます。尾張の織田が上洛しないことで相手を責めたりはしない。

「やむを得ぬ、皆戦に忙しいのじゃ。もはや和議を命じても誰も応えぬ。都がこれほど寂しいところとは知らなかった。今朝起きて、風の音に驚いた。古の歌の通りじゃ」

秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

「夏は終わった。わしの夏は……」

短い人生の、終わりを悟った義輝。剣豪将軍のイメージにしては細いと言われた義輝ですが、狙い通りでしょう。

滅びゆくものの儚さが、そこにはあります。光秀はたまらず叫びます。

「上様!」

「十兵衛、越前へ帰れ。短くはあったが、ようわしに仕えてくれた。礼を言うぞ。欲を言えば、もそっと早うに会いたかった。遅かった!」

「上様、私も!」

「遅かった……帰って朝倉に伝えよ。将軍は息災であると。こののちも、生ある限り、幕府を支えて見せると。十兵衛、また会おう」

夏の終わりにしおれる花橘のような身。

『万葉集』の雑歌を詠んだ誰かのように、己が散りゆくことを嘆いている、そんな将軍。

花橘にたとえられるそんな男性って、なかなかいません。向井さんは、花にたとえられても違和感がないからすごい。台本を読んで、どんな気持ちになったのだろう……。

彼が光秀に見せたかった姿は、キャストビジュアルのあの凛々しい甲冑姿なのでしょう。

武家の棟梁になりたかった。皆に見捨てられゆく中、光秀だけが、理想の棟梁としての姿を思い出させてくれた。また会おうというけれど、会えるとほんとうに信じていたのか。そのことはわからないのです。

 

東庵のケガ

駒は、都の東庵の家の前で悩んでいます。

あの喧嘩のことを思い出すと、帰りたくなくなってしまう。

そこへ茶の振売が、「一服一銭いかがかな」と通りかかります。

彼は駒を見つけ、家に入ればよいではないかと言ってきます。

ここしばらく顔を見ていないと不思議がる相手に、駒は東庵先生と喧嘩をしたと説明します。それで東庵が怪我をして大騒ぎしたときいなかったのかと、相手は納得しております。

なんでもおとといの明け方、盗賊に入られたとか。腕を折られ、金目のものを取られたそうです。

駒は慌てて中へ。

東庵はむすっと「湯をこれに入れてくれ」と碗を差し出します。

何もかも持っていかれた!

そう語り出す東庵。金も、服も、硯や墨まで全部――腕も痛くて、療治ができぬと嘆きます。双六で百貫負けて以来の大惨事だってさ。駒が生まれる前のことだそうです。

 

