小石川養生所と小川笙船

まんが日本史ブギウギ

赤ひげの小石川養生所は「目安箱」から!まんが日本史ブギウギ196話

こちらは2ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
小石川養生所と小川笙船
をクリックお願いします。

 

お好きな項目に飛べる目次

養生所

◆小石川養生所は享保7年(1722年)12月にスタート。

施設はなかなか立派で、

・病人長屋
・薬煎室
・薬部屋
・薬調合室
・役人詰所
・中間部屋
・台所
・物置

などから成っていました。

当初の収容人数は40名ほどでその約10年後には117名にまで病床数が増加。

以降、江戸時代を通じて運営され、明治時代になって廃止されました。

 

現場視察

◆徳川吉宗と言えば新田開発!

関東では「伊奈流」と呼ばれる開発技術がありましたが、当時ほとんど手詰まり状態に陥っていました。

そこで吉宗が呼び寄せたのが地元・和歌山藩の井沢弥惣兵衛(いざわやそべえ)です。

承応3年(1654年)生まれの治水家で、和歌山藩で30年もその仕事を任されていた人物。

幼少から算術に長けており、土木技術で天賦の才を発揮していたところで、江戸へ呼び出されました。

学校の授業では、ここまで踏み込みませんが、吉宗さん、さすがですね。

てか授業でこういう話をすれば覚えやすいのになぁ~。

 

50/50

◆五公五民とか六公四民とか。江戸時代って、ほんと搾取されすぎ……。

と言いたいところですが、現在の税率も、社会保障費やその他の必要経費を考えたら、人によっては五公五民ぐらい余裕でいっちゃってますね。

※続きは【次のページへ】をclick!

次のページへ >



-まんが日本史ブギウギ

×