中国史のBLブロマンスイケメン

『三国志 Secret of Three Kingdoms』/amazonより引用

歴史ドラマ映画レビュー

中国史のBL事情ってどう?イケメン・ブロマンスと併せて真面目に考察

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中国史のBLブロマンス
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なぜ彼らは“特別な友情”を結ばねばならないのか? そして周囲は、なぜそんな二人を絶賛するのか?

ただの趣味ではありません。前述の通り、後漢が傾いたあと、人々は儒教以外の価値観を模索し始めたことは前述の通りです。

儒教では、性愛とはあくまで男女間のもの。そのことで子孫を繋ぎ、先祖の祭祀を絶やさないことが重視されました。

男性は陽、女性な陰。陰陽が互いを補うことこそ、健康にもよいとされていたのです。

この理でいくと、男性同士の同性愛は儒教的に正しくありません。

だからこそ、ポスト後漢の時代には「それって最高にクールじゃないか!」となってゆく。竹林の七賢のように、老荘思想を愛する時代の反逆者たちは、敢えてクールな性愛を求めました。

彼らなりの新世界と価値観を模索していたのです。

だからこそ、BLを求める男性同士が「すごく特別で素晴らしい!」とされ、その確認をした女性は「賢媛」と称賛されたということになります。

つまり、乱世に突入してゆく後漢の人物が、こう思ってもおかしくはないのです。

「俺はありのままに生きたいんだ……」

「もう、今までの価値観だけではよくない。俺たち二人で、新しい世を見つけよう!」

「……あの二人の友情は尊い。マジ推せる!」

いかがでしょうか。時代考証的に正しい、それが当時ににおけるBL、ブロマンスの世界です。

 

魏晋南北朝はイケメン正義でもあった

三国志』に慣れ親しんでいると、特に違和感がないかもしれません。

けれども、他の時代と比較すると特徴があります。

それは男性の容姿に関する言及が多いこと。あの人はイケメン、この人はいまいち。そういうことが頻繁に言われます。

本来、儒教には人は外見より中身だという道徳観があったものです。女性だって、夫から「うちの妻は見た目がちょっとねえ」と言われると、こう反撃できました。

「私は教養もあるし、家事もできるし、あなたを立ててもいる。それなのにあなたはルックスでしか女の価値がわからないんだ。へえ〜! つまんない男!」

そんな儒教が崩壊したのか。『三国志』の時代は男だろうと見た目でばんばんジャッジされる時代になったのです。

本人たちも認識していたのでしょう。孫策は自分と盟友・周瑜が美男子であることを認識していたと思われる言動をしています。

「橋家の姉妹は美人だけど、俺らイケメンコンビを夫にできたんだからいいよね!」

そう語る孫策は、自信たっぷりです。

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一方で、曹操は自分の見た目がイマイチだと自覚していたらしく、匈奴の使者相手にイケメン替え玉を使った話が『世説新語』に収録されています。

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そんな『三国志』英雄第一世代の子孫となると、さらにイケメン重視度があがってゆきます。

曹操の養子であった何晏(かあん)は、そんな時代の典型例でしょう。

中国史上でも珍しいメンズメイクが流行しており、何晏は白粉を持ち歩いていたともされます。手鏡で自分自身を映しては「ハァ……マジイケメン!」とうっとりしていたとか。

彼だけが特別でもなく、当時はこんな嘆きもあったとか。

「最近の若者は見た目ばかり気にしていかんな!」

こんなイケメン正義時代は、女性が男性の見た目を厳しくチェックしても許されていました。

そんな需要と供給が噛み合ったのか、当時は中国史最高の美男子がおりました。

周瑜ではありません。潘岳です。

親友の夏侯湛(夏侯淵の曾孫)もイケメンで「双璧」と呼ばれていたそうです。

古代中国文学では、イケメンのことをこう呼ぶことが定番です。

「マジイケメン、現代版潘安(※潘岳のこと、字が安仁)じゃね!」

◆古代中国美男四天王

・潘岳(はんがく、字・安仁、文学者、西晋、享年53)

・宋玉(そうぎょく、戦国、才能ある文学者、享年76)

・蘭陵王・高長恭(こうそんきょう、北斉、イケメン仮面王子、日本では一番知名度が高い、享年32)

・衛玠(えいかい、西晋、病弱儚い美青年、享年27)

なんと魏晋南北朝から三人もランクイン!

美女と比較しますと時代が偏っております。

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まさにイケメン時代ですね。

 

どうしてこの中で潘岳が頭ひとつ抜けているのか?