駒の丸薬まずは700袋

伊呂波太夫もやってきました。

腕がどうしたのかと聞かれると、こうきました。

「人間長生きすると、いろんなことがあるのだ」

堺正章さんはやっぱり絶品だな。

こういう間抜けでおもしろいことを、さらりと言える。ここで伊呂波太夫は、こう言います。

「駒ちゃんの作った丸薬がお坊様の間で評判になるなんて、思いもよりませんでした」

駒が戸惑っているのに、商談は動き出します。駒はあれだけ東庵にダメだしされたわけで、そりゃ複雑な気持ちでしょう。

しかし、営業部の伊呂波太夫は、これまたノリノリです。永久寺だけじゃない。近所の神社でも腹痛が治った。氏子に分けたいって。

駒は困惑し、困っている人にこそ配りたい、それに東庵先生はあの薬が嫌いだと言います。

しかし、伊呂波太夫は商売上手なのです。

◆駒ちゃんの丸薬販売計画

永久寺:5粒入り500袋

神社:200袋

合計:700袋

販売価格:10文

利益は?:7000文、7貫(約105万円)以上

販売手数料:2割

伊呂波太夫は、すでに手付金も受け取ってきていて、それを東庵の前にぶらさげる。

駒は困り切っていますが、伊呂波太夫は有無を言わせないところがあるし、東庵にしても「米がいる、味噌がいる」と乗り気で断れないんだな。

とりあえず700袋を作ることになりました。

「とりあえずじゃ」

そう念押しするものの、どうなのでしょう。

駒の人生も一歩進みました。換金できる商品作りを覚えたのです。

こういう目線、勉強になりますよね。

かつては『信長の野望』だけでなく『太閤立志伝』もあったっけ。今はもう『タイムスクープハンター』もないことだし、こういう庶民目線の歴史を見る目も鍛えなくては。

主演のハセヒロさんの苦労はもういうまでもありません。重圧、アンチの声、革新的な像を描く。そういう意味において、駒は煕子や帰蝶以上に大変だと思います。

門脇麦さんには、がんばって欲しい。これほど「応援している」ことを伝えたくなる人も、そうそういません。

駒は、十年後に大河枠が生き延びられるか、左右するような。そんな重要なヒロインだと思うのです。

サイドストーリーだって大事だし、このドラマは東洋医術を重視視している。根幹としてじっくり見るべきパートではないでしょうか。

そして駒は、本作で最も過小評価されているとも感じます。駒さん、がんばれ!

 

きれいな器に、澄みきった水が注がれたような

越前に戻った光秀は、家の門に触れています。

「夏は終わった、わしの夏は……」

そう将軍の言葉を思い出す中、牧の透き通った歌声が聞こえて来ます。

長女の岸が、花に水をあげています。煕子はたまの髪を梳いている。

侍女の常がきづきました。

「殿がおかえりでございます!」

光秀は岸に向かってこう言います。

「ただいま帰りました。長らく留守をいたしました」

なんというハセヒロさん。その魅力が、今、頂点に到達した。そういう境地を見た気がする……。

まだ幼い娘に、こういうことを丁寧に言えてしまう。本心なのか、ふざけているのか? どちらにも見える。

ただただ端正で、丁寧で、光秀には、彼の価値観と世界がある。

理解できない人にはわからない世界。スケールが小さく、自分とその周辺の利害しか考えないことを「現実的」だのなんだの言い繕う、小賢しい意見にはうんざりだ。

天下や仁政のことを考えもしない。考えている光秀のような人物を「お花畑」とか「かっこつけ」と呼び、見下してはいい気になる。

そういう人物は、要するに「小人」と書いて“しょうじん”と呼ぶべきなのです。光秀は「小人」には理解しにくい人物です。

ハセヒロさんは、こういう演技をしてこそ。ある朝ドラのやけっぱちのゲス脚本は、罪深いほど不釣り合いだった。

今では、きれいな器に、澄みきった水が注がれたような、そんな爽快感がある。

ここで岸は父の帰りに安堵して泣き出し、光秀は、驚かせたのかと戸惑っています。

光秀の母も、妻も、彼を出迎えます。驚きを見せる煕子に、光秀はこう来ました。

「長く留守をした、ゆるせ」

光秀よ……本作の光秀って、ほんとうに生真面目で、誠実そのもの。

これをあてがきとして渡されて、ハセヒロさんはどう反応するのだろう?

自分の一番きれいなところを引き出してもらえて、満足感があるのか?

生真面目さゆえに、考え込んでしまうのか?

でも本作の、今週を書いている池端さんって不思議ですね。

女性の人物は、魅力的だけれど、むしろ地に足がついた理想像とは別のものを出してくる。

一方で、全員ではないけれど男性の人物は、人間離れした境地すら引き出してくるというか。男性のほうが「美しい」と言われることは多いと思います。出番が多いからでもあるのでしょうが。

 

野心を持たずじっとしておれ

ここで明智家は、朝倉家臣から金子(きんす)をもらっていたと明かされます。

御家老の山崎様から光秀も話を聞いているとか。

山崎様は榎木孝明さんだ。早く見たい。光秀は朝倉の殿とも話し、京のことを伝えてきたそうです。

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義輝様は、京都のことは全て思い通りだと、仰せられた。光秀は己に言い聞かせるように語ります。

