小石川養生所と小川笙船

まんが日本史ブギウギ

赤ひげの小石川養生所は「目安箱」から|まんが日本史ブギウギ196話

2021/03/13

政治改革!だなんて叫んでみても上手くいった試しはない。

どうせ政治家のパフォーマンスでしょ┐(´д`)┌

歴史を振り返れば【江戸の三大改革】だってそうじゃんね……と思われがちですが、その中で比較的成功したと言えるのが【享保の改革】であり、大きく変わったシステムが取り入れられました。

【目安箱】です。

庶民からの意見を将軍様が直接見る――超画期的なこの政治改革。

あまりに話が出来すぎていて、どうせこれもパフォーマンスなんでしょ……と断じられそうですが、実際にいくつか変わったこともあるのをご存知でしょうか?

本日はそのうちの【小石川養生所】に注目!

貧しい人々を診察・治療する無料の病院で、小川笙船という町医者の提言により始まりました。

それは一体如何なるものだったのか……マンガ『日本史ブギウギ』第196話スタート!

 


赤ひげ

◆小川笙船は寛文12年(1672年)生まれ。

町医者かつ漢方医で小説『赤ひげ診療譚(著:山本周五郎)』(→amazon)の主人公モデルとして知られますね。

 


採用通知

目安箱の存在を知った小川笙船は享保6年(1721年)、幕府に『意見書十七条』を提出。

そのうち「施薬院を設けて貧しい病人を救う」という意見を幕府が採用されました。

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肝煎

◆小川笙船のアイデアが実現化。

ただちに小石川薬園内に施薬局が設置され、それが【小石川養生所】となりました。

ちなみに「肝煎」とは、こうしった施設の「長」を表す言葉でもあったりしますね。

小川笙船は息子の小川丹治と共に世話人(肝煎)に命じられて、後に家やお金も貰い、さらには幕府公認の医者に……という話もありましたが、高齢を理由に断っています。

実際は金銭や名誉を目的として始めたものではないのでしょう。

 


養生所

◆小石川養生所は享保7年(1722年)12月にスタート。

施設はなかなか立派で、

・病人長屋
・薬煎室
・薬部屋
・薬調合室
・役人詰所
・中間部屋
・台所
・物置

などから成っていました。

当初の収容人数は40名ほどでその約10年後には117名にまで病床数が増加。

以降、江戸時代を通じて運営され、明治時代になって廃止されました。

 

現場視察

◆徳川吉宗と言えば新田開発!

関東では「伊奈流」と呼ばれる開発技術がありましたが、当時ほとんど手詰まり状態に陥っていました。

そこで吉宗が呼び寄せたのが地元・和歌山藩の井沢弥惣兵衛(いざわやそべえ)です。

承応3年(1654年)生まれの治水家で、和歌山藩で30年もその仕事を任されていた人物。

幼少から算術に長けており、土木技術で天賦の才を発揮していたところで、江戸へ呼び出されました。

学校の授業では、ここまで踏み込みませんが、吉宗さん、さすがですね。

てか授業でこういう話をすれば覚えやすいのになぁ~。

 

50/50

◆五公五民とか六公四民とか。江戸時代って、ほんと搾取されすぎ……。

と言いたいところですが、現在の税率も、社会保障費やその他の必要経費を考えたら、人によっては五公五民ぐらい余裕でいっちゃってますね。

 

像が来た

◆享保十三年(1728年)に来日したアジア象。

中国の商人がベトナムから長崎へ持ち込み、翌年享保一四年(1729年)には江戸城の徳川吉宗に会い、その後はなんと12年間も浜御殿(現在の浜離宮)で飼育されました。

※詳細は以下の記事をご覧ください

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後継者問題

◆将軍様と言えば、必ずセットで語られるのが継嗣問題。

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そもそも徳川吉宗が就任した経緯も特異だっただけに、

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自身の息子以降は安定化させたかったのでしょう。

そのために【御三卿】も設置。

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盤石の体制を敷いていきます。


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文:五十嵐利休

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アニィたかはし

漫画家。現在は武将ジャパンにて、まんが『大河ブギウギ べらぼう編』シリーズを連載中。 2014年より歴史漫画家として活動を開始し、2015年には連載作品をまとめた商業コミック『織田信長の戦国ブギウギ』(鉄人社)を全国発売。 以降、独自のポップ表現と歴史知識を融合させた「ブギウギシリーズ」を継続し、戦国・江戸・幕末など幅広い時代を題材とした作品を制作している。 2024年からは大河ドラマの各回を題材にした“ドラマ考証型マンガ”へと表現領域を拡大し、作品の幅をさらに広げている。 ◆主な著書 『織田信長の戦国ブギウギ』(鉄人社、2015年、ISBN:978-4865370324) ◆国立国会図書館データ https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/001200494

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