それは追っかけ伝説もあるのでしょう。

当時は女性もたくましく、男性は「本当に最近の女は、イベントだの推しだのチャラチャラしてダメだな!」と嘆いていたものです。

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女性たちは潘岳を出かけると、「ぎゃーーーーー!」と推しメンにざわつき、果物を車に投げ入れまくりました。そのせいで車が帰宅するころにはいっぱいになってしまう。

一方、文才があるのに顔がイケてないことで有名だった左思という人物は、「キメエんだよ!」とおばあちゃんたちに唾を吐かれまくったそうです。

ブロマンス最高、イケメン正義、女性はパワフルで追っかけができる。

まさしくBLに最適な時代でした。

 

誰かを愛することは、何かを尊ぶこと

もう言うことなしのようで、最後にもうひとつ、華流を鑑賞する上でのポイントに触れたいと思います。

かつてよく言われていた誤解として、こんなことがありました。

「東洋には、西洋のようにロマンスがない。恋愛がなく、ただ家族を維持するためだけに結ばれる」

一世紀前に当事者が自虐的に言うのであればまだしも、現代でそんなことを言うのは余計なお世話でしょう。

ヨーロッパの騎士道物語のように、騎士が貴婦人に愛を捧げるようなロマンスはないかもしれない。

それでも、東洋にだって恋愛をテーマにした作品は数多くありました。

キリスト教圏と異なる点としては、一夫多妻制を容認していることでしょう。

日本ならば『源氏物語』が代表です。

複数のヒロインがいるとなると、彼女たち個々人に個性や魅力だけではなく、概念や美徳も付与されます。

中国を代表する古典恋愛小説『紅楼夢』を考えてみますと……。

この物語のヒロイン論争は何世紀も盛り上がっています。

健康美と穏やかな性格を持つ、良妻賢母として理想的な薛宝釵(せつほうさ)か?

病弱で感受性豊か、浮き沈みが激しい。そばにいると疲れそうだけれど、儚げで純愛そのもののような林黛玉(りんたいぎょく)か?

妻にするなら薛宝釵だけど、理想の恋愛相手なら林黛玉だよね!

そんなことがずっと言われてきたものです。

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どんな相手を愛するか?

そこにはどうしたって重んじる価値観がある。そう比較できるのです。

現代の武侠ものでも、こうしたお約束は健在。

金庸の代表作『射鵰英雄伝』(しゃちょうえいゆうでん)には、主人公・郭靖(かくせい)の前に二人のヒロインが登場します。

チンギス・ハーンの娘であるコジンと、南宋で出会う黄蓉(こうよう)です。

黄蓉の方が圧倒的に出番が多く、迷う必要もないようですが、この選択肢には大きな要素があります。

コジンは元。黄蓉は南宋の象徴なのです。

郭靖がコジンと結ばれれば、チンギス・ハーンの娘婿として輝かしい将来が待ち受けています。

一方、南宋の黄蓉と結婚するということは、滅びゆく王朝のために戦うことを選ぶということを意味する。

郭靖は黄蓉への愛と、漢族としてのプライドを選んでいるのです。

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この『射鵰英雄伝』の続編である『神鵰俠侶』(しんちょうきょうりょ・日本語版は神鵰剣俠とも)では、主人公・楊過(ようか)が小龍女というヒロインと愛を貫きます。

小龍女は楊過の武芸の師匠であり、儒教規範では親のようなもの。タブーの愛なのです。

楊過は郭靖と黄蓉の娘を選ぶ選択肢もありながら、禁断の純愛を貫いて生きてゆきます。

ディズニー実写版『ムーラン』主演・劉亦菲の当たり役が、この小龍女でもあります。

中国語圏の女優にとって、この役を演じることは大きな夢。伝説のヒロインです。

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世間の見る目なんてどうでもいい。俺は、俺たちの愛を貫く――そんな楊過と小龍女のカップルは中国語圏で絶大な人気を誇ります。

愛する相手によって価値観を象徴することも、中国文学、そして華流ドラマのお約束です。

ちなみに『神鵰俠侶』主人公二人の愛は、『陳情令』の主人公二人にも大きな影響を与えていると指摘されます。

愛する相手が男女同士だろうが、同性同士だろうが、そこに愛と貫きたい価値観があるのであれば、それは美しいのです。

今、世界的にアジアのエンタメが注目を集めています。

その中にはブロマンスものもあります。

男性の中性的な美を愛でることが、斬新であると国境を超えて注目を集めているのです。

日本でもそんな作品は増えていますが、華流も熱い。そこには歴史的、文学的な根拠もあるから面白い。

ありのままにクールに愛を同性にも求め、イケメンが正義だった時代――。

話を盛ってない?

なんか嘘こいてない?

そう突っ込まれそうですが、史実なのです。

「『三国志』でBL? 何それ?」

そう突っ込まれても「史実です」と言い切れます。

何かと女好きにされる曹操にしたって、後世のフィクションのせいか、女がらみで失敗をするように思われがちですが、それはどうでしょうか。

彼は自作の詩では、ともかく賢い男子を求めてアピールしています。そういう情熱だと規定したところで、そう無理はありません。

最初に戻りましょう。

『三国志 Secret of Three Kingdoms』は考証的に正しい。

満寵がどれほどしつこく郭嘉を推していようが。

曹操が郭嘉を熱心に看病しようが。

荀彧が曹操に「もうあの頃の二人には戻れないんですよ!」と訴えようが。

司馬懿がスモークを焚きながら曹丕を出迎えようが。

それはそれで、ありなのです。そういう極めて高度なものだと思っていただいて結構です。

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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

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【参考文献】
フーリック『古代中国の性生活』(→amazon
神塚淑子『道教思想10講』(→amazon
岡崎由美『漂泊のヒーロー―中国武侠小説への道』(→amazon

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