国の外に振り回されるな。野心を持たず、この国にじっとしておれ。妻や子のこと、自分の家が一番よいのだと。

光秀は、庭に立ったとき、そうかもしれぬと思っていました。煕子も、そう思うていただいてうれしいと告げます。

そのうえで、尾張と美濃の激しい戦いについて語ります。今こうしていても、誰かが戦で命を落としている。そう考えると、辛うございます――そう語るのです。

「どの国からも、戦がなくなればよい。お岸やたまが大きくなったとき、穏やかな世であればよい。そう思うのです」

煕子はそう語ります。

大河にありがちなおちょくりとして「戦は嫌でございます!」というものがありました。

ヒロインがお約束。平和主義者アピールのように「戦は嫌でございます!」と言うというものです。

ふざけきった話です。

戦国時代の女性ならば、しみじみと、人が死ぬのは嫌だと思ったところで、実感のこもった話でしょう。

それをこうも軽薄な受け止め方をされるようになったのは、作り手の問題でもあるし、受け手の問題でもある。戦争や落命の実感が遠かったということでしょう。

そういう状況に、池端さんは怒りを感じられていたのかとも思う。自己批判、大河堕落への怒りの波動のようなものを感じる。

戦国大名になったら楽しそうだの。維新志士と恋愛するだの。歴史を向き合えば、そんなものはただの悪夢でしかないとわかりそうなものです。

そういう意識が薄れて、歴史も楽しいコンテンツになっていった。そこをひっくり返して、生々しい血の臭いや、苦痛を取り戻そうとしている。そういう気合を感じる。

だって池端さん、お父様の戦争体験を本作についてのインタビューで語っていましたから。戦争は美化したらいけないものなのだという意識を強く感じました。

そして永禄8年(1565年)5月――京で一大事件が起こります。

三好義継率いる軍勢が、二条御所を襲撃したのです。

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MVP:駒

義輝は来週として……。

今週は教育にピッタリ、かつ最先端ヒロイン像の体現者、駒です!

時代が変わり、値段がつかねばそれまでだ。価値を決めるのは人である。そう松永久秀が語っていましたが。実は駒こそ、高値がつく。そういうヒロインです。

どうして? それは今、世界的にドラマで地殻変動が起こっているから。その鍵は【ジェンダー】です。

今、韓流ドラマが大人気です。

「どうせイケメンが好きなババアが見てるんだろ?」

「記憶喪失、ありえない恋愛……古臭い話が好きなんでしょ?」

そんな偏見もありますが、そう単純な話でもありません。

◆「愛の不時着」なぜ人気 今らしいジェンダー視点に注目:朝日新聞デジタル (→link

むしろ【ジェンダー】の新しさが受けている。NHKは、韓流ドラマの動向くらい知らないわけがない。

ここ数年、やっとそこでの更新が始まっています。大河にそれが及びました。

問題は、視聴者の意識が追いついていないこと。

今週の駒の丸薬関連は、フェミニズム教育教材になりそうなくらい、高いレベルの話でした。

駒は自分の理想のために、丸薬でお金を取ることを嫌がっている。けれども伊呂波太夫と東庵は前のめりです。

駒の丸薬の処方は変わらない。医者としてあんなものは危険であると東庵が心底思っているのであれば、販売はむしろ断固阻止すべきところですが。

でも、そうしない。さて、なぜでしょう?

答えは簡単、マネーです。金を稼げるから!

女のやることは金にならないと、古今東西ずっと言われている。ハリウッドスターですら、女優は男優よりギャラが安い。アスリートですら、そう。

金の力は、発言力につながる。

それを人間は知っていて、女に経済力、金を稼ぐ力をつけないようにしてきた歴史があります。

愛情に金をつけるのは下劣だの。女は父や夫に養われるからだの。女は無能だの。女は弱いだの。さんざん理由をつけてきました。

典型例が医大女子学生差別問題です。

長時間労働だのなんだのもっともらしい理由はつけてありましたが、医療分野でも地位が低くて、賃金も安い看護師や介護職には女性が多いものです。

そんな世界の中で、駒は金になる力を身につけてしまった。

そのせいで、周囲の見る目も変わった。

露骨なのです。

駒を憐んでいた周囲が、ギラギラしてきました。これぞまさしく、女の目に映る世界ってやつですよ。

だからこそ、駒は叩かれます。

駒がいらないという声を針小棒大に取り上げるネットニュースが、毎週のように花盛り。【叩いてもよい小賢しい女枠】に入りました。

叩いている側は、教科書に名前が載っていないキャラなんて出す必要がないとか、歴史劇鑑賞としてどうかと思うだの、ウダウダグダグダ言い募りますが、話は単純です。

グレタ・トゥーンベリさんにせよ。BLMを訴えた大坂なおみさんにせよ、やたらと叩かれる。

大坂さん、おめでとうございます!

