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【ドラマ大奥感想レビュー第9回】
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後継のことに口を出すなぞ不遜ゆえに
新年を迎え、姫が三人並びます。
妹の宗武と千夜姫の二人が礼儀正しく挨拶する中、どもってしまって何もできない家す。
乗邑は、宗武は『論語』をそらんじ、漢詩も学んでいると言います。
吉宗が、自分は漢詩は知らぬが、春を読んだ詩が印象的だったと言うと……。
絶句 杜甫
江は碧(みどり)にして 鳥逾(いよいよ)白く
川の水は青く透き通り、その上で鳥はますます白さが際立つ
山靑くして 花然えんと欲す
山の新緑は鮮やかで その中で花は燃えるように咲き誇る
今春 看(みすみす)又過ぐ
今年の春もまた過ぎ去ってゆく
何れの日か 是(これ)れ帰る年ぞ
いつになれば、私は故郷に帰れるのだろう
すらすらと誦じる宗武に、吉宗はそんなものをよく覚えられると感心しています。
実際の吉宗もそうですが、実学は好きでも教養の類に興味は薄い。
吉宗は、将棋の腕をあげたそうだなと家重にも声をかけます。しかし彼女は固まったまま何も反応できない。
一体どうしたのか。大岡忠光が異変を察知し、家重を下がらせます。
すると、そこには粗相のあとが……。
険しい顔をする吉宗です。
家重は己を恥じて泣くばかり。食事の膳すら拒み、死んだ方がいいと泣きじゃくる。
「私のような役立たずにできるのは死ぬことだけだ!」
そう嘆く家重に対し、宗武を推す乗邑が、この失点を見逃すわけもない。お下のことも満足にできぬと、吉宗に世継ぎ再考を促します。
さらに乗邑は「私利私欲ではない」とも言い切ります。
宗武側近となって政治権力を得たいわけではないと弁明している。これを見る久通の目が氷のように冷たいことよ。
さらに乗邑は、そもそも家重にとって「将軍になるのは幸せなのか?」と、吉宗の親心を刺激するように問いかけます。
すると今度は久通が、急に早い口調で問い詰め始めました。
宗武にとって、将軍になるのは幸せなのか?
なぜそう思うのか?
宗武がなりたがっているのか?
そう言ったのか?
そう頼んだのか?
嫡子でないものを家臣が担ぎ出すのは謀反である!と、らんらんと目を光らせ迫る。
徳川のことを考えてだと乗邑が言うと、上様が徳川のことを考えていないのかと返し、不遜の極みだと断言する。
お世継問題はどうやら久通を刺激しまくるようですね。
吉宗がからかうように「(乗邑は)チビっておったのではないか」と言うと、久通は、幼い頃のことを話し始めます。
このとき、久道は確信したのです。己のことより家臣のことを思うこの方こそ、上に立つべくしてお生まれになった方だと。
そして世継ぎについて、久通が意見を述べます。
家重でも、宗武でも、千夜姫でもいい。周りの者に報いたい、天下万民のために報いたい。そのために上に立ち、命をかけよう――そう思う者を選べばよいのだと。
「この国を滅ぼさぬために」
「久通……」
そう語り合う君臣。
感動的な場面なのですが、それゆえにか、久通の矛盾が見えてきます。
久通は自分自身が天命を受けたように、吉宗こそ上に立つべきだと判断した。
それなのに、同じことを乗邑がすると怒る。そんなことは許さないと強硬な態度をとる。
天命を読み解く者は己一人である――そんな強烈な自負心を感じます。
そして彼女は、自分が選んだ吉宗こそ正しいのだと、証明するために忠義を尽くしているように思えるのです。
柳沢吉保とは異なる、一歩進んだ強烈な忠誠心が見えてきました。
磨き抜かれた珠のように美しいようで、どこかおそろしい。そんな心を持つ久通です。
生きて役立ちたいのだろう?
吉宗は杉下から、宗武の伝言を聞いています。
世継ぎになる重荷ゆえに粗相してしまい、酒色に溺れている。そんな家重を理解して欲しいと。
杉下は、宗武にも心を寄せます。自分の方が優れているのに後継になれないことが不満なのだろうと。
するとそこへ大騒ぎしながら、龍が上様に目通りしたいとやってきます。
吉宗が一括し、龍と面会。
杉下が即座に立ち去る、その折り目正しさが素晴らしい。
龍は家重に面会して欲しいと訴えます。
今回のことで気落ちし、己のようなものはおらぬほうがよい、役立たずだから死んだ方がいいと悩んでいるのです。
母を心から敬う家重に、声をかけるだけでも救われると訴える龍。
吉宗は考えています。
酒を飲んでいる家重が龍を呼ぶと、代わりに吉宗が入ってきました。
対面する母と娘。将棋盤に向かいます。
吉宗は家重の強さに驚いています。家重は得意げな顔をした後、モゴモゴと謝ります。
「謝るな! 勝負ごとに親も子もあるか!」
吉宗は、家重をバカだと思ったことはないと言います。そのあかしはこの将棋盤見事な手だと吉宗も見抜いています。
しかし、その秀でた頭でも世の困りごとは片付かないと語る吉宗。
米の値。物の値。不作や天災。赤面。
吉宗も手を打つが、失敗することもしばしばだと打ち明けるように語りかける。
「己の無力と向き合わされ、投げ出すことも許されず、時として世の恨みまで買う。将軍とは、まことのところさような役回りじゃ。耐えられるか、家重。それでも人の役に立ちたいと思えるか?」
「わ……私には政などとてもできませぬ!」
「それはまことの思いか!」
役立たずなら死にたいと思っていた。それは裏返せば生きるならば人の役に立ちたいということ――吉宗はそうひっくり返して見せました。
心の奥底では人の役に立ち、それを己の生きる意味とすることを求めているのではないか?
そう問われると、家重は杜甫の「絶句」を暗唱して見せます。
わかっていたけれど、みっともなくて声も上げられなかったのだと。
そんな意気地なしだと自嘲しながらも、こう問いかけます。
「それでも……そんな私でもできますか? 誰かの役に立つことが」
吉宗は立ち上がり、そっと家重を抱きしめます。
「跡を頼めるか? 家重」
泣きじゃくる家重。控える小姓も涙がこぼれます。
こうして家重が将軍職を継ぐことになったのでした。
名君とは何か?政治が成熟した時代へ
今回は吉宗がいかに理想の主君であるか、それがわかった回でした。
家光は、大奥の始まり。個人の心情を消化せねば前に進めない。
綱吉は、君主として理想の政治を実践しようとしつつ、挫折する様が描かれました。
吉宗は、いよいよ名君としての政治実現へ大きく踏み出します。
赤面疱瘡との戦は負けたとはいえ、リーダーシップがいかに優れているか、キビキビと描かれました。
歴史ものというのは、理想の名君を見る喜びもあります。
スケールが大きく、立派な名君でした。
その背中にいる加納久通が、実に重要な役割を果たしています。
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