◆大坂なおみ「棄権」に専門家が見解「別の方法でも」(→link

◆ 大坂なおみの人種差別抗議に国内外で温度差 スポンサーの微妙な事情 - 毎日新聞(→link

◆ 大坂なおみ、新スターとしての地位を確立 人種差別にも抗議(→link

技術、強い意志、そして自分の意見を持つ女は、叩きたくなる。周囲が叩いているのを見て、乗っかる。そういうのはもう終わりにしましょう。

古臭い【ジェンダー】視点に迎合した結果、大河は悲惨な目にあっていることを思い出しませんか?

「松下村塾に、おにぎりマネージャーとして吉田松陰の妹を配置する。萌え〜やっぱり男は、こういう女の子が好きなんです。で、松下村塾をイケメンまみれにする。これで女心もバッチリつかめます!」

そういうバカな実験の成果が出ているわけじゃないですか。

駒はあの文ちゃんとは違う。真逆です。あの毒おにぎりマネージャーから遠ざかるヒロイン像ならば、諸手を挙げて歓迎するしかないと思います。

駒がこういう造型だからこそ、駒嫌いな人の理由は明らかでしょう。もの言う女が嫌いなんですね。

ただ、少しは考えた方が良いと思います。現代社会は「もの言う女に怒り出す了見の人を求めていない」ということを。

サントラ二枚目には、ずばり「強き女たち」という曲も収録されています。

 

総評

先週は放送休止でした。残念なようで、そうではないと思えます。

公共放送です。災害情報がドラマよりも優先されるのは、至極当然のことです。公共の利益にかなうことを追求する姿勢は、正しいことなのです。

公共放送がいたずらに利益誘導をしていたら、麒麟は現代の世にも訪れないでしょう。

休止期間を経て再開し、本作はますます奥深いものが見えるようになってきました。ちょっと考えたいと思います。

◆東洋医学(→link

本作の駒と東庵のやりとりを見て「コロナの時代を反映した」という感想も多いようです。

感想は自由なものですが、あまりに無根拠かつ邪推をして、鑑賞にまで悪影響を及ぼしかねないものは、正直なところどうかと思います。自戒もこめて。

駒と東庵が医者であるという設定は、コロナ流行以前の初期からあったものです。

彼らが医学の話をしても無理はありませんし、本作はメインプロットに東洋由来の思想や医学がからめてあります。

そういうキャラクター設定の根本的なところを描いただけで、コロナでプロットをねじ曲げたと言われるとすれば、それは大きな誤解ではないでしょうか。

ついでに言いますと、朝倉義景と光秀の距離の取り方は、当時あった貴人に対するマナーの範囲であって、これもコロナとは特に関係がないと思います。

時代考証をして入れたような描写でも、

「コロナを意識しているんだね、ソーシャルディスタンスだ!」

なんて言われてしまったら、たまったものではありません。

ついでに言いますと、疫病が大問題になることは歴史上しばしば起こっていることです。そこに戦争と政治不安や戦争が重なると、被害が拡大するのです。

・戦争での負傷者治療と疫病が重なると、医療体制が崩壊する。戦病死の方が脅威となった例は多い。

・行軍による兵士の移動は、病気を拡大する。

・インフラの破壊、兵糧徴発による摂取カロリーの低下は、病気を蔓延しやすくする。

光秀が麒麟を呼び寄せたいと願うことは、綺麗事でもなんでもなく、人命がかかっているのですからごく当然のことです。

人命がかかっていることを「綺麗事」だのなんだの言い募ることは、端的に言って外道の極み。人心荒廃の極みで、そんなことを言っている誰かの元には、麒麟は来ないことでしょう。

地元を戦乱に巻き込み、最期までニタニタしていた西郷どん。

彼のせいで当時の日本には疫病が蔓延しました。

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コロナの時代に、そういう観点をふまえてあの駄作をリメイクするのであれば、大いに意義があるとは思います。まあ、やらんでしょうけど。

◆陰キャvs陽キャ

今回は、本格的に秀吉が登場しました。

三英傑が全員揃い、かつ光秀と対峙したことで、本作の特性がまた一段と深まりました。

◆【麒麟がくる】宿敵秀吉考(武者)(→link

秀吉は、近年のNHKが明瞭に掴むようになってきた人物像の描き方が出ていると思えます。

長々と指摘していますが、本作の秀吉は広告代理店手法がピタリとあてはまる。『気まぐれコンセプト』男なんですよ。

昭和や平成において、クラスや職場で人気者になるタイプ。

何がそんなに恨みなのかと我ながら考えてしまいましたが、こういう秀吉タイプが好きか嫌いかと言われると、断固、好きにはなれないと改めて思います。

もう、見ているだけでイライラする……近寄りたくない。ここまで見ていて腹たつ人物、大河でそうそういないような……いや、昨年やそのちょっと前にいたかな。

いやいや、そうじゃないのです。雑にひどい造型をしていて、笑ってしまうほど無惨な人物ではなくて、丁寧に作り込まれた自分の天敵系の人物だから、腹にパンチを喰らうようなピンポイント不快感が常にあるというか……苦手です……。

でも、佐々木蔵之介さんの演技も演出も、そして脚本も極めて高いレベルにあればこその不快感ではあるのです。

◆ワインの値段は人が決める、大河の価値も

松永久秀の「物の値段問答」も怖いものがあったし、ストンと腑におちるものがありました。

ここ数作のNHK朝ドラマで、高いワインの話も出てきましたけれども、ワインがまさに題材として相応しい。このレビューでもしつこいくらいに何度もしています。

ワインなんて原材料はブドウで、元値はそんなに変わるわけでもない。

それでもソムリエが味を語り、ビンテージとして価値がつくと、ぐっと値段が跳ね上がる。

けれどもブラインドテストをすれば、値段と評価が比例するわけでもない。

高いワインは、要するに満足感やプライド、ラベルのためにお金を払っているという話なんですね。

本作の値段問答のなまなましさ、緊迫感は、ドラマの作り手自身が、もう大河ドラマブランドなんて通じないと思っているあらわれのようにすら思えました。

海外ドラマ鑑賞の垣根が「VOD」の普及によりますます低くなってゆく。

コロナにより、大河と観光の結びつきが一層弱まった。

一年限定の大河よりも、もっと長期的に観光振興につながるコンテンツが増えてきている。

そして出演者不祥事により、お蔵入りになった過去作品がある。ついこの間もありましたね。

大河の置かれた状況は、義輝同様、コントロールができずに、光を失う状態に陥っています。

池端さんのような方が、この状況を見て、どういう気持ちなのか?

私ですら「いたたまれない思い」と「ざまあみろ、わかりきっていただろという思い」が入り混じっている。

ましてや関わった人ともなれば、どれほど複雑なものか。

十年先まで、この枠を残せるのかどうか?

◆2030年に大河はあるのか?(→link

クソレビュアーはよく言われる。大河への愛が足りないだのなんだの。

確かにそんなものは捨てた。義輝のために上洛しない大名みたいなもので、光秀みたいに素直に大河枠そのものに向き合う気力なんて、正直もう枯渇しかけている。

で、それの何が悪いのかという捨て鉢な気持ちは大いにある。

だって自業自得でしょう。

大河ブランドを守る努力を真剣にしたのかどうか?

日本の歴史ドラマの棟梁はどうなってしまうのか?

来週のタイトルが「将軍の器」で、新将軍候補者が生き延びる望みを切々と予告で語っていることが、このうえなく真剣なものに思えました。

NHKという幕府は、滅亡か、存続か? そういう位置におりませんか?

ここから先は、大河と関係があまりないので、おまけとします。

 

おまけ:告知とご案内

NHKは歴史に対して不誠実で、嘘つきだと、また証明されました。

◆「シュン」の日記主、NHKに不信感 認識に食い違い:朝日新聞デジタル(→link

ここまで来たのか。

そう言いたいところですが、それはそうなるだろうという気持ちが湧き上がってきます。

おにぎりマネージャーで、松下村塾の武器隠匿、爆発物密造、老中暗殺計画をごまかそうとした2015年。

真田幸村没後400年というアニバーサリーイヤーに、おにぎりをぶつけてきたあの年。

花でも覚悟でもなく、大麻が燃えてお蔵入りですか。

そして明治維新150周年に、ニタニタとふとましく笑い、新しい時代のためならば江戸を火の海にすると言い張っていた西郷どん。

朝ドラも、2013年以降、大阪は京阪神実業家宣伝キャンペーンに突っ込む。

薩摩閥政商・五代友厚の不祥事を「マスゴミの捏造だ!」と描いた2015年。

問題山積みの吉本興業をクリーンアップした、2017年。

台湾人の発明を「日本人妻の天ぷらあってのものだ!」と捏造しきった2018年。

2019年大河と2020年上半期朝ドラは、露骨なオリンピックいけいけキャンペーン。

これだけ看板番組で歴史捏造をやらかし、それでもメディアコントロールすればなんとなく流されると証明されたのであれば、NHKが人心掌握、操作ができると自信満々になったとしても、まったくおかしな話とは思えません。

なんの因果かドラマレビューなぞやるから手口が見えてきた。

孫子』にも書いてある。

夫(そ)れ兵形は水に象(かたど)る――

って。水の流れのように、誘導すればその通りに動く。

受信料とドラマを作って、そういう道筋を作った。何かやらかそうとしたところで、それは無理のないところです。

別にNHKを解体する必要があるとは思わない。NHKをおかしくしている層を入れ替えれば済むことです。

民放がいいとも思えないし、日本のテレビ局を全てなくすことも現実的ではないとも思います。

最近はVODや海外のネットニュースばかり見ている自分が言えた義理でもないけれども。

朝ドラも、大河も、そういうファンの嫌なノリは蔓延していると理解できてきました。

女性脚本家、女優、劇中のキャラクターの言動を叩き、そういうネットの声を雑に拾い、メディアが「ネットでは」「賛否両論」「ホニャララがああだこうだなワケ」みたいなお決まりの言葉を使ってニュースをつくり、アクセスを稼ぐわけです。

そんなものを読んだところでドラマへの理解なんか深まるわけもない。

でも、仲間内で盛り上がるエコーチェンバーの快感があるから、ハッシュタグをつけるなり、どこかの掲示板に行くなりして、同じ話題で何の進歩もなく、ぐるぐる回り続けると。

そういう生産性に疑念が生じる世界でも、気分がよくなってアクセスを稼げればよいのでしょう。

大坂なおみ選手を見ていて、私なりにふっきれてきた。

世界的プロテニスプレイヤーと、クソレビュアーを比較するのもおこがましいのですが……。

私も、彼女の気持ちは理解できます。

この仕事をしていて、大河や、今はもう終わった朝ドラレビューについて、いろいろなことを言われました。

ファン心理に寄り添えとか。私が好きなドラマを貶すなとか。私の推す役者が出ているドラマだ、役者をかわいそうだと思わないのかとか。

でも、私なりに基準があります。

私が大嫌いな朝ドラに『まんぷく』がありました。

あれは主人公夫モデルが台湾系華僑であったことを消し去り、日本人にしました。

苦し紛れの理由は、日本人相手へのわかりやすさだのなんだの、そんな話でした。

それって、日本人には台湾系華僑は含まれないという、差別ではありませんか?

どんなにあのドラマがおもしろかろうが、それは人種差別ではありませんか?

そういうドラマを肯定的に見ることは、私にはできません。その手の不義には、加担できない。

オリンピック応援が背後にあることが明白な2019年大河にせよ、現在放映中の朝ドラにせよ。

東京五輪がコロナ以前に、熱中症や水質汚染による危険性を度外視した大会であったことを考えれば、こんなものを応援することはできかねます。

そういう自分なりの問題意識を発揮することが、プロ意識の欠如であるのであれば、全く私とはプロ失格そのもの。ライター適性なんて、ゼロということでしょう。

ライターとして失格だと理解していますので、noteでもやってみることにしました。

そういうクソレビュアーなりの意識を発揮するために、広告収入ではなく、もっと直接的な売文をできる場を借りたということです。

『麒麟がくる』にある背景。それから見られなくなったあの大河を振り返る記事もございます。

現在は無料ですが、私も霞を食っては生きていけない。

いつまでそうか、わからない状況だとご理解ください。

SNS投稿を切った貼ったするものだけではない、そんなドラマレビューを見る機会があるのであれば。

生意気なクソレビュアーでも、小銭を投げれば踊るところを見たいのであれば。

以下のnote記事にアクセスしていただければ幸いです。では!

◆武者のnote


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【参考】
麒麟がくる/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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